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30、第1王女・ルーナディア

 城内の広い廊下を3人で歩いて行く。人の姿はあるものの、王族が2人も横にいるおかげで不快な声は少ない。


 オクルスはエストレージャの横で大人しくしていようと思ったのに、ルーナディアはわざわざオクルスの横を歩きだした。そのおかげで、話さざるをえない状況だ。


 隣のルーナディアが、オクルスの顔を覗き込んだ。銀の真っ直ぐな髪がふわりと揺れる。それに気を取られながらも、オクルスは目を伏せた。


「物従の大魔法使い様、お名前でお呼びしても?」

「……はい」

「ありがとうございます。オクルス様。私のこともご自由にお呼びください」

「……ありがとうございます」


 この人は、どんな思惑を持っているのだろうか。ちらりとルーナディアの顔を窺うが、彼女はにこりと微笑むだけだ。


 オクルスの価値は大魔法使いであることに限られる。その中で自分に興味を持つとしたら、やはり先ほどの王位継承の話が絡んでいるのだろうか。


 決めつけるのは良くない。そう考えている間にも、ルーナディアはオクルスに話しかけている。


「いつかオクルス様の魔法を見せていただけませんか?」

「……機会がありましたら」


 それにしてもやけに親しげな気がする。ここまで初対面で好意的に話しかけてくる人は貴族でもいない。


 ふと、気がつく。今までの自分だったら、こんなに平常心でいられただろうか。自分のことを好意的に見てくれる人がいれば、喜んで期待していただろう。


 しかし、不思議と気持ちは凪いでいる。


 そうか。今のオクルスはこれ以上を欲していないのだ。ヴァランがいて、テリーがいて、そしてたまにエストレージャが訪ねてくるという生活に酷く満足している。


 自分がこれ以上求めるものは何もない。それを自覚すると、明らかに心が軽くなった。


 緊張も何もかもが消え去った。なぜなら、この目の前の人に嫌われても問題ないと思い、気を張る必要がなくなったから。


 そこでふと疑問に思う。ヴァランと知り合いになったのは孤児院だと言っていた。それでは、なぜ彼女は孤児院に向かったのだろうか。王位継承争いの課題に取り組めばよく、孤児院は関係がなさそうだが。


「ルーナディア第1王女殿下は、なぜ孤児院に?」


 オクルスが尋ねると、ルーナディアの表情が固まった。何か不味いことを口にしただろうか。助けを求めたくてエストレージャを見るが、首を振っている。エストレージャも知らないらしい。


 困ったように目を伏せたルーナディアだったが、ぽつりと呟いた。


「……運命を、変えてみたいのです」

「え?」


 その声は、足音にかき消されるくらい小さかった。聞き取ることができず、思わず聞き返すが、彼女はゆるゆると首を振った。


「いえ。子どもは好きですから」

「そうですか」


 何かを誤魔化された気がした。しかし、そこまで踏み込む気はない。オクルスはそれ以上問わなかった。


 話を変えるために、今向かっている先であるヴァランの話を持ち出すことにした。


「ルーナディア殿下、ヴァランとは親しかったのですか?」

「どうでしょう。話したことはありますが、あの子は……。話していても、全く心が許されていない気持ちがしました」


 オクルスは首を傾げる。自分は勝手に心を許されていると思っていたが、もしかしたら勝手な思い込みだった可能性もあるのだろうか。


 しかしヴァランがオクルスに向けるあの笑みも、あの瞳も、嘘だとは思えない。彼がオクルスに親愛の気持ちを抱いていると感じたことを疑いたくはない。


 オクルスが考え込んでいる間に、エストレージャが口を開いた。

 

「それにしてもルーナディア姉上。今もこうやって俺たちと一緒に来て、アルシャイン兄上にまた敵視されるんじゃないか?」

「それは仕方がないわ。アルシャイン兄上は、自分が王になると疑っていなかったもの。まさか私が名乗りを上げるとは思わなかったでしょう。だから、何をしてもお怒りになるはずよ」


 王族も大変そうだと思いながら聞き流す。兄弟だからといって仲良くなれるとは限らないことは身を以て知っているため、口を挟むこともしなかった。まあ、そういうこともあるだろう。しかも、王という座は1つしかないのだから。


 ぼんやりと考えていると、エストレージャがオクルスの髪に目をとめた。


「オクルス」

「ん?」

「そのリボン見たことないな」


 エストレージャに指摘され、オクルスは口角を上げた。背で三つ編みにしている金の髪を適当につかんで前に持ってきて、エストレージャが見やすい高さにまで持ち上げた。


「よく分かったね。良いでしょう、これ」

「ああ。お前が買うとは思えないからヴァランか?」

「よく分かったね」


 流石学生時代からの付き合いのあるエストレージャだ。オクルスが自分から美しいリボンを買うはずがないと分かりきっている。


 それを見てルーナディアがどこか安心したように言う。


「オクルス様はヴァランと仲が良いのですね」


 オクルスは軽く首を傾げた。なぜ、ルーナディアはそこまでヴァランのことを気にかけているのか。


「……ルーナディア殿下。ヴァランのこと、目にかけていたのですか?」

「え?」

「もしかして、引き取りたいとお考えでした?」


 ルーナディアもヴァランのことを引き取りたいと思っているのか。そう思うと、心が冷える感覚がした。


 ルーナディアの方がオクルスの所よりも圧倒的に良い環境だろう。頭では理解しているのに。


 なぜ、こんなに嫌だと思ってしまうのか。


 はっとしたルーナディアがすぐに首を振った。


「まさか。そんなつもりはございません。オクルス様の元の方が良いと思います」


 すぐに否定したルーナディアを見て、安堵したオクルスは浅く息を吐いた。なぜ、自分がこんなにも安心をしているのかは分からなかった。

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