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27、招待状

 エストレージャは朝早すぎるとは責められないぎりぎりの時間を狙ったかのように来た。文句を言えないのが悔しい絶妙なタイミングだ。オクルスはエストレージャを睨んだが、彼は苦笑しただけだった。


 ソファに足を組んで座ったエストレージャはヴァランに向き直った。


「それでヴァラン。教えてくれないか?」


 こくりと頷いたヴァランが、迷う素振りを見せながら口を開いた。


「買いたい物があって、テリーと街に行ったんです。街中を歩いていたときに、すれ違った男の人にぶつかったって言われました。僕はぶつかっていませんって言いました。そうしたら、大人数の男の人に囲まれて。ついて来いと言われて、馬車にのせられました」


 適当に難癖をつけられて、連れ去られたということか。子どもを大人数で囲めば、周囲からは見えなくなるだろうし、誘拐の事実が気づかれにくそうだ。


「それで昨日の場所に着いたときに、男の人が僕のつけていたこのペンダントに気がつきました。これを見て僕を貴族の子どもだと思ったみたいです。それで人が集まって、僕をどうするかと話し合っていました」


 それはテリーが話していたのと同じだった。貴族の子と勘違いしたから、手荒い扱われ方はしなかった。


 ヴァランがオクルスの方へと視線を向けた。


「大魔法使い様。これ、高級なのですよね?」


 ヴァランから疑わしげに問われたが、値段まで覚えていないオクルスは困り果てた。適当に笑みを浮かべる。


「うーん、分からない。本当に覚えてないんだ」

「……」


 エストレージャは呆れた目をしているから、彼はどれくらいの金額か分かっているのだろう。しかし、それを口にしないのはオクルスの意図を汲んでくれたのか。


 オクルスから聞き出すことを諦めたのかヴァランはエストレージャへと視線を戻した。


「そして男の人たちの隙を見て、大魔法使い様に決めておいた合図を送りました。そうしたら、大魔法使い様はすぐに来てくれました」


 その説明に、エストレージャが訝しげにオクルスの方を見た。


「オクルス。お前、合図まで決めておくとは。まるで予期していたようじゃないか?」

「私を疑っている?」

「いや。疑いじゃない。少なくとも、俺は」

「……なるほど」


 エストレージャが現時点で疑っているわけではないが、他者からそう思われる可能性がある。そういう警告だろう。


 エストレージャの立場上はっきりとは言えないが、誰かにそこをつかれる可能性がある、という助言。何か理由や説明を考えておけというアドバイスに、オクルスは曖昧に頷いた。


 そんなに明確な理由や言い訳があるわけではない。何となくそうしたほうが安全だと思っただけで。しかし、そんなふわふわとした理由だと訝しまれるだけだから、スラスラとした文章で説明を考えておいたほうがいいだろう。


 オクルスが考えていると、エストレージャの視線が自分に向けられたままであることに気がつき、オクルスは首を傾げた。


「なに?」

「オクルス」

「ん?」


 エストレージャが懐から取り出した手紙を、机の上に滑らせてオクルスの前へと置いた。その明らかに上質な紙を使った手紙に、オクルスは口元を引きつらせた。


「これ、何か分かるか?」

「……」


 この手紙が何か。なんとなく予想がついている。しかしその現実を直視したくなくて、静かに目を逸らした。


「招待状だ」

「登城命令でしょう?」

「そうとも言う」


 招待なんて柔らかい言葉をエストレージャは使ったが、実態はそんなものではない。命令といった方が近しいだろう。


 それなら、放置もできない。オクルスは渋々手紙に手を伸ばした。手紙の封を切りながら尋ねる。


「いつ?」

「明日」

「はあ?」


 中の文字を見ると、確かに明日の日付が書いてある。

 他に書いてある内容はたいしたことではない。この前の犯罪組織の話を聞きたいから、登城するようにということを回りくどく、丁寧に書いてあるだけだ。


「出席者は?」

「……王族は全員出席するらしい」

「本当に、なんで?」


 そこまでの内容だろうか。ただ犯罪組織の1つを捕縛したくらいで、王族に招集がかかるほどか?


 オクルスは納得ができず、エストレージャを見た。彼もその疑問が伝わったのだろう。苦笑しながら口を開いた。


「まあ、明日になれば分かる」

「説明を放棄しないでよ」


 オクルスが文句を言っても、エストレージャは困ったように笑うだけだ。


 エストレージャからそれ以上聞き出すのは諦め、もう1つ思いついたことを尋ねる。


「ヴァランも連れていっていい?」

「……」

「この塔に1人にしておきたくないから。良い?」


 最初は迷いを浮かべたエストレージャだったが、すぐに頷いた。


「分かった。伝えておく」

「ありがとう」


 オクルスが安堵の息を吐くと、エストレージャがじっとこちらを見つめていることに気がついた。


「なに?」

「いや。前までならもっと本気で登城を嫌がったのにな」

「今回ばかりはね」


 城に行くのは苦手意識があるが、オクルスだって事情を知りたい。だからこそあっさりと受け入れた。


 ふっと笑ったエストレージャの瞳は、存外優しい色をしていた。


「なに?」

「いや……。また馬車を送る」

「助かるよ」


 オクルスは隣のヴァランの顔を見ながら尋ねた。


「ヴァランも明日は城に行くということで大丈夫?」

「……はい」


 少し顔をしかめたが、ヴァランは頷いた。彼も城に苦手意識がついてしまったようだ。オクルスが嫌がった影響もあるだろうし、固有魔法を判別するときの微妙な空気感のせいでもあるだろう。


 それでも、塔に残しておくのは怖いため、仕方がない。オクルスも登城命令を面倒に思う心を押さえつけ、軽く息を吐いた。

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