26、いつもとは違う夜
布団にたどり着いたオクルスは、思い出したことがあり立ち止まった。不思議そうにこちらを見上げたヴァランに向かって口を開く。
「ねえ、ヴァラン」
「なんですか?」
「申し訳ないんだけど、明かりをつけたまま寝てもいい?」
オクルスはいつも明かりをつけて寝ているが、それが一般的ではないのを知っている。
ヴァランがきょとんとしているから、やはり普通ではないのだろう。彼が聞き返すように繰り返した。
「明かりをつけたまま、ですか?」
「真っ暗だと眠れなくて。いい?」
心配そうにオクルスのことを見たヴァランだったが、こくりと頷いた。
「……大丈夫です」
「ありがとう」
◆
オクルスは寝ることが苦手だ。眠りに落ちるまで時間がかかるし、眠ってもすぐに目が覚めてしまう。
そして引きずり込まれそうな闇が広がる時間。ヴァランが来るまでは起きたままで夜を越すことが多かった。仕事や研究をしているときの方が、気が紛れる。
しかし、隣でヴァランが寝ているおかげだろうか。いつもよりも温かくて、早い段階から微睡んできた。
ヴァランはまだ眠くないようだ。彼の静かな声がオクルスまで届いた。
「大魔法使い様」
「んー?」
オクルスは半分寝ながら返事をする。ヴァランの声は鮮明に届いた。
「僕に、ここからいなくなってほしいですか?」
「え?」
一気に目が覚めた。身体を起こしてヴァランの方を見る。明かりがついているおかげで、ヴァランの表情はよく見えた。しかし、その顔にはあまり表情がない。何を考えているのか、全く読み取れない。
「どうしたの? 急に」
戸惑うオクルスのことを気にせず、ヴァランが質問を重ねる。
「ずっとここにいたら駄目ですか?」
「え」
固まったオクルスに、ヴァランが言い募った。
「魔力の制御ができるようになってからも、ずっといたいです」
「……」
その願いを、自分は聞き入れていいのか。オクルスは黙り込んだ。なんと答えればいいか分からない。
ここで良いと答えれば、ヴァランはオクルスに気を遣ってしまうのではないのだろうか。出て行きたくなったあとも、その言葉に縛られてしまうのではないか。
「駄目、ですか?」
ヴァランに乞うように見つめられ、オクルスは言葉を詰まらせた。逡巡したあとで、絞り出すように声を出す。
「もっと大きくなっても、気持ちが変わらなかったらいいよ」
それが、オクルスにできる返事の精一杯だった。
きっと、オクルスの方がヴァランを必要としてしまう。彼がいなくなった後に1人での生活が苦しくなってしまう。
1人に戻らなくて良いと期待しそうになる。
「ありがとうございます!」
それでも、一気に表情を明るくしたヴァランを見ていると、まあいいかという気持ちになってくる。
そこでふと気がついた。リボンをくれたのも、この塔でこれからも過ごしたいと言ったのも。もしかしたら、ヴァランは結構オクルスへ好意を向けてくれているのではないか。
親のよう思っているか、兄のように思っているのか、師匠のように思っているのか。どれかは分からないが、少なくとも親愛の気持ちを持ってくれていそうな行動や表情な気がする。もちろん、オクルスの勝手な思い込みである可能性もあるが。
そうだったらいいな。そんなことを考えていると、心の中にぽかぽかとした温度が広がる心地がして、オクルスは頬を緩めた。
「寝ようか」
「はい」
オクルスは起こしていた身体を倒し、寝る体勢へと戻った。一度冴えてしまったから眠りにくくなるかと思ったが、そんなことはないようだ。心が温かくなったおかげだろうか。またどんどん眠くなってきた。ふわふわとした心地の中、ゆっくりと目を閉じた。
◆
「ご主人様。ご主人様、起きてください」
テリーの声が遠くから聞こえ、オクルスはゆっくりと目を開いた。オクルスの肩の辺りを踏みつけて起こしてきたテリーの頭を撫でる。
「おはよう、テリー」
ゆっくりと身体を起こした。いつもよりもすっきりとした気分だ。こんなに深く眠れたのは随分と久しぶりな気がする。
隣を見るが、寝ていたはずのヴァランはもういない。それが少しだけ残念だった。
そんなことを考えているとテリーが何かを言いたげにこちらを見ていることに気がつく。
「テリー?」
オクルスがテリーの頭にぐしゃぐしゃと触れると、テリーがぽつりと言った。
「……かわいい子犬だと思っていても、実はオオカミだったということがないように気をつけてくださいね」
「え? 何のこと? 動物? 君は猫でしょう?」
急に何の話か。子犬とかオオカミとか。この塔には猫しかいないのに。
するとなぜかテリーは呆れたように息を吐いた。
「ボクじゃなくて……。いえ。まあ、今のところは子犬ですから。それに忠犬に成長する可能性もありますね。今はまだ」
「……ん?」
やはりテリーの言いたいことが分からない。テリーは犬が好きなのだろうか。オクルスは猫の方が好きだが。
テリーの方を見ていると、テリーはオクルスのベッドから飛び降りて、とことことソファの方へ向かった。
「それより、エストレージャ様が来るんじゃないですか?」
「ああ、そうだね」
エストレージャが話を聞きたいと言っていた。朝、とわざわざ口にしていた彼のことだから、もうすぐ来てもおかしくはない。
さっさと支度をしなければ。よく寝ることができたおかげか、いつもよりも軽い身体を動かしながら、オクルスは身支度を始めた。
昨日ヴァランからもらったリボン。三つ編みをした後に貰ったリボンを使って結んだ。
その後、顔を合わせたヴァランが嬉しそうな顔をしてくれたことは言うまでもない。




