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24、思考の整理

 塔に戻ったとき、外は少しずつ暗くなってきていた。簡単な食事などをした後に、すぐに寝る準備をした。


 その間、オクルスはヴァランに細かく聞きただすことはしなかった。どちらにせよ、エストレージャが来たときに話すことになるだろうから、わざわざ先に聞く必要もない。ヴァランもそう思ったのか、誘拐の件に関しては何も口にしなかった。


 ヴァランが自身の部屋へと戻ってからもオクルスはまだ起きていた。


 椅子に座っているオクルスは、自分の脳内を整理しようとするが、思考が散らかってまとまらない。


 やはり思考を整理するには、紙に書いた方がやりやすい。日記帳として使っている手帳の新しいページに文字を書いていく。


「んー」


 ヴァランの話がないからそこは置いておくとして。オクルスが捕縛した「アイ・エヌ」はどこかで聞いたことがある気がするのだ。


「アイ・エヌって、『IN』かな? 英語の『中』? いや、でも、関係ないか」


 この世界が英語を基準としているわけではないから、違うはずだ。それでも何かが引っかかる。


「今はとりあえず保留か」


 何かのきっかけで思い出すかもしれない。犯罪組織の「アイ・エヌ」が気になるということだけをメモをして、他のことに思考を向ける。


 今日の出来事があって、明日以降はどうなるか。


「あー、王様に呼ばれるかな?」


 国王陛下はオクルスのことを嫌ってはいないと思う。存在しているだけで国の役にたつのだから。それでも今回の件は呼び出されそうだ。


 面倒だけれど、呼ばれたら行く準備はしておいた方が良いだろう。


 処罰はされなくとも、注意くらいはされるかもしれない。特に、犯罪組織の状況を把握をしていて、放置あるいは様子見をしていた場合。


「人身売買は流石に許容範囲外だと思うけどな」


 オクルスが適当に持ってきた資料を見る限りは、人身売買をしていたことはほぼ確実。ヴァランのことも売る目的で攫った可能性が高い。


 妙に苛立ちを覚えたが、それの消し方も分からない。オクルスは深いため息をつくに留めた。


 民に影響が出ていて、放置をしていたのだろうか。それなら、確実に上層部に問題があると思う。


 これは、オクルスに前世の記憶があるから生じる感情なのだろうか。


 ここは、人を売るのが、まかり通っている世界なのだろうか。


 分からないままそんなことを手帳に書き殴る。それに関してもまた調べる必要がある。残念ながら「世間知らず」とエストレージャに言われるオクルスには分からないのだから。


「あと……」


 それから気になるのは、ヴァランのことだ。


 今回、彼は魔力暴走を起こさなかった。あんなに怖がっていたのに。


 それでは。彼が孤児院で起こした魔力暴走の原因は、何だったのだろう。何がそんなに彼を苦しめた?


「魔力の制御が上手くなっている、ということなのかな?」


 魔力の制御が上手くなったからこそ、最近は魔力暴走を起こさなくなった。その可能性もある。

 

 オクルスの指導が上手いのだろうか。それなら良いが。それよりも、孤児院で相当嫌な想いをしたという可能性は排除できない。


 そこで視界を横ぎる茶色の物体を見つけ、オクルスは声をかけた。


「テリー」

「なんですか? ご主人様」


 ぴょんと机に飛び乗ったテリーは、ちらりとオクルスの広げている手帳に目を向けた。しかし、すぐにオクルスを見上げる。

 そのくりっとしたテリーの黒の目を見つめながら、オクルスは問いかけた。


「犯罪組織の連中は、ヴァランに変なことしてないよね?」

「はい」

「君のことを回収しなかったんだね」


 普通なら持ち物を回収すると思う。いや、犯罪をしたことはないから「普通」かは分からないが。


 テリーは子猫くらいの大きさだ。それほどの大きさのぬいぐるみを回収しないことがあるだろうか。


「あの子がボクをずっと抱きしめていたこともありますが。それより前に、彼らは別の物に気づきました」

「別の物?」

「ご主人様が持たせた、ペンダントです」

「……ああ。あれね」


 街に行きたいと言ったヴァランに、渡したペンダント。小ぶりのルビーがついているものだ。どこで買ったのかも覚えていない。


 しかし、それも犯罪組織は回収していなかった。宝石などは売りさばく方向で考えるのが自然だ。それなのに、なぜそのままにしていたのか。


 疑問に思ったオクルスがテリーを見ると、テリーは続きを話しだした。


「あのペンダントの宝石を見て、あの人たちはどこかの貴族のお忍びの線を疑いだしました。あの子を乱暴に扱えなくなり、売るよりも身代金を要求する方に話が進んでいました」

「ああ。あのペンダント、結構高価なのだった? 覚えてないけど。テリー、覚えてない?」


 少し考えただけで全く心当たりがなかったため、オクルスはすぐに思考を放棄した。しかしテリーは少しだけ考えているようだ。


「あれじゃないですか? ご主人様が大魔法使いになったとき、衣服や装飾品を大人買いしていたのじゃないですか?」

「……大人買いって言葉、知っているの?」

「ご主人様が使っていた言葉じゃないですか」

「そうだっけ?」


 この世界に「大人買い」という言葉はないだろうから、オクルスがその言葉を使ったのだろう。テリーには適当に喋っているから、無意識で前世の言葉を使ってしまっていたのだろう。他の人の前では気をつけないと。


 そんなことを考えながら記憶を辿ると、そんなようなことがあった気がした。


「あれか。あの家から抜け出せた日に、物を買い漁った日か」

「恐らく」


 あの家――オクルスには優しくなかった実家。そこから抜け出すことができたのは大魔法使いという地位を得てからで、それに成功した日に機嫌の良さから店で大量に物を買った。

 

 物を買い漁った事実は覚えている。何を買ったかまでは覚えていなかったが。


 それなら、格式が高い店で買った本物の宝石なはず。ヴァランにそれを言うと気にしてしまいそうだから黙っておくことに決めた。


「なるほどね」


 犯罪組織の中には、宝石の目利きができる人がいたのか。それを見て、ヴァランがどこかの貴族の令息であると考えたというのなら、渡した意味もあった。


 テリーが不安そうにちらりとオクルスを見た。


「今、最初からもっと詳しく話しますか?」

「いや、明日ヴァランに聞くから大丈夫。とりあえず、無事だったことが聞けてよかった」


 オクルスがテリーの頭を撫でるが、テリーは何も言わなかった。テリーなりに今日の出来事を考えているのだろうか。

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