23、追求されるべきは
待機していたオクルスとヴァランのもとに、馬車から降りてきたのはエストレージャ本人だった。王族である彼自身が来ることは少し意外に感じる。
もちろん1人ではなく、警備隊を連れてきている。それを確認して、オクルスは警備隊が入る直前で扉にかけていた魔法を解除した。
警備隊が入っていくのを見守りながら、エストレージャへと話しかける。
「まさか王子様が自ら来るとは」
「お前が連絡をしたからだろう」
オクルス案件だからか。忙しそうなエストレージャを呼びつけたのは少し申し訳ないが、今回は仕方がない。必要だったことだ。
エストレージャが来るまでの時間に、ざっと資料に目を通しておいたため、それをエストレージャに見せた。
「人身売買の疑いがある犯罪集団だね。名前は『アイ・エヌ』っていうらしいよ」
「……犯罪事実を先に知っていて入ったのか?」
「ううん。全く。結果論だね」
全て状況と資料から分かったことだ。
ヴァランが中に連れ去られた、というのはオクルスだけがわかる事実であり、立証の手立てはない。結局、結果論なのだ。
しかし、それは他者から見た話。オクルスにとっては、確証があった。
悪びれもしないオクルスを見て、エストレージャが痛そうに頭をおさえた。
「お前……」
そういえば、エストレージャへの連絡はたいしたことを伝えていない。
弁明のため、オクルスは口を開いた。
「だって、ヴァランを誘拐しようとしたんだよ」
オクルスの端的な説明に、エストレージャは目を見開いて息を吐いた。ヴァランに視線を向ける。
「怪我はないか?」
「はい」
オクルスの手を放さないまま、ヴァランはこくりと頷いた。
それを見て安堵の表情を浮かべたエストレージャは納得したように頷いた。
「なるほど。お前が動くのは珍しいと思ったら。そうだったのか。それは命知らずなことを」
そもそものオクルスが強行突破した原因は全面的に犯罪組織に非があるものであり、エストレージャは話せば理解してくれる人間だ。
話を聞いてもくれない人々とは違う。
このまま押しきれないかとオクルスは希望的観測を持ちながら言う。
「ほら。街の治安に貢献したということで、許されない?」
黙り込んだエストレージャだったが、それは考え込んでいるようだ。
彼は難しい表情で口を開いた。
「……おそらく、現在は調査中の犯罪組織だったはずだ。もしかしたら上は把握していた可能性がある。だから、現時点では何も言えない」
つまり、国が何らかの対策をしようとしていた、あるいは意図的に放置していた可能性がある。
それは話が変わってくる。認識しながらも、放置をしていた。そのせいで、ヴァランが巻き込まれてしまった。
オクルスはすっと目を細めた。
「へえ。君も知ってたの?」
「俺に話は来ていない」
「そう」
即答したエストレージャに嘘は見えない。言葉のままに受け取ることにして、オクルスは薄らと笑みを浮かべた。
「仮に知っていたとしたら。追求されるべきは私じゃなくて、さっさと動かなかった方じゃない? むしろ、私が追求する側じゃない?」
「……そうだな」
苦々しい顔をしているエストレージャに追求をしたところで、無意味。
オクルスはこの場では矛を収めることにした。
「まあ、いいや。呼び出されたらちゃんと登城するよ」
指示も命令もなく動いたオクルスは咎められるかもしれないが。そんなものはこちらが追求の機会にしてしまえばいい。
オクルスは笑みを浮かべたまま、エストレージャを見据えた。
「ねえ。王子様。上に伝えてよ。私は、怒っていると」
王か。宰相か。他の王族か。
認識していた人が放置をしていたのなら、しっかり話を聞きたいところだ。
オクルスの薄桃色の目に、自身の金の目を向けたエストレージャは、何かを探ろうとしていたのか。
しかし、彼はすんなりと頷いた。
「ああ。伝えておこう」
オクルスはふと、隣にいるヴァランのことを見た。彼の手がさっきよりも温かくなっている気がする。顔をこっそり覗き込むと、眠そうに目を細めていた。
それを見て、オクルスはエストレージャや視線を戻した。
「もう帰って良い?」
「お前からも話を聞きたいが。できればヴァランからも」
そう言ったエストレージャに、オクルスは目を細めた。
「別日で。それくらいいいでしょう? それも登城してもいいし、君が家に来てもいいから」
「ざっくりでいいから状況を教えてくれ」
「明日。塔に来て」
ヴァランが疲れているようだから、別日という条件は譲りたくない。オクルスは別日にするという条件は譲らない中で、譲歩として最速である翌日を提示した。
しばらくの間、オクルスとエストレージャは互いに探るように視線を交わらせた。
オクルスがそれ以上の言葉を発さずに見つめ続けると、エストレージャは諦めたように息を吐いた。
「分かった。明日の朝に行く」
「それでお願い」
エストレージャとの話はついた。犯罪組織「アイ・エヌ」の捕縛も大方終わっているようだ。もうこの場にいなくても大丈夫だろう。
「王子様、また明日」
「ああ」
エストレージャへひらりと手を振って、オクルスはヴァランを箒の自分の前に乗せた。塔までの間、2人とも口を開かなかった。




