22、救出
音を立てずに降り立つ。オクルスは息を潜めたまま、目的の場所へと進む。
ここは、ヴァランのもつペンダントがあるはずの場所の近くだ。目印として覚えていたため、オクルスの固有魔法で認識できている。GPSみたいなものだ。
この場所は街の外れ。普通に来ようと思う場所ではない。
ヴァランはなぜここに来たのか。いや、連れてこられたと考えるのが自然か。
オクルスは足音を立てないようにしながら歩く。目に入ったのは1つの建物。
何の変哲もない地味な建物だ。見た目だけは。しかし、固有魔法で物を把握できるオクルスには分かる。中にある物の量が建物の外観よりも多い。また、所々物が隠すように置かれているのが把握できた。
オクルスは何にも触れない。何の合図もしない。ただ、固有魔法を使うだけだ。
ぎいい、という古びた音を立てて、目の前の建物の扉が開く。
何があるかは分からない建物。特に装備もせず、オクルスは足を踏み入れた。
◆
やはり中はただの家ではなかった。誰かの住居ではない。何かの拠点だろうか。建物の中に物が散乱しているのは外からも分かっていたが。それでも汚い。
しかし、歩く場所があれば問題はない。周りの様子や人を全く気にせず、中へと入った。
最初の方は素通りされていたが、次第に気づかれ始めた。
「何だ、この男?」
「おい、侵入者だ!」
雑音は無視し、ヴァランに渡したアクセサリーがある場所を探す。
「おい、こいつを止めろ!」
その建物にいる人間が騒いでいるが。オクルスにとって対処は難しくない。
相手が物を持っていたら、それを当たらないように操る。近寄ってくる人は全て風魔法で近寄らせないようにしながら、オクルスは建物の中へと進んでいく。
鉄格子を見つけたオクルスは、眉をひそめた。
その鉄格子の鍵にも扉にも触れていない。それでもオクルスの固有魔法を使えば、簡単に開くことができた。
その中に進んでいくと、見覚えのある銀の髪を見つけた。俯きながら猫のぬいぐるみを抱えて床に座っている少年に声をかける。
「ヴァラン」
さほど大きくないオクルスの声が、鉄格子の中の部屋に響く。
ぱっと顔を上げたヴァランに、オクルスは手を伸ばした。
「帰ろう」
青の瞳がぶわりと波打つように揺れた。ヴァランは何かを言おうとしたのか、口を開いた。しかし、そこから言葉が零れてくることはなかった。
こくり、と頷いたヴァランが、オクルスの手に自身の手を重ねた。少しだけ冷たい。恐怖からか。オクルスは握った手に力をこめた。
そのまま、何か叫んでいる人々を無視しながらヴァランの手を引く。足止めを適当にかわしながら、そしてこの建物にいる人が逃げ出さないように内部へと誘導していった。
一応、不法侵入だと言われたら面倒だから、大義名分が必要か。そう思ったオクルスは、自身の固有魔法を用いて、建物内部に存在している物を探った。
明らかに「隠そうとしている」場所にある資料を適当に回収し、ヴァランの手を引いて外に出た。
扉がバタンと大きな音を立てる。もちろん、オクルスが魔法で閉めたからだ。
ふわりと風が舞う。その風で少し緊張を緩めたオクルスは、静かに息を吐いた。
「……大魔法使い様」
「ん?」
ヴァランに名を呼ばれ、オクルスはそちらを見る。彼はオクルスの手を握る力を強めてから、怯えた目でこちらを見上げた。
「この人たちに、報復されることは、ないですか?」
「私が?」
「はい」
ヴァランの青の瞳は、泣き出しそうに水がたまっている。それに気づいたため、できるだけ軽い雰囲気に聞こえるように意識しながら返事をした。
「大丈夫、大丈夫」
「え?」
オクルスはにこりと微笑んだ。
「ここにいた人間が、外を自由に歩き回れることはないから」
オクルスの顔を見ていたヴァランが、息を呑んだ。なぜ、そんな驚いたのか。オクルスが瞬きをすると、テリーが肩へ飛び乗ってきた。
「ご主人様、目が怖いですよ」
「え? うそ?」
「あとその笑い方も怖いです」
「え?」
そんな怖がられる表情をしていないつもりはなかったが。
ああ。そうか。オクルスは、間違いなく怒っていた。自分が預かっている子ども……。違う。それだけではない。
大切にしている子どもに手を出されたことに、堪えがたい怒りを感じていたのだ。
心を落ち着けないといけない。感情に身を任せたところで、何も生まないのだから。息を吐くことで、少し気持ちを落ち着かせた。
「歩き回れないって、どういうことですか?」
「この建物を出た瞬間。出入り口、窓を含めて全て塞いだ」
ここに来てからずっと固有魔法を使い続けている気がするが、それくらい便利なのだ。普段から使いまくっているため、オクルスにとっては呼吸をするようなもの。魔力の消耗もそんなにしていない。
「そして、ここに来る前。王子様に連絡したから。ここにいた人間は捕まえられて、何らかの処分が下されるはず」
オクルスだけで対応が可能か分からなかったから、先に連絡をしておいたのだ。エストレージャが警備隊でも動かすだろう。
先に連絡をしておいて良かった。この犯罪者集団と思われる人々を捕らえることは骨が折れそうだから。
ふと、隣に立っているヴァランの方を見る。彼は朝から街に出たため、疲れているだろう。眠そうに目がこするのを見て、オクルスは声をかけた。
「ヴァラン、先に帰ってていいよ」
「大魔法使い様はどうするんですか?」
「私は処理が終わってから帰るから」
魔法の持続は近くにいなくても可能だ。それでも逃げられたら面倒だから、オクルスは建物を見張ることにしていた。
それに、オクルスが指示や情報を出した方が円滑に捕らえられるだろうから、その場にいるだけでも必要だ。もっとも、嫌な顔はされるかもしれないが。
ぱちぱちと瞬きをしたヴァランが首を振った。
「一緒にいます」
「そう?」
そしてしばらくの間、沈黙が流れた。なんとなく沈黙が嫌で、オクルスは口を開いた。
「ヴァラン、怖かった?」
ヴァランはすぐに返事をしなかった。考え込んでいるのか、数秒間黙り込んだあとに彼はようやく声を発した。
「テリーがいたのと、大魔法使い様からいただいたペンダントがあったので、怖くなかったです」
「そう?」
しかし、そう答えたヴァランの手が少し震えている気がする。何があったかを今は詳しく聞かない方が良さそうだ。オクルスは、ヴァランと繋いでいない方の手を彼の頭に手を乗せて、できるだけ優しく撫でた。




