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20、1人でおでかけ

「大魔法使い様。今日、1人で街にでかけてもいいですか?」

「街に?」


 オクルスが城から渡された書類を流し読みしていると、目の前に来たヴァランの言葉に、首を傾げた。背中で金の三つ編みの髪が緩やかに揺れる。


 目の前に立つヴァランの青の瞳が、オクルスのことをじっと見つめている。


「いいけど。何かほしいの?」

「……」


 ヴァランの瞳が困ったように下を向く。言いたくないということがはっきりと伝わり、オクルスは苦笑した。


 ヴァランが街に行きたいというのなら、彼の望み通りに許可したいところだ。しかし、外にどんな危険があるかは分からない。


 しかも、ヴァランは「1人で」と言った気がする。


「1人で行きたいの?」

「1人で行きたいです」


 オクルスは黙り込んだ。8歳の子どもを1人で街に行かせるのは、少し危ないだろうか。世間一般の常識が分からない。


 それでも、ヴァランの意思を尊重したい気持ちもある。しかし、やはりまだ1人で外に出すのには幼い気がする。


 だって、8歳は前世の年でいう小学2年生だ。いくら孤児院で育ってしっかりしているとはいえ、1人で送り出すのは怖い。


「だめ、ですか?」


 しゅん、としたヴァランに見つめられ、オクルスはうっと言葉を詰まらせた。悲しそうな顔をされて、駄目だと一蹴できる気がしない。


「……テリー」

「はい」

「ヴァランについていって」

「かしこまりました」


 ぴょん、とヴァランの肩に飛び乗ったテリーに視線を向けて、ヴァランがオクルスへ視線を戻した。その青の瞳がきらりと光った。


「いいんですか?」

「うん」


 オクルスはいくつもの不安を押し込めて微笑んだが、ヴァランの満面の笑みを見ていると、まあ、いいかという気持ちになってきた。

 

「その代わり、約束して。1つ目に、テリーを連れていくこと」

「はいっ」


 テリーは人ではないから、ヴァランが「1人で行きたい」というのに反しないのだろう。ヴァランは嫌がる素振りを見せなかった。


 オクルスには言えなくとも、テリーにいうのは問題ないのか。少し不満に思いながらも、オクルスは自身の机の引き出しを開ける。


「2つ目。これ、持っていって」

「なんですか?」


 オクルスは、引き出しから取り出したものを、ヴァランの首にかけた。立ち上がり、きょとんとしているヴァランの後ろに回る。手間取ることなく、かちゃりと留め具を閉じた。


「昔買ったペンダントだよ」


 それはいつ買ったか覚えていないようなペンダントだ。家を出る前に宝石商で買ったのだったか。あるいは街で適当な出店で買ったのだったか。よく覚えていない。


 小ぶりのルビーがついている。これも本物だったか偽物だったか、覚えていない。なんで買ったかすら覚えていないのだ。


 そんな思い入れの欠片もないアクセサリーだから、ヴァランに渡すことになんの問題もない。

 いや、本来なら思い入れのある何かを渡すべきなのかもしれないが。それが必要なら、ヴァランのために買えばよいだけ。オクルスのお古である必要はないから、やはりこれで良いだろう。

 

「なんの、ためのペンダントですか?」


 ペンダントを手でしきりに触りながら、不思議そうにしているヴァランを見て、オクルスは口元を緩めた。


「目印だよ」

「目印?」

「そう。物なら、私が居場所を確定できる」


 オクルスの固有魔法を使えば、物を操れる。固有魔法により、物の居場所の特定もできる。ヴァランの衣服類を目印にすることも可能ではあるが、それよりも今後のことも考えて分かりやすい目印があった方が良い。


 ヴァランがオクルスを見上げる。その青の瞳は少し揺れていた。


「こんな高価なもの、お借りしていいんですか?」

「あげるよ」

「高級ですよね?」


 困惑を隠さないヴァランは、外す気なのか、ペンダントの留め具に手をかけた。オクルスは微笑みかけた。


「それ、つけていくなら街に行っていいよ」

「え……。なくしたら、どうするんですか?」

「なくしたら、その時はそれでいいよ」


 ペンダントが気になるのか、しきりに手を当てているヴァランを見ながら、オクルスは笑みを深めた。


「どうする? ヴァランが選んでいいよ」


 そうは言ってみたものの、ヴァランにとっては選択肢がないも当然だろう。


 「高価そうに見える」ペンダントを持っていくか。街に行くのをやめるか。


 しばらくペンダントに触れていたヴァランだったが、軽く息を吐いた後に頷いた。


「これ、つけていきます」

「うん。そうしな」


 諦めたのか、ヴァランはオクルスの要求を素直に呑んだ。それを確認したオクルスは、目を閉じて、固有魔法を発動させる。


 ヴァランに渡したペンダントに、目印を。


 そう脳内で思い浮かべると、確かに魔法を使用できた感覚があった。もしヴァランが危険な目にあったとき、どのようにしてオクルスまで伝えるかを思案する。


 前世のスマートフォンはいかに便利だったか。似たような物を作れたらいいが。残念ながら工学の知識はない。


 諦めて、ペンダントを見つめる。おそらく魔法は問題なくかけられた。


 興味津々といった様子でこちらを見ているヴァランに気がつき、ペンダントを指さした。


「もし危ないことがあったり、何か問題があったりしたら、このペンダントの宝石の部分を3回叩いて」

「え? 叩くんですか?」

「うん。そうすれば、私に伝わるから」

「はいっ」


 こくり、と頷いたヴァランを見て、オクルスはヴァランの銀の髪へと手を伸ばした。その髪を撫でながら口を開いた。


「気をつけてね」

「はいっ!」


 元気の良い返事。やはりオクルスとテリーがいるだけの塔は息が詰まる場所だったか。少し申し訳なく、それと同時に悲しく思う。自分の存在はヴァランの居場所たりえない。


 テリーを片手で抱きあげて街へ向かったヴァランは、塔の上から様子を見ているオクルスに気がついたようだ。にこりと微笑んでこちらに手を振る彼に、オクルスは塔の上から手を振り返した。

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