2、出会い
魔力暴走の跡が色濃く残っている場所にオクルスは降り立った。上空からすぐに分かるほど、魔力が漂っていたから、迷うこともなかった。建物の一部は破壊されてしまっており、地面には木の破片が散乱している。
それほど大きくもない建物。外には子どもが遊ぶような道具が置いてあり、庭では食物が育てられているようだ。
頭の中で国の地図を思い出す。学校のようにも見えるが、この場所に教育機関は存在していないはずだ。
「たしか……。孤児院?」
なんとか記憶のどこかから引っ張り出してきた答えは正しいのか。オクルスは壊れた扉の近くの壁を一応叩いてから中を覗く。
音に気がついたのか、エプロンをつけた女性がやってくる。
「ごめんなさい、先ほどのは後ほど謝罪を……。え、あなたは……」
途中で言葉を止め、目を見開いた女性を見ながらオクルスは軽くお辞儀をした。
「失礼します。オクルス・インフィニティと申します」
「大魔法使い様、ですよね?」
あれ、とオクルスは首を傾げた。三つ編みにしている金の長髪が背で揺れる。
どうやら顔は知られているらしい。最近は人に会っていないはずなのに。しかし、それを気にしている場合ではない。
「はい。そうです。魔力暴走の確認に参りました。ここで起こった、ということで間違いはないですか?」
「ええ」
「魔力を暴走させてもらった子に、お会いしても?」
「分かりました」
国に3人しかいない大魔法使いの1人、オクルスが来たことは孤児院の職員と思われる人を安堵させたのだろう。先ほどよりも落ち着いた様子で、孤児院の中へと入れてくれた。
オクルスは孤児院の建物の様子に目を配りながら、導かれるまま中へと入った。魔力暴走がなければ、整った中身だと分かるほど簡素でありながらも清潔な空間だ。しっかりと手入れされている。
子どもたちは、部屋の隅っこで怯えているようだった。
魔力が暴走したさいの凄まじい音や圧に驚くのは無理もない。
じいっと子どもたちに見られているのを気がつきながらも、オクルスは自身の役目を果たすため、職員の誘導に従う。
案内された場所は、1番破壊されていた。
そこで不安定な魔力を感じ、オクルスは顔を強張らせた。また、暴走する。
「離れて!」
「え……?」
戸惑う職員を庇うよう、彼女の前に立つ。それと同時に、風魔法でシールド――目に見えない防御壁のような物を張った。
「うわっ……」
結構な魔力だ。慌ててシールドを強化し、その魔力を無理矢理抑えこむ。これ以上、この建物の被害を増やしたくない。
しかし。
「はは。これは、すごい……!」
ぞくぞくとした感覚がして、思わず口角が上がる。魔力量が多いオクルスでも、抑えこむのがギリギリ。気を抜けば、魔力の暴走を抑えこめない。
全力とは言わずとも、結構な力を使いながら抑えこむだけの時間がしばらく続いた。
たったの数分。それなのに、集中力を要した。少しずつ魔力の暴走が収まっていくのを確認しながら、息を吐く。
近くに職員がいるのを思い出し、オクルスは彼女に視線を向けた。
「許可も取らず、申し訳ありませんでした」
「いえ、ありがとうございました」
ほっとしたような顔でお辞儀をされる。
それを横目に、オクルスは先ほど魔力暴走が発生していた部屋へと視線を送った。
「入っても、大丈夫でしょうか?」
「はい」
許可を得て、部屋へと踏み込んだ。その扉は壊れており、物が散乱している。台風が去った後のような部屋の汚さだ。
オクルスは部屋を見渡す。部屋の隅っこで目をとめた。そちらに近づき、地に膝をついた。
「こんにちは」
部屋の隅にいたのは、1人の少年だった。
光沢のある銀の髪の少年。オクルスの声で、彼が俯いていた顔を上げる。肩くらいの長さの髪が、ふわりと揺れた。
空を詰め込んだような美しい青の瞳。その目には、涙が浮かんでいた。
「こん、にちは」
ぐすぐす、と泣きながらも、その少年は挨拶を返してくれた。悪い子ではなさそうだ。オクルスはその子の目線に合わせながら話しかける。
「さっきのは、君の魔力?」
そう尋ねると、彼の表情が一気に凍り付いた。怯えたような目。止まりかけていた涙が、またじわじわと浮かんできた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
ああ、間違えた、とすぐに悟る。こんな幼い子どもに、急に尋ねるんじゃなかった。責められているように感じたのか、彼は目を伏せてしまった。その目から涙は止まらない。
「あ、ごめんね。責めようと、していないんだ。魔力暴走は、たまに起こることだし」
ここまで激しい魔力暴走を、2回もというのは極めて珍しいが。それを伝える必要はないだろう。
さっきは少し合っていた目が全く合わなくなってしまい、オクルスは困り果てた。
「あ、自己紹介をしていなかったね。私は、オクルス・インフィニティと言います」
「オクルス・インフィニティ……? 大魔法使いの?」
興味がでたのか、彼が伏せていた目を上げる。ぱっちりと青の瞳がオクルスを見ていた。その吸い込まれそうな瞳を見ながら、オクルスは微笑んだ。
「あれ、知っているんだ」
「はい」
じーっと少年に見つめられ、オクルスは笑みを深めた。この子は、オクルスのことを怖がらないみたいだ。
名を伝える、あるいは大魔法使いであることを伝えるだけで、怯えが隠せていない目を向けられることもあるのに。
「君のお名前は?」
「ヴァランです」
ヴァランは、まだオクルスのことを見つめ続けている。少し居心地の悪さをおぼえていると、ヴァランが思い切ったような表情で口を開いた。
「大魔法使い様。教えてください。どうしたら、僕は何も傷つけずにいられますか。何も、傷つけたくないんです」
強い意思のこもった瞳。オクルスは目を見開いた。
そうか。この子が泣いていたのは、何が起こったか分からなくて怖かったんじゃない。人を、物を。自分の魔力のせいで傷つけていることに、耐えられなかったのか。




