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18、異物感

 たいした説明もせずに試すと言い出したオクルスへ、ヴァランがきょとんとした顔を向けている。それを気にせず、オクルスはヴァランの手を取った。


 以前にも手をつないだことはある。その時はヴァランの固有魔法は発動されていない。

 しかし、そのときは固有魔法を使うおうという意思がなかったわけだから、発動条件である可能性は否定できない。


 実際、他者の力を借りるとき、直接触れることで可能となる場合がある。試してみる価値はある。


 目を見開いているヴァランの目を覗き込みながら、オクルスは彼の両手を握りしめた。


「祈って。私の魔法を使いたいと、強く望んで」


 不安げに瞳を揺らしながらも、ヴァランはしっかりと頷いて目を閉じた。


 手が少し震えている。その緊張を解すようにオクルスは握る手に力をこめた。


 突如、身体から何かを喪失した感覚がした。いつもあるものが、ないような。空虚に覆われたような。


「あ……」


 驚きの声をこぼしたヴァランも、「いつもと違う」感覚を味わっているのだろう。


 オクルスの固有魔法を、ヴァランに貸している状態になっているはずだ。


 そこで重要なことを思い出す。オクルスの固有魔法は……。


 はっとしたオクルスは半ば怒鳴るように言った。


「ヴァラン、今すぐ、固有魔法返して!」


 オクルスは、常時自分の固有魔法を使っている状態だ。

 塔の扉や内部、外部を含めてほぼ全ての管理。そして、塔の周辺の侵入者を防ぐための防御壁を、風魔法により維持している。


 それを忘れたままヴァランに貸してしまった。


 ヴァランの魔力を消費してしまっているはずだ。彼が疲れていないといいが。


 そう思ってヴァランを見るが、彼はきょとんとしている。


 なんのダメージを受けていない顔で。それにオクルスは呆然とした。


 想像以上に、とんでもない逸材を拾ったのかもしれない。


 念の為、オクルスはヴァランへの確認を重ねる。


「君、なんともないの?」

「……はい?」


 やっぱり少しも疲れていなさそうだ。オクルスが何に焦っているかすら分かっていない。


 オクルスは安堵の息を吐いた。


 オクルスの固有魔法を感知しているのか、ヴァランは目を閉じている。それをしばらく眺めていると、ゆっくりと再び開かれたところから見える青とぱっちり合った。


「あの、テリーは大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ」

「なんで分かるんですか? テリーを動かしている気配、ないですよ」

「……大丈夫」


 ヴァランがテリーの気配をしないという。それは当然のことだ。


 テリーは、オクルスが動かし続けている存在ではないのだから。


「……」

「……大魔法使い様?」

「……」


 どうやって説明したものか。オクルスもテリーという存在について、はっきりと分かっていないことも多い。


 オクルスが説明しあぐねていると、頭上から何かが降ってきて、慌てたようにヴァランが受け止めた。勝手に窓を開けて降りてきたのだろう。


 ブラックダイアモンドでできているかのように透き通る目をした猫のぬいぐるみが、ヴァランの腕にしっかりと収まっている。


「ボクは、完成しきった存在なので」

「そうなんだね!」


 その輝きも有する黒が、射抜くようにオクルスを見つめる。しかし、すぐにヴァランの腕に頭を擦り寄せた。


 テリーの真っ黒な目から視線を外し、オクルスはヴァランに向き直った。


「私の固有魔法は扱えそう?」


 また目を閉じたヴァランは、試そうとしたのだろう。しかし、目を開けて緩やかに首を振った。


「魔法の感覚は、わかります。それでも、使い方は分からないです」


 確かに、いきなりやれと言ったのに、そこまで把握できたのなら十分。オクルスはヴァランに頷いた。


「分かった。維持ができているのだから、上出来だよ」


 オクルスよりも良い指導者についてもらう方が良いかもしれない。


 それこそ、レーデンボーク――封動の大魔法使いのほうが、天才だ。オクルスよりも圧倒的に頭の回転が速い。


 喉に棘が刺さったかのような気持ち悪い異物感に、一度喉をなでた。しかし、何かがあるわけではない。すぐに手をどかした。


 ヴァランのことは、オクルスが預かると決めたのだ。ヴァランが1人で生きていけるくらい、鍛えなくては。


「しばらくは扱えるかを試して。その後、固有魔法の借りる割合を変えることができるか、複数の魔法を同時に借りられるか、いくつも借りられるか、という流れで調べていこうか」

「はい!」


 ヴァランの返事に迷いはない。オクルスは、全面的な信頼を向けられるのが少しくすぐったくて、口元に笑みをのせた。


 先程の異物感は、気がつけば消え失せていた。

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