17、発動条件
数日後。オクルスはヴァランを連れて、庭に出ていた。共に動きやすい服装。オクルスはヴァランの顔色を見る。少し緊張しているのか、強張っている。それに気がつきながらも、オクルスは軽く頷いた。
「それじゃあ、固有魔法を使ってみようか」
緊張をしている方がいい。魔法が強大な力だという自覚ができているということだから。鞘に入っていない剣を振り回すような愚行を、この子は起こさないだろう。
固有魔法をいきなり使うと言い出したオクルスを、ヴァランが困ったように見ている。
「どうすればいいですか?」
「まずは、発動条件を探そう」
「条件があるんですか?」
ヴァランが青の瞳をまん丸にしてオクルスを見つめている。それに気を取られそうになりながらも頷いた。
「条件の有無は人による。ただ、あった方が使いやすいね」
固有魔法には、発動条件がある場合がある。しかし、魔法を専門とする人の見解では、発動条件がある方が、制御しやすいと言われている。
理由は単純。発動条件があると、その動作や言語がトリガーとなる。裏を返せば、それをするまでは発動されない。
その一方で、発動条件がない場合。心の中で軽く念じる、イメージをする、などで使うことができる。これは使うのが簡単そうに見えるが、その代わりに暴走しやすい。使うのにハードルが低い分、自分の想定外のところで固有魔法が発生することもある。
「だから、最初にやるのは、発動条件の有無の確認かな」
首を傾げたヴァランが、オクルスに向かって口を開いた。
「発動条件って具体的には何ですか?」
「大体パターンとしては決まっているね。何かに触れることが発動条件になる場合、そして言葉にすることが発動条件になる場合。この2つが多いかな」
「はい。ありがとうございます」
発動条件をどうやって探せばよいか。少しオクルスは考えこむ。
「ヴァラン。君の固有魔法は、人の固有魔法を借りることだよね?」
「……はい」
少し暗い声。そういえば、城の水晶で判定した後の表情も暗かったと今さらながら思い出した。
「自分の特殊魔法が嫌?」
「え……」
青の目を見開いたヴァランは、ふいと目を逸らした。そのまま、オクルスが黙っているとぽつりと言った。
「だって。誰かのものを、借りるだなんて。まるで奪っているみたいで。盗人みたいじゃないですか」
「……ああ」
ヴァランが何を心配しているか。やっと分かった。それなのに、固有魔法を判定しに行った日にオクルスが口にした「よかったね」は無神経だっただろうか。まあ、ヴァランが泣かなかったから良いとしよう。
「盗人じゃないよ。借りるんだから」
「でも……」
オクルスが否定しても、ヴァランは俯いてしまった。
ヴァランに何を言えば良いだろう。しばらく考えたあと、名案を思いついた。
「そんなに心配なら、私の固有魔法だけを使えばいい」
「大魔法使い様のを?」
顔を上げたヴァランは、オクルスを真っ直ぐ見つめている。
「私は許可を出している、だから盗人じゃない。そうでしょう?」
盗むというのは、他人の物を勝手に奪うこと。しかし、オクルスは使っていいと許可をしている。それなら、なんの問題もない。
理屈としては、筋が通っている。しかし、これでヴァランの気持ちが軽くなるだろうか。
ヴァランがオクルスを見つめて、目を見開いた。その青は、水があふれ出しそうな海のようだ。
どこか怯えた表情のまま、彼は口を開いた。
「いいの、ですか?」
「うん」
「本当に?」
「うん」
その水は溢れ出してこなかった。しばらく黙ってオクルスを見つめていたヴァランはふわりと笑った。まるでその周辺の空気が浄化されたように思えた。
「ありがとう、ございます」
「……うん」
この間に、ヴァランが何を考えていたのか全く分からない。
それでも、表情を見る限りヴァランが悲しむことにはならなかったようだ。それなら良かった。
◆
ヴァランの表情が明るくなったところで、オクルスは固有魔法の説明の続きを始めることにした。
「発動条件の有無が確認できたら、その後は自身の固有魔法の解釈かな」
「解釈、ですか?」
「うん」
使い手の認識により、使う範囲が広がる。研究をすればするほど、考えれば考えるほど、その可能性は大きくなる。
「例えば、『借りる』って、手元からなくなる状態だから……。全主導権が譲渡されるのかもしれない。あるいは、一部主導権だけを使うことができるかもしれない」
「なるほど」
固有魔法をヴァランはどのように扱うのだろうか。まだ見ぬ未来に思いをはせる。ヴァランは心優しい子だから、悪いようには扱わないと思うが、悪用をしようと思えばいくらでもできそうなのが懸念だ。
もちろん、懸念しているのは「ヴァランが悪用すること」ではない。余計な妄想ばかりしかしない貴族や王族の連中が、何もしていないヴァランを要注意人物とすることを恐れている。
そして。ヴァランの排除のために、ありもしない罪をでっち上げられることが、1番面倒だ。
オクルスが、「残虐な猫殺し」や「極悪非道な人間」へと仕立て上げられたように。
「大魔法使い様?」
気がつけば、ヴァランがオクルスの顔を覗き込んでいた。その心配そうな目を見て、荒れそうな気持ちを落ち着ける。緩やかに首を振った。
この子をオクルスのようにはさせない。大魔法使いである自分が、守ればいいのだから。
「なんでもないよ」
意識的に笑みを浮かべる。ヴァランがじーっとオクルスの顔を見ていたが、それに気が付かないフリをして、口を開く。
「それじゃあ、魔法を使ってみようか」
「えっと、どうやってですか?」
「使おうとしてみて」
魔法は、使用者の意思に従う。だから、発動条件がないのなら、少し願うだけで使えるはずだ。
戸惑いを浮かべたヴァランであったが、オクルスの言葉通り、軽く目を閉じて黙り込んだ。
しかし、何も起こらない。
「目を開けて」
オクルスの指示で、ヴァランは目を開けた。心配そうな目を向けてくるヴァランに、オクルスは微笑みかけた。
「何らかの発動条件がありそうだね」
ヴァランが何かを失敗はしていない限りは、発動条件があるということ。しかし、あっという間に光と闇以外の魔法を習得したヴァランだ。一度、発動条件があると考えた方が良いだろう。
オクルスはしばらく黙って考えた。ヴァランと近しい固有魔法、他者の存在を必要とする固有魔法の場合の発動条件の事例を頭の中で整理する。
「まあ、少し試してみようか」




