16、ヴァランの固有魔法
固有魔法を判断する水晶がある部屋。そこには複数の人がいた。
その中で、水晶の近くにある椅子で足を組んでいる人間が目に入る。オクルスは顔を顰めたくなるのを必死に堪えた。
「オクルス・インフィニティ。遅かったな」
エストレージャには早かったと言われたし、予定より早い時間のはずだ。それなのに、この男は自分の待ち時間を基準としている。
不機嫌そうな口ぶりで吐き捨てたその男に、オクルスは無理矢理作った笑みを向けた。
「それは申し訳ありませんでした、レーデンボーク第三王子殿下」
レーデンボーク・スペランザ。エストレージャの弟であり、この国の第三王子。そして、大魔法使いでもある。
オクルスができる限りの柔らかい対応をしたと言うのに、レーデンボークは鬱陶しそうにオクルスのことを睨み付ける。
「お前の面倒な思いつきで呼びつけられたこっちの身にもなれよ」
「……呼んでませんけど?」
別にオクルスが呼んだわけではない。エストレージャに連絡を入れた、それだけだ。レーデンボークを呼び出したのは、国の上層部の判断だろう。
取り繕いきれずにこぼれ落ちたオクルスの本音に、レーデンボークが鼻で笑いながら言った。
「は。お前のような人間が城に来る時点で、俺が呼びつけられるのは分かりきったことだろう」
「……」
知るか。その言葉をのみ込んだ自分を褒めてほしい。そもそも、オクルスを勝手に警戒しているのは王族の方だ。別にオクルスは指示に従って連絡までしているのだから、責められる謂れはない。
そんな2人のやりとりを見ていたエストレージャが、わざとらしくため息をついた。
「落ち着け、レーデンボーク」
「なんだよ、兄さん」
「お前、オクルスにすぐ喧嘩を売ろうとするな」
「……」
何かを言いたそうに口を開きかけたレーデンボークだったが、エストレージャの鋭い目に制されて、それ以上何も言わなかった。
「ほら、さっさと終わらせるぞ」
エストレージャが、ヴァランに目配せをした。それを受けたヴァランが、オクルスの手を放し、中心の方へと歩き出した。
そこで、レーデンボークは初めてヴァランの存在に気がついたように目を瞬かせた。ヴァランの頭から足先までをじろじろと見つめた後、レーデンボークは口角を上げた。
「へえ」
その新しいおもちゃを見つけたかのような声色に。オクルスは思わずヴァランの手を掴んだ。
「……? 大魔法使い様?」
「……ごめん」
きょとんとしたヴァランの手を放す。
オクルスはレーデンボークを睨みつけた。このまま、ヴァランのことを取られそうな気がして。はっきりとレーデンボークと目が合う。
彼はオクルスを見ながら何かを言いたげにしていたが、結局は何も言わなかった。
ヴァランがレーデンボークの元にたどり着くと、レーデンボークは立ち上がらずに部屋の中央の水晶玉を示した。
「そこの子ども。水晶に手をかざせ」
「……はい」
こくり、と頷いたヴァランが水晶玉へと手を伸ばす。それが薄らと輝きを放ち始めたのを見て、ようやくレーデンボークは立ち上がった。
レーデンボークが、水晶を掴む勢いで手をかざす。
すると、さらに光は強くなっていった。部屋に眩しい光が満ちあふれる。
しばらくして、その光は徐々に弱まっていった。
「……ふうん」
レーデンボークが声を漏らす。その声色は、心底興味なさげだった。
「この子どもの固有魔法は、『人の固有魔法を借りること』だ」
レーデンボークのよく響く声に、その場は静まり返った。
固有魔法の中で、「独自性」があるものが好かれる。オクルスの「物従」も。レーデンボークの「封動」も。あまり他者にそれほど強力な固有魔法を持っているものはいない。だからこそ、一目置かれる。
ヴァランの固有魔法は「人の物を借りる」という力。他者がいないと、存在し得ない。だからこそ、レーデンボークは興味なさげな声だったのだろう。
誰も口にしなくとも、ひしひしと考えていることは伝わってくる。それは、何の役に立つのか。そう、言いたげな空気。拍子抜けしたような顔。
ヴァランが俯くのを見ながら、オクルスは彼に歩み寄った。
この、勘の悪い連中に、さっさと事態を突きつけてやろう。
「よかったね。ヴァラン」
「……え」
顔を上げたヴァランの青の瞳に映るのは、オクルスだけ。
オクルスは微笑みかけた。
「それなら私の固有魔法をいくらでも使えばいい。そうしたら、制御方法も教えられるから」
この子どもを預かったのは、誰だと思っているのか。
大魔法使い、オクルス・インフィニティだ。
その場は凍り付いた。オクルスの複製が作れるのと同義。それを、オクルスは明言した。オクルスの固有魔法をいくらでもヴァランに使わせるつもりがある、ということを。
オクルスの意図はしっかり伝わったらしい。
レーデンボークが苦虫を噛みつぶした表情になったのに、少しだけすっきりとした感覚を味わいながら、オクルスはヴァランに手を差し出した。
「帰ろうか」
「はいっ」
部屋を出る直前、エストレージャとはっきり目があった。この男の平然とした顔は崩れていない。むしろ、少し楽しげなのは気のせいか。
「エストレージャ第二王子殿下。帰りの馬車は要らないので」
「そうか」
「それでは、また」
エストレージャにしか声をかけずに、オクルスはヴァランの手を引きながら城の出口へと早足で向かった。
雑音が聞こえたかもしれないが、聞かないように気をつけながら、出口へとたどり着くことができた。
オクルスが空に手を伸ばす。すると、それを待っていたかのように、塔から飛んできた箒が手に収まった。
「ヴァラン、乗って」
「はい」
とりあえず、面倒事が1つ片付いた。そのことに安堵しながら、自身の塔へ飛び立った。




