15、城にて
馬車は城へと到着をし、門の中へと入っていく。外からこちらの様子を気にしている人もいるようだが、オクルスは外から見えないよう馬車の壁に隠れた。
「多分、もうすぐ降りるけれど。準備は大丈夫?」
「はい」
そこで、ヴァランの顔色が晴れ晴れとしていることに気がついた。先ほどまでの暗い表情はどこにいったのか。不安と期待をこめた瞳。どこかわくわくした表情。自身の固有魔法を知るということへの感情だろう。
ヴァランが緩みそうになる頬を手で押さえているのを見ながら、オクルスは深呼吸をした。意識しないと、勝手に顔が強張る。
そんなオクルスを見たヴァランが、おずおずと尋ねた。
「僕が、自分の手で耳を塞いだ方がいいですか?」
「……ううん。大丈夫」
オクルスが雑音を聞いてほしくない、嫌われたくない、と駄々をこねるように言っていたから、ヴァランが気を遣ってくれたのだろう。
しかし、そんなことをすれば、ヴァランが変な子と思われるか、オクルスが変な教育をしていると思われるだけだ。
緩やかに首を振ったオクルスを、ヴァランが何か言いたげに見つめていたが、結局は何も言わなかった。
◆
固有魔法の判断。それは、城の解放されている場所で行われている。
誰でも入れるスペース。基本的に、決まった時間に事前連絡なしで行うことができる。
国の機関に属する人間の立ち会いが必要となる。基本的に駐在している人がいるが、オクルスの連絡により上の立場の人間がいるかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていくと、すれ違う人からの視線が突き刺さるのに気がつく。
「あれ、物従の大魔法使いじゃないか」
「へえ、珍しいな。城に滅多に顔を出さないのに」
ああ。聞きたくない。
「あの人、山を壊したんだろう?」
「ああ。そんなこともあったな。顔だけは良いのに」
聞きたくない。
「あの人には近づいたら駄目よ」
「なんで?」
「怖い人だから」
何も、聞きたくない。
雑音が不快だ。聞こえないように言っているつもりなのか。聞かせようとしているのだろうか。
苦しい。首を絞められているように息がしにくい。
「あの残虐な、猫殺しだろう?」
その言葉に、流石に無反応でいることはできずに、オクルスは声の主を睨みつけた。自分から湧き上がりそうな殺気を押し殺す。それ以上の何かを言われる前に、目を逸らした。
一瞬、ヴァランが驚いたようにオクルスを見た。猫、という言葉にテリーを思い出したのだろうか。
しかし、オクルスはそのヴァランからの視線に気がつかないふりをして、前だけを向いていた。
「あれ、子ども?」
「実験道具にするつもりか?」
すっと身体の芯が冷え切る感覚がした。
結局、自分が何をしても変わらない。そう、突きつけられた気分だった。奥歯を噛みしめる。胸の中に広がる、空虚な感覚。
結局、自分は1人に、なるのか。
不意にぎゅっと手が握られた。オクルスはそちらに視線を向ける。ヴァランが、オクルスの手を掴んでいた。
その手は、泣きたくなるほど温かかった。
そうして歩いていると、道を塞ぐように人が立っていた。少し目線を上げる。オクルスにとって、見慣れた人物だった。
「早かったな、オクルス」
「……エストレージャ第二王子殿下」
エストレージャ・スペランザ。彼がオクルスからの連絡を受けており、馬車も手配したのだから、時間の予測は簡単だろう。
彼が来た瞬間、陰口を叩いていた人は黙り込んだ。
王位継承争いではあまり名が上がらないエストレージャではあるが、王族であるのは揺るがない事実。
そんな彼の前で、「友人」とされているオクルスの悪口など、言えないだろう。
予想通り、その後は辺りが静かになった。
音を遮断する機械のようだ。思わずくすりと笑う。
「……きみ、便利だね」
「なにが?」
「耳を塞ぐより、効果がある」
ヴァランやテリーとの会話を知らないエストレージャは首を傾げたが、ヴァランも楽しそうに笑った。
そんなオクルスとヴァランを不思議そうにしていたエストレージャは、ぼそりと呟いた。
「……さっきまで死にそうな顔色をしておいて」
「え?」
その声はオクルスには届かなかった。聞き返すが、エストレージャは軽く首を振って口を開く。
「ヴァランはどんな固有魔法があるんだろうな」
「なんだろうね」
自身の固有魔法な何か。それは大事な話であるが、どっちにしろ固有魔法に優劣はつけられない。力を上手く扱えるか、どのように使えるか。結局は使い手しだい。
どんな固有魔法を持つか。それは「大事」ではあるが、「全て」ではない。
エストレージャがヴァランの方を見ながら尋ねた。
「緊張しているか?」
「……していません」
明らかな強がりに、思わず頬が緩みそうになったが、それを必死に隠した。ヴァランは、先ほどからきょろきょろとしており、たまに目線を下げる、という落ち着いていない様子だった。緊張していないというのには無理がある。
エストレージャもそう思ったようで、笑い出しそうになっていた。咳払いをして誤魔化していた。エストレージャが話を逸らすように、口を開いた。
「そうだ。オクルス」
「なに?」
笑いそうなのを誤魔化すために口を開いたのかと思ったが。彼の声色が真剣なものになったため、オクルスも気を引き締めた。
「お前、レーデンボークと折り合い悪かったよな?」
「……」
こんな城の中で、「王族と関係が悪い」などと言えるわけがない。黙ったオクルスをちらりと見て、彼は言う。
「立ち会い人にレーデンボークが来るらしい」
「……は?」
オクルスよりも年下でありながらも、国の中枢から仕事を依頼されているレーデンボーク。そんな多忙な彼が来るなんて、考えてもいなかった。
「えー、やっぱり帰ろうかな」
「おい。俺もレーデンボークも日程をこじ開けたんだから」
「先に言ってよ。心の準備ができないでしょう」
「言えばお前が逃げるだろうが」
もちろん、帰るというのは冗談だ。各所に知らせは入っており、ここまできてオクルスの私情で中止はできない。
しかし、気が重い。レーデンボークはオクルスを嫌っており、敵意をむき出しにしてくる。
オクルスはため息を吐きそうになる気持ちを、必死に押し殺した。




