14、違和感
城に行く日の朝。塔の前には、1台の馬車が止まっていた。
「大魔法使い様。あの馬車、大魔法使い様のですか?」
窓の外を覗き込んでいたヴァランに問われ、オクルスは首を振る。
「ううん、たぶん王子様が送ってきた馬車」
「エストレージャ殿下が?」
「うん」
エストレージャはそうやって配慮をするのだ。王家の紋章のある馬車に乗って行けば、近寄る人を減らせるから。もっとも、人目は引く。それでも、迂闊に近寄ってこないだろう。
それを説明すると、ヴァランは納得したようで頷いた。
彼はオクルスに視線を移し、表情を明るくした。
「大魔法使い様、その黒のマントかっこいいですね」
「ああ。これ? 大魔法使いしかつけられないやつだね」
真っ黒のマントに用いられるのは金の糸。この黒の布と金の糸の組み合わせをマントの製作に用いることが可能なのは、この国では大魔法使いだけとされている。
「かっこいいマントですね」
「……ありがとう」
ヴァランの青の瞳が、宝石を詰め込んだように輝いているのを見て、オクルスは目を逸らした。
ヴァランが大魔法使いへの憧れを強めているのは気のせいか。オクルスは醜態を晒しすぎて、憧れられるとは思えないから、大魔法使いという存在に興味を持っているのだろう。前に大魔法使いの話をしたときにも、非常に興味を示していたように見えたし。
それが良いことなのか、という判断はオクルスにできない。大魔法使いになることが幸せか、という解はないのだから。
余計な思考を振り払い、オクルスはヴァランに尋ねた。
「準備、できた?」
「はい!」
「じゃあ、行こうか」
オクルスはヴァランと階段を降りていこうとしたが、ヴァランは何かを思いだしたように部屋の中へと戻っていった。何をしに行ったのだろう。オクルスがそれを扉の近くで眺めていると、ヴァランはソファにいるテリーの頭を撫でていた。
「行ってくるね、テリー」
「はい。お気をつけて」
少し駆け足気味で戻ってきたヴァランを視界にいれて、オクルスは階段を降り始めた。
「君、優しいね。テリーにまで挨拶して」
テリーは喋るし、動くが、猫のぬいぐるみだ。オクルスにとっては価値のあり、意味があることでも、ヴァランにとっては奇妙なぬいぐるみに過ぎないだろう。
そう思ってヴァランをちらりと見ながら言うと、彼はきょとんとした後に笑みを浮かべた。
「だって、大魔法使い様の家族ですよね?」
「かぞく……」
「違うんですか?」
ヴァランの青の瞳に顔を覗き込まれ、オクルスは息を呑んだ。その青は、オクルスの全てを見透かしているような気がして。
僅かに、恐怖心をおぼえた。オクルスはそんな自分を慌てて否定する。
ヴァランはまだ子どもであり、オクルスが庇護するべき存在だ。そんな彼へ恐怖に近しい感覚を覚えたことに嫌悪した。
「……家族か。そうかもね」
家族という言葉は好きではない。しかし、テリーは。それ以外の何でも表せない存在なのは事実。
オクルスはどんな顔をしていたのだろうか。ヴァランが小首を傾げた。
「……大魔法使い様?」
「何でもないよ。それよりこんな馬車、乗ったことないでしょう」
エストレージャが送ってきただけあって、それは高そうな馬車だ。オクルスは馬車を買ったことがないため、値段の相場などは知らないが、町で見かけるものより上等だということは流石にわかる。
ヴァランを馬車にのせて、自分も乗り込む。エストレージャの指示を受けているであろう御者は、顔色を1つも変えずに馬車の戸を閉めた。
馬車が動き出してから、しばらくヴァランは目を輝かせながら外を見ていた。オクルスはそんなヴァランを眺めていたが。ヴァランが外を見るのに満足をしたのか、オクルスに向き直った。
「エストレージャ殿下と、仲が良いんですね」
「……どうかな」
オクルスは目を伏せる。ヴァランの目を見なくても、彼の青の瞳がオクルスに向けられているのがわかるほど、視線が突き刺さっている。
「……人の気持ちは、分からないよ」
いつになっても、分からない。
オクルスはエストレージャとそれなりに親しいつもりでいるが。エストレージャにとってはどうか知らない。
少なくとも大勢の中の1人でしかなく。そして、「大魔法使い」だからという理由とオクルスへの憐れみも大きい。
きっと。いつかエストレージャは来なくなるのだ。ふっ、と嘲笑を浮かべたオクルスはしばらく黙っていた。
ヴァランの方へと視線を戻して尋ねた。
「君こそ。孤児院の子達と、仲が良かったんじゃないの?」
何も、傷つけたくない。そう言った彼のことだ。さぞ、孤児院では友達も多く、彼の方も他の子に好意を抱いていたんだろう。優しい彼はみんなに慕われていたはずだ。
ヴァランは輝かんばかりの笑みで頷く。そう、思っていたのに。
「……どう、でしょうね」
ヴァランは、オクルスから視線を外した。触れられたくない、何かに触れられてしまったように。
どこか暗い表情で俯いたヴァランに、オクルスは瞠目した。こんな反応、予想もしていなかったから。
いつもは眩しい子の、心を踏みつけてしまったかのような気分になって。オクルスは黙り込んだ。
しばらく、2人とも何も言わなかった。馬車の音だけが、響いていた。




