13、嫌われたくない
オクルスは、自身と同じ部屋で本を読んでいるヴァランに声をかけた。熱心に読んでいる彼の邪魔をするのは忍びないが、そうは言っていられない要件ができた。
「ヴァラン」
「はい」
すぐに顔を上げたヴァランに、オクルスは先ほど届いた手紙を差し出した。
「城に行く許可が下りたよ」
「本当ですか?」
ヴァランの固有魔法が何かを確かめるため、城に行かなくてはいけない。普通の人が検査に行くのはわざわざ許可はいらないが。オクルスは、自分が嫌がられているのを知っているから、ちゃんと許可をとった。エストレージャに。
そのエストレージャから返事が来た。『3日後にどうか』と書いてあった。問題はない、と書いた紙は窓の外に放り投げた。
その紙はエストレージャの仕事部屋に届く。もちろん固有魔法を使って。無事に届いているはずだ。
「3日後。城に行こうか」
「はい」
こくりとヴァランが頷いた。そんな彼は、少し緊張気味に俯いた。固有魔法が何かを知る、というのは怖いものだろう。
「固有魔法ってない人、いるんですか?」
「いない、はず」
固有魔法を持たない人、というのは聞いたことがない。もちろんオクルスの知る限りではあるが。
「その代わり、なかなか固有魔法を使えない人がいるんだ」
「使えない、ですか?」
「うん。存在していても、使えるとは限らない。しかも、人によって違うから、解説書があるわけでもない」
基本的に使い方の説明はできない。大魔法使いのオクルスなら、たくさん研究をすればヴァランの固有魔法について少しは教えられるかもしれない。それでも確証はない。相当な労力を使うのだ。
「固有魔法って大変なんですね」
「まあ、そうだねー」
それも「大魔法使い」になるハードルの高さだ。固有魔法を「使いこなす」。その「使いこなす」自体の判断は、そのときの大魔法使いと国王が判断する。
「まあ、何とかなるよ。きっと」
「そんなものですか?」
ヴァランは疑わしそうにしているが、オクルスは軽い笑い声を上げた。
「あはは。本当だって。私は固有魔法は結構早く使えたし」
「……ええ?」
ヴァランの声も、表情も。やはり疑っている気がする。オクルスは首を傾げた。
「え? なに?」
「いや……」
ヴァランがテリーの方を見る。テリーがヴァランの膝の上に飛び乗った。そのぬいぐるみは、オクルスをちらりと見てから言った。
「この人、常識ないんで」
「ちょっと、テリー?」
「何ですか?」
「……」
悪びれもしないテリーを、オクルスは黙って睨み付けた。しかし、テリーはオクルスから顔を背け、ヴァランに甘えるように頭をすり寄せる。困ったような顔のヴァランがテリーの頭をよしよしと撫でた。
オクルスは黙ったまま、テリーの首根っこを引っつかみ、少し離れた場所にあるソファまでぶん投げた。
「ヴァラン、固有魔法のことは気負わなくていいよ。それよりも……」
オクルスが心配しているのは、別のことだ。考え込んだオクルスを見て、ヴァランが首を傾げた。
「大魔法使い様、何か心配ごとですか?」
「いやー、うーん」
しばらくオクルスは黙っていたが、ヴァランに視線を定めてから言った。
「ねえ、ヴァラン。耳を塞いだまま、城に行かない?」
「……え?」
ぽかんとしたヴァランを見てオクルスは目を逸らした。流石に、無茶ぶりか。
「えっと、なんでそんな結論に?」
「いや、雑音が嫌……」
「雑音?」
「他者の声が君の耳に入るのが嫌だなって」
オクルスのあることないこと。オクルスが城に現れれば、確実に噂をされるわけで。半分くらいが事実だとしても嘘も混じっているのだ。
まだヴァランがオクルスの塔で生活する期間は決まっていないが。残りの生活で嫌そうな目を向けられるのは耐えられない。オクルスはそこまでメンタルが強くない。
ソファからこちらに向かって顔を出したテリーがぼそりと言った。
「ご主人様、阿呆なんですか」
「なにが?」
「現実的なことを言ってくださいよ。子どもに外界の音を遮断して城に入るなんて。もっと評判落ちますよ」
「だって、ヴァランに嫌われたくないよ」
オクルスの言葉に、ヴァランが青の瞳を瞬かせた。
「え? 僕にですか?」
「それはもちろん。なんでそんなに不思議そうなの?」
驚きを隠さないヴァランに、オクルスは首を傾げた。なぜ、彼がそんなに不思議そうにしているのか。
「だって、大魔法使い様にしてみれば、僕はその辺の子どもと一緒でしょう?」
「そんなわけないよ。私がこの塔に入れたのは君だけだよ」
「そっか……」
少し頬を赤くしたヴァランを見て、オクルスは首を傾げた。暑いだろうか。一応窓を開ける。もちろん魔法を使っているため、立ち上がるなどはしていない。
なぜかテリーの視線が突き刺さっている気がするが。知らない。
しばらく俯いていたヴァランが、ぱっとオクルスを見る。
「じゃあ、魔法で音の遮断はできないんですか?」
オクルスは何度か瞬きをした。ヴァランは賢い子だ。
まだそんな話は教えたことないが。自分でちゃんと考えられる。
「できるか、と言ったらできる。風の魔法で、君の周りの音だけを遮断すればいいから。できるんだけど……」
歯切れ悪く言ったオクルスに、ヴァランの青の瞳が不思議そうにこちらを見ている。軽く息を吐いてから、オクルスは答えた。
「魔法を使ったまま城に入ったら、流石に怒られそう」
「そうなんですか?」
「うん」
オクルスが魔法を使った状態で城に行ったことに気がつかれなければ、怒られない。ある程度は気がつかれないようにはできるはず。
しかし、城にはレーデンボーク・スペランザ――第三王子であり、封動の魔法使いがいる可能性はある。彼ほどの実力者なら、オクルスが隠蔽しようとすれば、気がつかれる。反逆の意思ありとみなされれば、もっと面倒だ。
しばらくは何か方法がないかを考えたが、結局は諦めた。
「まあ、気にしないで」
拒絶されたくない。それは、オクルスの一方的な想いだ。ヴァランには関係がない。
今回の件でヴァランに嫌われたら。オクルスのもとにいるのが嫌だと言われたら。エストレージャのもとにでも預けるか。
「大魔法使い様」
「ん?」
「大丈夫です。嫌いになんて、なりません」
「……そう?」
分からない。どうしたら嫌われないのか、オクルスは知らない。
ヴァランの言葉に怯えと安堵を心の中に見つけながら。オクルスはため息をついた。




