表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

114/115

114、日常

 結局、ヴァランの卒業という異例な措置を反対することもできず。オクルスはヴァランと共に塔へと帰ってきた。


 ずっとにこにこしているヴァランに、オクルスはもう拒絶もできず、笑みを返した。


 そんなオクルスの衣服を、ヴァランが引っ張った。


「オクルス様」

「なに?」


 彼の方を見ると、少し悪戯めいた表情をしたヴァランが、服を握っていた手をオクルスの手へと移す。


「キスしても良いですか?」

「え? それは駄目。君、まだ20になってないでしょう」


 甘えたように言われたが、オクルスはきっぱりと断った。すると、不満そうなヴァランが、わざとらしいほど頬を膨らませて言う。


「なんで20ですか? 別に10代で結婚している人もいますよね?」

「まあ、そうだけど……。私の感覚の問題。君、前世だと未成年みたいなものだし」


 オクルスの中で、未成年の子に口づけるなんてしていいと思わない。正確には成人年齢は18だが、オクルスの感覚だと20でも似たようなもの。年上が未成年者にキスをするなんて犯罪レベルだと思う。オクルスを犯罪者にしないでほしい。


 少し黙ったヴァランが首を傾げた。


「……オクルス様は、何人の人と付き合ったことあるんですか?」

「え、ないよ」

「え? 前世も含めてですよ?」

「だから、ないって」


 オクルスの覚えている限り、一度もない。この世界では、忌避されていて、そもそも友人すら少ない。前世では残念ながら仕事が忙しかった記憶しかない。


 オクルスが説明したのに、ヴァランは納得していなさそうだ。


「え、一度くらいはありますよね?」

「いや、ないってば」


 そう答えると、彼の表情が一気に明るくなった。先ほどまでの不満げな表情が嘘みたいに明るい。


「じゃあ、僕が初めての相手ですか?」

「言い方……。まあ、そうなるね」

「えへへ」


 前に、ヴァランから口づけをしてきたときのことを言っているのだろう。それが初めての口づけであることはまさしく事実であるから、オクルスは一応頷いた。


 すると、ヴァランが照れたように、嬉しそうに笑う。オクルスは軽く眉をひそめる。


「なんでそんなに嬉しそうなの?」

「オクルス様のことなら、何でも嬉しいですよ」

「……」


 この素直な返事に慣れない。自身の頬がじわじわと赤くなっている感覚に、オクルスは目線を落とした。


 自身の心が荒らされる。それは間違いなくヴァランのせいで。


 目の前のヴァランが愛おしくて、不意に泣きそうになった。オクルスは、もう後悔などしない。たとえ手段が間違っていたとしても、この愛する子を守るために何かができたのなら、それで良い。


 オクルスがそう思っていると、ヴァランがじっとこちらを見ていることに気がついた。軽く首を傾げると、ヴァランが口を開いた。


「ねえ、オクルス様。こんな日が続けばいいと思いませんか?」

「え?」

「僕がいて、テリーがいて。穏やかに、暮らしましょう」


 それが、すとんと落ちた。そうだ。オクルスは、ヴァランとテリーと穏やかに生きたい。それが、1番幸せに思える。


「確かに。うん」


 オクルスは頷いたあとではっとした。オクルスが年上だという事実は変わらないのだから、これは言っておけなければ。


「ヴァラン。その代わり、約束してね。私が死んでも、後を追ってこないで」

「分かりました」


 諭すような口調で言ったオクルスに、あっさりと頷かれて、オクルスは目をぱちぱちとさせた。ヴァランがオクルスの気持ちを考慮してくれるのは有り難いが、少し怪しい。


「……妙に、聞き分けがいいね」

「だって、死なせなければ良いですよね?」

「え、怖いんだけど」


 その言い回しがすでに怖い。「死なせなければいい」って。引っかかる言い方だ。オクルスがヴァランを軽く睨むと、彼はきょとんとした顔で言う。


「後を追わなければ、なんでもしていいんですよね?」

「いや、そんなことは言ってない」

「魂を……あ、何でもないです」

「いや、怖いんだけど!?」


 怖い。その言葉も、どこか暗く見える青の瞳も怖い。ヴァランがふわりと笑って言う。


「大丈夫です。後を追うことはしません」

「……もう、いいよ。それで」


 ヴァランを止めても、手遅れだろう。彼は自分で選べる子だし、自分が良かれと思えば勝手に動く。それなら、「後を追わない」と言質を取れただけでもマシだろう。


「オクルス様。愛しています。この世で、1番」

「私も、君のことが大好きだよ」


 諦めたオクルスが素直に認めると、ヴァランが嬉しそうに笑った。今まで見たことがないほど、眩しい笑みだ。


 オクルスの腕を掴んだヴァランが、顔を近づけてくる。オクルスは慌てて言った。


「キスは駄目だって」

「大丈夫です。誰も見ていないです」

「そうじゃなくて。それにテリーが……」

「見ていないですよ。大丈夫です」


 結局、ヴァランを制止できなかったオクルスは、彼からの口づけを受け入れた。柔らかい感覚に、心臓がばくばくとうるさい。


 ヴァランが離れてから、オクルスはじとっとした目を向ける。


「駄目って言ったのに」

「えへへ。でも、僕だってもう学生じゃないので」

「いや……。まあ、いいや」


 とろけそうな笑みを浮かべているヴァランを見ていると、怒る気にもなれなかった。むしろ、ヴァランが幸せそうならそれで良いか、とい気持ちになってくる。


 この日常が続きますように。それも、できるだけ長く。オクルスは祈りながら、ヴァランの頬に口づけを落とした。


 目をぱちぱちとさせたあと、真っ赤になったヴァランを見て、オクルスは笑みを浮かべる。それも愛おしくて仕方がない。


 できるだけ、長く。ヴァランの側にいられますように。オクルスが先に死ぬだろうが、それでも今ある幸せをしっかりと味わいたいと思った。

「孤独者の残光 ~預かった子どもを闇堕ちさせないため、嫌われることにした~」は完結となります。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

また機会がございましたら、お会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ