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11、その願いは枷となるか

「大魔法使い様」

「んー? どうしたの?」


 オクルスが回ってきた仕事を処理していると、ヴァランに声をかけられた。ヴァランはテリーと遊んでいたはずだ。


「何か仕事しますか?」

「仕事?」


 ヴァランに言われて、オクルスは首を傾げた。それを見て、少し悲しそうな顔でヴァランは身を乗り出した。


「お掃除とかしますか?」

「掃除? ゴミは勝手に集まるよ」

「……何か、することはないですか」

「遊んでいていいよ」


 子どもは遊びたいものだろう。そう思ってオクルスは言ったのに。ヴァランの顔が泣きそうに歪んだ。そのまま部屋を出て、どこかに行ってしまった。


「ん? 何か間違えた?」


 ヴァランの表情から、何かを間違えた気がする。しかし、分からない。魔法があるから何かをやってもらう、ということは基本的に必要ないのに。


「ご主人様。あまり人の気持ち分からないんですね」

「え? なに? 君は分かるの?」


 ぬいぐるみよりも人の心が分からないのか。オクルスは目を逸らした。それでもテリーに頼るしかない。


「テリー、なに? ヴァランは何を考えているの?」

「理由がほしいんですよ」

「なんの理由?」

「ご主人様……」


 テリーの説明でも分からない。首を傾げたオクルスに、テリーが呆れたような声を出す。勝手に呆れないでほしい。


「ここにいる理由ですよ。あの子は孤児院の子ですよね? ご主人様に塔においてもらう理由がほしいんです」

「……なるほど」


 一方的に与えられる好意が、怖い。なぜ優しくしてもらえるのか。なぜわざわざオクルスが塔に置いてくれるのかが、疑問なのだろう。


 だからこそ、理由がほしかった。オクルスのための行動をすることで、明確にここにいてもいいんだと理由がほしかった。


「しかもさっき、ご主人様が買った服が大量に届いたじゃないですか。あんなの、申し訳なくなりますよ」


 今日の朝、この前仕立屋に作りに行った服が届いた。大量の服は、届いてすぐにヴァランの部屋の収納スペースに片づけた。もちろん、オクルスの魔法を使って。


 しかし、それすら。ヴァランにしてみれば、気が重くなる要因だったかもしれない。オクルスは息を吐いて、天井を見上げた。


「なるほど……」

「ご主人様」

「分かってる」


 すぐに立ち上がったオクルスは、そのまま早足で部屋を出る。物の感覚を使うことで、塔の中にいるかを確認をした。ヴァランに与えた部屋。そこに物以外の存在がいる、と分かった。


 こつこつ、と靴の音だけが響く。その響き渡る音は聞こえているだろう。隠すことなく、扉を叩いた。


「入るね」


 返事を待たずに扉を開く。ベッドの隅で毛布をかぶって、丸くなっている存在をすぐに見つけた。


 オクルスはベッドの近くまで歩みを進める。ヴァランから近すぎず、遠すぎないベッドの上に腰を下ろした。


「ヴァラン」

「……」


 返事はない。オクルスはヴァランに手を伸ばしかけたが、触れるのには躊躇した。


「ごめんね」

「……」


 やはり返事はない。どうしたら、いいだろうか。オクルスは必死に言葉を探す。


「ごめんね。分からなくて」


 僅かにヴァランが毛布の下で身じろぎをした気がした。構わずに、オクルスは言葉を続ける。


「君が何を欲しているのか、何も分からない。未熟なまま、人との交流が少ないまま、この年になってしまったから」


 オクルスは自嘲気味に笑った。


 なぜ、自分はこんなに上手くできないのだろうか。


 ああ。そういえば。前世でも、『人の気持ちが分からない』と言われたことがある気がする。何の時かは分からないが。薄らとそんな記憶がよぎる。しかし、今よりは人との交流があったはずなのに、何にも改善ができていない。


 結局。人間の本質は変わらないのか。


 ぎり、と無意識のうちに奥歯を噛みしめていた。人とわかり合えない自分が情けなくて、苦しい。


 ふと、右手に温かい感覚がした。


 いつのまにか毛布から出てきたヴァランの青の瞳がオクルスにまっすぐ注がれている。ヴァランがオクルスの右手包み込んでいた。


「痛いんですか?」

「……痛いのかなあ」


 ヴァランは心配そうにしているが。自分は一体どんな顔をしているのだろうか。ヴァランの手のぬくもりが温かい。


 さっきまで隠れていたヴァランは、もう出てきたようだ。毛布をかぶったことで、少し乱れている銀の髪にそっと触れた。


「あれ、君はもういいの?」

「大魔法使い様の方が、苦しそうなので」


 人の手は、こんなにも温かいものだっただろうか。誰かに心配をされている。そう考えると、手だけではなく、心までぬくもりを流し込まれた心地がした。


 ヴァランに許しを乞いにきたはずが、結局は自分が慰められている気がする。


「……ありがとう、ヴァラン。ごめんね」


 ヴァランを見ながらそう言うと、彼は困ったように俯いた。


「なんで、大魔法使い様が謝るんですか?」

「だって、君が嫌な思いをしたでしょう?」


 オクルスの言動がヴァランを苦しめた。その事実は変わらないのだ。


 しばらくは目を伏せていたヴァランが、顔を上げる。青の瞳が、オクルスの薄桃色の瞳を真っ直ぐに覗き込んでいた。


「僕は、大魔法使い様に。何かできるんですか?」

「それ、は……」


 しかし、ヴァランはまだ8歳の子どもだ。彼に何かを求める気はないもない。それでも、ヴァランはそれを欲している。


 しばらく考え込んだあと、迷いながら口を開いた。


「じゃあ……。君が私の手元を離れたあと、たまに顔を出してよ」

「え?」


 ぽかんとしているヴァランに、オクルスは説明をはじめた。


「私は多分結婚はできないし、子どももできないはず」


 現状、どちらも望めない。オクルスは1人で生きていくしかないわけで。だからこそ、ヴァランとの繋がりを断ちたくないのだ。


「だから私は暇していると思うから。たまにはきてほしいな」


 大きい瞳をぱちくりと動かしたヴァランは、不安げにオクルスを見上げた。


「……それだけで良いんですか?」

「うん。それがありがたいから」


 オクルスが手にしていないものは、人との繋がりだ。エストレージャがたまに来るぐらいであり、おそらくエストレージャは仕事という面と、オクルスへの憐れみの気持ちが強い。


 ヴァランに介護をさせようという気は、断じてない。将来のこともちゃんと考えないといけないが。

 ヴァランが穴が開きそうなくらいオクルスを見つめてから言った。


「……でも、それだと未来の話ですよね? 今は?」


 納得していなさそうなヴァランに、オクルスは口元を歪めた。


「未来を縛り付けるのって、結構罪深くない?」

「え?」

「あー……。何でもない。未来だとしても、私にとっては大事なことなんだ」


 オクルスにしてみれば、未来の約束をして、将来の彼まで拘束するのは非道に思えるが。それでも、こんな口約束だ。きっと彼はすぐに忘れる。それくらいで、いいのだ。それで、大丈夫。


「分かりました。そうします」

「うん。じゃあ、そうしよう」


 これくらいの口約束が、彼への枷にはならないと信じて。オクルスはヴァランの髪をゆっくりと撫でた。

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