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106、変化の理由

「こんにちは、オクルスさん」

「……ラカディエラ様。玄関から来てください」


 数日経ち、日常の生活が戻ってきたとき。窓の外から涼やかな声がして、オクルスはそちらの視線を向けた。


 そこのいたのは、ラカディエラ・クインス。大魔法使いの1人だ。予知の魔法を所有する。

 箒に乗ったまま、にこやかに部屋の中をのぞいている。


 以前、レーデンボークも窓から来た気がする。師弟揃って、窓から来るのが当然のような顔をしているのはなぜなのか。


「それは申し訳ありません。オクルスさん。お話があるのですが、入っても?」

「……どうぞ」

「失礼します」


 相変わらずにこやかな彼女は、するりと部屋へと入ってきた。彼女が少し小首を傾げると、若葉のような緑の髪がするりと肩からこぼれる。


「こんにちは。お元気ですか?」

「……はい。お気遣い、ありがとうございます」


 オクルスは恐る恐る答えると、ラカディエラは優しげに微笑んだ。それを見て、オクルスの中に疑問符が浮かぶ。


「本日のご要件は? ラカディエラ様がお越しになられるとは、どういったご要件で?」


 何か重要な用事があるのだろうか。それにしては、彼女の表情には余裕がありそうだが。オクルスがじっと見つめると、にこやかな彼女が口を開く。


「ヴァランさんの闇堕ち回避、おめでとうございます」

「……どこまで、ご存じで?」

「何も知らないかもしれませんし、何でも知っているかもしれません」


 ふふ、と笑いながら言った彼女に、オクルスは息を吐いた。オクルスよりも圧倒的に上手であるラカディエラの心境を考えるなど、できるわけない。


 ラカディエラを見ながら、オクルスはふと浮かんできた質問を尋ねた。


「……ラカディエラ様。もし、あなたに助けを求めていたら。あなたはどうしました?」


 オクルスが尋ねると、きょとんとした表情を浮かべたあとに、ふわりと笑った。


「え? もちろんできる限りお手伝いしましたよ」

「そうですよね……」


 やはり、オクルスは無意味なことをしていたのだと痛感し、顔を顰めた。ラカディエラに頼ってさえいれば、もっとスマートに解決できていたことだろう。


 オクルスが項垂れていると、ラカディエラからの優しい声が届いた。


「他の人に関わらせたくないくらい、ヴァランさんが大切だったんですね」

「……でも、その視野の狭さが、状況を悪くしましたよね?」


 顔を上げたオクルスは、ラカディエラの方を見る。やはり柔らかい表情の彼女は少し困った顔で言う。


「オクルスさん、未来を回避したのはあなたのお力だと思いますよ」

「……フォローはいらないです」

「本当ですよ」


 壁に寄りかかったラカディエラが、真っ直ぐにこちらを見つめる。窓から入ってきた風で揺れる髪を気にすることもなく、彼女はきっぱりと言った。


「エストレージャ殿下、レーデン、ヴァランさん。そしてその場の状況。それらを変えたのは、あなたですから」

「ヴァランはともかく、エストレージャとレーデン様?」


 なぜ、その3人が出てくるのか。オクルスが考えていると、彼女は口元に笑みを浮かべて続けた。


「彼らの決断、選択、行動。それらを動かしたのは、あなた自身だと言うことですよ」

「……」


 ラカディエラの言っていることは難しい。オクルスにそこまで影響力はないはずなのに、彼女はまるでオクルスが彼らを変えたかのように言う。


 くすりと笑った彼女は言う。


「だから、オクルス様。自信を持ってください」

「……ありがとうございます」


 どこか釈然としないまま、オクルスは礼を言った。そんなオクルスを見て、また笑みを深めたラカディエラはふわりと軽やかな動きで礼をした。


「それでは、要件は終わったので失礼します」

「……ラカディエラ様は、私が気にしていたことまで予知の魔法でご存じだったのですか?」

「いえ」


 即座に否定した彼女を見て、オクルスは首を傾げた。てっきり、また予知をしたと思った。


 オクルスの顔にその疑問は出てしまっていたようで、こちらを見て、ラカディエラは困ったような表情で言う。


「ただ、そうじゃないかと思っただけですよ」


 オクルスは眉を顰めた。それだけだとしたら、なぜわざわざ彼女はオクルスの塔までやってきたのか。オクルスの中で疑問は深まるばかりだ。


「それでは、何かの伝えるべき理由があるのですか? それに関する予知をしたのですか?」

「いいえ。それも違います」


 ふるふると首を振った彼女は、少し目を伏せた。その表情は憂いを帯びている。


「私はあなたに感謝しているだけですよ。あなたは国にとっての最悪を回避した。それなのに、その功績は公にはならない。だからこそ、これは礼だと思ってください」

「……」

「それでは。失礼します」


 振り向かず、塔の窓から箒で飛び立った彼女を見て、オクルスは黙ったまま、窓の外をしばらく見つめていた。


 オクルスはヴァランのために動いていただけで、感謝されていいのだろうか。分からない。だけど、少しだけ温かくなった心に、口元をほころばせた。

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