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105/115

105、選んでほしい

 気がつけばパーティーは終わっていたようで、オクルスとヴァランは塔へと戻ってきた。エストレージャは片づけないといけないことがあると言っていたため、来ていない。そもそも、エストレージャが一緒に住んでいることを疑問に思わなくなってしまっているのが良くない。頼り切っているのをどうにかしなければ。


 そんなことを考えながら、オクルスは自分の部屋の中へと入ろうとした。扉を閉めようとしたとき、がんと強い力で扉が押さえられた。


 振り返ったオクルスはぎょっとする。扉を押さえているヴァランからは表情が抜け落ちており、青の瞳が暗く見える。


「ヴァラン?」


 オクルスが問いかけると、するりと部屋に入ったヴァランが、扉を閉めた。ばたり、という音が妙に大きく聞こえる。


「ええっと、どうしたの?」

「オクルス様。このまま魔法が使えなかったら、僕の側からいなくならないですか?」

「何、言っているの?」


 自身の声が強張っていることに気がつきながらも、オクルスは問うた。苦しげに下を向いたヴァランがゆっくりと顔を上げて口を開く。


「この部屋から出られないようにすれば、危ない目に遭わないですか?」

「え……?」


 ヴァランの思考が不味い方向に向かっている気がする。言葉を失ったオクルスを、ヴァランが真っ直ぐ見つめてきた。


「僕は、嫌です。僕のせいで、オクルス様が苦しむのは嫌です」

「いや、今回の件は全面的に私の問題だけど……」


 そもそも、カエルム・シュティレとの問題を放置していたオクルスに問題がある。恐らく、それに巻き込まれたのが、ヴァランの友人の父、ノヴェリス伯爵だろう。詳しいことはまだ分からないが、カエルムの狙いははっきりとオクルスだったのだけは確実だ。


 少なくともヴァランのせいではない。それなのに彼はひどく気にしているようだ。


 ヴァランの言葉を反芻して、オクルスは首を傾げた。


「え、それで君は私が魔法を使えないまま、塔から出ない方が君は嬉しいっていうこと?」

「……なんで、そんなに受け入れ姿勢なんですか?」


 ヴァランが少し黙ったあと、訝しげに尋ねてきた。別にオクルスは受け入れるとは言っていないが、すぐに拒絶する気もない。


「いや、まあ……塔から出ないのは普段の生活と変わらないし」

「たし、かに……? あれ?」


 オクルスは用事がなければ塔からは出ないため、ヴァランが出ないでと言えば本当にやることもできる。食料さえあれば、だが。


 オクルスはヴァランに向かって微笑みかけた。


「ヴァラン。君が望むことなら、別にそれで構わないけれど。君の望みは、本当にそれなの?」


 虚を突かれたように黙ったヴァランは一度下を向いた。ゆっくりと顔を上げたヴァランの青の瞳は静かに揺れていた。


「オクルス様、が……」

「うん」

「オクルス様が、幸せに生きていたら、それで良いんです。僕が、邪魔なら二度と会いません。嫌いな部分を言っていただければ、それが何だとしても直します。だから……お願いです。僕からの気持ちを、拒絶しないでください」


 ぐらりと脳が揺れる感覚がした。


 オクルスは大人だ。だから、自分より幼い子どもが間違った選択をしようとしたら、正さないといけない。それを、認識しているはずなのに。


 無理な気がきた。このまま、彼の真っ直ぐな目に流されたことを言い訳にして、頷いてしまいたかった。


 どうしようもできないくらい嬉しかった。ふわふわと心は弾んで、空を飛べそうなくらい。どうしたらいいのか分からない。


 オクルスは顔に手を当てた。


「君、は。馬鹿だよ」

「そんなことないですよ」


 オクルスがかすれた声で言ったことを、ヴァランはすぐに否定する。オクルスは軽く笑った。


「ううん。馬鹿だよ。こんなどうしようもない人間、放っておけばいいのに」

「なんでそんなこと、言うんですか」

「だって、私は君のことを傷つけたんだから」


 オクルスは、ヴァランのことを傷つけた。それは変えられない事実。


 まともな人間だったら、他に取れる手段はあっただろうが、オクルスは嫌われようとすることしかできなかった。


 もしもエストレージャに相談していたら、変わっていただろう。もしもルーナディアと協力していたら、変わっていただろう。他にも「もしも」は出てきて、視野が狭く、手段の少ない自分に吐き気がする。


 じっとオクルスを見つめたヴァランがゆっくりと口を開いた。


「オクルス様。本当に、あれで嫌われることができたと思っているんですか?」

「……ん?」

「本当に嫌われたいのなら、僕のことを捨てたら良かった。暴力をふるったり、僕が本気で嫌がることをやったりすれば良かった。そうすれば、一度貰った愛は憎悪に変わったでしょう。なんで、しなかったんですか?」

「え……」


 ヴァランの言ったことを想像しようとしたが、気分が悪くなって考えるのを止めた。そんなむごいこと、できるはずがない。


「そんなこと、できるわけがないよ」

「そうですよね。だから、僕はオクルス様が好きなんです」


 オクルスを見るヴァランの目はどこまでも甘い。端正な顔に花がほころぶような笑みを浮かべて、ヴァランがはっきりと言う。


「オクルス様。何度でも言います。愛してますよ」


 ヴァランに言われたのは何度目か分からない。それなのに、勝手に口元は緩む。


 オクルスは一度ため息をついたあとに言った。


「君、本当に見る目がないね」

「世界で1番、見る目あると思います」

「大袈裟だよ」


 オクルスほどのハズレくじを欲しがる人間がいるとは思ってもみなかったことだ。


 オクルスをじいっと見つめたヴァランが言う。


「ねえ、オクルス様。いい加減、諦めてください。僕が、あなたを好きだという気持ちは、何を言われても変わりません。受け入れてくれとは言いません。ただ、あなたを想うことを許してくれればそれで良いんです」


 このまま、ヴァランの言うことに流されて、彼からの好きを受け取りたい。そんな気持ちもわいてきたが、なんとかそれを押し殺して問いかける。


「ヴァラン、君は何歳?」

「……15です」


 なぜ知っていることを聞くのか、と言いたげに不思議そうな彼を見ながら、オクルスははっきりと告げた。 


「そうだね。君は、若い」

「年齢は、関係が……」


 ない、と言おうとしたヴァランを遮って、オクルスは言う。


「私は、君に選んでほしいんだ」

「え?」


 目をぱちぱちとさせているヴァランを見ながら、オクルスは付け加えた。


「君が私以外の人と交流して、広い世界を見て。それでも、私が良いと言ってほしいんだ」

「……具体的にお願いします」


 訝しげな表情のヴァランに問われ、オクルスは考える。成長したヴァランに選択権を委ねるには、どう言えばいいか。


「そうだね……。学校を卒業して、シレノル殿下のもとで少し過ごしてみて。それでも、私を選ぶと言ったら、受け入れるよ」

「……え? 受け入れるって言いました?」

「え? うん」


 一気にヴァランの表情が真剣なものに変わり、オクルスはたじろいだ。


 ヴァランはオクルスのことを見つめながら、ゆっくりと言った。


「その言葉、違えないでくださいね」

「その時になったらね」


 ヴァランが卒業するのは3年くらいあとだ。未来の自分にどうにかしてもらおう。


 先程までの仄暗さはなくなったヴァランを見ながら、オクルスは頬を緩めた。

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