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104、同僚

 オクルスが目を開くと、見たことのない天井だった。何があったのか、記憶を探りながら起き上がる。きちんと思い通りに身体が動いたため、紅茶に混ざっていた薬の効果は切れたようだ。


 ベッドの近くの椅子に腰掛けていたレーデンボークが視界に入る。彼が部屋にいてくれたのだろう。


 本を読んでいたレーデンボークだったが、気配に気づいたのか顔を上げた。しっかりと目が合う。


「目が覚めたか?」

「……はい。ご迷惑をおかけしました」


 オクルスがそう言うと、彼は軽く頷いた。レーデンボークには面倒事をぶん投げた自覚はいるからばつが悪い。彼の目を見ることのできないまま尋ねる。


「あの人……シュティレ侯爵はどうなりました?」

「ちゃんと貴族牢に入れてある」


 レーデンボークの発言に、安堵の息を吐いたオクルスは、すぐに周囲を見渡した。オクルスのところに来てくれたはずのヴァランはどこにいるのだろう。


「ヴァランは、どこに?」

「そこだ」


 レーデンボークの指し示す方を見ると、オクルスの寝ていたベッドに突っ伏してヴァランが寝ていた。それを見て、オクルスは胸を撫で下ろした。


 視線を感じてレーデンボークの方を見ると、彼がじっとこちらを見ていた。きちんと礼を言っていなかったことを思い出し、オクルスは口を開く。


「レーデン様は、私がお嫌いでしたでしょうに、お手伝いいただきありがとうございました」


 軽く頭を下げてそう言っても、レーデンボークは黙ったままだ。不思議に思い、顔を上げると、複雑そうな表情をしていた。


「オクルス」

「はい」

「その……」


 いつも自信に満ち溢れている彼が言い淀むのは珍しい。オクルスが黙って待っていると、彼が悩みながらも口を開いた。


「すまなかった」

「……えっと、何がでしょうか?」


 謝罪を言うべきなのはこちらだというのに。レーデンボークの気持ちが分からず、曖昧な笑みを浮かべたオクルスに、レーデンボークが言う。


「お前を、嫌っていたわけじゃないんだ。ただ、理解ができなかった。お前に悪い噂があることに。期待していたからこそ、何もしないお前に腹立たしく思っていた」

「……」


 レーデンボークにしてみればそうなのだろう。彼にとって、期待に応えることは当然。王族としても、大魔法使いとしても。そんな中、オクルスが悪評だらけであることを気に食わないのも理解はできる。


 言葉を区切ったレーデンボークが、苦しげに笑う。


「でも、きっと違ったんだな。身内から、悪意を向けられて。お前はきっと、諦めていたんだな。それを知ったからこそ、お前への態度についての謝罪だ」


 まっすぐにこちらを見たレーデンボークが、はっきりと言う。


「お前のことは嫌いじゃない。むしろ……好きだ」

「……どういう、意味でしょう?」


 オクルスは自身の声を強張っているのに気がつきながらも、問うた。それを見透かしているように、レーデンボークが柔らかく笑った。その見たことのない笑みに、オクルスは身動きが取れない。


「どの意味だったら、お前は嬉しい?」


 決定的な言葉は言わず、微妙にぼかしたことばかり言ってくるのはずるい。それなら、オクルスも何も知らないふりをするしかない。

 

「同僚として、でしたら感謝申し上げます」

「じゃあ、それで」


 あっさりと頷いたレーデンボークが、真剣な顔でオクルスの手を取った。そこに口づけを落とし、またこちらを見る。


「オクルス・インフィニティ。今後、お前の助けになれるように努めよう」

「……私を、お気になさる必要はないかと」


 よくこれが「同僚として」だと言えたな、と苦笑する。しかし、そこを深く尋ねると藪蛇になる気がして、オクルスは淡々と答えた。


 それを見たレーデンボークは、気を悪くするどころか、むしろ笑みを浮かべた。その後、表情を引き締めた彼が言う。


「もう1つ、謝罪をしよう」

「今度は何にですか?」


 オクルスが聞くと、若干苦々しい表情をしたレーデンボークが口を開く。


「お前のところの子ども――ヴァランを見誤ったこと」

「……どういうことでしょう?」

「気づいていないとは言わせないぞ、オクルス」


 鋭い目をオクルスに向けながら、レーデンボークはきっぱりと言う。


「そいつの魔力が多いことは知っていたが、それでもあそこまで爆発的に使えるのなんて稀だ。それに……あまりにも深い闇の魔法だったな」


 そう言ったレーデンボークは、どこか悔しげに目を細めた。


「師匠の予言がようやく分かった。国を滅ぼす恐れがあるわけだ」

「……」


 オクルスが黙ってレーデンボークを見ていると、レーデンボークがオクルスへと視線を戻してきた。


「闇にのまれなかったのは、お前のお陰なんだろう?」

「……どうでしょう? 名前を呼んだだけですよ?」

「ああ。そうらしいな。それでも、それができるのがお前だけという話だ」


 オクルスのお陰、というのは過大評価な気がする。オクルスが首を傾げると、どこか遠い目をしたレーデンボークが呟いた。


「お前が、そいつの力を抑え込めるのだから、お前を失えない理由が増えただけだな」

「え?」


 オクルスが聞き返すと、こちらに視線を戻したレーデンボークがふっと笑った。柔らかい色を含んだレーデンボークが、ゆっくりと言った。


「死ぬなよ、オクルス」

「……善処はします」


 困りながらも、オクルスは曖昧に微笑んだ。レーデンボークの柔らかい笑みは直視できずに、視線を外した。

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