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101/115

101、相容れない兄弟

 入ってきた人間の方へオクルスは視線を受ける。その人物は、オクルスにしてみれば納得できる人だった。


「……カエルム・シュティレ」

「兄に向かって呼び捨てとは。酷いじゃないか、オクルス」


 薄らと笑みを浮かべた男は、オクルスを馬鹿にしているのか、嘲笑っているのか。


 オクルスの血縁上の兄であり、この世で1番嫌いな人間。血縁関係があることを恨みたくなるほどの人。


「あなたの弟は、もういない」


 兄への礼儀を持つ必要なんてない。暗にそう言ったオクルスを見て、カエルムは一瞬顔をしかめた後、おかしそうに声を出した。

 

「はは。随分と煽るじゃないか。今の状況を把握できないほど愚鈍だとは思っていなかったが」


 カエルムはそう言ったが、オクルスにしてみればそうではない。状況を完全に把握しているからこそ、言っている。

 

「命乞い程度であなたが止めるとは思っていないので。何を言っても同じでしょう?」

「それもそうだな」


 あっさりと肯定したカエルムにとって、オクルスを消すことなど決定事項なのだろう。その辺の石ころでも見る目でオクルスを見ながら彼は言い放つ。


「面白くないな。もっと泣き喚け。あの猫を殺したときのように」

「……」


 ぶわりと一瞬で怒りが広がった。今、身体が動かせなくて、さらには魔法も使えなくて良かった。そうでなければ、オクルスがこの男を勢いで殺していたかもしれない。それくらいの殺意がわき上がった。


 オクルスが睨みつけると、カエルムはゆっくりと口角を上げた。


「大丈夫だ。すぐにあの猫のところにお前も送るから」

「……」


 なんでこの男が普通の顔で生きていることが許されているのだろうか。本当に分からない。


 オクルスは必死に怒りを押し殺して、冷静になるように努力をした。数秒黙ることで、なんとか頭は冷えてきた。


 カエルム・シュティレ。この男がこの状況を仕組んだことは状況からも分かる通り。それでは、この男に殺されない方法を探るべきだ。


 この男の手で死ぬのはなんとなく惜しい。それならヴァランのための方が何倍良かったことか。


 オクルスはカエルムから何かの情報を引き出したくて、口を開く。


「シュティレ侯爵は、なぜ私を?」

「なぜ、そんなことが知りたい?」


 眉を顰めたカエルムに、オクルスは表情を変えずに答えた。


「冥土の土産に知りたいです。昔から、気になっていたので」


 カエルムは少し考えたようだったが、やがて表情を歪めた。それは苦しげなものだ。


「……お前には分からないだろうな。父上からも母上からも愛されてきたお前には」

「そんなことはないでしょう」


 オクルスが認識している限り、父は後継者のカエルムを大事にしていた。オクルスが魔法の才を発揮するまで、オクルスとは目を見て会話したことすらなく、オクルスは「予備」でしかなかった。


 それに対し、母はオクルスとカエルム、平等に優しかった。オクルスのことは不憫がっていたように見えたが、それだけではなくカエルムのことも気にかけていた。


 オクルスの否定に、カエルムが顔色を変えた。オクルスの直ぐ側まで近寄ってきた彼は、凍りつきそうなほど冷たい声で言う。


「お前に、何が分かる!?」

「……」


 分かるわけはない。オクルスは、この男とわかり合う気などないのだから。オクルスが世話をしていた猫を殺された時点で、和解の機会はないも同然だ。


 カエルムの言い分だけは一応聞いておこうと思って、オクルスは黙ったままだった。激昂しているカエルムは勝手に言葉を続ける。


「お前がいなければ、俺の人生は全てが上手くいっていたのに」

「……」


 苛立たしげに表情を歪めている彼は、感情が溢れてきたのか、話すのを止めない。


「お前さえいなければ、俺は大魔法使いの兄などという惨めな呼び方をされずにすんだ。お前さえ、いなければ、アルシャイン殿下は王太子になることができて、俺は国王の側近という名誉を手にできていたのに」


 怒りに満ちたカエルムが、オクルスの方へと手を伸ばす。その手は、オクルスの首に触れた。冷たさを含んだ手が、オクルスの喉元をゆっくりと撫でる。


「オクルス。俺に人生に、お前は邪魔なんだよ」

「……っ」


 息を呑んだオクルスは、カエルムのことを睨みつけるが、カエルムはそれを冷めた目で見てきた。


 カエルムの両手が、オクルスの首に触れた。少しずつそこに力が加えられる。紅茶に入っていた薬か何かにより身体の自由は奪われているため、抵抗もできない。僅かばかりの抵抗として、カエルムを睨みつけるが、彼は余裕を含んだ笑みを浮かべた。


「お前のお得意の魔法を使って抵抗してみろよ。そう言いたいところだが、使えないんだろう?」

「なっ……」


 なぜ、それをという言葉をのみ込んだ。そんなことを言ってしまえば肯定と同様。しかし、オクルスの動揺は、真実を伝えてしまったようだ。


「まあ、だからこそ今日にしたんだが……」


 その言葉にオクルスは引っかかりを覚えた。違う。この男は、最初からオクルスが魔法を使えないことを知って……。


 駄目だ。思考が回らない。オクルスの首を絞めているカエルムを見上げるが、彼は心底嬉しそうに笑った。


「俺の手で、お前を殺したかった。ずっと」

「は……」


 ぎりぎりと首を絞められて息ができない。必死に呼吸をしようとするが、空気が入ってこない。それを見たのか、カエルムが笑みを深めた。


「じゃあな、オクルス。今後、一切会わないことを祈っている」


 薄れそうになる時間の中、考える。


 そろそろ、約束の時間だ。

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