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天野香子編

本編の天野香子/鷹飛視点でのお話です。


 天野あまの香子たかここと鷹飛たかとは憂鬱な気分で高等部の寮を歩く。今年もまた女子寮だ。いつになったら男子寮に行けるのか。ずっとこのまま女として過ごさなければいけないのか。考えるだけで気分が重くなっていく。

 この身を蝕む呪い。いや、死に至る類のものではなかっただけ僥倖か。鷹飛を女に見えるよう呪いをかけた魔女は父の昔なじみの親しい友人であった。同時に父に恋をして母に負けた哀れな女でもあった。また、取り繕うことも上手く、直前まで周囲の誰もが気づくことはなかった。魔女は父が母と結婚したことで心を病み、決定的だったのは母が妊娠したことか、それとも二人の愛の結晶である鷹飛と顔を合わせたせいか。

 一切の外出をしなくなり家に閉じこもる魔女を心配し、父と母は鷹飛を連れて彼女の家を訪れた。ベッドから起き上がれないくらい弱っていた魔女は最後の力を振り絞り鷹飛に呪いをかけた。父でもなく、母でもなく、息子の鷹飛を選んで、だ。

 今でも覚えている。

 昏い目をした死にそうな女性が鷹飛を見てくしゃりと顔を歪めた。愛しさと憎しみが入り混じった表情に何となく危機感を覚え、一歩足を引こうとしたら枯れ木のような手で掴まれた。魔女はもう鷹飛を見てはいなかった。父だけを見つめていた。

「貴方は酷い人。私がこんなにも貴方を愛しているのに違う女を選び子をした。せめて放っておいてくれればいいのに、女と子と共に会いに来てしまった。私はもう私を止められない。憎んでくれていい。いいえ、憎しみだけを私に向けて。貴方の愛が望めないのだから、違う一番を私に頂戴。生涯、私だけを憎んで」

 言葉が終わると共に光が鷹飛を包んだ。父と母は慌てて鷹飛から魔女を引きはがし文句を言おうとしたが、残りの命を燃やし魔法をかけた魔女は既に息を引き取っていた。父は親しい友人の死を悼み落ち込んで、魔女の魔法と言葉の意味を理解したのは大分後になってからだった。伝手を使い解呪を試みたが、どの魔女も解呪ができず、また、呪いをかけた魔女と親しい者もいて断られたりもした。




 カードキーと同じ番号の部屋に辿り着く。天野香子と書かれたネームプレートを何となく指でなぞる。自分の名前は香子ではなく鷹飛だ。香子という名を睨み付けるが憤りや悔しさは感じない。もう慣れてしまった。そんな自分が後ろめたくて、鷹飛が可哀想でやるせない。慣れてしまう日々が続けば、男に戻りたいという気持ちすら湧かなくなるかもしれない。鷹飛は俯いてため息を吐く。

 目を閉じて呼吸を整えてから、自分と同室になってしまった可哀想な女子の名を確かめる。

花宮はなみや玖路くろ

 知っている名だ。昔から付き合いがあり、香子を鷹飛と知っている友人の至狼しろうがよく口にしている子。同族なので鷹飛も見たことはあるが話したことは、おそらく数えるほどしかない。同学年だったが珍しいことに、中学まで一度も同じクラスになったことはない。ただ、耳にタコができるくらい至狼が話していたので、鷹飛が一方的に知っていて親しみは感じている。

「仲良くなれるといいな」

 沈んでいた気持ちがようやく浮上していく。カードキーを挿し、ロックを解除して部屋に入った。




 チラリと時計を見る。十分ほど時間が過ぎても部屋の前で立ち尽くす人の気配は動かない。すぐに入って来るだろうと思っていたが、予想に反して彼女は入って来ない。まさか、自分のファンだろうかと思考を巡らすが、わざわざ部屋まで訪れようとする子はあまりおらず、いたとしてもそういう子はノックや呼び鈴を鳴らして入れてくれるように頼むので立ち尽くすということはない。

 感覚を鋭くして部屋の前に佇む彼女を観察する。獣人の匂いがする。どこか甘く、弱々しく、感覚的には幼稚舎や初等部の低学年を思わせた。だが、ここは高等部。知り合いを訪ねて来るとしたら、大人の付き添いがいる筈だし、鷹飛はいても立ってもいられなくなり玄関に急ぎ走る。

 ドアノブを強く握り力任せに開けようとして、ドアの向こうにいるのが同室者である花宮玖路かもしれないと思い至った。ほぼ初対面同然の人物の前で乱暴に振る舞ったら嫌われてしまうかもしれない。仲良くなる自信はあるがマイナススタートは嫌だ。一呼吸して落ち着いてから、ゆっくりと玄関のドアを開けた。

 予想通り、花宮玖路が立っていた。

 猫らしい釣り目気味の目が鷹飛を捉える。光の反射により変化していく緑色の目は、宝石に勝る程美しい。処女雪のような白い肌は眩く、人ではなく精霊のような生き物に感じさせられた。黒い髪が揺れる。結ぶのが困難そうなサラサラとした髪は腰まで届き、リボンの着いたカチューシャは彼女の美しいというイメージに合わないが可愛らしい。いや、リボンカチューシャこそ重要なのかもしれない。人間味の薄い彼女にとって唯一と言っていいほど人間らしさが感じられる。別に似合わないと言う訳ではないが、リボンカチューシャがないと完成され過ぎた美しさはより幻想的になる。ここにいるのに存在していないように思えてならない。獣人にしては小柄で華奢なのもいけない。鷹飛の保護欲を刺激し、より使命感を湧かせる。と、大きな胸が目に入る。鷹飛も男だ。つい、女性の胸に視線が言ってしまうこともある。全体的にほっそりとしているのだが、そこだけはボリュームがあり大きい。ガン見してしまいそうになり、緩み切った表情を笑顔に変えて声をかける。

「こんにちは。花宮玖路ちゃんだよね? さあ、どうぞ……て、私が言うのも変だけど、いつまでも突っ立ってないで入りなよ」

 サッと手荷物を奪って見惚れたように眺めてしまっていたのを、不審がられないうちに部屋の中へと通す。リビングまで進むと段ボールが見えた。鷹飛の分は運んだので彼女の分だ。空いた部屋に運ぼうか悩んだが、もしも彼女が自分がいる方の部屋が良いと言うかもしれないから手を付けないでいた。

 立ち止まり彼女を見ると彼女も鷹飛を見ていた。少し眉を寄せた表情にドキリと心臓が跳ねる。何か失敗をしてしまっただろうか。神秘的な緑の目に見つめられると、悪いことはしていないはずだか何だかソワソワしてしまう。

「ねえ、玖路ちゃん……って玖路ちゃんって呼んでもいいかな?」

 思わず玖路ちゃんと言いかけて失敗したと焦ってしまう。全く喋ったことはないが、至狼のせいで彼女の話題は多い。花宮さんと始めは言っていたが、いつの間にか玖路ちゃんと呼んでいた。習慣とは怖いもので、うっかり口に出てしまった。取って付けたようにいいかな、なんて許可を求めると、一応頷いてくれたのでホッと胸を撫で下ろした。

「部屋割りなんだけど、玖路ちゃんは右でいいかな? 私、入寮が早かったから、先に左を使っちゃったんだけど」

「大丈夫ですわ。わたくしは右、ですわね」

 美しい声とマッチし過ぎている口調に一瞬動揺した。獣人の中で玖路のような話し方をする者は少ない。どちらかと言えば乱暴な物言いの者が多いので、新鮮に感じられるというか正直驚いた。そう言えば、玖路が獣人なのであまり結びつかないが、花宮は魔女の家系だったはずだ。吸血鬼ほどではないが、魔女もお嬢様タイプの子は多い。そちらの影響なのかもしれない。

「良かったら手伝うよ」

「ありがとうございます。でも、そこまで量はないので大丈夫ですわ」

 動揺を誤魔化すように手伝いを申し込めば、玖路にやんわりと断られてしまう。

「そう? せっかく同室になったんだから、親交を深めたいって思ったんだけどな。ほら、幼稚舎から同じ学校とは言っても、あまり話したことはなかったでしょ」

 手伝うというかお喋りしようと遠回しに告げれば、意味を理解してくれたようで受け入れてくれた。段ボールを持ち部屋へと運ぶ。まだ、模様替えを済ませていない部屋はシンプルでどこか寂しい。美しい彼女が部屋へと足を踏み入れると、物悲しさは一層強くなる。

「私ね、玖路ちゃんのことがずっと気になっていたんだ」

 何となく、早口になりながら、運んできた段ボールを開ける。

「玖路ちゃんって至狼と仲が良いでしょ? だから、話してみたいってずっと思っていたんだ。だからさ、同室になれて本当に嬉しいな」

 人好きがするような笑顔を意識し、玖路へと微笑みかけた。だが、鷹飛の渾身の笑顔を物ともせず、玖路は鷹飛から視線を逸らし段ボールの荷物を仕分けする。あ、切ない。もしかして、嫌われてしまったのだろうか。

「玖路ちゃんさ、中等部のとき亜理紗ちゃんと同室だったでしょ。高等部に上がって離れちゃったから、凄く心配していたよ」

 めげずに話しかけると、玖路は鷹飛の方を向いた。

「天野様は亜理紗さんとお知り合いでしたか?」

 興味を惹かれたのは同室者であった亜理紗に対してだったようだ。ちょっぴり肩を落とすが、それでも会話のきっかけになったので良しとする。

「まあね。私、けっこう顔が広いんだよ。それよりも、気軽に香子って呼んでほしいな」

「そ、そうですわね。でしたら、香子様とお呼びしますね」

 名前呼びが許容範囲みたいで心の中でガッツポーズするが後ろの様はいらない。なぜか仲良くなる女の子達もファンの子達も様付けなので、距離が開いているみたいで少し寂しい。やはり自分が本物の女の子ではないのをどこかで気付かれているのだろうか。

 至狼みたいに名前で呼んでくれればいいのにと考え、彼からの頼みごとを思い出した。

「至狼にも頼まれているし、何かあったらすぐに言ってほしいな。できる限り、私は玖路ちゃんの力になるよ」

 同室者が玖路だと至狼に話したら、熱心に彼女のことを頼まれたのだった。男兄弟だからか年下の玖路のことを妹の様に可愛がっている。情が深い至狼だけれども玖路に対する態度は、妹というよりも番に向けたもののように思えて勘ぐってしまうくらいには。

「ありがとうございます。わたくし、獣人にしては鈍くさいので、香子様が呆れられないと良いのですが」

「大丈夫」

 困った様に眉を下げる玖路の頬を反射的に撫でる。悲しい表情をしてほしくない。玖路には笑顔が似合う。いつも微笑んでいてほしい。

「君のことを、これからは私が守るよ」

 やっぱり会って話してみて感じた。この子は守られるべき対象だ。見るからに弱いし、どこかぼんやりして危なっかしいし、ついつい手を出して構いたくなる。兄貴風を吹かせたくなる至狼の気持ちが分かる気がした。同室者となったからには、鷹飛が玖路の面倒を見るべきだろう。

「亜理紗ちゃんや至狼には劣るかもしれないけど、お願いだから君のことを守らせてよ。ね、お姫様」

 鷹飛が真髄に頼み込めば、玖路は微笑み許可を出してくれた。




 最近、玖路の様子が可笑しい。きっかけは風呂から上がり、洗面所で鉢合わせしまってからだと思う。裸だったのは鷹飛の方だが呪いのせいで女に見えている筈なので、玖路にとっては同性の裸を見たくらいなのだが、それにしても反応が可笑しい。

 やけに女性らしい洋服やアクセサリー、婚約者となっている至狼の名前を出してデートを勧めてきたりする。洋服は男っぽい服装が好きだと言い諦めさせ、アクセサリーは玖路行きにして着飾らせ、デート場所は玖路と二人でデートした。ちょっと役得だったので至狼に自慢すると妹はお前にやらん!なんて、残念ながら至狼と玖路とは血が繋がってないのに何を言っているんだか。そのときの至狼の様子を思い出して笑う。

「ただいまー」

 いつもなら、お帰りなさいませなんて新妻みたいな返事がない。おかしいなと靴を脱ぎ上がるとシャワーの音が耳に届く。どうやら風呂に入っているようだ。残念と思いながら自室へ行き制服を脱ぎ部屋着へと着替える。

 リビングに行きテレビでも見ようかと腰を下ろそうとして、テーブルの下に落ちている本が目に入った。何の本だろうと拾ってみると、さっそく後悔してしまいそうになる。

 ほぼ裸の男二人が絡み合い、タイトルは口に出すのも恥ずかしい。鷹飛の物では決してない。そうなると必然的に持ち主は限定される。

「まさか、玖路ちゃんの?」

 俄かには信じられなくて本を睨み付けるが、間違いなく絡み合っているのは裸同然の男二人で間違いない。表紙はこんなのでタイトルもアレだが、中身はきっと少女っぽいものかもしれない。一縷の望みをかけてページを捲り絶望する。アレなタイトルを凌駕する男達のファンタジーな世界が広がっていた。せめて小説だったのなら救いはあったのかもしれないが、現実は無情にも漫画であった。赤裸々に男達の情事が描かれていて、どこにそんな予兆があったのか、いきなりおっぱじめている。漫画を斜め読みするが半分以上は性的なものが描かれていた。ハッと息を吐きページを閉じて、漫画を元の位置にそっと戻す

 混乱する頭を抱えながら台所へ向かい、冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り出す。キャップを捻りボトルを傾け、先ほどのことを忘れようと無心に飲む。思っていたよりも喉が渇いていたのか、半分ほど飲み干し口から放した。

 男同士の恋愛もの。一部の女子が好み、軽い会話なら聞いたことがあった。だが、それが玖路であったことにショックを受けているのか、おそらく違うと鷹飛は首を振る。あの漫画は男同士の恋愛ものだったが、それよりもエロであったことに衝撃を受けたのだ。玖路は性的なものとは程遠いと思っていたのは勝手な思い込みだったらしい。がっかりして失望していればマシであったのに、鷹飛は玖路が性的に興奮したのかもしれないと想像してしまった。

 美しい緑色の目を情欲で濡らし、頬を染め熱い吐息をし、もじもじと太腿を合わせ、恥じ入りながらも女性の大事な部分へと手を伸ばし……。

 鷹飛は頭が捥げんばかりに振る。庇護すべき対象に何てことを。想像とは言え、玖路を汚してしまったと鷹飛は激しく後悔する。

 と、最近の玖路の可笑しな行動を思い出す。異性に裸を見られたことで動揺してしまったが、玖路は鷹飛の体を凝視していた気がする。いつもよりも熱の篭った視線で嘗め回すように見ていたような。

 そして、女性らしい恰好やアクセサリー、至狼へのデートを勧めたのは、もしかして、呪いのせいで女に見える鷹飛へ恋をしてしまったからではないか。玖路は女性らしく着飾った鷹飛を見てみたく、だが鷹飛には婚約者の至狼がいる。同性だと思っている鷹飛と結ばれることはないと思っているから、婚約者の至狼と結ばれることを望み、辛いながらも幸せになってほしいと思っているのなら……全てが繋がった気がした。

 とにかく、玖路と話し合おう。鷹飛は決意し、正座をして玖路を待った。




「玖路ちゃん、ちょっとこっち来て」

 疑問系ではなく、命令的な口調で呼び正面に座らせる。

 ただ、どうやって切り出したらよいのか分からず、あ~とかう~とか唸ってしまう。玖路が不審そうな視線を向けてくる。鷹飛の目はカーペットに向き、天啓が下りてきた。言葉にするのが難しいのならば行動で示せばいいではないか。

 鷹飛はアレなタイトルの漫画をテーブルの上に置いた。不思議そうな表情をしていた玖路が、目にも止まらぬ速さで手を伸ばす。アレなタイトルの漫画は、やはり玖路の物だったようだ。テーブルの下に隠しながらチラチラと鷹飛を盗み見している。

「あのさ、玖路ちゃんて、その、同性愛者なの?」

 言葉に詰まりながらも何とか声に出せた。玖路は俯き回収した漫画を見つめ、決意したように顔を上げた。

「……わたくし、百合ではありませんわ」

「ごめん。百合ってどういう意味?」

 突然玖路の口から花の名前が出てきて、鷹飛は戸惑い首を傾げた。

「女同士の恋愛のことを差しますの。GLとも言いまして、わたくしが好きなのは男同士の恋愛、BLですわ。BLを好きな女性を腐った女子と書いて腐女子と言いまして、わたくしは個人の趣味としてこっそりと楽しんでいますの。こういう腐女子を隠れ腐女子と言いますわ。今まで隠していて申し訳ありません」

 頭を下げて謝罪する玖路に鷹飛は自身の推理が間違っていたことを知った。同性だと思われている女の子から告白されるせいか、すっかり玖路が自分のことを好きだと思い込んでいた。恥ずかしすぎる思い違いに顔から火が出そうだ。

 幸い鷹飛の心の内も知らず、俯いているため顔も見ていない玖路にはバレていない。ただ、縮こまりながら隠していた理由を説明してくれて謝る姿に罪悪感が募っていく。違う、違うのだ。謝りたいのはむしろこちらだ。他人を不快にさせないよう隠していただけなのに、鷹飛が暴いたせいで玖路に辛い告白をさせてしまった。何よりも玖路が自分のことを好きで悩んでいるなんて思い違いをしていたのにと、鷹飛の良心がガリガリと削られていく。

「それに、わたくしは浅ましくも学園の見目麗しい生徒や先生方でカップリングしていますし、香子様もこんな変態がご一緒の部屋など嫌ですわよね」

 ボソボソ話す玖路に鷹飛は首を振る。追い詰めるような真似をして、嫌われることを覚悟し、勇気を出して告白してくれた玖路をどうして鷹飛は嫌えるだろう。むしろ、鷹飛の思い違いを知ったら、嫌われるのは鷹飛のほうだろう。

「う~ん、それってようは衆道のことでしょ。昔からそういうのはあったし、私は別に気にしないけど」

 気にしていないとアピールするように、いつもの調子で鷹飛は話す。

「これからも、わたくしの友達でいてくれますの?」

「もちろん」

 不安そうに尋ねる玖路に間髪入れずに頷く。

「まあ! ありがとうござ」

「待って!」

 感極まって抱きつこうとするが、玖路の現在の恰好が目に入り、強い口調で止めた。玖路はきょとんとした表情で鷹飛を見上げる。残念ながら心底何もわかっていないようだ。

「私、前から言おうと思っていたんだけど、玖路ちゃんてけっこう無防備だよね」

 視線を向ければ、玖路は自身の格好を見る。夏だからか大きめのTシャツ一枚。裾は太腿まで隠せる大き目のサイズで、ワンピースっぽいとでも思っているのかもしれない。サイズが大きいせいで胸元は開き、谷間が強調されている。Yシャツではないが彼シャツのようで、今すぐにでも押し倒してしまいたい。暑い日が続くようになってから、玖路はこのような恰好でうろつく。鷹飛にとっては堪ったものではなく拷問のように感じていた。

「下着は穿いていますわよ」

「玖路ちゃん、はしたないよ!」

 止める間もなく裾を撒くる玖路は羞恥心がないのか、同性だから大丈夫だと思っているのか。頭が痛いし、下着の色をバッチリと認識して喜ぶ自分がいたたまれない。

「お部屋でくらいよろしいではありませんか」

「あのね、いくら同性でも」

「あら、香子様は殿方をお好きでしょうから、わたくしみたいな女性に欲情なさらないでしょう」

 鷹飛の言葉を遮り微笑む玖路だが、どこか言い回しが可笑しい。わざわざ同性相手に欲情などという言葉を使うだろうか。自然と眉根が寄せられる。

「……私ってどちらかと言うと、女の子が好きな同性愛者だと思われているのになぁ。玖路ちゃんは私が男を好きだって思うんだね」

「だって、香子様は同性愛者の方でしょう。殿方を好きなのはよく分かっていますわ」

 戸惑いながら言葉を紡ぐが、これって同性愛者のような言い方かもしれない。しまったと思ったが、それ以上に玖路の言葉に息を呑んだ。

 彼女は今、何と言っただろう。

 瞬きをして反芻し、意味を理解すると目を見開いた。もしかして、玖路には鷹飛が鷹飛として見えているのかもしれない。呪いが通じていないなんて信じられないが、鷹飛のことを同性愛者だと言い、殿方を好きなのはと言っているので、間違いないだろう。でも、どうしてだろうかと考え、顎に手をやるが理由など分からない。分からないのなら聞けばいい。興奮したまま、鋭い眼差しで玖路を見つめた。

「玖路ちゃんに私ってどう見えているのかな」

「どう見えていると言われても香子様は香子様でしょう?」

「性別のこと」

 気持ちが逸り、どうしても早口になってしまう。

「ああ。わたくし、脱衣場で香子様と鉢合わせてしまいましたでしょう? そのときに、お恥ずかしながら、殿方のシンボルを拝見いたしましたの」

思い出したのか、頬を染めて鷹飛から視線を逸らす。

 間違いない。玖路は鷹飛を鷹飛として見ている。香子ではなく鷹飛として、女ではなく男として、だ。爆発するような喜びが鷹飛の心を満たしていく。

 奇声を発し走り回りたい。いいや、鷹となって空を飛び回りたいが、今そのようなことをしたら変人に思われる。我慢だ、我慢。鼻がツンとして、油断をすると泣いてしまいそう。

「そっか、うん。玖路ちゃんには男に見えたんだ」

 動揺しているせいか、いつもの柔らかな口調から単調な棒読み染みたものになってしまう。怖がらせてしまったかな。玖路を見ると落ち着かない様子で、視線をあちこちへやっている。

 落ち着け。鷹飛は胸に手をやり息を吐いた。まだまだ、心臓は速いが少しばかり冷静になれた様な気がする。

 玖路に呪いが効かないのならば、全てを話した方がいい。膝の上で拳を握り、爪で手の平を食い込ませた。大丈夫、話せる。きっと、玖路なら全てを受け入れてくれるような気がする。

「私はね、魔女に呪いをかけられているんだ」

 早口にならないよう、努めてゆっくりとした口調で事情を説明する。

「呪い、ですか?」

 魔女ではなく獣人であるからか、玖路はいまいちピンとこないようだ。鷹飛の言葉を繰り返して、理解しようとしている。

「そう。周囲から女だと認識される類いのものをね。いくら私が男だと喚いても解けることはないんだ。だから、学園にも女子生徒として通っているし、女子生徒だから制服も女性物を着ないと駄目だし、婚約者も男になっている。まあ、至狼の家は知っていて協力してくれているんだけどね」

「え? 男の娘ですから女装していたわけではありませんの?」

「ん? 男の子が女装って流行ってるの? 常識なの? でも、至狼が女装してるのなんて見たことないよ」

 どうしよう、玖路の言っている言葉が分からない。思わず至狼の女装している姿を想像し、あまりの似合わなさに吐きそうになる。視界の暴力だ。

「流行っているわけでも常識でもありませんわ。らん、ではなく、音波おとは先生のように女装が趣味だと思っていましたの。後、至狼様の家に協力ってどういうことですの?」

「趣味って、あー、ないない。私、ノーマルだし。至狼の家とはお互い付き合いあるし、同じような名家だしね。周囲を黙らせるために利用し合ってるんだよ。婚約も高校を卒業すれば解消するしね」

「お、お付き合いをされているわけではなかったのですね」

 女装趣味か。理解できる言葉にホッとしながら、婚約のネタバレをすると玖路はあからさまに肩を落として悔しがる。確か、男同士の恋愛が好きな腐女子だったか。鷹飛が思っている以上に玖路はBLとやらが好きなようだ。

 だが、そんなことよりも、鷹飛は玖路に感動していた。今まで呪いにかかってから誰もが鷹飛を鷹飛と見抜くことはなかった。告白してくる女の子達だって鷹飛を男だと露にも疑わずにいた。なのに、どうしてか玖路は見抜いてくれた。玖路を見る目に、ついつい熱がこもってしまう。

「ね、玖路ちゃん。私って呪いのせいで女子が好きでもガッツリ行き過ぎると同性愛者に見られて逃げられたりするし、同性であるはずの男から迫られることもあったし、今まで誰も気付いてくれなかったんだ。なのに、玖路ちゃんが気付いてくれて嬉しい!」

 鷹飛の言葉に玖路は頬を染めて薄ら微笑むが、少しばかり悪寒を感じて頬を引きつらせる。もしかしたら、同性の男に迫られたという部分に反応したのかもしれない。さすが、腐女子。歪みがない。

「そっか、そうだよね。玖路ちゃんは男同士の恋愛が好きなんだっけ」

 苦笑いしながら釘を刺すのを忘れない。

「玖路ちゃん。妄想するのは良いけど、私は可愛い女の子が好きなんだからね。そこのところは覚えておいてね」

「はい、分かりましたわ」

「う~ん、あんまり聞いてないでしょ」

 キリッとした表情で頷くが、何となく心ここに非ずな気がする。さては妄想なら良いと言ったから、そっちに気を取られているのかもしれない。しょうがない子だ。そんなところも可愛いとさえ鷹飛は思ってしまう。

「いえ、その、これからも宜しくお願い致しますわね」

「うん、こちらこそよろしくね。私の本当の名前は鷹飛って言うんだ。二人だけのときでも良いから、私の名前をその可愛い声で呼んでね」

 もごもごと頭を下げる玖路に、鷹飛も同じように頭を下げる。お互いの秘密を分かち合い、何だか今まで以上に親しくなった気がして、それ以上親密になりたいと思う自分がいた。

――ああ、そうか。私は玖路ちゃんと番になりたいのか。

 至狼と戦うことになってしまうかもしれない。

 残念ながら鷹飛は至狼にここぞというときに勝ったことがない。絶対に負けられないときは、いつも至狼に負けてしまうがこれは譲れない。どうすれば、どうやれば勝てるだろうか。いくつか案を出して却下し、強敵の存在に口角が上がっていく。至狼が自覚する前に玖路を自分のものにできればいい。

 まずは、この身の呪いを解かなくてはならない。玖路に呪いが効かなかったように、解くことができる者はいるはずだ。


お久しぶりです。

大体一年ぶりの投稿です。

久しぶりに感想を貰い読み直して、天野香子編を書いてみました。

他のキャラのも書きたかったですが、ちょい無理そうなのでこれだけでもと上げました。

やる気が出たら他のキャラのもUPしたいです。


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