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十三話

 もう一度転校生を見に行くと決め、玖路は朝のうちに仲の良い猫達に呼びかけて見張らせた。放課後になり呼びかけに答えてくれた猫の一匹が玖路を迎えに来てくれて案内してくれる。

 転校生は中庭でウロウロしていた。ちょっと怪しいが人のことなど玖路に言えないのでグッと黙る。猫達に報酬のにぼしを与え、ジッと転校生を見つめる。

 印象は小動物的でか弱そうで、獣人達は保護対象に見そうだ。だけど、玖路の勘によると芯は強く、どちらかと言えば草食獣の皮を被った肉食獣な気がする。意外と我が強そうで癖がありそう。本人は隠す気もないのか、赤い目には強い欲が浮かんでいる。その中に紅蓮と天、至狼、朱里、嵐、香子の姿がチラつく。

玖路は転校生のことを調べた。中等部三年の姫野ひめの愛華あいか。吸血鬼であり魔女であり獣人である混血児。ゲーム主人公と重なる少女。転校生の情報を頭の中で並べて集中すると、海の波に呑み込まれるような何かが玖路を襲う。

 紅蓮とぶつかり惚けた表情で見上げる愛華。転校生に興味を持ち近づく天が魔女だと見抜き、中等部の風紀委員を訪ねてきた至狼によって獣人でもあると判明する。自分を見出した紅蓮に憧れる愛華に朱里が近づき、紅蓮には近づかないほうが良いと忠告をして去って行く。嵐も愛華に会っていた。馴れ馴れしく天に近寄るなと警告している。

 何だろう、これ。知らない光景が映画のように流れる。

 どうして、香子はいないのかと不思議に思っていると、人間味が薄れたアニメ映像、いやゲームのグラフィックだろうか、そんなものが玖路の目に映る。絵と共に会話文が表示されている。

「本当に吸血鬼なのかな? 固有能力が全然成功しないよ。解呪って言ってたのに、呪いを解くのって難しいのかな?」

 桃色の髪をツインテールにした美少女が涙交じりに嘆く。動きはないがイラストは愛華で間違いがない。愛華は香子の呪いを解く手段を知っているようだ。

 ゲームのような映像で確信すると米神が痛み始め、ついには頭を締め付けられるような痛みに集中を切る。脂汗が滲み全力疾走したかのように呼吸が乱れた。座り込みながら息を整え、三種族の混血児である愛華を見つめる。

思い切って声をかけてみよう。香子をネタに色々BL妄想しているが、大切な友達でもある。本人は解呪したがっていたし、玖路も解呪してくれたほうが妄想は捗る。

 勇気を出して一歩踏み出し声をかけた。

「そこの貴方、よろしくて?」

 吸血鬼らしい赤い目が上から下まで舐めるように玖路を見る。服の上からなのに丸裸にされているような不快感で怖くなり、前へ出した足を後ろへ下げる。

「あんた転生者でしょ」

 高く甘さを含んだ声から、ぞんざいな言葉が出てくる。

「見たことのない面してるけど、ゲームのキャラっぽいわね。美人だから悪役かしら。でも、ゲームに出てくる悪役は攻略相手が兼任しているし。う~ん、バグ?」

 可愛らしく首を傾げているが、愛華から出てきたのはゲームと言う単語。となると、愛華もBLゲームの中だと気付いている同士かもしれない。なんだ、悪い奴じゃない。気持ちは解れるが引っ掛かるものもある。

 愛華は玖路が悪役かもしれないと口に出していた。基本的にBLゲームに出てくるのは男だけだ。まれに女も出てくるが男同士の恋愛だからか、女の出番などあまりない。男同士の禁忌の恋愛というスパイス程度に出てくるくらいで、後は男同士に理解がある女友達のポジションか。あまり女が出てくるものを玖路は選ばないのでよく分からない。

「あの、貴方は呪いを解くような能力を持っていますでしょ?」

「ああ、鷹飛のことね。あれなら、あたしが解けるわよ。にしても、あんた、あたしのこと知らないの?」

 サラリと香子の本名を口に出しながら、玖路のことを怪し気に見てくる。もしかして、愛華は玖路とは違い、転生したゲームの世界を知っているのかもしれない。あの頭の中に浮かんだ映像によると、登場人物っぽかったし。それならば納得できる。

「えっと、姫野愛華さんでしたわよね?」

「そうよ。あたしがこの世界のヒロイン、姫野愛華よ」

 愛華は自信たっぷりに告げる。

「ヒロ、イン?」

 愛華は何を言っているのだろう。この世界はBLゲームの世界なのに、ヒロインがいるなんてあり得ない。玖路は困った子を見るような眼差しを自称ヒロインに向ける。

「この世界はね、『トライアングル・ラブ』っていう乙女ゲームの世界なの。この世界って吸血鬼も魔女も獣人もいるし、決定的なのはあたしの名前。姫野愛華って言うのはデフォルトネームでね、すぐにゲームのヒロインって気付いたわ」

 誇らしげに胸を張る愛華の言葉に頭をハンマーで殴られたような衝撃襲われ、耐え切れなくなり玖路は声を上げる。

「び、BLゲームの世界ではありませんの?!」

「はあ? あんた何言ってるのよ!」

 可愛い顔を般若に変えて愛華が詰め寄ってくる。

「いーい。ここは乙女ゲームの世界でね、攻略対象は我様皇帝の赤神紅蓮と高飛車魔女王の神楽天、ワンマンキングの大神至狼、ネガティブ侍の朱前朱里、男の娘魔女王信者の音波嵐、女好きフェミニスト天野香子こと実は呪いによって女に見える鷹飛。六人の異種族イケメン達とヒロインの希少な三種族の混血児であるあたしが愛を育むストーリーなのよ。ゲームはね、あたしが中学三年の冬にちょっと遠出してショッピングするところから始まって、紅蓮か天か至狼と出会うことでこの学園に転校してくるの。あたしはこの中なら紅蓮のファンだし、紅蓮との出会いイベントを選んだわ」

 愛華は話しているうちに楽しくなったのか般若の顔から、美少女に相応しい笑顔になっていく。

「ゲームは約一年間。攻略相手と愛を育み、パラメータを上げていけばエンディングよ。タイトルの通りトライアングル・ラブ、つまり三角関係でヒロインの取り合いができるの」

 いやんいやんと体をくねらせ頭を振る。

「上手くいけばね、三角関係のまま終われて逆ハーもできるの。だけど、原作知識を持ってる転生者であるあたしは考えたのよ」

 自信ありげに口元を釣り上げる。

「あたしは二人じゃ満足できない。六人皆侍らわせて愛を囁かれたいのよ。ゲームじゃできなかったけど、ここはゲームじゃなく現実でしょ。あたしはあらゆる手段を用いて全ての逆ハーを築いて見せるわ!」

 高らかに言い放ち拳を天に振り上げている愛華の背後には、草食動物である兎がファイティングポーズを取っている幻影が見えた。愛らしさの欠片も存在させない兎は目をギラつかせて、まるで肉食獣のようだ。怖いと通常の玖路なら縮こまり震えていただろうが、愛華の告げる真実は玖路には重すぎた。

「そんな、BLゲームじゃないなんて」

 掠れた声で玖路はよろめき、体の力が抜けていき立っているのも困難になる。もう、いっそこのまま気を失うのも有りかもしれない。ここがBLゲームの世界じゃないなんて嘘だ。あんなに妄想を刺激される美形がいるのに、乙女ゲームの攻略相手だったなんて……。心が折れて砕け散っていきそうだ。

「ちょっと、あんた大丈夫? 待って、気を失わないでよ。あたしじゃあんたを支えられないわ」

 大丈夫、これは全て夢なの。愛華と言う転校生は美少女に見えるけど本当は男なの。玖路は自分に言い聞かせる。心の目で見れば、ほら、美少女だった愛華が美少年に見え……ない。崩れ落ちるように座り込む。

「わたくし、もう、駄目ですの。生きていく希望を見失いましたわ」

「生きてく希望って大げさな。生きてりゃ楽しいことくらいあるわよ」

「いいえ、BLゲームだと思い生BLが見れると思いましたのに、乙女ゲームなんて……人の夢と書いて儚いっていいますものね」

 濁った眼で愛華を見る。玖路の目に映る愛華はどこか呆れた表情をしている。

「BLってあんたねぇ」

「玖路ちゃん! ちょっと、君。私の可愛いお姫様に何をしているの?」

 香子の声が聞こえてきた。幻影に続いて幻聴まで聞こえてくるだなんて、本当に駄目かもしれない。玖路は草の上に倒れ込む。そろそろ意識を保つのも限界だ。

「天野香子? セリフが違っ……て、あんたしっかりしなよ」

「玖路ちゃん、しっかりしてよ。君、どいて。玖路ちゃん連れてくから」

 体が宙を浮く感覚を味わう。どうやら、香子が抱えてくれているらしい。もう、何もかもどうでもいい。

 この世界がBLゲームの世界じゃなく、乙女ゲームの世界だったなんて……。やっぱり、BLゲームの世界だったりしないかな。愛華は美少女じゃなく、実は隠していたけど美少年で。

 紅蓮×愛華はこの場合王道になりそう。見出して学園へ連れて来たというから、指導者気分で会っているうちに恋へと発展していきそう。天×愛華も有りかもしれない。天は受け派だが美少年の愛華にだったら攻めでも萌えそう。至狼×愛華は頼りない獣人の保護をしていたら、いつの間にか恋をしていてなんてシチュエーションだろうか。朱里×愛華は愛華の性格ならば朱里を何とかしてくれそう。襲い受けか? 嵐×愛華は天との話で盛り上がってのカップリングかな。鷹飛×愛華はどうだろうか。ファーストコンタクトが悪いようだったから、後は好きになっていく少女漫画的王道パターンか。

 逆のカップリングも良いかもしれない。愛華の性格が肉食系っぽいから下剋上も面白そうだ。愛華×紅蓮は押し倒された紅蓮の色気がヤバそうだ。あの性格なら驚きながらも面白いと受けでも有りだな。愛華×天も良い。天はやっぱり受けのほうがしっくりとくる。愛華×至狼は草食動物に襲われる肉食動物。絆されている至狼は愛華を無碍にできなくて、されるがままにいきそうだ。愛華×朱里は愛華なら出会い頭にでも押し倒そう。朱里が戸惑っている間に事が進んで終わってそうだ。愛華×嵐は可愛いカップルだな。このカップリングは受け攻めがときどき変わるリバそう。愛華×鷹飛はしょうがないなぁと鷹飛が譲ってくれそう。どれも想像するだけで楽しい。

 だらしなく頬を緩めて笑う。玖路は現実から逃げて楽しい夢の中へと逃げた。すぐに、目が覚めて現実に直面するのだが、今だけは逃避していたかった。



――この世界がBLゲームじゃないなんてありえない!


これにて完結です。

主役が腐女子のお話を書きたくて、今回こんなお話になりました。

乙女ゲーム転生物も好きだし、どうせだったら混ぜちゃおうというノリです。

けっこう面白かったです。

この後に登場人物紹介などをUPしたいと思います。

余裕もあれば本編後の話も書きたいですが、難しそうかなぁ。

ゲーム主人公との絡みとか、ゲーム本編に入った話とか。

書きたいけど、今新しい話考えているので……。

気が向いたらUPするかもです。



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