十二話
両手の平を空に向け、グイーッと伸びをする。そろそろ一年も終わる。朱里のせいで少々居心地が悪かったけど、香子が一緒だったのでそれなりに過ごしやすくもあった。二年の進級では、どうか朱里と同じになりませんように。紅蓮とは何となく教室が離れている気はするのだが、朱里はまた一緒か隣くらいになりそうな気がする。嫌な予感はするが神頼みをしておく。香子は同室なので、おそらく三年間一緒だ。
そう言えば香子と言えば、基本的に女子に囲まれているか、玖路と一緒にいるか、婚約者の至狼といるかの三択だ。香子がいないと常にボッチな自分を棚に上げて玖路は考える。
婚約者はカモフラージュなんて言っていたが、香子はけっこう至狼と一緒にいるのは玖路の気のせいではないと思う。美形の二人が並ぶ姿は非常に絵になるので、もっと一緒にいてくれてもいいんだよと玖路は思う。
高等部に上がったころは至狼×香子だったが、最近は香子×至狼を押している。香子はフェミニストで物腰柔らかで優しいが、ちょっと腹黒っぽいところもある……ような気もする。玖路の妄想では夜の生活では鬼畜で、束縛とか監禁とかしちゃうタイプだと思う。
ワイルドな兄貴の至狼があんあんと泣かされ喘がされる姿は素敵すぎる。単純な腕力では至狼が上だが頭が良いとは言えないので、香子の手の平で転がされているとかときめく。ワンちゃん、じゃなくて狼の手綱を握っている鷹。カッコイイ。絵になる。誰か活字にしてくれないかな。
にゃふふと妄想していると、至狼と香子のツーショットにキタコレと目が輝く。日ごろの行いが良いご褒美だろうか。玖路は気配を殺し、存在感を消していく。
「お、俺様の小さな妹じゃんか。こっち来い」
喜びが一瞬で萎む。分かってはいたが、至狼は気付くのが早すぎる。もう少しくらい夢を見させてくれても良いじゃないかと玖路は項垂れた。
「御機嫌よう、至狼様、香子様。それでは失礼致しますわ」
にっこりと微笑み、優雅にスカートの裾を持ち上げカーテシー。暗にさよならと言って立ち去ろうとするが、無駄な足掻きと言わんばかりに至狼に引っ張られていく。
行き先は考える間でもなく風紀委員室だろう。気分はドナドナ、売られていく子牛のような気分である。香子も楽しそうに笑い便乗しないでほしい。親友なら少しは止めてくれてもいいじゃないか。これはもうお仕置きしだな。今度、ねっとりとした香子受けの妄想をしてやろうと玖路は心に決めた。
風紀委員室に着くと、香子様によってソファへと誘導され、至狼の膝に座らされる。風紀の獣人が茶菓子を用意してくれて、いつものお茶会へと突入した。
玖路としては付き合ってはいないと言われても、婚約者である二人がラブラブなところを見ていたいだけなのに、どうして構われているのは自分なのか不思議で堪らない。何か釈然としないと思いを抱えながらお喋りが始まる。
話題は進級後のこと。至狼は三年になり卒業となるので、香子を風紀委員に誘っている。信頼している香子に風紀委員長を継いで欲しいらしい。他の委員達も至狼の考えに不満はないらしく、反感的な視線はないのだが香子は乗り気じゃない。
「う~ん、私が風紀委員長って、ちょっとねぇ」
「いいから、お前がやれよ。代々風紀は獣人が仕切ってきてるんだぜ。俺様に次ぐ強さのお前がやらなくて誰がやんだよ」
命令口調で話しながら至狼が呆れた目で香子を見る。
「でもさ、私が、ねぇ。中等部みたいに熊井でいいじゃん」
「はあっ? また、そうやって逃げんのかよ」
「ちょっと、今日はいやにしつこいなぁ。その話は今度にしよーよ、ね?」
チラチラと玖路に視線を寄越し、話題転換を頼んでくる。先ほどの恨みで無視してもいいが、香子にはいつもお世話になっているし助けてあげることにした。
「そうですわよ。至狼様、何か面白いお話でもありませんか?」
「ん? 面白い話か」
玖路が同意すると、至狼はアッサリと引く。相変わらず玖路に甘い。
「そーいやー、中等部の転校生が来てたな。知ってるか?」
「ああ、あの変な子だよね」
「あの変な子ですわね」
玖路と香子はお互いを見て頷き合う。
「まあ、変っちゅうのは当たってんぜ。そいつ、希少な混血児だって話だ」
至狼がニヤリと笑う。玖路と香子が知らなそうなので、どこか得意そうにしている。
「混血児? 嘘だろ。あれって都市伝説じゃなかったか」
目を見開く香子に至狼が首を振る。
「いんや、数は片手で数えれるほどだがいるぜ。俺様も会ったことがある。つっても、転校生みたいな三種族の混血児にはないけどな」
なるほど、何事にも例外はあるらしい。とは言っても、転校生のような三種族の混血児はさらに希少みたいだ。
「俺様が会ったことのある奴は、吸血鬼と魔女の混血児だな。獣人じゃなかったからあんま記憶にねーが、確か種族の能力に偏りが出やすいとか聞いた気がするぜ」
希少とは言え能力に偏りがあるのか。少しばかり微妙な存在みたいだが、同時にゲームの主人公に相応しいようなスペックでもある。もしかして、美少女みたいに見えたが嵐みたいに男の娘だったり、香子みたいに呪いで女に見えるとかあるかもしれない。そういうのも主人公だったら有りだろう。
想像すると楽しくて、玖路は失っていた興味が再び湧いてくる。




