十一話
唐突に目が覚めた。目覚ましの活躍なしにクリアな目覚めなんていつ振りだろうか。
「ハッハッハッ……」
胸がドキドキして、呼吸が上手くできない。言葉で表せない何か、運命と呼ぶようなものがキチンと回り始めたと言うか、そう、何となくゲームが始まったような気がする。
異物、運命を回す者、物語の中心に立つ者、神に愛された者、言葉が頭の中に溢れてくる。一番分かりやすい言葉で言うならば主人公。彼が近くにいるような気がしてか、胸のざわめきが止まらない。
思い立ったら吉日、高等部で転入生がいないのか調べてみよう。意気込んで玖路は意気揚々と部屋を出た。
だらりと机に寝そべる。朝のやる気がどこへ行ったのか、玖路は悲しみで動くことができなかった。高等部に転入生がいないかと走り回った結果、そんな者いないし来る予定もないと言われたのだ。自分の勘違いだったらしい。玖路はこれ以上ない落ち込みに沈み、何をする気にもなれない。
「ほら、玖路ちゃん。元気だしなよ、ね? 高等部にはいなかったみたいだけど、中等部に転入生は来ているみたいだよ」
「本当ですの?」
椅子から一瞬で立ち上がると先ほどまでの不調がどこへいったのか元気になる。現金な自分に呆れながらも期待を込めて香子の両手を握り見上げる。目を輝かせる玖路に香子は頷く。放課後、すぐにどこかへ行ってしまって薄情者かと思ったが、玖路のために中等部の情報を調べてくれていたようだ。さすが親友。嬉しくて玖路は抱きつくと香子は抱きつき返してくれる。
「さて、一緒に見に行こうか」
香子の手を取り、中等部の敷地を目指す。
人探しは大変だと思いきや意外と簡単である。学園の生徒は基本的に繰り上がりだから、ほとんどが顔見知りなのだ。特に香子くらい顔が広いと、知らない者のほうが珍しくなる。すでに寮に帰っていたらアウトだが、初日は学園内を周るものだと玖路の中で相場は決まっている。中等部の生徒を捕まえながら転校生のことを尋ね回った。
中等部の生徒と話して分かったことは、転校生は紅蓮に見いだされて学園に来た先祖返りの吸血鬼の少女だということ。BLゲームの世界なのに少女ってなんぞや。主人公っていったら男だろうに、朝の予感めいたものは勘違いだったのかと玖路はやる気が駄々下がりになっていく。
「ね、玖路ちゃん。あの子じゃない?」
香子が指差す方向にいるのは、特徴的な桃色の髪をツインテールにした小柄な美少女だ。どこか引き寄せられる何かを感じる。主人公補正だろうか。いや、女だし違うか。
玖路は少女をジッと見つめる。
「吸血鬼、ですわよね」
聞いた情報の種族を口にするが、直感が違うと告げてきた。あの子は魔女だ。魔力が少なくて分かりにくいが、嵐や天に通じるものを感じる。
「だよね? でも、あの子って獣人だよね」
「え? 魔女ですわよ」
「いや、玖路ちゃん。あの子、獣人だよ。草食系かな? 無害な小動物っぽい。ね、感じない?」
香子が頓珍漢なことを言うので玖路は反論し、お互い顔を見合わせて首を傾げる。
獣人にも格があり、香子は至狼に次ぐ格上の存在だ。玖路よりも同族に敏感で、大体の種族まで分かるほど血が濃い。反対に玖路は同族なのも何となくでしか分からないが、勘が鋭いのか種族を当てることはできる。
感覚を研ぎ澄まし感じようとすると、確かに同族っぽいような気がしないでもない。何と言うか気持ちが悪いのだ。色々な存在が混じりあっているよう。そんな存在見たこともないので戸惑ってしまう。生理的に無理なわけではないし、拒絶も違うし嫌いなわけじゃない。近づくのが怖いのだろうか。今一歩近づきたくない何かがある。でも、傷つけられると言ったような恐怖は感じない。何だかちょっと調子が狂う子だ。
転校生は紅蓮が言うのだから吸血鬼だろうし、香子が言うのと玖路も感じたから獣人でもあり、玖路は魔女と直感した。三種族の混血児なんて聞いたことがないが、それしか説明がつかないような気がする。だけど、玖路にしたって両親が違う種族だが、混血ではなく獣人だし兄達は獣の姿になれない魔女だ。
「あの子、変ですわね」
「うん、おかしい。とりあえず、今日のところは帰ろっか」
分からないことは先送りにし、結局転校生に接触せずに終える。何だかモヤモヤして居心地の悪い日だった。




