十話
「我が月の女神よ。今日は怪我をしていないのか。つまらんなぁ」
一人になると紅蓮に絡まれ。
「あ、あの、玖路殿。少し某に時間をくれませぬか?」
教室にいると朱里が接触しようとしてきて。
「よお、俺様の小さい妹。今日も風紀委員室に寄って行け」
校内をうろついていると至狼に構われ。
「ねー、まだ天野様に不満ないのー? 部屋変えしようよー」
嵐と二人きりになると毎回部屋変えを提案され。
「玖路ちゃんって、小さくて可愛いね。こう腕の中に入るジャストサイズって感じだよね」
部屋にいると香子こと鷹飛がくっついてくる。
何だかちょっぴり疲れてしまった。いつから自分の周りはこんなにも騒がしくなってしまったのだろうか。ひっそりこっそりBL観察しているはずだったのに、ストーキングができないなんて何て悪夢だ。心の底からため息を吐き、玖路は疲れた目で空を見る。
「癒しが欲しいですわ」
頭の中に浮かんだのは魔女の天。玖路の中では総受け要員となっている。そろそろ会いに行く時期になってきたので、今日の夜にでも会いに行こうと決めた。
玖路と天との出会いは幼いころだ。年齢はあやふやで覚えていない。誰か魔女の誕生日だったか、それとも恒例の集会という名のパーティーだったかもしれない。大勢の魔女がいる中、獣人である玖路は居づらくて、完全獣化し猫の振りをして会場を散歩していた。
その日訪れた会場は庭が綺麗で、堪能しているうちに奥へと進んで行ってしまった。帰り道分かるかなと不安になっていると、玖路以上に居づらそうにしている美少年を見つけた。これが今では魔女王とあだ名される天だった。
草の根を踏む音で警戒していた天だったが、相手が猫であると分かるとあからさまにホッとしたように息を吐いた。
「にゃんこ、おいで」
小さな手で手招きしてくるので、美少年だと喜びながら玖路は愛想良く近づく。
「にゃぁ~ん」
媚を売りながら手にすり寄り、大判振る舞いで尻尾も絡めてあげる。どうだ、嬉しかろう。玖路は鼻息荒く天を見上げた。
美少年だと喜んでいたが、近くで見ると格が違った。何この生き物。金髪ではなく亜麻色だが澄んだ青い目と合わせると、西洋人形と言うよりも天使が先に浮かぶ。頭に輪っかと白い翼がないのが逆におかしいよう感じられた。リアル天使って本当に存在するのかと玖路は叫びたかった。
天は頬を緩め笑った。笑顔も天使で玖路は心の中で叫びまくった。
「僕、姉様がいるんだ。十歳も離れていてね、それなのに皆比べるんだ。馬鹿じゃないって思わない? 十歳って離れすぎでしょ。それなのに、追いつけるほうが変じゃん」
甘い高い声だが出てくる言葉は年齢と合わず、大人びていて少し毒舌気味だ。玖路が続きを促すように手の甲を舐めると、恐々と頭を撫でてくれる。小さい子って力加減が下手だから、ちょっと構えてしまったが心配は要らなかったようだ。
「僕さ、魔女なのに上手く魔法を操れないんだ。天候支配なのに天気が分かる程度って正直どうなの? しょぼくない? 皆が派手な分かりやすい魔法を使っているのに、僕は天気が分かる程度。何なの? 僕って本当に魔女なのかなって心配になるよ。それに、占いってややこしくない? 解釈って人によって全然違うじゃん。あんな頼りにならないものに、どうして皆縋りつくわけ? 理解できない。それからさ、魔法薬作るのって難しくない? 素材の種類多すぎだし、似通った姿に効能だから見分けなんてつかないじゃん。手順を入れ違うだけで失敗するし、好きな奴だけがやればいいって思わない? 魔導具作りにしたってそうだよ。面倒だし、人間が作る機械ってやつあるじゃん。別に魔導具じゃなくて、あれでいいと思わない? わざわざ、似たような魔導具なんか作らなくても世界は回るっての!」
スゥッと息を吸い込んでから、鬱憤全て吐き出すように一気に喋る。玖路が相槌打つ間もなく話しきった。
「何よりも嫌なのは愚痴るしかできない自分だよ。ああ、そう。この僕、僕さ。魔女の中でも由緒ある名家、神楽の嫡男の天様! なのに、どうして無能なんだ。何でもできなくちゃいけないし、苦手なことさえも涼しい顔してサラリとこなしてこその神楽の天様なんだよ?」
綺麗な青色の目から涙が零れる。
「あれ? 何これ。今日は雨じゃないのに変なの」
頬を伝い膝上に落ちて滲みていく液体を不思議そうな表情で見る。自分が泣いていることにさえ気づいていないのだ。まだ、こんなに小さいのに可哀想な子。
玖路は慰めようと頬を舐めてやる。
「くすぐったい。どうしたの?」
目を細め笑いながら天は玖路を抱き上げる。
「お前の名前は何て言うんだろうな? 性別は雌、か。じゃあ、君の名はレディ。僕は君のことをレディって呼ぶよ」
ひょいっと玖路の股間を覗き性別を確認し、野良猫かもしれない玖路に名前を付けてくれる。猫の姿でも性別の判別方法は恥ずかしかったが、元気が出たような天に安心した。自分の気持ちを吐きだしたせいか少しスッキリしたような表情をしている。
何だか放っておけないな。玖路はそう思ってちょくちょく猫の姿で天に会いに行くようになった。天もレディと命名した玖路のことを待っており、小さなことから大きなことまでたくさんの話を聞かせてくれる。
今日もにゃあと鳴き窓を爪で擦ると心得たように開く。
「いらっしゃい、レディ」
大きくなっても天使は天使だった。いや、位が上がって大天使とかそんなものになっている気がする。天が玖路に向かって微笑んだ。
攻略相手では嵐に次ぐ付き合いの長さになるが、遠くから見ているとこんな無防備な笑顔なんて向けてくれない。玖路のことを普通の猫だと思っているのか、レディの前だとガードが緩い。これが他の攻略相手達や主人公と絡んだときに出れば美味しいのになぁ。キラキラした視線を向けていると、天が真面目な表情をする。
「高等部に入学したら卒業までにやりたいことがあるんだ。どうしても成就させたい願いってやつでね。あーあ、中等部では叶えることができなかったや」
悔しかったのか口を一文字に結ぶ。
「ねえ、レディ。僕のことを応援してよ。絶対に願いが叶えられるって、ね? お願いだよ」
どこか縋る様に言うので了承したと示すよう頬を舐めてあげた。天は喜び玖路を抱きしめる。
天の願いとは何だろう。苦手なことさえサラリとこなせるようになった彼は何を望むのだろうか。長い間一緒にいる玖路にも分からなかった。




