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式は派手に! 豪勢に! と張り切る兄を抑えつけるのは、なかなか骨の折れる仕事だった。
何しろ、かなり邪な理由から急遽結婚することになってしまった私とクラウスである。二人の間に愛は無い。
あるのは、
「引っ込みがつかなくなったから、とりあえずほとぼりが冷めるまでは夫婦のふりをしていよう」
という、他人様には口が裂けても打ち明けられない後ろ暗い秘密のみである。
手間と金をかけた立派な式など、申し訳なくて挙げられるはずもない。なので、少ない身内のみ呼んで、必要最小限で済ませることにした。
「うう……。なんでこんな事に」
私が我が身の不幸を嘆くと、
「身から出た錆だろ」
クラウスに冷たく突き放された。
確かに私が九割九分悪いのは間違いないが、残り一分はクラウスにも非があると思うのだ。大人の知恵と余裕で、先走る兄を止めることも彼になら出来たはずである。
……私だけ非難の矢面に立たされるのは納得がいかない。
「どうしてくれるのよ。これでこの後離婚したって、バツ一じゃないの」
「ヴェルトナーの令嬢にして、ファルマーク伯爵元夫人だ。箔は付いてもバツにはならんから安心しろ」
ファルマーク伯爵、は、現在クラウス個人が所有している爵位だ。
彼の実家はローエン辺境伯家だが、これくらい格の高い家になると、爵位を幾つも持っているのが一般的である。父君からその一つを継いでいるのだろう。
「そういう問題じゃないの! 生涯愛する御方はただ一人と決めていたのに……。十代で愛どころか道徳もない結婚をしてしまう自分が許せないだけよっ」
「その愛する男を、試したり罠に嵌めたりしようとするからこういう目に遭う。まさに自業自得だな。同情は一切感じん」
「むかつく……!」
という素敵なやり取りを、私たちは、教会の厳粛であるべき神の御前で繰り広げていた。
神父様が先程からオロオロしながら「指輪の交換を……」と訴えているが、そんな形だけの儀式よりも、シロクロはっきりさせる方が今の私にとっては重要事項である。
「四の五の言うのは後にしてくれ。今はとにかくさっさと式を進めるぞ。そもそもそんなに文句があるなら、今日という日を迎える前に、一覧表でも作って俺に提示すれば良かったんだ」
「呆然としてしまって、それどころじゃなかったのよっ」
「どうせなら最後まで呆然としていてくれれば良かったのに。その方が静かでいい」
ぐい、とクラウスが私の手を取った。
何だか凄く面倒くさそうに、指輪を私の左の薬指に押し嵌めた。そして、自分の左手を私の目の前に突き出した。
交換か。交換だから私もクラウスに同じようにしなければならないのか。
……が、如何せん人生初で、緊張して上手くいかない。
「……そんなに嫌か」
クラウスから的外れなことを言われた。
イヤとかイイではなく、根本的に不器用なんだよ、私は! ついでに言うならあがり症なんだよ! この手の震えが見えないのか、節穴め!
ああもう……。焦って涙目になってきた。
それを目にしたクラウスが、ますます不機嫌そうに眉を顰める。
「では誓いのキスを……」
神父の発言とほとんど同時に、クラウスはベールを捲り上げ、吃驚してきょとんとしている私の唇に、自分のそれを押し当てた。
キスだって初めての経験だったのに。雰囲気もへったくれもないな、この男!
そりゃあ、成り行きでこんな事態になってしまって、腹立たしいのはわかるけど。もうちょっと大事にしてくれても罰は当たらないというか……。
あああ。なんか本格的に泣けてきた。
「……ひっく」
「泣くほど嫌だったとはさすがに思わなかった。……悪かった」
一刻も早く記憶から抹消してしまいたい結婚式は、こうして幕を下ろした。
ああ……ともかく、これでようやく一つの試練が終わったのだ。後は適当な時機を見て離婚するだけ。
……と、ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、唐突に、もっととんでもない試練が待ち受けている事実に気が付いた。
(え? 初夜? まさかね。無いよね。だってお芝居から始まった結婚だし)
この土壇場にくるまで、綺麗さっぱりその行為を忘れていたおめでたい自分を、いっそ撲殺してしまいたい。
(いやいやいや。子供とか出来ちゃったら離婚どころじゃないんだけど!)
子供。
クラウスと私の。
髪は黒い方がいいな。私の頭髪は有り触れた栗色でつまらない。
瞳は青かな。私の緑なのか茶なのかハッキリしない目の色より、クラウスの方が深くて綺麗。
顔立ちはクラウスに似た方が絶対に(色々な意味で)有利だ。頭の出来もクラウスの方が……。
って、私の遺伝子、もしかして不要!?
「……はっ。違う違う違う! 何考えてんの私ーっ!」
絶叫して悶えた姿を、新しい家……ファルマーク邸の数多の使用人たちに目撃されてしまい、新婚早々羞恥心に苛まれたことは……二十年くらい経ったら、良い思い出になるかもしれない。




