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 ラングレン女神殿までは、徒歩で約二週間の行程だ。

 が、しかし。か弱い普通の女の子であるこの私、夜盗も出るという危険な一人旅を平穏無事に済ませられる自信が全くない。ここは一つ旅慣れた皆様の力をお借りしようと、素直に他力本願に走ることにした。

 まずはラングレン方面に向かう商人団を探した。

 ラングレンは女神神殿を中心に栄えている町であり、膨大な数の巡礼者を日々迎え入れる。不幸な女がただ駆け込むだけの避難所ではない。

 旅人をもてなすうちに、幾つもの産業が自然と発展していった。蝋燭、ワイン、硝子製造。

 見当をつけ問屋に聞くと、ちょうど今日出立する二十人規模の商団があった。

 同行料を払うのでご一緒させて下さい! と拝み倒すと、あっさりと受け入れてもらえた。盗賊対策の面でも、見かけ人数は多い方が良いらしい。

 しかもこの時の私は腰に剣を穿き、少年の格好をしていた。半人前分の戦力くらいには見なされたようだった。

 すぐに女だと気付かれるも、安全だからそのままいなさい、と商人たちは勧めてくれた。……こんな良い人達に巡り会えたのは、きっと私の「好きな人のために身を引く!」行為が神様に善行と認められたためだろう。やはり人間謙虚は大切だと思う。


 こうして、商人たちとの快適で楽しい旅が始まった。


 一週間ほどでラングレンの目前まで来た。整備された街道の北へ向かえば女神の膝元、東の方にはフラーマという花と香で有名な町がある。

 ちょうど辻に差し掛かったころ、馬車が昼の休憩に入った。美味しく食事を頂いた後、近くに綺麗な沢があるというので早速遊びに行ってみた。

 岩と土が入り組んで少しばかり複雑な様相を呈しているが、せせらぎは澄んで流れも比較的緩かった。手で水を掬い上げるとひやりと冷たい。

 よし次は足を……と靴を脱ぎかけたとき、ばっしゃーん! と少し離れた所で豪快な水音がした。

 振り返った先で、老人が溺れていた。

 私でも足が着くくらい浅いのに、何故そんなところで溺れられるのかと不思議だったが、とにかく放ってはおけない。冷たい水を掻き分けて助けに行った。

「ちょっとお爺さん! ここ足が着くよ! 立てるよ!」

 老人に私の声は届いたようだ。ぬ? と一瞬不思議そうな顔をしたのち、彼はおもむろに立ち上がった。ぶつぶつ言いながら川からあがる。


「足が痛い」


 地面に到達してからの老人の第一声が、それだった。

 私は老人を商人団の元へ連れて行った。老人はロドニーという名で、フラーマではたいそう名の知れた調香師だった。水中に珍しい花を見つけて、それを採りに行って足を滑らせたという。

 老人手製の香水を仕入れる代わりにフラーマまで送り届けてやろう、と、商団の長と老人の間で話が纏まった。私の目的地は女神神殿なので、寄り道するならお別れかな、と思ったら、なぜか老人にお前も来るのじゃ! と怒られた。

 ……なんか嫌な予感がするのは気のせいだろうか。


「わしは実は一人暮らしなんじゃ」

「はい」

「妻と娘がいたんじゃがな。わしが若い頃出て行った」

「はぁ」

「娘は結婚して孫を生んだが、未だにわしに孫の顔を見せにも来ん」

「ええと……」

「孫は女の子でな。ちょうどあんたと同じくらいなんじゃ」

「そ、そうですか」

「ええい、鈍い娘じゃ! ここまで話を聞いてもまだわからんか! その孫の代わりに足が治るまでお世話します、くらい気の利いたことは言えんのか!」

「えええ。なんかそれって理不尽な」

「最近の若いモンは年寄りを大切に扱おうという心構えがだな……」


 もう面倒くさいから、二、三日相手してあげなよ、との商団の長の素敵な主張のもと、私はフラーマの老人宅に置き去りにされることになった。

 いやいやいや。私には、一刻も早くラングレンに行ってクラウスを自由の身にしてあげる、という重要な使命があってですね……。


「今さら修道女になるのが一週間や二週間遅れたって、人生に大して影響なんかないって。それより奉仕活動の一端だと思って、孤独な老人を慰めてやりなよ」


 容赦のない長のごもっともな提案に従い、私は腰を据えて老人の世話をすることになった。

 クラウスがここに居たらまた馬鹿にされそうだ。


 相変わらず要領の悪い奴。

 だからお前は俺がいないと駄目なんだ……。






 老人宅に滞在することになった一日目の夜、私はランカスターの神父様宛に手紙を書いた。

 何をどこまで明かすか迷いながらの筆は、遅々として進まなかった。一枚、二枚、と、書き損じた便箋ばかりが増えてゆく。

 結局、気が付けば、まるで懺悔文のように延々と自らの悪事を綴っていた。


 浅はかな企みにより、偽りの婚姻を結ぶに至ったこと。

 よりにもよって、ちょうどその時期に夫となる人物にこの上もない良縁が舞い込み、結果としてそれを台無しにしてしまったこと。

 にも拘らず、神父様をして「結婚してからの方が生き生きしている」と言わしめるほど、大切に……本当に大切に、慈しんでもらっていたこと。

 せめてもの罪滅ぼしにラングレンに向かえば、間抜けにも手前のフラーマで足止めをくらってしまったこと……。


 全て打ち明けてしまうと、肩の荷を下ろしたようにすっと気分が楽になった。神父様には壮絶に呆れられてしまうだろうが、一方で、彼ならいつもの調子で「落ち着いたらランカスターにいらっしゃい」と言ってくれるような気がしていた。

 いや、言ってくれることを期待して、私は手紙を書いたのだ。

 単純に「許す」の一言が誰かから欲しかった。つくづく甘えた性格だと思う……。女神の館に着いたら、せっかくだから性根も叩き直してもらうおう。


「おーい。アラナ。茶を淹れてくれ。喉が渇いた!」


 私は老人宅の二階の客間にいた。階下で家の主が呼んでいる。

 足が痛いのを良いことに、この爺さま、我儘放題だ。茶にそのうち塩でも入れてやりたいが、塩分の取り過ぎで倒れられたら困るのでやめることにした。

 階段を下りて台所に向かった。

 孤児院で日常的な家事も手伝っていたせいか、私は、お嬢様らしくない技が知らぬ間に身に付いていた。違和感なく食事の支度や風呂の用意ができる自分が、こっそりと誇らしい。


「しかしお前さん。茶の淹れ方が下手じゃのう。そんなんじゃ嫁に行けんぞ」

「だから私は修道女になるんだってば! 嫁にはいかないの」

「信心深さなど欠片も見受けられんのに、何が修道女じゃ。神様もびっくりじゃ。やめとけやめとけ」

「本っ当に失礼な爺さまだね……!」

「かっかっかっ。この程度で怒るようではまだまだじゃな」

 

 妻と娘が逃げたのは、きっとこの口の悪さのせいに違いない。お茶にしたって料理にしたって、文句ばっかり! その割にはしっかり完食しているから、単に何につけても文句を言いたい性分なのだろう。

 ええい、腹の立つ!


「明日は卵料理にするんじゃぞ。ハムも忘れずに添えてな」

「お爺さん、遠慮って言葉知ってる?」

「それをし過ぎると損をするという事は知っておるぞ」

「もういいです……」


 翌朝、思い切って大枚を叩いて、早馬に手紙を託した。

 神父様から返事が来たら嬉しいな……と、ちらりとそんなことを考えた。






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