第74話 命にあらざるモノ
マスターのスキル『白馬の王子の口映し』によって、エレンシア嬢の『生命力を操り、生命を生み出す魔法』を元に発現した魔法。
それは同じ表現を使うならば、『命なき者の力を操り、命にあらざるモノを生み出す魔法』と言えるものです。マスターが過去に殺害した対象の力を元に、命とは言えない『ナニカ』を造り出す『冒命魔法』。
エレンシア嬢の『生命魔法』が、希望に満ちた新たな命を祝福する魔法だとするならば、そこから生まれた彼の魔法は、死者はおろか命そのものを冒涜するようなものだったのです。
エレンシア嬢の前に立ったその人影は、赤銅色の金属のような表皮を持っています。のっぺりとした銅像のようでありながら、目鼻立ちや身長、身体の輪郭などは、過去に生きたその『人物』に近いものがありました。
「《スパイラル・エッジ》」
赤銅色の人形は、両手を前に伸ばし、その手の先から螺旋状のエネルギーを放出しました。
「な、なんだ?」
「ぐあああ!」
完全に油断しきっていた『アトラス』たちは、不意打ちの魔法を対魔法銀で防ぐ暇もないまま、後方へと大きく吹き飛ばされてしまいました。
「くそ! 何もんだ。こいつ……」
それでも装備のおかげでダメージは軽減できたらしく、一転して跳ね起きた『アトラス』の蛮族たち。しかし、彼らの目に映っていたのは、赤銅色の人形だけではありませんでした。エレンシア嬢の周囲に立つのは、あたりの岩と同じ材質でできていると思われる、いびつな形の『人形』の群れです。
彼らは岩でできた剣を持ち、岩でできた盾を構えているようでした。
「……な、なんですの? これは」
驚きに目を丸くするエレンシア嬢。すると、赤銅色の人形が振り向きもしないまま、再び言葉を発しました。
「我ガ造物主ハ、クルス・キョウヤ。我ラハ主ノ命ニ従イ、エレンシア嬢ヲオ護リシマス」
どこから出ているかもわからない、不気味で無機質な声。しかし、この人形が先ほど使った力には、わたしも見覚えがありました。
かつてマスターにドラッケン城内で不意打ちを仕掛け、返り討ちになって死んだ『ニルヴァーナ』の貴族──レニード・スピラ・ファフニルの『螺旋を操る魔法』です。
マスターの『冒命魔法』の練習を見学する中で、最初にこれに気付いたときは、いったい何の冗談かと思いました。よりにもよって、殺した相手を模した存在を造り出すとは、趣味が悪いにもほどがあるでしょう。
いえ、それは別にしても、造り出されたものが生前の力に近いものを使用できるということ自体、反則としか言いようがありません。
ただし、色々と確かめてみた結果、この『冒命魔法』には制限があるようです。
造り出す元となる対象が強ければ強いほど、また、特殊であれば特殊であるほど、その『依代』となる材料も希少な鉱物などにしなければならないのです。
今回、レニードを模した人形を造り出すにあたって使用したのは、マスターが普段手首に着けている『ミュールズダインの盾』でした。
一方、他の人形たちは、ヴィッセンフリート家の兵士たちか何かなのでしょう。あたりの岩を使い、無数に造り出すことができているようです。
「……な、なんなんだよ。わけがわかんねえ!」
「か、関係ねえ! こんな人形、壊しちまえばそれまでだ!」
「だ、だったら、お前がやれよ!」
あまりにも禍々しい光景に、さすがの『アトラス』たちも明らかに腰が引けていました。
その間にはエレンシア嬢も気を取り直し、自分の身を護る方策を考え始めたようです。周囲の人形を見渡し、それからひとつ頷くと小さな声で宣言します。
「……スキル『閉じられた植物連鎖』」
彼女はそのまま、さらに続けて『生命魔法』を発動させました。
「《ライフ・メイキング》。硬くて強い再生力を持った樹木」
その言葉に合わせ、エレンシア嬢の身体を囲むように巨大な樹木が地面から生えはじめ、瞬く間に彼女の身体を覆い隠してしまいました。とはいえ、恐らく彼女自身は、『世界に一つだけの花』で周囲の状況を確認できるのでしょう。
「《ライフ・メイキング》。鋭く尖った樹木の根」
樹木の壁の中から、彼女の凛とした声が響きます。すると、それに合わせるかのように、周囲一帯の地面から樹木の先端が突き出しました。それは瞬く間に足の踏み場もないほどに広がり、近くにいた『アトラス』たちの足を問答無用で貫いていきます。
「ぎゃあ!」
「くそ! なんだ、このトゲはよおお!」
とっさに飛び下がる蛮族たち。それでも肉体の再生能力はそれなりに高いらしく、足に開いた穴も徐々に塞がっていくのが見てとれました。
もちろん、人形たちの足元にも同様のものが生えてはいますが、彼らには痛覚がなく、そもそもその程度で貫かれるほど柔らかい足を持ってはいませんでした。
「くそ! こんなもの! 《アイアン・フット》!」
ここで蛮族の一部は、魔法を使用して両足を鋼鉄に変え、剣山のような足元の樹木を踏み潰しはじめました。
しかし、その直後……
「ぐぎゃああ! 熱い!」
「いてえ!」
「ひ、ひぃいいい! あ、足が!」
潰された木々は一斉に燃え上がって彼らの肌を焼き、鋭い刃を突き出して彼らの肉を斬り裂きました。そして、触れた部分から彼らの肉体をグジグジと腐らせ始めたのです。
これこそが彼女の特殊スキルの効果でした。
『閉じられた植物連鎖』
任意に発動可能。自分の半径五十メートル以内に、次の効果を持つ特殊空間を設定する。
1)空間内で新たに生まれた植物は、燃やせず、千切れず、腐らない。
2)空間内で新たに死滅した植物は、火を放ち、刃となり、触れたものを腐らせる。
「……《ライフ・メイキング》。足に絡む蔦」
さらに彼らの動きを制限するべく、エレンシア嬢の魔法によって、千切れないツタが生み出され、彼らの足に絡みつきます。
そしてさらに、パニックに陥る『アトラス』に向けて、赤銅色の人形が無機質な声で宣言しました。
「……《スパイラル・ショットガン》」
『レニード人形』が再び螺旋の魔法を放ったのを皮切りに、周囲の岩人形たちは一斉に『アトラス』の蛮族へと襲いかかっていきます。
それでも、戦闘能力でいえば『アトラス』たちの方に分があるでしょう。唯一の強力な戦力である『レニード人形』も、さすがに単体で対魔法銀を身に着けた『アトラス』の集団に対抗できるほどではありません。
しかし、エレンシアの魔法やスキルによる足場の悪さと『岩の兵士』たちの数の多さは、彼らを足止めするには十分です。そして、足止めすることさえ叶えば、援軍はすぐにでもやってくるのです。
「蛮族ども! わたしが相手だ!」
凛々しい声とともに上空から舞い降りてきたアンジェリカは、右手に真紅の短剣『魔剣イグニスブレード』を持ち、左手には鋭い突起物が無数に生えた鞭を握っています。
どうやら彼女は魔法が効きにくい蛮族に対抗するため、身体強化型スキルの派生形『身体の隅まで女王様』によって、新たな武器を生成したようです。以前に彼女から聞いた話では、あの突起物が生えた鞭は『竜爪の鞭』と名付けられており、彼女の爪から生み出したものだとのことでした。
「うああ! なんでこいつがこっちに? ボスはどうした!?」
「問答無用! 食らえ!」
驚く『アトラス』たちの間を飛翔しながら、竜爪の鞭を叩きつけ、『魔剣イグニスブレード』から炎の渦をまき散らす、アンジェリカ。
「ぐぎゃああ!」
するとたちまち、彼らの身体からは鮮血が吹き出し、同時にその傷口が激しく焼けただれて治癒を阻害していきます。
『竜爪の鞭』は、『強化魔法』で硬質化している『アトラス』の皮膚さえ容易に斬り裂くほどの鋭さを備えているのですが、それにとどまらず、付加効果として傷の周囲を著しく『熱に弱い』状態にする効果があるとのことでした。
アンジェリカは、『魔剣イグニスブレード』による炎魔法の増幅と合わせることで、治癒力の高い『アトラス』にも順調にダメージを蓄積させていっているようです。
「ぐあああ!」
低空飛行を続けるアンジェリカの周囲には、依然として《クイーン・インフェルノ》による『熱の膜』があります。しかし、彼らの装備する対魔法銀には、防具の装着箇所以外にも全身をカバーする効果があるらしく、彼女の攻撃も決定打にはなりきれていないようでした。
「ちっくしょう! ひらひらと動き回りやがって!」
『アトラス』の一人が対魔法銀の籠手を着けた右腕に魔力を集中させ始めました。何らかの魔法を使うつもりのようです。
「伸びろ! 《スネイク・アームズ》!」
蛮族の叫ぶ声と同時、魔法を発動させた男の腕が蛇のように伸びていきます。それは変幻自在にうねりながら、『熱の膜』を突破します。その際に着けていた『対魔法銀の籠手』が溶けていましたが、どうやら《スネイク・アームズ》で伸ばした腕には痛覚がないらしく、その蛮族は顔色一つ変えていません。
そのまま低空飛行から上空に離脱しようとしていたアンジェリカの足をわし掴みにしようとします。
「へへ、捕まえたぜ! ぐ……ち、力が抜ける?」
しかし、アンジェリカの耐熱兼エネルギー吸収スキル『傲慢なる高嶺の花』が発動したことにより、アンジェリカに触れたその手は力を失い、蛮族は顔を蒼醒めさせてうめきました。
「ち、ちくしょう!」
それでもどうにか余力を残した『アトラス』は、再びアンジェリカの足を握る手に力を入れます。
「いったあ! こ、この……離せ!」
「ぎあ!」
アンジェリカは鞭と魔剣を駆使して『アトラス』の腕を魔法で焼き斬りましたが、掴まれた足を痛めたらしく、顔をしかめて高度を上げていきます。
「撃ち落せ!」
ようやく動きを止めた彼女に、手にした弓で狙いを定める蛮族が一人。
しかし、その時でした。
「──おいおい、女の子にそんな危ないものを向けたら駄目じゃないか」
そんな人を食ったような言葉と同時、ぼとりと地面に落ちたもの。それは、弓を持った『アトラス』の頭でした。崩れ落ちる蛮族の背後に立ったまま、マスターは虹色のナイフを右手にぶら下げ、残りの蛮族たちに黒々とした眼差しを向けています。
「く、首を……? そんな馬鹿な! その手の急所は、強化魔法でガチガチに硬くなってるはずだろうが!?」
マスターの姿に気付いた『アトラス』たちは、驚きを隠せない様子で彼に目を向けています。依然として『人形』たちとの戦いは続いていますが、全体の半分程度の蛮族たちがマスターの方を向いていました。
確かに、アンジェリカの攻撃がなかなか決定打となりにくかったのも、対魔法銀の防御がある上に、彼らの急所が硬く強化されているからだったのかもしれません。
とはいえ、マスターが手にしているナイフは、この世界でも最高クラスの鉱石『オリハルコン』でできたものです。生半可な魔法で防げるものではないでしょう。
「……《ランス》アンド《レーザー》」
マスターは何気ない仕草で『槍』となった『マルチレンジ・ナイフ』を持ち上げると、近場にいる蛮族に向けて不可視の熱光線を放ちます。
「ぐぎゃあ!」
熱に焼かれ、苦悶の声を上げる蛮族ですが、それだけでは致命傷にはなりません。ブスブスと炭化した傷口こそ、すぐには回復する兆しを見せませんが、彼らの生命力は『ユグドラシル』に次いでタフなのです。
「て、てめえ! くそ! 防具を構えろ!」
『アトラス』たちはやはり、普段から武具を使い慣れていないのでしょう。今になって慌てて盾や武器を体の前にかざし、マスターの次の攻撃に備えるような構えをとりました。
「うーん。やっぱり、あんまり強い奴が相手だと、《レーザー》も決定打にはなりにくいか。魔法はどうかな? 今の状態でどれくらい対魔法銀相手に有効打になるか試してみようか」
マスターはどうやら、これだけの殺気だった蛮族を前にしながら、自分の戦い方を確かめているようでした。
「ちっくしょう! 馬鹿にしやがって!」
彼の態度が気に食わなかったのか、複数の『アトラス』たちが武器を手に、一斉にマスターへと襲い掛かりました。
「え? あ、待った待った。今、どんな魔法を使うか考えてるんだからさ」
のんきな顔で手を前にかざすマスター。そんな彼の正面には、今や見慣れた『鏡面体』が出現しています。
「うぎゃあ!」
「げはあ!」
自らの攻撃を自らの身体で受けて、倒れていく蛮族たち。それでも彼らの身体強化魔法のたまものなのか、増幅された自身の攻撃を受けながらも、息のある者も少なくはありませんでした。
「よし、決めた。なかなかネーミングが決まらなくて困ってたんだよね」
マスターは軽く頷くと、構えていた腕をだらりと下ろしました。
「それじゃあいくよ? 《ブルー・プラネット》」
軽い口調でマスターがそうつぶやいた、その時でした。
彼が目を向けた先の地面に、一瞬で真っ白な霜が降りたのです。
「な! ぐ、ぎゃ……」
「あ、が……こ、凍る……」
マスターの『冷却魔法』のうち、『物体冷却』。
彼の名づけた魔法《ブルー・プラネット》は、彼が『触れた地面』を始点に周囲の大地を冷却していきます。
『物体冷却』の特性は、接触する固体間の冷却作用の伝達です。その特性に従い、大地を踏む『アトラス』たちの足は、たちまちのうちに絶対零度にまで冷却されてしまいました。
そして不思議なことに、マスターの魔法は対魔法銀製の防具などものともせず、愚かな巨人たちを足から氷で覆い尽くしてしまったのでした。
これなら空を飛ぶ相手以外には、それなりに有効な攻撃手段となるでしょう。注意点としては、仲間を巻き込まないよう、作用させる範囲を十分制御する必要があるということでしょうか。
とはいえ、マスターは今回、少なくとも見た目の上では、地面を触ってはいません。
にもかかわらず、接触によってしか効果が発動しない『物体冷却』を離れた地面に使用できた、その秘密。それは、マスターがつい先ほど【因子干渉】によって獲得した、次のスキルによるものでした。
○通常スキル(個人の適性の高さに依存)
『動かぬ魔王の長い腕』※ランクB(EX)(新規)
活動能力スキル(感覚強化型)の派生形。任意に発動可。周囲の魔力を従属させ、最長十メートルの『見えない腕』を生み出す。この『腕』には本物と同様の感覚・腕力・接触判定がある。ただし、使用中は本物の腕が動かせない。
「うん。上出来かな? とはいえ地面全体ってわけにはいかないし、動き回る相手には使いにくいか……」
両腕をだらりと下げたまま、十数人の『アトラス』たちが凍りつく様を見つめ、思案顔で頷くマスター。
「くそ! 散れ! 離れて戦え!」
ようやく事態に気付いた『アトラス』たちでしたが、しかし、状況は既に手遅れでした。
「じゃあ、これだ。……《ブルー・マリオネット》」
マスターがそうつぶやくと、今度は凍結した地面から『岩の人形』たちがわらわらと出現しました。
「ひ、ひい!」
「化け物!」
「いやだああ!」
とっさに飛び退こうとした生き残りの蛮族たちも、絶対零度の冷却効果をまとう『岩の人形』に追いすがられ、抱きしめられて凍りついていきます。
「これこそ、エレンとアンジェリカちゃんの魔法の合わせ技って感じかな?」
結局、満足げに頷くマスターの前には、数十体の氷の『彫像』が乱立することになったのでした。
次回「第75話 巨人の尋問」




