表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第4章 愚かな巨人と黒の騎士
74/195

第71話 魔法の効かない蛮族

 たどり着いた村を見て、わたしは少しだけ胸を撫で下ろしました。


 蛮族に襲撃された村となれば、村のあちこちに酷い破壊の跡が残り、乱暴された女性の無残な姿や子供や老人を含めた無数の屍が転がっているという、最悪の光景さえ予想できたからです。


 しかし、実際には家屋の損壊こそ激しいものの、そこまで酷い惨状にはなっていないようでした。


「とはいえ、治療を急がないと命にかかわりそうな人々は多そうですね」


 わたしは村の中を【因子観測装置アルカグラフ】で走査した後、特に重傷(というより絶命直後)の状態にある村人たちの元に優先的に向かうことにしました。



「……わたくしも、治療に参加します。生命力を集めて差し上げれば、回復する人も多いでしょう」


 エレンシア嬢は青ざめた顔をしながらも、魔法を使うべく精神集中を始めています。


「……どうやら怪我人の多くは自警団のメンバーのようだが、それにしてもここまで一方的に倒されてしまうとは、どういうことなんだ?」


 一方、アンジェリカは破壊された村の様子に顔をしかめ、苛立ったような声を上げています。


「村人さんたちは兵士じゃないんだろ? 敵は蛮族なんだし、仕方がないんじゃないか?」


「いや、それは人間の村の話だ。確かにこの村には『サンサーラ』や人間もいるようだが、それでも『ニルヴァーナ』の自警団までありながら、『アトラス』どもを一人も倒せず敗北することなど考えにくい」


 マスターの問いかけに、小さく首を振るアンジェリカ。そう言われれば、村の中には『アトラス』と思われる死体はひとつもないようです。


「ふむ。じゃあ、治療は二人に任せて、僕らは生き残っている人に話でも聞こうか」


「そうだな。そうしよう」


 そのまま二人は、比較的怪我の少ない村人を探して村を歩き始めました。


「……しっかり! しっかりしてください!」


 エレンシア嬢は身体を半分潰されたような大怪我を負った青年の治療にあたっていますが、こんな荒事には慣れていないのでしょう。青ざめた顔のまま、必死に身体の震えを押さえつつ、魔法を使い続けていました。


 いずれにしても、エレンシア嬢の言葉に従って真っ直ぐこちら向かったのは正解だったようです。少なくとも脳組織にまで損傷が及んでいなければ、たとえ死亡していても、わたしの【因子演算式アルカマギカ】でどうにか回復はできるはずです。


 その結果、わたしたちが助けられなかったのは、四人だけでした。頭部を激しく損傷していては、わたしの【式】でも復活は不可能です。エレンシア嬢の魔法で生命力を注ぐにしても、精神が失われた肉体では、まともな復活は望めないでしょう。


「……うう。こんなの、酷すぎます」


 息絶えた村人を見下ろしたまま、エレンシア嬢はスカートが汚れるのも構わず膝をつき、ぽろぽろと涙をこぼしていました。


「……エレン。それでも、わたしたちは、最善を尽くしました。わたしたちがいなければ、もっと多くの人が死んでいたはずです」


「……ええ。わかっています。でも、蛮族どもは本当に許せませんわ! 何の罪もない村を襲って……こんな酷いことを……」


 嗚咽を漏らし続ける彼女の背中をいたわるように撫でていると、マスターたちが近づいてくる気配がしました。


「二人とも、お疲れ様。僕らの方もあらかた話は聞き終えたよ」


 マスターとアンジェリカ、そしてリズさんの後ろには、何人かの村人たちがついてきているようでした。


 彼らはわたしたちに目を向けると、深く頭を下げました。


「本当にありがとうございます。あなたたちのおかげで、ほとんどの村人が救われました。村を代表して、礼を言わせてください」


 先頭に立って頭を下げた初老の男性は、どうやらこの村の長のようです。


 村長をはじめ、生き残った自警団のメンバーから聞いた話を総合すると、やはり今回の襲撃は、過去とは異なる特殊なものだったようです。


 これまで蛮族領にほど近い場所にある村は、比較的強い魔法が使える『ニルヴァーナ』の若者を自警団として配置することで、国境警備隊の目を盗んで侵入してくる蛮族たちを撃退してきました。


 しかし、今回に限って言えば、襲撃してきた『アトラス』たちには魔法がほとんど通用せず、さしもの『ニルヴァーナ』も彼らの圧倒的な身体能力の前に敗北を余儀なくさせられたのです。


 ただ、不思議だったのは、欲望のままに食料を掠奪し、逆らう者を容赦なく殺し、嫌がる女性を無理やり凌辱することに快楽を覚える『アトラス』の蛮族たちが、ほとんどそうした行為に及ばなかったということです。


 代わりに彼らが行ったのは、『子供の誘拐』でした。

 しかし、刹那的な欲望を満たすことしか考えない彼らが、食料以外のものを掠奪することは極めてまれだそうです。

 にもかかわらず、今回の襲撃において『アトラス』たちは執拗に幼い子供の姿を探し求め、かばおうとする親を跳ね除け、捕えていったというのです。


「……うーん。まさか最近になってロリコンに目覚めた、とかいうわけじゃないよね?」


「キョウヤさん、いくらなんでも不謹慎ですよ」


 あまりにも身も蓋もないマスターの言葉に、リズさんがたしなめるように言いました。しかし、マスターは軽く肩をすくめつつも、反省した様子はないようです。


「でも、あらゆる可能性は考えないといけないしね」


「しかし、マスター……聞いた限りでは、成人女性に関しては、過去にも蛮族たちは『ニルヴァーナ』の追跡を恐れてか、その場で『襲う』ことはあっても誘拐まですることはほとんどなかったと聞きます。ましてや子供などを誘拐すれば、それこそ追跡の危険は高まるはずですし……性癖の変化の問題ではないのでは?」


 わたしがそう言うと、マスターは少しだけ妙な顔をしました。


「う、うん……とっても真面目な分析をありがとう、ヒイロ。……それはきっと、彼らに魔法が効かなかったっていう点と関係しそうだね」


「……ああ。その点については、おおむね推測できる理由はあったな」


 横から口を差し挟むように言ったのは、アンジェリカでした。


「でも、その『理由の原因』がまるでわからないんでしょ? あり得ないというか、考えられないというか」


「まあ、そうなのだがな……」


「?」


 二人だけで意味の通じる会話をされていても困ります。わたしが二人に問いかけるような視線を向けると、アンジェリカが複雑な表情のまま、説明をしてくれました。


「魔法が効かなかった『アトラス』は、全員が例外なく、『赤みを帯びた金属製の装備』を身に着けていたんだそうだ。奴らが武器や防具を使うということ自体、信じられないがな」


「武器や防具……ですか? まさか……」


「ああ、そのまさかだよ。奴ら……『アトラス』の蛮族どもは、よりにもよって対魔法銀ミスリル製の装備を持っていたんだ。ただでさえ身体能力の高い奴らがそんな装備をしたとなれば、『昼間のニルヴァーナ』にとっては、天敵とも言える相手になりかねない」


「で、でも……対魔法銀ミスリル製の装備なんて、『女神』の魔法でなければ生み出せないはずですよね? それをどうして『王魔』の……それも蛮族とも言われるような連中が?」


「それがわからんのだ。だが、今はそんなことを考えている場合ではない。奴らの目的は不明だが、さらわれた子供たちの身の安全を考えれば、一刻も早く奪還に向かうべきだろう」


 しかし、アンジェリカがそう言うと、村の長が滅相もないとばかりに大きく首を振りました。


「だ、駄目です! そんな、姫様にそんなことはさせられません! お話しした通り、奴らは魔法が効かない装備を持っているのですぞ!」


「だが、ここでわたしたちが動かなければ、子供たちの命が危ない。お前はわたしに、未来ある我が国の幼い命を見捨てろというのか?」


「あ、い、いえ……それは……」


 厳しい瞳でアンジェリカに睨み返され、口ごもってしまう村長。よく見れば、彼の周囲には子供をさらわれた親と思われる数人の村人たちが集まっていました。その誰もが傷が回復した後だというのに、身を裂かれんばかりの苦痛に耐えているかのような顔をしています。


「まあまあ、アンジェリカちゃん。村長さんを責めちゃ駄目だよ。……安心してください。彼女のことなら、婚約者の僕が命に代えても守りますから。……親御さんたちも、心配しなくていいですよ。必ず、子供たちは連れて帰ってきます」


 静かな口調ながらも、いつになく力強く断言するマスター。そんな彼の言葉に、村人たちは一斉に顔を輝かせました。


「……うう。も、申し訳ございません。ぜひ、ぜひ! よろしくお願いいたします」


「わたしたちにできることなら、何でもします! だから、どうか、あの子のことを!」


 大事な我が子を奪われた親の情。それを目のあたりにして、わたしたちは改めて、メンフィスさんやアリアンヌさんが味わった苦しみを思い返したのでした。




──蛮族たちが引き上げて行った方角を聞き出したわたしたちは、村人たちに見送られて出発しました。もうすぐ蛮族領に入ることもあり、『玉行車』ではなく、わたしの《レビテーション》による移動です。


 蛮族たちは乗り物などは使用していないことから、蛮族領まで入ってしまえば、それほど高速での移動はしていないだろうと思われます。ましてや、さらった『ニルヴァーナ』の子供たちを荷車のようなものに乗せて引いているとなればなおさらです。


「索敵を続けながらしばらく飛べば追いつけるでしょうが……作戦は考えておく必要があるのでは?」


 村人たちから聞いた話では、『アトラス』たちは総勢で数十名の集団だったそうです。『ニルヴァーナ』や『サンサーラ』に比べて個体数の多い彼らにしては、小規模な集団らしいのですが、少数精鋭なのだと言い換えることもできるかもしれません。


「上空から奇襲を仕掛けるにしても、夜にするべきだろう。奴らは夜目もかなり利くらしいが……それでもわたしやキョウヤの魔法が最大限に威力を発揮できる時間にするべきだ」


「そうだね。ヒイロもそれでいいかい?」


「はい。わたしも精一杯のサポートをさせていただくつもりです」


「うん。一緒に頑張ろう」


「はい」


 マスターの言葉に、わたしは大きく頷きを返しました。わたし自身、未開の文明に生きる者の価値観を否定するつもりはないのですが、それでもなお、『アトラス』の野蛮さは目に余るものがあると感じているのです。


「わたくしも……あんなに酷いことをする蛮族たちのことは、絶対に許せませんわ」


 新緑の髪の先で茨を揺らめかせつつ、エレンシア嬢は決意に満ちた顔で頷いています。


 一方、リズさんは不安げな顔でマスターに問いかけました。


「キョウヤさん。わたしのお渡ししたアレ、持っていてくださっていますか?」


「うん。もちろんだよ。リズさんからのプレゼントだもんね。肌身離さず使わせてもらうつもりだよ」


「他にお役に立てることがないので……すみません」


 申し訳なさそうに頭を下げるリズさん。マスターは、そんな彼女に首を振って笑いかけました。


「いいんだよ。コレがあるだけですごく心強いんだから。というか……リズさんって何気にすごいと思うのは僕だけかな?」


「いえ……皆さん思ってらっしゃると思います」


 わたしのこの言葉には、他の二人も激しく同意するように頷いています。

 これは最近、『法学』関係の書物を改めて確認して気付いたことなのですが、彼女がマスターに手渡したあの『法術器』は、『知識』の習得を開始してから一か月弱程度の『法術士』が作成できるものではありません。単独で作成する『法術器』としてなら、比較的高位のものと考えてもよいぐらいです。


「……さあ、ようやく敵影を捕捉しました。あとは見失わないようにしつつ、日が暮れるのを待ちましょうか」


 移動を続けながら、わたしは【因子観測装置アルカグラフ】の反応を確認し、皆にそう告げたのでした。

次回「第72話 夜陰の強襲」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ