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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第4章 愚かな巨人と黒の騎士
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第62話 世界樹の魔法

 その後、わたしとエレンシア嬢の二人は、彼女の魔法の練習場所ともなっているドラッケン城南側の花壇にいました。

 必死の説得……というか『事情説明』の甲斐あってか、エレンシア嬢もどうにか落ち着きを取り戻してくれたようです。


「……ヒイロ。確かにわたくしは、自分に素直になるべく、一緒に努力しましょうとは言いましたけど……さすがにあれは行き過ぎですわ。なんというか、こう……いろいろと踏むべき段階を飛び越していましてよ?」


「も、もう、それは言わないでください。わたしだって……少し頭に血が上ることくらいあるんです……」


 今度こそ、その辺の花壇に穴を掘って埋まりたい気分です。


「うふふ……。その『わたし』という呼称といい……段階飛ばしはともかく、ヒイロもいい方向に向かっているみたいですわね」


 ドレスが汚れることも気にせず、わたしと共に花壇に腰掛けた彼女は、自分の膝に顔を横向きに乗せるようにして、こちらを悪戯っぽく見上げてきます。


「うう……そ、そういうエレンこそ、どうなんですか? あれから一週間ですよ?」


「まだ一週間じゃない。あなたが早すぎるのよ。いろいろとね」


「うう……」


 言い返すつもりが、余計に言い負かされてしまいました。このお嬢様、最初に思っていた以上に口が達者なようです。


「でも……うらやましいわね」


 先ほどまでとは違い、暗く沈んだ声で言うエレンシア嬢。気になって改めて目を向ければ、彼女は自分の膝を抱えるようにして、小さく息を吐いていました。


「……わたくしは、アンジェリカさんやヒイロとは違うわ」


「違う? 何がですか?」


「わかっているの。……あの人が、キョウヤ様が、わたくしに対して『同情心』しか抱いてくれていないってことは」


「そんなこと……」


 ありません、と続けようとして、わたしは言葉に詰まってしまいます。正直なところ、マスターの心の中は、わたしにはまるで想像もつかないのです。


「たまたま、わたくしがリズの主人で……あの人が同情してくれる境遇にあったから、わたくしはこうして、彼と一緒にいることができる。けれど……アンジェリカさんやヒイロは違うわ。あなたたちは……あの人にとって、きっと特別な存在なのよ。……たぶん、リズも……」


「エレン……」


 悲しげな顔でうつむく彼女に、わたしは何と言って言葉をかけてあげればいいのかわかりません。こんな時、自分がこれまで『人工知性体』として、あまりにも人間と『心』で接する経験を積んでこなかったことが悔やまれます。


 しかし、エレンシア嬢は毅然として顔を上げ、花壇から勢いよく立ち上がりました。


「でも! いつかきっと、彼を本当の意味で振り向かせて見せますわ。……そのためにも、わたくしは彼の力になる。さあ、『魔法』の特訓を開始しますわよ!」


 どうやら彼女は、わたしが思うほど弱い少女ではなかったようです。


「はい、頑張りましょう!」


 わたしもつられて勢いよく立ち上がり、彼女と一緒に掛け声を上げました。


 実のところ、この一週間でエレンシア嬢の魔法は、かなり完成に近づいてきています。わたしが図書館で得た膨大な魔法に関する知識の数々は、感覚だけで物を教えがちだったアンジェリカによる魔法指導の足りないところを補足する形になったようでした。


「それはもう、助かりましたわ。なにせ彼女ときたら、『ここでぎゅわーっと魔力を集める』とか、『きゅっと感じたらくるくるっとまとめる』とか……少しばかり独特の表現が多かったものですから」


「…………」


 やはりアンジェリカは、少々お馬鹿な少女なのかもしれない。そう思ってしまうわたしでした。


「でも、わたしの方も大分、助かっています。何と言っても、『魔法を使えるようになっていく過程』を間近で見られるのですから、『魔法』というものを理解する上では、絶好の機会です」


「ふふ、お役に立てて何よりだわ。……さて、じゃあ今日は、この花壇にしようかしらね」


 エレンシア嬢が歩み寄っていった先にある花壇には、雑草ひとつ生えていません。それもそのはず、その花壇はこれから整備する予定のものであり、柔らかな土が入れられているほかは、花の種さえ埋められていないのです。


 彼女はそんな花壇の前に立つと、ゆっくりと目を閉じました。


 わたしはそれを見つめつつ、【因子観測装置アルカグラフ】を慎重に作動させていきます。これまでの研究で気づいたことは、やはり『魔力』とは【因子アルカ】とは大きく性質が異なるものだということでした。


 そのため、闇雲に【因子アルカ】を観測する方法を踏襲しても上手く行くはずはありません。『魔力』を感じ取るには、『知性体』にとっての精神が重要になってくるのです。


 まず第一に、『魔力』の存在を信じること。そして次に、『魔力』を見たい、触れたい、認識したいと願うこと。そしてさらに、『魔力』というものについて、自らの理解を深めること。信仰・願い・知識──最低でもこの三点が不可欠です。


 結論から言ってしまえば『魔力』とは、『そこ』に存在していながら、観測者の精神によって【世界】から想起されることで初めて『意味』を持つものなのです。世界に生じるべき『結果』そのものを『心』が世界に投影し、それを受けて初めて【世界】がそれを『結果』として世界に刻む。


 この現象を知ったわたしには、まるで『ふたつの世界』が『ひとつの場所』でせめぎ合っているかのように感じられました。


「さあ、行きますわよ」


 つぶやくエレンシア嬢の周囲に、『魔力』の流れが生み出されていきます。わたしには、これまでになく、それがクリアに感じ取れています。


「……これもまた、『わたし』が変わったからなのでしょうか」


 そんなつぶやきを漏らしつつ、エレンシア嬢の魔法の完成を見守ります。


「世界に、新たな命を……《ライフ・メイキング》」


 彼女の言葉に合わせ、周囲の『魔力』が一斉に花壇へと流れ込んでいきます。すると、土以外何もなかったはずの花壇に、大きな変化が現れました。


 わたしの目の前でにょきにょきと花壇の中から生えてきたのは、無数の草花です。それだけならまだしも、中央にはさらに大きな樹木が生え始めています。花壇の大きさからすれば、それほどではありませんが、明らかに他の草花とは一線を画す『樹木』です。


「まさか……これほどまでとは……」


 驚くわたしの前で、生命の息吹などほとんどなかったはずの花壇には、あふれんばかりの草花と瑞々しい生命力を湛えた一本の若木が生えていました。


「……ふう。どうにか上手く行きましたわね」


 安堵の息を吐くエレンシア嬢。しかし、それほど疲れているようには見えません。これもまた、最初のころに比べると大きな進歩でした。


「この木は……どうやら実がなっているみたいですね」


 よくよく観察してみれば、その若木には、成長段階からすれば不似合いなほどのたくさんの実がなっています。それも驚いたことに、一種類だけではありません。リンゴのような赤い実があるかと思えば、ミカンのような黄色い実もなっています。


「これはどういうことでしょう?」


 花壇に近づきながら問いかけたわたしに、エレンシア嬢は頷きながら答えてくれました。


「わたくしが一から生み出した……この世界のどこにも存在しないただ一つの樹木ですわ。その果物にも、様々な栄養や効能を持たせてあります」


「それはまた……超科学文明の遺伝子操作技術も真っ青な業ですね」


「?」


 素直に感心したわたしの言葉は、どうやらエレンシア嬢には通じなかったようです。しかし、これは驚くべき力でした。遺伝子操作技術、などという生易しいものではありません。既存の生命に頼ることなく、まったく新しい種を創造してしまうことなど、どれだけ科学技術が進んだところで、そうそう簡単にできることではないのです。


「生命を生み出す魔法。これが『ユグドラシル』の魔法というわけですね」


「……ええ。これでどうにか、キョウヤ様のお力になれればいいのですけど」


 エレンシア嬢は、魔法を成功させた割には、少し不安げな顔をしています。


「力になれますとも。もっと研究を重ねれば、応用の幅は無限に広がりそうな魔法です。わたしも協力しますから、頑張りましょう!」


「ええ、ありがとう。ヒイロ。お礼と言うわけではないのですけど、その紅い実をひとつ、食べてみてはもらえないかしら?」


「こ、これを? ……よろしいのですか?」


「はい。もちろんですわ」


 にこやかに笑うエレンシア嬢に促されるままに、わたしは花壇の中に踏み入り、若木に生えた紅い実をひとつもぎ取りました。見れば見るほど、リンゴに似た果物のようです。


「え、えっと……」


「皮も食べられます。どうぞ、そのままで」


 彼女は意外にも、お嬢様育ちの割にはそうしたお行儀について寛容なようです。リズさんと一緒に野山に野草を採りに行った時なども、果物をこうして食べていたことがあったのでしょうか。


「そ、それでは、いただきます」


 わたしの『素体』は、機能としては限りなく生身の人間に近いものがあります。ゆっくりと果物を口に近づけると、甘い芳香を感じることができました。思わずつばを飲み込み、それから思い切ってそれに齧り付きました。


「……お、おいしい!」


 思わず声が大きくなってしまいます。わたしはこれまで、様々な異世界で味覚情報の収集を名目にあらゆる食物を食べてきました。しかし、これほどまでに美味な食べ物を食べたのは、これが初めてかもしれません。


「ふふふ! 良かったわ。その紅い実は、ヒイロに食べてもらいたくて、一生懸命考えて作ったの。言ってみれば、わたくしたちの『友情』の味といったところかしらね?」


 そう言って楽しそうに笑うエレンシア嬢。確かに、この実の美味しさは、ただの甘味や酸味などの要素だけで説明できるものではありません。心の底からおいしいと言える食べ物は、人が自分のことを思って作ってくれた料理なのだという話はよく聞きますが、まさにそれを地で行くような味なのかもしれません。


「……ありがとうございます。エレン。こんなにおいしいものを食べたの、初めてです」


「どういたしまして。それで? 気分はどう?」


「え?」


「この果物にはね、心を晴れやかにする効果もあるはずなのよ」


「そうでしたか。確かに、なんだかすっきりした気分です」


 これはますます、彼女の魔法の有用性が証明される事実でもありました。

 と、まあ、それはさておき。


「エレン。ここで提案があるのですが……」


「何かしら?」


「わたしに食べさせてくれた『友情』の味も素晴らしいものですけど、今度は是非、マスターのために『愛情』の味を作ってみませんか?」


 わたしは自分の大切な『友達』をからかうつもりで、そんな言葉を口にしていました。


「も、もう……ヒイロったら……」


 すると、エレンシア嬢は顔を真っ赤にして、うつむいてしまったのです。この分だと、まだまだ春は遠いのかもしれませんね。


 ……などと思っていた、その時でした。


「やあ、エレン。ヒイロも。魔法の訓練は順調そうだね」


 タイミングよくやってきたのは、マスターです。


「ん? どうしたの?」


 顔を赤くしてそっぽを向くエレンシア嬢に、不思議そうに声をかけるマスター。


「あ、いえ、たった今、素晴らしい魔法を見せていただけたところなんです。それより、珍しいですね。この時間はアンジェリカさんとご一緒されていることが多かったはずでは?」


「うん。なんでもメンフィスさんが明日にも国内視察に出かけるとかで、アンジェリカちゃんも寂しそうにしていたからね。今日一日は、彼と一緒に過ごしてもらうことにしたんだ」


「そうでしたか」


「……まあ、ここに来たのはそれだけじゃないんだけど」


「と、言いますと?」


「うん。なんだかここのところ、エレンが元気なさそうにしていたからさ。気分転換に街にでも出かけられないかと思ってね」


 マスターのその言葉に、エレンシア嬢の身体が大きく跳ね上がります。


「えっと、ほんとに大丈夫? 身体の具合が悪いなら無理もさせられないし……今日はやめとく?」


 しかし、マスターが気遣わしげに言った言葉に対し、エレンシア嬢はその新緑の髪を振り乱すようにして大きく首を振りました。


「いいえ! 大丈夫です! 何の問題もありませんわ! せっかくのお気遣いですもの。すぐにでも準備いたしますわ!」


 実に嬉しそうに声を弾ませるエレンシア嬢の姿を見て、つい、わたしの頬も緩んでしまいそうになるのでした。

次回「第63話 正しく異常な少年」

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