第3章 登場人物紹介(エレンシアとの対話)
マスターがドラグーン王国の雷帝ジークフリードに見事勝利を収め、国民からも正式にアンジェリカ姫の婚約者として認知されるようになった、その日の夜。
お祝いの意味を兼ねて城で開催された立食パーティーは、深夜遅くまで大いに盛り上がりを見せました。もちろん、ヒイロたちも会場に招かれましたが、『オリハルコン』の生成方法やマスターの人となりなどを知りたがる大勢の人々に取り囲まれ、さすがに辟易してしまいました。
実際、後で聞いた話では、城下町でも至る所でお祭り騒ぎが繰り広げられていたようです。それほどまでに今回の件は、国民にとって衝撃的なことだったのでしょうが、それはとりもなおさず、この国におけるアンジェリカの人気の高さを裏付けています。
パーティーの中心では、アンジェリカとジークフリードの親子が久しぶりに仲良く会話を交わしている姿も見受けられ、そうした意味でも喜ばしいお祝いの席となったことは間違いありません。
ちなみに会場の一部においては、つい数日前に国内有数の貴族であるファフニル家の長男レニードが、城内で『謎の自死』を遂げたらしいとの噂話もささやかれていました。
しかし、『己の欲望に忠実に生きること』を美徳とする『ニルヴァーナ』の間では、『自殺』はとても不名誉なことであるらしく、あまり知れ渡ってはいないようでした。
それはさておき、そんな華やかな会場の中にあって、ただ一人、『壁の花』となって会場の隅にたたずんでいる女性がいました。若葉のように瑞々しい髪を緩やかに波打たせ、淡い色合いの花模様があしらわれたドレスに身を包む彼女は、本来なら会場の中心にあって人々の注目を集めるべき存在です。
今も会場にいる貴族の子息らしき『ニルヴァーナ』たちが次々と彼女の元に近づき、誘いの言葉をかけているのですが、彼女はそれに力なく首を振り、決して応じようとはしませんでした。
彼女が『ユグドラシル』と呼ばれる世界的にも稀有な『王魔』であることは、すでに周知の事実のようでした。しかし、もちろん、彼らが彼女に声をかけているのは、そんな物珍しさからではなく、彼女の美しさに惹かれてのことです。
それでも彼女は、落ち込んだ顔のまま壁際に立ち尽くし、いつしか貴公子たちも諦めたように彼女の傍から離れていくのでした。
「……エレンシア嬢。御気分が優れないのですか?」
「いえ、大丈夫です。少し疲れているだけですわ……って、あ……ヒイロさんでしたか」
気になったヒイロが彼女に声をかけると、彼女はこちらを見もせずに返事をしたらしく、言葉の途中で驚いたように顔を上げました。
「すみません。いきなり声をおかけしてしまって」
「いいえ。……ふふ。ヒイロさんのそのドレス、よくお似合いですわよ」
「そうですか? ありがとうございます」
ちなみにヒイロもこの時ばかりは、マスター御用命の制服姿ではなく、レース生地の黒いワンピースを身に着けていました。
「それより、あまりに体調が悪いようなら、治療いたしましょうか?」
「いえ、大丈夫ですわ。ごめんなさい。せっかくのお祝いの席で……いけませんわね。少し、夜風に当たってきます」
彼女は大きく息を吐くと、そう言って壁際を離れ、バルコニーへと向かって歩き出しました。しかし、その足取りは重く、どことなく頼りなさそうに見えてしまいます。
「……ヒイロさん」
そんな彼女の後姿を見送っていると、背後からリズさんの声がしました。
「あ、リズさん」
「こんなことをお願いするのは恐縮ですけれど……、どうかお嬢様のお力になってはいただけませんか?」
「え? ヒイロが、ですか? 彼女が落ち込んでいることはわかりますが、それならリズさんの方がよろしいのでは?」
「いえ……お嬢様はきっと、わたしに自分の弱いところを見られたくないのだと思います。長年連れ添ってきた分、かえって話しにくいこともある。そういうものです」
「……つまり、エレンシア嬢の相談相手になってほしい、ということですか?」
「いいえ、違います」
ここでリズさんは、ヒイロの問いかけにきっぱりと首を振りました。
「え?」
ヒイロはわけがわからず、目を丸くしてしまいます。
「できれば、お嬢様の『お友達』になってくださいませんか? ヒイロさんのような友人が、お嬢様には必要なんです」
「ヒイロのような……? それはどういう……」
「ふふふ。とにかく、バルコニーには今、他に誰もいません。人払いならわたしがしますから、お願いしますね?」
「は、はあ……」
普段お世話になりっぱなしのリズさんに、こうも正面からお願いされてしまった以上、ヒイロには他に選択肢などありませんでした。
──とはいえ、彼女と何を話せばよいのか、ヒイロにはさっぱり見当がつきません。
「あ、あの……エレンシア嬢?」
ヒイロがバルコニーに出ると、こちらに背を向けたまま、城下町の明かりを見つめる彼女の姿が目に入りました。
「え? ああ、ヒイロさん。やっぱり、御心配をおかけしてしまいましたわね」
物憂げな顔で、こちらを振り返るエレンシア嬢。夜景を背後に立つ彼女の姿には、その儚げな印象も相まって、ヒイロでさえ思わず見とれてしまいそうな美しさがありました。
「いえ……その、少しお話をしてもよいでしょうか?」
「え? お話ですか?」
エレンシア嬢は、その透き通るような翡翠の瞳を丸くして、不思議そうに問い返してきます。
「はい。考えてみればエレンシア嬢とは、これまであまりお話をする機会がなかったように思います。それに……できれば、『個体情報登録』もお願いしたいところです」
「個体? ああ、リズが確か、そんなことを言っていましたわね。はい。よろしいですわよ」
彼女がそう言ってくれたので、ヒイロは早速、彼女の個体情報を登録させていただきました。
「それで、お話というのは?」
「あ、えっと……その……」
困りました。なかなか言葉が出てきません。するとエレンシア嬢は、ちらりとヒイロの背後に目を向け、そこで人払いをしているリズさんの後ろ姿を確認したようでした。
「まったく、リズってば、本当にお節介ね。……もしよろしければ、わたしからお聞きしてもよろしいですか? ヒイロさん」
「え? は、はい、なんでしょう?」
「……キョウヤ様のことです。あなたやアンジェリカさんのこと。あなたたちがリズに出会い、それからわたくしに出会うまでのことです」
「わかりました。それではまず……マスターのことからお話ししましょう。彼の生い立ちのようなプライベートなことまでは許可なくお話しできませんが、スキルなどの情報と合わせながら、話せる範囲でしたら」
「それでかまいませんわ」
「それでは……」
ますは、彼の基本情報とこれまで獲得してきたスキルの整理です。
○来栖 鏡也 (クルス・キョウヤ) 年齢:16歳
ヒイロのマスター。狂える鏡。アンジェリカの形式上の婚約者。目鼻立ちこそ人形のように整っているが、どことなく陰鬱な印象の否めない少年。
□所有スキル等
・ベーシックスキル(ヒイロによる基礎設定)
『言葉は友情の始まり』
ヒイロの無限データベースに蓄積された言語の中から、対象が話す言葉と類似したものを自動で検索し、それを元に対象言語を解析・翻訳する。
『早口は三億の得』
ヒイロとの間で、言葉を介さず高速で思考の伝達を行う。ヒイロとの距離が百メートル以内であることが必要。
『虫の居所の知らせ』
どこにいても、どれだけ離れていても、ヒイロの居場所やヒイロまでの距離を感知する。
・通常スキル(個人の適性の高さに依存)
『完全病原体耐性』※ランクB
環境耐性スキル。一切の菌やウイルスに感染しない。
『痛い痛いも隙のうち+』※ランクB(EX)
環境耐性スキルの派生形。任意に発動可能。自身の痛覚を従来の十分の一に軽減。
『空気を読む肉体+』 ※ランクS(EX)
活動能力スキル(身体強化型)の派生形。常に発動。あらゆる身体能力を半径五十メートル以内に存在する『知性体』が持つ能力の平均値まで変化させる。ただし、スキル発動前の自分より弱い対象は算定基礎に含まない。
『他人の努力は蜜の味』※ランクA(EX)
活動能力スキル(感覚強化型)の派生形。『法術器』に触れた時に発動。その『法術器』に割り当てられた作成者の『知識枠』に匹敵するだけの『知識』を瞬時に習得する。
・特殊スキル(個人の性質に依存)
『世界で一番醜い貴方』
殺意のある攻撃を受けた場合のみ発動。受けた攻撃を『鏡』に飲み込み、増幅して『その時自分が殺意を向けている対象』に反射する。
『世界で一番綺麗な私』
『知性体』を殺害した時にのみ発動。自身の新たな特殊スキルを生成する。スキルの生成には、対象の人数や性質によって加算されるポイントが必要。『世界で一番醜い貴方』による殺害は対象外。
『鏡の中の間違い探し』
自分が殺害した『知性体』に対し、任意で発動可能。致命傷を含むすべての傷を治癒し、蘇生する。ただし、蘇生された対象は、それ以前と比べて『何か』が間違っている。
『鏡の国の遍歴の騎士』
自分が視界に入れた『知性体』に対し、任意で発動可。対象に『倒すべき敵』と『守るべき仲間』を誤認させる。対象人数は最大五人。効果時間は五分間。同じ対象への連続使用は不可。
『規則違反の女王入城』
過去に一定時間(約5分間)以上の会話をしたことがある『知性体』に対し、任意に発動可。対象と自分の傷を入れ替える。対象を視認する必要はなく、対象との距離も問わない。
『白馬の王子の口映し』
自分に好意を抱く異性の『知性体』とのキスにより発動。相手の魔法が使用可能となる。ただし、その魔法効果は『反転』する。効果時間は24時間。この効果は複数同時に重複する。
『目に見えない万華鏡』
『知性体』と十秒以上目を合わせ、恐怖を与えた場合にのみ発動可。発動後、対象が世界に与える影響は、すべてが『無』になる。なお、この効果は絶対に解除できず、対象の生死を問わず永続する。
『未完成スキル6』
特殊スキル『世界で一番綺麗な私』の効果により発生。現在、1890ポイント。スキル完成まで残り510ポイント。
ニルヴァーナの貴族、レニードはさすがというべきか、500ポイント以上の加算となったようでした。
・その他、装備品
『マルチレンジ・ナイフ』
ヒイロの【因子演算式】が組み込まれた携帯型万能兵装。形態モードとして《ナイフ》《ソード》《ランス》の三種類がある。攻性モードとして、不可視の熱光線を放つ《レーザー》、刀身に熱を発生させる《ヒート》、電撃の《スタン》、発光の《フラッシュ》、音波の《ノイズ》などがある。
『リアクティブ・クロス』
ヒイロの【因子演算式】が組み込まれた外的脅威反応型防護服。外部からの脅威を感知するセンサーがあり、必要に応じて様々な力場や反発衝撃波による防御が可能。
『ヴァーチャル・レーダー』
ヒイロの【因子演算式】が組み込まれた生体埋込型索敵警戒装置。視界に擬似的なレーダー画面を表示し、脅威となるエネルギー反応などを発生と同時に感知、視覚的にわかりやすく示す。周囲360度を確認可能なミニマップもオプション表示可。
『ミュールズダインの盾』
赤銅色に輝く魔法の金属『ミュールズダイン』で作られた盾。製作者はメンフィス。かざした方向に電撃を防ぐ力場を展開できる。《値の護符》と組み合わせることで、一時的に極めて高い硬度と魔法耐性を備えた『オリハルコンの盾』に変性する。
《血の護符》
リズが作った『法術器』。使用者はリズ。着用者はキョウヤ。血液の流れを効率化し、疲労を防ぐ効果がある。
《値の護符》
リズが作った『法術器』。使用者・着用者ともにキョウヤ。自身が身に着ける鉱物の組成を調整する効果がある。(ヒイロの【因子演算式】との組み合わせで効果を発揮)
○ヒイロ 試験運用期間:10年(その後、7年間は自主的な放浪)
異世界ナビゲーション・システム搭載型の人工知性体。流れるような緋色の髪と同色の瞳をした少女。その素体は常に女性としての理想的な体型や髪・肌の色艶を維持している。マスターの要望により、依然として彼の通っていた学園の制服を身に着けている。
□所有スキル等
・【因子観測装置】
世界の根源的情報素子【因子】を観測し、操作することにより、あらゆる情報を解析し、様々な事象を引き起こすことを可能とする超科学文明の産物。
・【因子演算式】
周囲の【因子】を観測し、変数としてヒイロの無限データベースに蓄積された様々な【式】に代入・展開することにより、世界に望みの事象を顕在化させる機能。
・【因子干渉】
対象者に特殊な【因子】を注ぎ込むことで、活動能力や環境耐性を強化するためのスキルを発現させることが可能。発現するスキルは、対象者の性質や【因子感受性】に依存する。
「と、ここまでがマスターとヒイロの情報です。お話しした通り、ヒイロはマスターのナビゲーターであり、彼と出会ったのは、彼の故郷である『異世界』です」
「……ナビゲーターですか。ではヒイロさんは、お仕事で彼と行動を共にしていますの?」
この質問には、かつてのヒイロなら迷うことなく頷きを返したかもしれません。
しかし、
「……いえ、正直なところ、ヒイロにもわかりません。以前、ヒイロはマスターが誰とどのような関係になろうとも、彼のお傍を離れるつもりはないと断言しました。そのこと自体は変わってはいないのですが……今のアンジェリカさんとマスターのお姿を見ていると……」
ヒイロはそこで、言葉に詰まってしまいます。
「……アンジェリカさん。彼女は本当に、自由で、自分に素直で……素敵な方ですわね」
ヒイロが口にした彼女の名前に、エレンシア嬢は夜空を見上げるようにして言いました。その声には、どこか複雑な感情が混じっているようです。
「そうですね」
○アンジェリカ・フレア・ドラグニール 年齢:15歳(あくまで自己申告)
世界における最強の魔法使いである『王魔』の一種、ニルヴァーナの少女。ドラグーン王国の王女。長めの金髪をツーサイドアップにまとめ、銀の刺繍や赤い飾り布が散りばめられた黒のドレスを身に着けている。夜になると、まさに炎熱の女王の名にふさわしい威厳と共に瞳が青から金に変わり、背中にはかっこいいドラゴンの羽根が生える。
□所有スキル等
・通常スキル(個人の適性の高さに依存)
『傲慢なる高嶺の花』 ※ランクS(EX)
環境耐性スキルの派生形。究極の熱耐性スキル。炎や雷撃といった一定以上の『熱』を伴う事象が接触した場合に発動。その事象が有するエネルギーを無効化し、その分を自身の『養分』に変換して吸収する。
『身体の隅まで女王様』 ※ランクA(EX)
活動能力スキル(身体強化型)の派生形。髪の毛や爪、血液など、自分の身体の一部を切り離した際に発動可能。切り離した部位を鞭へと変化させることができる。生み出された鞭の性能は、切り離した部位に依存する。
・特殊スキル(個人の性質に依存)
『禁じられた魔の遊戯』
対象者に『遊び』を提案し、承諾があった場合に発動。特殊空間に自分と相手を閉じ込める。この空間には、以下の性質がある。
1)空間内には、死は存在せず、致命傷を受けても死なない。
2)解除条件は、『遊び』の決着。
3)『遊び』の決着方法は、相手に『致命傷』を与えるか、降参させること。
4)参加者は各人一つずつ、戦闘に『禁止事項』を設定できる。
5)『禁止事項』は絶対。相反するものがある場合は、当事者の調整で合意が必要。
6)敗者は勝者の要求を一つだけ、絶対に受け入れなければならない。ただし、死を求めることは不可。永続する要求もできず、その場合は最大で一年間のみとなる。
『悪魔は嘘を吐かない』
自分だけを騙す『嘘』により、自身の状態をその『嘘』のままに現実のものとする。この能力を使用した翌日は、朝から夕方まで眠りについたまま、目覚めることができない。
・その他、装備品
『魔剣イグニスブレード』
炎をかたどった真紅の短剣。永遠に熱を生み出す魔剣であり、普段は赤い宝石の形をしている。『王魔』の一種、『サンサーラ』が生み出した魔法の道具。
『魔装シャドウドレス』
着用者の意志に応じて形を変えるドレス。汚れや水をはじく性質がある。耐刃性能に優れ、一部を切り離して盾のように使用することも可能。上記の魔剣同様、『ヴァリアント』とも呼ばれるメンフィスならではの『形を変える魔法の道具』。
「最強の『王魔』の王女。まさにその名に相応しい能力ですのね」
「ですが、エレンシア嬢も『ユグドラシル』という『王魔』には違いありませんよ」
「ええ……でも、なかなか自分では、実感がわきにくいところですわ。彼女には魔法も教えていただいていますけど、今一つ、上手く行きませんし……。わたくしさえ、もっと魔法が上手く使えていたら……『模擬戦』でも、キョウヤ様のお力にもなれたかもしれませんのに」
「……いいえ。十分です。御自覚があるかわかりませんが……エレンシア嬢の『恋心』は間違いなく、マスターの電撃耐性を強化していたはずですよ?」
「……うふふ。やっぱり、あなたにもばれていたのね」
「……つまり、お元気がない理由はそれですか。アンジェリカさんとマスターの仲の進展が気にかかるのですね?」
「……ストレートに聞いてきますわね。でも、かえってそれが心地いいですわ。……そのとおり。でも何より辛いのは、わたくしには……アンジェリカさんのように自分に素直になることが難しいということですわ」
「……自分に素直に、ですか。それは、ヒイロも同じかもしれません。リズさんにも、似たようなことを言われてしまいました」
「そう……ふふふ! リズらしいわね」
○リザベル・エルセリア(通称リズ) 年齢:19歳
ヴィッセンフリート家の令嬢、エレンシアの専属メイド。栗色の髪を後頭部で綺麗に結っており、大人の魅力を感じさせる女性。童顔で可愛らしい顔立ちをしており、その胸の大きさは、いたって普通の女性のそれである。
□所有スキル等
・通常スキル
『眠りは最良の教師』※ランクC(EX)(ランクEから進化)
活動能力スキルの派生形。睡眠時に発動。就寝前の一定時間に習得した知識については、決して忘れなくなる。
・特殊スキル
『陰に咲く可憐なる花』
常に発動。心に決めた相手に対する支援行動に関してのみ、自身の不可能を可能にする。可能にできる不可能の程度は、相手に対する愛情の深さに依存する。
「……この『いたって普通の女性のそれである』って何かしら?」
なぜかエレンシア嬢は、顔を引きつらせて聞いてきます。
「リズさんからのリクエストで表記を改めたものですが……」
「……彼女のあれを普通呼ばわりしては、世の女性たちの多くが怒り出しますわよ」
「まあ、そうかもしれませんね」
ここでようやく、ヒイロとエレンシア嬢は互いに笑いあうことができました。
「……彼女も、キョウヤ様のためにかなり努力したみたいだし、わたくしも……魔法の練習をもっと頑張らなくてはいけませんわね」
改めて決意を語るエレンシア嬢。
「はい。ヒイロも同じ気持ちです。この国で『魔法』の研究を続けたいと思います。エレンシア嬢にもご協力いただければありがたいですし、一緒に頑張りましょう」
そんな彼女につられて、つい、ヒイロはそんな言葉を口走ってしまいました。
「ふふふ。リズがあなたをここに連れてきてくれた理由がわかりましたわ」
「え?」
「いえ、なんでもありません。それより、わたくしの情報というのも、見てみませんこと?」
「あ、はい。そうですね」
○エレンシア・ヴィッセンフリート 年齢:17歳
ヴィッセンフリート家の元令嬢。新緑の髪に翡翠の瞳を持つ美少女。花模様をあしらった薄紅色のドレスを身に着けているが、意外と着やせするらしい。植物に愛され過ぎた結果、『王魔ユグドラシル』となった女性。髪の毛を『動く茨』に変えて操るほか、傷を受けても瞬時に再生する生命力がある。
□所有スキル等
・通常スキル(個人の適性の高さに依存)
『世界に一つだけの花』 ※ランクS(EX)
活動能力スキル(感覚強化型)の派生形。任意に発動可。全世界に存在する植物を自身の目・耳・鼻として使役し、そこから得られた情報を我がものとできる力。
『身体の芯までお嬢様』※ランクS
環境耐性スキル。純粋にして究極の精神耐性スキル。洗脳や幻覚と言った精神干渉系のスキル・魔法をすべて無効化する。
・特殊スキル(個人の性質に依存)
『開かれた愛の箱庭』
任意に発動可能。半径約十キロメートル以内に存在するすべての植物に、次の効果を持つ『芳香』を発生させる。効果の強さは、自分が対象に抱く感情の強弱に左右される。
1)自分が殺意を抱く相手の体内に致死毒を生み出す。
2)自分が敵と認識する者の体内に麻痺毒を生み出す。
3)自分が味方と認識する者の体内に思考速度・反射神経を強化する薬を生み出す。
4)自分が恋愛感情を抱く相手の体内にあらゆる環境耐性を強化する薬を生み出す。
『閉じられた植物連鎖』
任意に発動可能。自分の半径五十メートル以内に、次の効果を持つ特殊空間を設定する。
1)空間内で新たに生まれた植物は、燃やせず、千切れず、腐らない。
2)空間内で新たに死滅した植物は、火を放ち、刃となり、触れたものを腐らせる。
個体登録をしたことで、これまで不明だった二つのスキルが新たに判明しました。とはいえ、このスキル……
「なんとも……お嬢様らしいスキルですね」
「……言わないで。自分でも少し、そう思ってしまいましたわ」
スキルは本人の性質に左右される部分も大きいため、当然と言えば当然ですが、それは裏を返せば彼女の性質が「生粋のお嬢様」であることを示していると言えるのかもしれません。
「でも……そうですわね。どうせなら、思いきりわがままに、自分に素直になってみるべきなのかもしれませんわ」
「そうですか。なにはともあれ、元気になられたようで良かったです」
しかし、ヒイロがそう言うと、エレンシア嬢は意味深な笑みを浮かべてこちらを見つめ返してきます。
「ふふふ。他人ごとではありませんわよ? あなたも、自分に正直にならなくては。……似た者同士、一緒に頑張りましょう?」
「あ……はう」
「あら、そんなに可愛らしい表情もできるのね?」
くすくすと笑うエレンシア嬢。
「か、からかわないでください、エレンシア嬢……」
「エレンよ。そう呼んでちょうだい。それと……わたくしも、あなたさえよければ、『ヒイロ』と呼ばせてもらえないかしら?」
「……はい。喜んで。エレン」
花が咲いたように笑うエレンシア嬢に見惚れながら、ヒイロはどうにかそれだけ言葉を返したのでした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ここまでが第3章「暴走姫と王子様の口映し」となります。
次回、「第61話『女の子』と『ナビゲーター』」から第4章「愚かな巨人と黒の騎士」が始まります。




