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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第3章 暴走姫と王子様の口映し
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第58話 虚構の瞳と愛の結晶

 『ヴァーチャル・レーダー』


 そう名付けられたこの装備は、彼の眼球内──より正確に言えば『網膜』に存在しています。マスターの肉体に手を入れることには、大いにためらいがあったものの、彼自身の要望であれば止むをえません。


 その概要を簡単に説明するならば、ヒイロの使う【因子観測装置アルカグラフ】と同期することで、周囲の事象を発生段階から瞬時に視覚情報として把握するもの、ということになります。

 すなわち、高エネルギー反応や高速で接近する物体に対する警告信号を視覚的にわかりやすくカーソル等で示し、同時に周囲360度の状況をモニタする球体を視界の端に表示させるのです。


 この際に問題となったのは、視覚から入ってくる情報量の多さや慣れない視界への順応でした。

 しかし、前者はエレンシア嬢の特殊スキル『開かれた愛の箱庭シークレット・ガーデン』による思考速度・反射神経の強化によって解決できます。後者に関しては厄介でしたが、幸いにも『修行編』初日に作成したおかげで、調整・実験する時間なら十分にとれたのでした。


「くくく! 面白い! 確かにアンジェリカが見込んだ男だけのことはあるな。お前のような奴は初めてだ!」


 ジークフリード王は、その大柄な身体を愉快げに揺すって笑っています。


「じゃあ、僕のこと、アンジェリカちゃんを護るに足る男だと認めてくれる?」


 彼のこの言葉に、観客席からは「やっぱりそうだったのか」と大きな声が上がりました。しかし、対するジークフリード王はと言えば、あっさりと首を振りました。


「それとこれとは話が別だ。あの娘はまだ子供なのだ。そうそう、どこの馬の骨かも知らない男にくれてやるわけにはいかぬ。そもそも貴様、いまだに俺に傷一つ付けられてはいないではないか」


「まったく、強情だね。娘は君の所有物じゃないってのに。……言っておくけど、このまま戦っても君に勝ち目はないよ?」


 どこまでも自信満々に語るマスター。


「貴様、ぬかしたな! その言葉、後悔させてくれる!」


 さすがにこの言葉は、看過できないものだったのでしょう。ジークフリード王はさきほどまでの楽しげな笑みを憤怒の表情に変え、手にした槍を頭上に掲げました。


「俺に魔法を使わせた相手は、久しぶりだ。その点だけは褒めてやろう」


「御託はいいから、かかってきなよ」


 なおも挑発の言葉を吐くマスター。


「どこまでも生意気な小僧め。だが、これを見ても同じセリフが口にできるか? 《ライトニング・ストーム》」


 ジークフリード王が魔法の名前らしきものを口にした、その瞬間でした。


 帯電していた周囲の空気が、いきなり音を立てて激しい火花を放ち始めたのです。


「うわっと! あちち!」


 電撃耐性が強化されているはずのマスターでも、この攻撃は堪えたようです。しかし、仮にも『ニルヴァーナ』の王ともあろうものの魔法がこの程度で済むはずもありません。気づけば、見る間にマスターの周囲に複数の雷撃の玉が出現していきます。


「四方から迫る雷撃に、どこまで耐えきれるか見せてもらおうか」


 王の言葉に合わせ、マスターの周囲に浮かぶ球電からは、次々とほとばしる雷撃が放たれていきます。しかし、マスターはこれもまた『ヴァーチャル・レーダー』で帯電するエネルギーが高まった場所と攻撃予測箇所を確認しながら、文字通り光速で迫る雷撃を時に回避し、時に左手の『小盾』で受け止めています。


 さすがにメンフィス宰相に作ってもらっただけあり、あの盾もかなり優秀なものです。何と言っても盾の大きさに関係なく、マスターが予測される攻撃の方向に盾を向けただけで身体の前面を覆うような力場が発生するのです。これはかなりのアドバンテージでした。


「絶縁すると言っても、魔法で生み出された雷撃にはエネルギーこそあれ、その性質がどこまでヒイロの知る『電気』と同じかはわかりませんからね。あれには本当に助かりました」


 二人の戦いをハラハラしながら見守るリズさんとエレンシア嬢に、ヒイロは解説するようにそれらの情報を改めて伝えます。


「……よかった。あんなの、普通なら死んじゃいます」


「そうね。ここの連中が本当にキョウヤ様を回復してくれる保証だってないのだから、ああして攻撃を防いでくれる防具があって何よりですわ」


 二人はそんな風に言いますが、彼女たちの力も今のマスターの戦いぶりには、かなり貢献しているはずです。たとえあの『盾』があったところで、エレンシア嬢によりマスターの電撃耐性が強化されなければ、あれだけの雷嵐の中で戦い続けるなど困難だったでしょう。


 リズさんがマスターにわたした『法術器』の護符自体は、彼女自身が言うとおり、若干肉体が疲労しにくくなる程度の効果しかないものです。しかし、彼女のおかげで得られた『王魔』の魔法に関する知識は、マスターが現在の戦術を立案するのに大いに助けになりました。


 なにせ彼はいまだに、複数の『切り札』をここまで使わずに来ているのですから。

 一方、ジークフリード王はなかなか当たらない攻撃に業を煮やしてか、掲げていた槍を降ろし、腰だめに構え直しました。


「はははは! 大したものだ! それをかわすか! ならば、俺の『吹き鳴らされる魔笛ギャランホルン』の真価を見せてやろう! ……《サンダー・ドライブ》」


 ジークフリード王の声と共に、彼が掲げた槍の先へと、特大の雷撃が降り注ぎました。


「うわ……鼓膜が破れそうだね」


 顔をしかめて耳を押さえるマスター。

 しかし、次の瞬間──


 王の姿が、霞むように消失しました。かと思えば、一瞬後にはマスターの右側面に回り込んでいます。先ほどまでに増して速い、電光石火の高速移動です。しかし、一方でマスターの左側には弧を描くように飛来する雷光が迫っており、ちょうど挟み撃ちにされる形となっていました。


「逃げ場は……上しかないか」


 『ヴァーチャル・レーダー』でそのことを瞬時に悟ったマスターは、一瞬早く到達した雷光を左手の盾で防ぎつつ、真上に跳躍しました。

 しかし、その動きはもちろん、ジークフリード王にも読まれていました。


 飛び上がった先に待っていたのは、薙刀のように振るわれる青白く輝く槍。同時に跳躍してきていたジークフリード王の攻撃に、マスターはどうにか片手の『小盾』で対応したものの、空中で大きくバランスを崩してしまいました。


「うお……とっ!」


 どうにか身を捻って着地するマスター。しかし、同じく着地と同時に走り寄ってきた国王は、彼に体勢を立て直す暇を与えません。


「ぬおおお!」


 槍を突き出す動作をフェイントに、国王はマスターの目前で床へとそれを突き立てました。そして、虚を突かれたマスターに対し、突き立てられた槍を支点に遠心力を利用して、強烈な蹴りを放ってきたのです。


「ぐ!」


 うめき声と共に、たまらず吹き飛ぶマスター。実際、頑強なジークフリード王自身と同レベルにまで強化された肉体がなければ、その一撃で全身の骨が砕けていてもおかしくはなかったでしょう。


「こんな状況でさえなければ、『反射』することもできたかもしれませんが……」


 この状況では、マスターの有する特殊スキルは、どれも意味をなしません。少なくともマスターがジークフリード王に認められることを目的とする限り、『鏡の国の遍歴の騎士パラドクス・ドンキホーテ』や『規則違反の女王入城キャスリング・オブ・アリス』を使うわけにはいかないでしょう。ましてや、『目に見えない万華鏡サイコロジカル・デザート』など論外です。


 しかし、そんな中、唯一有効活用できる特殊スキルこそが……『白馬の王子の口映しリバース・アップル』でした。


「ぐ……! き、貴様、い、今のはいったい……」


 苦悶の声は攻撃を受けたマスターではなく、彼を蹴り飛ばしたはずの国王の方から聞こえてきました。見れば、彼の足には『氷』がまとわりついています。


「いてて……。さすがにこれ以上、奥の手を温存しておくのは無理っぽかったみたいだね」


 そう言って、ダメージを受けた風もなく立ち上がるマスター。先ほどの王の蹴りは、マスターの『魔法』によって、その威力を大きく削がれていたようです。


 ゆっくりと立ち上がった彼の周囲では、奇妙な現象が起きています。

 先ほどまで帯電し、熱されてきた大気が急激に冷やされ、同時にそれまでやかましいほどに鳴り響いていた静電気の音が、ぴたりと止まっているのです。


「……氷の魔法だと? そんなまさか……」


 足にまとわりつく氷を振り払い、驚愕の表情でマスターを睨みつけるジークフリード王。


「氷の魔法? うん。まあ、そうだね。正確にはこの通り、電撃だろうと関係なく、『エネルギーを冷却』してしまえるみたいだけどね」


 マスターの周囲で静電気が発生しなくなった理由。

 それは、彼の『氷の魔法』──否、『冷却魔法』です。


 これこそが、キスをした異性の魔法を『反転』させて使用可能とするマスターのスキルによって、アンジェリカの『熱を支配する魔法』が真逆の性質となって発現した結果でした。


「なぜだ? なぜ『王魔』でもない貴様に、そんなことができる! 理解できん! そんな馬鹿なことがあってたまるか!」


 勇猛果敢な戦士であるはずのジークフリード王ですが、ここまで理解できない存在を目の前にしたのは初めてなのでしょうか。声には若干の震えが混じっているようです。


「理解できないも何も……僕のこの『魔法』は、アンジェリカちゃんのおかげなんだぜ?」


 意地悪そうに笑う彼の周囲では、空気中の水分が凍りつき、足元の床に霜が降り始めています。マスターは特に何をするでもなく、ただ立っているだけなのに、周囲の気温が徐々に下がってきているようです。


 その激烈な効果は、ヒイロの《リフリジレイト》のような蒸発熱や気流操作による間接的な気温変化とは比較になりません。


 彼の魔法──それを正確に表すなら『熱を解放する魔法』です。


 指定した場所に存在するエネルギー──すなわち『熱』を、強引に世界全体へと拡散することにより、極めて局所的な『絶対零度の空間』を生み出す魔法。

 後は熱力学の法則にのっとり、周囲に存在する熱が『絶対零度の空間』に一気に流れこむことで広範囲に冷却作用が発生するのです。


「アンジェリカのおかげ、だと? どういう意味だ?」


 問いかけの言葉を口にしながら、貴賓席に座るアンジェリカへと視線を向けるジークフリード王。マスターも同じく、それまで二人の戦いを固唾をのんで見守っていたアンジェリカへと向けています。


「見たかい、アンジェリカちゃん! 二人の『愛の結晶』ともいうべき魔法が、僕のピンチを救ってくれたぜ!」


 そう言って、さも嬉しそうに手をぶんぶんと振って見せるマスター。

 対するアンジェリカの反応は……劇的なものとなりました。


「ば、ばかー! 何言ってるのよ! こんなとこで! 恥ずかしいからやめてよね!」


 顔を真っ赤にして涙目になりながら、大声でわめき散らすアンジェリカ。その姿に、会場の一同は唖然としてしまいます。もちろん、この状況は大いなる誤解を生んでいることでしょう。


 詳細は分からずとも、『愛の結晶』などという言葉を使われれば、誰しも色々と想像してしまうに違いないのです。マスターのことですから、それすらも計算ずくなのでしょうが。


「き、貴様、まさかとは思うが……」


 ジークフリード王は怒りと共に全身に激しく放電現象を起こしつつ、身体を大きく震わせています。


「うん。そのまさかだよ」


 常人なら震え上がって逃げ出しかねない雷帝の怒気を前にして、火に油を注ぐ発言をするマスター。その胆力には、感心を通り越してあきれてしまうばかりです。


「よ、よくも俺の娘に手を出したな! 貴様だけは絶対に許さん!」


 ジークフリード王の全身を包む雷撃は、彼の金色の頭髪を獅子のごとく逆立たせ、その青い瞳には血走ったような怒りの色が浮きあがっていました。


「ちょ、ちょっと、待って! お父様! それ、誤解だから! 勘違いだから!」


 そんな父の様子を見て、必死で叫ぶアンジェリカですが、マスターはなおもそんな彼女に声を掛けます。


「酷いなあ、アンジェリカちゃん。昨日の夜も、その前の夜も、あんなに愛し合ったのに」


「きゃああああ! やめてってばああ! 何言ってるのよおおお!」


 アンジェリカは再び、顔を真っ赤にして絶叫したのでした。

次回「第59話 狂える鏡と怒れる雷帝」

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