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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第3章 暴走姫と王子様の口映し
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第50話 雷帝ジークフリード

 結局、メンフィス宰相の計らいのおかげもあって、ヒイロたちは一度客室へと通された後、あらためて王との謁見を行う運びになりました。


 通された部屋は、以前リザレクの街の教会本部で招き入れられた部屋に勝るとも劣らないほどの内装が整っています。特に、ソファに囲まれた応接テーブルに至っては、大理石のような美しい鉱石に精緻な飾り彫りが施された豪奢なものでした。


 そんなテーブルを囲むように座ったところで、メイドの女性が紅茶を持ってきてくれました。スレンダーな体型のその美女は、全員に紅茶を注ぎつつ、時折アンジェリカに目を向け、にこやかに微笑みを浮かべています。


 マスターは相変わらずメイド服の女性に目がないらしく、そんな彼女の動きをちらちらと目で追っているようでした。一方、当の女性は皆に紅茶を注ぎ終えると、腰のポケットから包み紙にくるまれた小さな飴玉を取り出しました。


「アンジェリカ様。どうぞ。『いちご味』がお好きだと聞いていましたので」


 ニルヴァーナと思われるその女性は、言葉遣いこそ丁寧ながらも、アンジェリカに向ける視線は慈愛のこもった年上のお姉さんそのものでした。


「う……あ、ありがと」


「うふふ! どういたしまして。お口に合えばよろしいのですけど……。それでは、皆さまもごゆっくり」


 そう言って、メイドの女性は再びアンジェリカに微笑みかけつつ、部屋を後にしたのでした。


「…………」


 なんとなく微妙な空気が漂う室内にて、マスターが口火を切るように言いました。


「飴玉、好きなの?」


「え? い、いや、別に! そ、そんな子供向けの食べ物、別に好きじゃないし!」


「じゃあ、僕がもらっちゃってもいいかな? この世界の飴玉とか初めてだし、興味あるんだよね」


 言いながら、素早くアンジェリカの目の前に置かれた飴玉に手を伸ばすマスター。


「あ! だ、駄目!」


 とっさに叫ぶアンジェリカを見て、マスターは手をひっこめ、少し意地悪そうな顔で笑いました。


「あはは、ごめんごめん。でも、アンジェリカちゃんって、使用人の人たちにまで愛されてるんだね」


「……うう」


 頬を赤く染めて項垂れるアンジェリカでした。


「か、可愛い……」


 そんなアンジェリカの姿に、リズさんとエレンシア嬢は頬を緩めているようでした。


「それはさておき。ここでひとつ、はっきりさせておかないといけないことがありますね」


 面会までそれほど時間もありません。ヒイロはアンジェリカに対し、本題に入るよう促しました。


「……う、うむ。えっと、その……何から話せばいいのか……」


「約束のことでしょ? この国に来たら話してくれるって言ってたじゃん」


 マスターに言われ、追い詰められたような顔になるアンジェリカ。しかし、それでもようやく観念したのか、勢いよく顔を上げて言いました。


「約束の内容は……キョウヤ、お前にわたしの『婚約者』になってもらいたいというものなのだ」


 顔を真っ赤にしながら、一息に言い切ったアンジェリカ。その言葉に、マスターを除く全員から(ヒイロも含めてです)、驚愕の悲鳴が上がりました。


「ええ!?」


「ちょっと、どういうことですの? 約束の話は聞いてましたけど……でも、そんなのって……」


 エレンシア嬢が動揺したように言えば。


「こ、婚約者? 婚約者って、あの、結婚を前提としたお付き合いをする者と結婚を約束する……」


 リズさんが微妙に意味の通らない言葉をブツブツとつぶやいています。

 ところが、マスターはまったく別の反応をしました。


「あれ? これってまさか、プロポーズ? すごいぞ、僕! 女の子の方から……それもこんな美少女からプロポーズされるとか、まさに人生の勝ち組じゃないか! これはもう、永久保存版にしておきたい台詞だね!」


「え? え? キョウヤ?」


 まさか、そんな反応をされるとは思わなかったのでしょう。アンジェリカは目を白黒させています。


「……と言うわけで、アンジェリカちゃん。もう一回、さっきの台詞、言ってもらえないかな?」 


 満面の笑みで言うマスターに対し、ここでようやくアンジェリカはとるべき態度を決めたようです。


「な、なな! 何が『と言うわけで』なのよ! もう! 馬鹿にしてくれて!」


 怒り狂ったように叫ぶアンジェリカ。マスターの人を食ったような返答が気に食わなかったのでしょう。


「もちろん、冗談だよ。……でも、アンジェリカちゃんだって、本気で言っているわけじゃないんでしょ? 君ともあろう女の子が、こんな取引じみたことで結婚相手を選ぶとか、考えにくいもんね」


 しかし、マスターがそう言うと、彼女は毒気を抜かれたように息を落ち着けました。


「な、なんだ。わかっていたのか。……ああ、そのとおりだ。わたしとしては、お前となら結婚するのも悪くはないと思うが、それならこんなに急ぐような話ではない。恋人の時間もなく、一足飛びに結婚など、つまらないにもほどがある」


「……アンジェリカさんって、本当に大胆なことを言いますね。羨ましいです」


 小声で言ったつもりでしょうが、ヒイロの集音センサーには、リズさんのつぶやきの声はしっかりと聞こえてしまいました。ちらりと目配せをすると、それに気づいたのか、リズさんは真っ赤な顔でうつむいてしまいました。


 それはさておき、マスターはアンジェリカに続きを促します。すると彼女は、申し訳なさそうな顔で言いました。


「条件とは言ったが、本当に嫌なら断ってもらっても構わない。……わたしの頼みは、形式上の『婚約者』になってほしいというものだからな」


「なんだ。そんなこと? そんなの、全然平気だよ。むしろ形式だけでもアンジェリカちゃんみたいな可愛い子の婚約者になれるんだぜ? 鼻歌気分で引き受けてやるさ」


「ほ、本当か? ありがたい。実を言えば、お父様がわたしに近づく男たちを勝手に排除するものだから、息苦しくて敵わなくてな。家を出たのも、『悪い虫がつかないように守ってやっているのだ』とか勝手なことをほざくのが気に入らなくて、大喧嘩になったのが原因なんだ」


 アンジェリカは、ほっとしたような顔で息を吐きます。


「え? で、でも、それが『婚約者』の話とどう結びつくんだい?」


 彼女の言葉に、少しばかり顔を引きつらせて聞き返すマスター。


「ん? ああ、実は家出をする際に、ちょっとした啖呵を切ってしまってな」


「タンカ?」


「ああ。正確に言葉を再現するならこうだ。『人生の伴侶くらい、自分で見つけてきてやるもん。お父様に守ってもらわなくても、悪い虫を追い払ってくれるような男をね』」


 彼女の言葉に、ヒイロはこれまで感じてきた『嫌な予感』の正体を知ってしまったのでした。



──それから間もなく、ヒイロたちは謁見の間へと通され、国王ジークフリードと面会することとなりました。


 先頭に立って歩くのはアンジェリカでしたが、その後ろを歩くマスターは、重い足取りでとぼとぼと歩いています。


「ほら、キョウヤ。もっとしっかりしてくれないと、お父様に認めてもらえないぞ?」


「いや、そうは言うけどさ……。これどう考えても、どこの馬の骨とも知らない男が娘の彼氏だと言って家にやってきたときのパターンだよね? 絶対、お父さん、怒るよね?」


「うーん。まあ、怒るかもしれないが、そこはわたしが間に立ってやる。心配するな」


 アンジェリカはそう言って安請け合いしていますが、この流れは何となくそれだけで済みそうなものではありません。

 とはいえ、そうこうしているうちに、謁見の間の扉の前にたどり着きました。扉の前では、どうやらメンフィス宰相も待っていてくれたようで、こちらに向かって穏やかな顔で笑いかけながら扉の先を示してくれました。


 中に入れば、そこには謁見どころか、大規模な式典でも開催できそうな広大な空間が広がっています。足元には真っ直ぐに玉座まで伸びる赤絨毯。それ以外の床は青く透き通るような鉱石で作られています。魔法で灯されたと思しき燭台の光が室内を明るく照らし出し、ニルヴァーナやサンサーラの衛兵たちが左右に並ぶその光景は、荘厳な宗教画を見ているかのようでした。


 しかし、玉座に比較的近い場所には、兵士たちではなく、王侯貴族と思われる身なりの良い人々が並んでいます。よく見れば、その中には先ほどの青年貴族レニードの姿もあるようです。彼はマスターを鋭い視線で睨みつけていましたが、当のマスターは、どこ吹く風とばかりに無視を決め込んでいました。


「……アンジェリカ。よく帰ってきたな。さあ、近う寄れ」


 はるか向こうに見える玉座から、威厳に満ちた王の声が聞こえてきます。アンジェリカはその言葉に黙って従い、ゆっくりと赤絨毯の上を歩き出しました。マスターは軽くため息をつくと、諦めたように肩をすくめ、彼女の後について歩きます。


 その後ろに続きながら改めて正面を見れば、玉座の背後には、四本の巨大な水晶の柱が立っており、その中にそれぞれ赤、青、緑、黄色の光が揺れているのがわかりました。

 あれも魔法の産物なのでしょうか? いずれにしても、時間さえあれば、じっくりと解析させてもらいたいものです。


「……うわ、あれがアンジェリカちゃんのお父さん? すごい迫力だね」


 ようやくその姿がはっきり見えてきたのか、マスターがそんな言葉をつぶやきます。ヒイロの光学センサーにはもっと前から見えていましたが、それでも間近で見るとやはり迫力が違います。


 アンジェリカの話では、彼はその魔法の性質のことも含め、国民から畏怖を込めて『雷帝』と呼ばれているそうですが、さもありなんといったところでしょう。


 アンジェリカの実の父親とは思えないほどに、大柄で筋骨隆々の体躯。豪奢な金の髪はライオンのようにその一部が逆立っており、その鋭い眼差しは氷の刃と化して相対する者の心を刺し貫いてくるようです。そして何より、王族が身に纏う豪華絢爛な衣装を身に纏っているにもかかわらず、あたかも戦場にその身一つで立っているかのような強烈な闘気と覇気を漂わせていました。


 ヒイロも思わず、防御用の【因子演算式アルカマギカ】を展開してしまうところでした。しかし、そんな相手に対し、当のアンジェリカは膝を折るどころか、立ったまま胸を張り、顔を上げた状態で立ち尽くしています。


「お父様、ただいま」


 言葉遣いも、どこかぞんざいな様子さえ見受けられます。


「……ふん。あれだけ威勢よく啖呵を切った割には、随分と早い帰還だな?」


 対する国王の声は、とても娘に対するものとは思えないほどに冷たいものです。

 二人の間に散った見えない火花に、周囲の兵士たちが明らかに怯えた顔をしたのが分かります。平然とした顔をしているのは、せいぜいが後ろに立つ、メンフィス宰相くらいのものでしょう。


「そりゃあ、帰るわよ。だって……目的は果たしたもん」


 むっとした顔で言い返すアンジェリカ。


「なんだと?」


 ただでさえ鋭い目をさらに険しくして、問い返すジークフリード王。


「言ったでしょ? 自分の伴侶くらい、自分で見つけてやるって。まだ、婚約者ってところだけど……ここにいるキョウヤが、わたしの将来の伴侶なんだから!」


 アンジェリカが身体の位置をずらし、自分の後ろにいたマスターをそう紹介した、その時です。


 謁見の間に、すさまじい雷鳴にも似た大音声が響き渡りました。


「馬鹿を言うな! そんな弱そうな男が、お前を護る伴侶たり得ると? 寝言は寝てから言うがいい!」


 ジークフリード王は身体中から電撃をほとばしらせ、玉座から立ち上がってマスターを睨みつけています。大の大人でも失神してしまいそうな迫力ですが、そんな視線を受けたマスターは、特にどうということもない顔で立っています。


「えっと、はじめまして。国王陛下……様? 僕の名前は、来栖鏡也。……娘さんの婚約者をさせてもらっています」


 微妙に間違った言い回しをするマスターは、どうやら『彼女の父親にあいさつする彼氏』というシチュエーションに若干緊張しているようです。それを見たジークフリード王は、納得したように頷きました。


「……なるほどな。お前も災難だったな。娘のわがままに巻き込まれたか。だが、もう案ずることはない。『禁じられた魔の遊戯ダンス・ウィズ・ザ・デビル』による命令なのだろうが、それも俺が撤回させてやる。ここより先は、俺がお前の身の安全を保障してやろう。芝居はもう必要ないぞ」


 若干の勘違いはありますが、それでもこれが『芝居』であることは、あっさりと見抜かれてしまったようです。


「アンジェリカ。いい加減にするがいい。欲望に忠実であることは美徳だが、そのために不必要に他者を巻き込み、苦しめることは、王族としてあってはならぬ振る舞いだ」


「ち、違うもん! キョウヤは、キョウヤは本当に、婚約者だもん!」


 一気に旗色が悪くなったせいか、アンジェリカの声は動揺を隠せてはいません。これではますます、相手に確信を持たれてしまったことでしょう。


「まったく、お前には王女としての自覚が足らんな。いい加減、くだらん考えは捨てて、俺の言うとおりにしていればいいのだ。それこそがお前にとっての一番の幸せなのだからな」


「な、何よ! いつも、いつも……そんなことばかり言って!」


 と、父と娘の言い争いが再び開始されたその時──マスターの身体が、ゆらりと揺れました。


「おいおい、さっきから『僕のアンジェリカちゃん』に、随分なこと言ってくれてるじゃん。いくらお父様でも、言っていいことと悪いことがあるんだぜ?」


 ゆっくりとした動きでアンジェリカの横に移動し、そして、彼女の身体を抱き寄せるようにして笑うマスター。


──それは、今度こそ、謁見の間に正真正銘の『雷撃』の音が響き渡った瞬間でした。

次回「第51話 神鉱宰相メンフィス」

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