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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第3章 暴走姫と王子様の口映し
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第45話 世界を読み解く者

 応接間に現れたのは、壮年の男性でした。すその長い純白の法衣を身に纏い、背筋を伸ばして歩く彼は、見るからに若々しく、力強さを感じる顔立ちをしています。髭は剃っているらしいのですが、頭髪だけが、その若さを裏切るように白く染まっていました。


 しかし、エレンシア嬢から聞いた話では、この白髪は老化によるものではなく、『女神』に選ばれた使徒だけが持つ特徴であり、生まれつきのものなのだそうです。


「よく、おいでくださいました。わしはこの街で司教を勤めさせていただいているパウエルと申します。『女神の教会』の信徒一同を代表いたしまして、あなた方の来訪を歓迎いたします」


 深々と頭を下げ、それからゆっくりとソファに腰を下ろすパウエル司教。ちなみに、『アカシャの使徒』は生まれついた直後に家を離れて神に捧げられたものとされており、家名を名乗ることはないのだそうです。


「わたしは回りくどい話が嫌いだ。だから、単刀直入に言うぞ。何が目的だ? どうやってこちらの存在に気づいた? 答えろ。答えられないのなら、すぐに帰らせてもらう」


 パウエル司教が入室した時から終始一貫して、尊大な姿勢のままソファで足を組むアンジェリカ。彼女のあまりに粗暴な言葉に、周囲を取り囲む兵士たちが色めき立ちますが、パウエル司教は終始穏やかな顔のまま、それを片手で制しました。


「もちろん、突然のお招きという非礼を働いた以上、お話すべきことはすべてお話しますよ。まず、目的については、こちらにいるルヴァンからもお聞きになられた通りです。彼は非常に優秀な信徒でしてな。彼が一度伝えている以上、わしが補足して話すべき内容はありません」


 パウエル司教がソファの傍らに立つルヴァン司教兵長を指し示しながら言うと、彼は喜びに顔を紅潮させました。どうやら本気で、この司教に心酔しているようです。


「それから、どうやって存在に気づいたか、という問いでしたな? それはもちろん、わしが『女神』の神託を受けているからです。世界の秩序を司る『神の託宣』。その声を聞くことができる者こそ、『アカシャの使徒』と呼ばれるのですから」


 大仰に身振りを交えて語るパウエル司教ですが、その言葉はこちらの問いをはぐらかすものでした。


「気に入らんな。お前たちは『王魔』を……特に人間どもの軍勢に大きな被害を与えた『ニルヴァーナ』を憎んでいるのではないのか?」


「それもルヴァンが話したはずです。我らの間に、もはや過去のしがらみなど必要ないのです。わしは是非、『王たる魔法使い』とも呼ばれるあなたたちと分かり合い、手を携え、この世界をより良い方向に導いていきたいと考えているのですからな」


 立て板に水の勢いで話す司教の目的は、依然として見えてきません。とはいえ、ヒイロには代わりに見えてきたものがありました。


 それは、彼が現在発動しているスキルです。


○パウエル司教の通常スキル(個人の適性の高さに依存) 

世界を読み解く者アカシック・リーダー』※ランクB(EX)

 活動能力スキル(感覚強化型)の派生形。常に発動。一定以上の力を持った『アカシャの使徒』にのみ共通するスキル。世界に満ちた魔力の流れや性質などを読み解く力。特に一度でも面識を持ったことのある相手の魔力なら、どれだけ距離が離れていてもその居場所や状態を感知できる。


 ここでようやく、ヒイロは気づきました。

 パウエル司教の目的──それはまさに『王魔』に出会い、『互いに知り合う』ことだったのです。迂闊でした。まさか、このようなスキルがあろうとは夢にも思いませんでした。


 これでパウエル司教は、アンジェリカとエレンシア嬢の居場所を常に特定できる状態になってしまったということになります。


 おそらく彼は、警戒されているこの場所で『王魔』相手に戦闘を仕掛けるつもりはないのでしょう。しかし、ここから離れ、こちらが油断している隙を突くのであれば、話は別です。どうやっても相手をくことができない状況で、教会のような『組織』に付け狙われる。この状況がどれだけ厄介なものなのか、考えるまでもありませんでした。


 状況としてはいわば『手遅れ』であるうえ、パウエル司教が目の前にいる以上、声に出して話すわけにもいきません。ヒイロはやむなく、マスターに『早口は三億の得スピード・コミュニケーション』で今の状況を伝えました。


〈なるほどね。『王魔』を狙う理由まではわからないけど、それこそハイラムみたいにアンジェリカちゃんの寝こみを襲うことだって考えられるわけだ。ましてや世界規模で信徒を有している『教会』が相手となれば、さらに厄介極まりない話だね〉


 マスターは実に冷静に、状況を分析しています。


〈しかし、だからと言って、今のこの場でパウエル司教を殺害することも危険かもしれません。それこそ、狂信的な信徒に追い回されるのは避けたいところですから〉


〈彼がスキルを使えないよう、『間違って』もらうってのも手だけど……〉


〈それだと形の上では、一度殺害する必要があります〉


〈うん。それにアンジェリカちゃんとエレンの寝こみを襲おうだなんて考える奴が相手だ。……その程度じゃ、全然生温いよね?〉


〈え? マスター?〉


 思念による会話であるはずなのに、マスターから伝わる『声』には恐ろしく冷たい響きが感じられました。


 そして、その直後のこと。

 

「おじさん。さっきから僕のアンジェリカちゃんと僕のエレンを、変態じみた嫌らしい目で見るのはやめてくれないかな?」


「……なんだと?」


 マスターの発した一言に、その場の空気が音を立ててひび割れました。あまりにも常軌を逸した、場をわきまえない言葉。仮にも一つの都市を支配するような権力者に対する態度ではないでしょう。


 当のパウエル司教も、ルヴァン司教兵長をはじめとする兵士たちも、耳で聞いた言葉を現実のものとして認識できていないらしく、絶句するばかりでした。

 一方、アンジェリカやエレンシア嬢は別の意味で固まっています。マスターがわざわざ彼女たちの名前の前に『僕の』を付けたことが原因でしょう。二人は顔を見合わせた後、なぜか照れくさそうにお互いから目を逸らしていました。


「……き、貴様。その姿からすれば傭兵風情のようだが、『王魔』のお二方に仕えているからと言って、随分な口の利き方をするものだな。……お二人とも、雇用する者はよく吟味した方がよろしいですぞ?」


 どうにか平静を取り戻し、侮蔑の視線をマスターに向けたパウエル司教は、この場を取り繕うようにそんな言葉を言いましたが、マスターの本領発揮はここからでした。


「だからさあ、そうやって色目を使うのをやめろって言ってんだよ。わかる? 五十過ぎのいい年こいたおっさんが、なに少女に欲情しちゃってるわけ? そういうの、ちょーキモいんですけど」


 ニタニタと嫌味満載の笑みを浮かべ、ソファから身を乗り出すようにしてパウエル司教の顔を下から睨みつけるマスター。どこからどう見てもチンピラですが、人の神経を逆なですることにかけては、天下一品のチンピラでした。


 案の定、パウエル司教の顔は真っ赤に染まり、その拳を大きく振り上げます。しかし、その直後にマスターの眼前へと突きつけられたのは、ルヴァン司教兵長が抜き放った対魔法銀ミスリル製の長剣でした。


「無礼者が。『王魔』の方々の従者であろうと、司教猊下を侮辱する真似は、この俺が許さぬ。次はその首、無いものと知れ」


 低く抑えたような声で言いながらも、ルヴァン司教兵長の言葉には、怒気と殺気がみなぎっています。

 しかし、赤みを帯びた長剣の切っ先を突きつけられてもなお、マスターは平気な顔で毒を吐き続けました。


「ふうん。大した忠誠心だねえ。ルヴァンさんって言ったっけ? 結構な美形だし、きっと毎晩、司教様に可愛がってもらってるんだろうね。……よっ! この両刀使い!」


 パウエル司教に対し、別人かと思うような下品な言葉を言い放ち、ニヤニヤと笑うマスター。


「な、ななな! 何を!」


 ルヴァン司教兵長は、狼狽したように剣先を震わせています。まさか、本当にそんなことがあったのでしょうか? などとヒイロが考えた、次の瞬間でした。


 ガツン、と鈍い音が響き、マスターの身体が真横に崩れ落ちました。見れば、目を血走らせて振り切った腕を震わせる、パウエル司教の姿があります。


「いたた……。何も指輪を着けた手で殴ることないじゃないか」


 マスターは頬に血を滲ませたまま、倒れた姿勢からゆっくりと体を起こしました。


「も、もう我慢ならん。……お二方には悪いが、この男はわしのみならず、『教会』全体を侮辱したのだ。忌むべき、恥ずべき、『同性愛』などというものが、この『教会』内で横行しているかのごとき発言……断じて許すわけにはいかん!」


 どうやらこの教会の教義では、『同性愛』はタブーだったようです。マスターはそれを知らないはずなのに、ピンポイントでそこを攻めてしまうあたり、さすがでした。


 怒り狂って叫ぶパウエル司教に対し、アンジェリカもエレンシア嬢もあっけにとられて固まっているように見えます。ただ、実際にはマスターの行動の意味が分からず、様子を見ているのでしょう。


 そんな中、マスターは再びパウエル司教と目を合わせます。


「今のは全部、君を挑発するために考えただけの言葉だけどさ……」


「な、なんだ、貴様……どうして、そんな目でわしを見る!」


 そう言いながらも、パウエル司教は魅入られたようにマスターの鏡の瞳から目をそらすことができないようです。


「偽りだらけの君には、ちょうどいいかと思ってね」


「い、偽り、だと……? いったい、何を言って……」


 先ほどまでの怒りさえ忘れ、マスターの言葉に呆然と問い返すパウエル司教。もはや彼は、完全にマスターの『狂える鏡』に囚われているようでした。


「僕らを案内してくれたルヴァンって人を見れば、よくわかるよ。君はそうやって、部下の『心』でさえ偽りで塗り固めて支配してきたんだろう? だったら、思い知るといい。……『君の真実』が何一つ認められない世界って奴が、どれだけ恐ろしく、どれだけ悲惨なものなのかをね」


「ひ、ひい! そ、そんな目でわしを見るなああ!」


 マスターがパウエル司教……否、『司教だったもの』と視線を合わせてから、この時点で十秒が経過していました。


──よりにもよって、マスターが新しく覚えた三つの特殊スキルのうち、もっとも発動してほしくなかった残酷なものが、真っ先に発動するとは……。


 ヒイロは、パウエルの行く末を少しばかり気の毒に思いました。

次回「第46話 目に見えない万華鏡」

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