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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第3章 暴走姫と王子様の口映し
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第42話 竜種の国へ

 アンジェリカが目覚めるのを待って、さらに一日をキャンプに費やしたヒイロたちでしたが、そろそろ次の目的地を決める必要がありました。


 とはいえ、特に目的があるわけではないマスターはもちろんのこと、自由気ままな家出娘のアンジェリカと今や家無し子となったエレンシア嬢、その従者たるリズさんというメンバーに、向かうべき目的地などあるはずもありません。


 しかし、アンジェリカには考えがあるようでした。


 宿泊に使ったテントやその他の物品をヒイロが土に還していると、突然、彼女はマスターにこんな言葉を投げかけました。


「キョウヤ。よもや忘れてはいないだろうが、わたしがエレンシアの救助を手伝うにあたっては、条件を課していたはずだったな?」


「うん。もちろん覚えてるよ。でも、条件自体は『今は言いたくない』とか言ってたよね?」


「まあな。とにかく、次の目的地は、わたしの祖国『ドラグーン王国』にしてもらいたい」


「アンジェリカちゃんの祖国に行くの? それが条件?」


「いや、条件については、向こうに到着してから話すつもりだ」


「アンジェリカちゃんも、もったいぶるなあ。……でも、そっちの方がわくわくして面白いけどね」


 愉快そうに笑うマスターですが、普段あけすけに何でも話すアンジェリカがここまで話を保留するのは珍しいことです。なんとなく、嫌な予感がするヒイロでした。


「ちょ、ちょっと待ってくださいな。……ドラグーン王国って、まさかあの悪魔の……?」


「あ、お嬢様!」


 エレンシア嬢の言葉をとっさに制止するリズさん。

 ですが、当のアンジェリカは気にした様子もなく、手を振って笑いました。


「そう、あの『悪魔の巣窟』だよ。よほど物好きな人間以外は、まず近寄りたがらない『ニルヴァーナ』の国だ。キョウヤは約束だから一緒に来てもらうが、怖いのなら他の皆は来なくてもいいぞ?」


 悪戯っぽく言いながら一同を見渡すアンジェリカでしたが、この言葉に頷く者はいませんでした。


「いえ……アンジェリカさん。今のは失言でしたわ。忘れてください」


 礼儀正しく頭を下げるエレンシア嬢。


「気にするな……と言いたいところだが、どうせなら詫び代わりにやってもらいたいことがあるな」


「……なんでしょう?」


 警戒するような目で、アンジェリカを見つめるエレンシア嬢。やはり、人間社会において『ニルヴァーナ』の名が持つ意味は大きいのでしょう。エレンシア嬢は、彼女に対して慎重な態度をとっているようでした。


「魔法を見せてもらいたい」


「え? 魔法ですか?」


 アンジェリカの意外な申し出に、エレンシア嬢は戸惑ったような顔になりました。


「実は、『ユグドラシル』に会うのは初めてでな。わたしが知る『王魔』の魔法と言えば、ニルヴァーナの使う『形のない力を操る魔法』とサンサーラの使う『形を力とする魔法』の二つだけだ。いったい『ユグドラシル』のそれがどんな魔法なのか、非常に興味がある」


「で、ですが……わたくしには、魔法の使い方なんてわかりませんし……」


「ならば仕方がないな。わたしが教えてやる。性質は違えど、『王魔』の魔法の根本原理は同じはずだ」


 やれやれといった様子で肩をすくめるアンジェリカですが、このやり取りを聞いていたマスターとリズさんは、お互いに顔を見合わせて笑っているようでした。気になったヒイロは、声には出さずにマスターに問いかけてみることにします。


〈マスター? どうかされましたか?〉


〈え? ああ、うん。アンジェリカちゃんって、いい子だなって思ってね〉


〈いい子、ですか?〉


〈うん。あんな風に口実をつけて、エレンとの距離を少しでも縮めようとしているんだよ〉


〈しかし、彼女がそこまで対人関係に気を遣うとは考えにくいのですが……〉


 どこまでも我が道を行くアンジェリカの性格を思うと、ついそんな言葉が出てしまいます。


〈普段の話し方が大人っぽいから忘れがちだけど、アンジェリカちゃんって実年齢以上に子供っぽいところがあるだろ?〉


〈ええ、そうですね〉


 彼女が取り乱したときの口調や黒騎士アスタルテとのやり取りなどを思い出し、ヒイロは頷きを返しました。


〈つまり、自分と同じ『王魔』のエレンと友達になろうとしてるんだよ。ほら、彼女はリズさんとも親しいわけだしさ〉


〈な、なるほど……〉


 そう考えればわからなくもありませんが、だとすれば逆に随分と回りくどいやり方をするものです。


「アンジェリカさんが、わたくしに魔法を教えてくださいますの? でも、お詫びのはずですのに、それでは話があべこべのような……」


 やはり、エレンシア嬢も話の流れに違和感を覚えたのでしょう。不思議そうに首をかしげています。


「そんなこと、どうだっていいだろう。どうなんだ? 魔法の使い方、教わりたいのか? 教わりたくないのか?」


「あ、いえ、もちろん、お願いできるならありがたいですけれど……」


 エレンシア嬢は、アンジェリカの意図を探るように上目づかい気味の視線を向けています。


「なら、話は早い。早速これから特訓開始だ。わたしの教えは厳しいぞ。一日も早く、『ユグドラシル』の魔法を見たいからな。なるべく毎日練習だ」


「は、はい!」


 胸を張って宣言するアンジェリカに、エレンシア嬢は圧倒されたように背筋を伸ばして返事をしていました。


「友達と言うか、妹分でも作るつもりなのかな、アンジェリカちゃんは……」


 強引かつ傲慢な彼女の振る舞いに、さすがのマスターも少し呆れ気味な顔をしています。


「ふふふ。でも、エレンお嬢様も嬉しそうですよ。あんな風に自分に気安く接してくれる女の子なんて、お嬢様も初めてでしょうから」


 一方のリズさんは、早速アンジェリカに連れられて歩くエレンシア嬢の背中に、慈愛のこもった目を向けていました。


「じゃあ、僕たちも行こうか。このままだと二人に置いて行かれちゃいそうだしね」


 マスターに促され、ヒイロとリズさんは揃って頷きを返したのでした。




──ヴィッセンフリート家の令嬢を連れたまま、この国をうろつくのも問題があります。まずは取り急ぎ、ヒイロの《レビテーション》により空路で隣国へと向かうこととなりました。


「なるほど、これがこの世界の地図ですか」


 ヒイロは浮遊する重力場内部に設けた椅子に腰かけ、エレンシア嬢のいた屋敷から持ち出した地図を眺めていました。他の皆さんにも同じく椅子を用意しているためヒイロの【式】《ステルス・チャフ》の隠蔽効果を見抜ける人間がいれば、宙を浮く椅子に座る集団に見えてしまったかもしれません。


 ヒイロたちが最初にいたクレイドル王国は、以前にアンジェリカからも聞いたとおり、地図上では北西にある辺境の国となっていました。

 一方、アンジェリカの祖国『ドラグーン王国』はと言えば、国土こそ狭いものの、地図の中央北寄りの位置にあります。


「この位置関係にありながら、ドラグーン王国にはめったに人間が立ち寄らないというのも、不思議な話ですね。山脈や川の配置からして、交通の要衝になってもおかしくはなさそうですが」


「まあ、めったに来ないというほどではないかな? 今では通行するくらいなら、一応の関所料を払えば問題はないのだ。勝手に恐れている人間どもがいるだけだろう」


 関心なさげに言うアンジェリカでしたが、ここでマスターが尋ねました。


「うーん。でも、『ニルヴァーナ』にはアンジェリカちゃんみたいに可愛い女の子もいるっていうのに……いや、それは別にしたって、外見はそんなに人間と変わらないんだろ? なのに、どうしてそんなに恐れられているのかな?」


「ああ、それか。そうだな……わたしが生まれる前のことだからよくわからんが、何でもかつて、人間の国と『ニルヴァーナ』との間で戦争が起きたことがあったらしくてな。その時に人間たちが我らの恐ろしさを思い知ったのではないかと思うが……」


 どうやらアンジェリカは、自分の興味がないことについては、とことん無知なご様子でした。


「その話なら、教養として家庭教師から聞かされたことがありますわ」


 そう言って、代わりに詳しい話をしてくれたのは、エレンシア嬢です。


 およそ二十年前のこと。当時はまだ、ドラグーン王国も今ほどしっかりとした国家の様相を呈してはいなかったとのことですが、それでも彼らにとって『従属させる魔力』が豊富なこの土地には、数多くの『ニルヴァーナ』が集まっていたそうです。


 『ニルヴァーナ』以外の『王魔』もまた、この土地には魅力を感じてもいたようですが、そこはやはり力関係がものを言ったのでしょう。友好関係にあった『サンサーラ』を除く『王魔』は別の土地に住処を持っているとのことでした。


 そんな状況の中、人間とドラグーン王国の『王魔』との間で戦争が起こったのには、大きく分けて二つの理由がありました。


 ひとつは、ドラグーン王国領内には魔力以外にも豊富な鉱物資源が多く産出されるほか、土地自体も豊饒で作物の実り豊かな気候風土に恵まれているということです。これは要するに、人間側が領土的野心を持つに至った理由ということになりますが、一方でこの当時には、ドラグーン王国側にも人間と戦うだけの理由が生まれていました。


 そのきっかけとなったのは、『ニルヴァーナ』の子供が人間によって殺害された事件です。強力な魔法使いである『王魔』も、幼少期となれば大した力もありません。事件の内容としては、たまたま街を訪れていた『ニルヴァーナ』の子が誘拐されて殺されたというものであり、犯人も『女神』を奉ずる教会の狂信的な信者だったようです。


 しかし、被害者の親やその仲間たちは、そうは捉えませんでした。もともと人間たちの中でまれに生まれる『女神』の魔法使いたちが『愚者』を嫌悪し、『王魔』を憎悪する傾向にあったこともあり、彼らはこの事件を『人間種族からの宣戦布告』と受け取ったのです。


 そこから国を挙げての戦争に至るまでには、それほど時間はかからなかったとのことでした。


「……ドラグーン王国へ侵攻したのは、当時最大の国勢を誇っていた『ウェルナート帝国』です。兵力でいえば、十万を超える大軍を有していたはずですが……結果は、その十分の一にも満たない『ニルヴァーナ』と『サンサーラ』の連合軍を相手にほぼ全滅だったそうですわ」


「なるほどね。それで人間たちは『ニルヴァーナ』を恐れているってわけか」


 マスターがエレンシア嬢の話に納得したように頷くと、今度はアンジェリカが思い出したように口を挟んできました。


「だが、ドラグーン王国側も無傷とはいかなかったらしいぞ。帝国の背後には『女神』を信奉する『アカシャの使徒』たちがいたからな。奴らが生み出す希少な対魔法銀ミスリル製の武具も使いたい放題だ。少なくとも昼間なら、その兵力差は苦戦の要因になっただろうな」


「アカシャの使徒……か。そういえば僕らはまだ、『女神』の魔法使いには会ったことがなかったよね」


「あまり会いたくもないがな。『ニルヴァーナ』の悪評の大半は、『アカシャの使徒』どもが流布しているという噂もある。奴らにしてみれば、『女神』の威光をかさに大国を戦争に参加させたにもかかわらず、無残な敗北を喫してしまったのだ。恨みは少なからずあるだろう」


 この世界にも種族間の対立や過去のしがらみは、様々なものがあるようです。


 今後、この世界で生きていくことを考えれば、そうした情報を入手するうえでも、一度『ドラグーン王国』に行ってみる価値はあるのかもしれませんでした。

次回「第43話 魔法使いになりたい」

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