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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第2章 世話焼きメイドと箱入り娘
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第35話 秘密の花園

 不可視の光線は、文字通り光速で直進します。それはすなわち、マスターの動きから軌道と発射タイミングを予測するという離れ業を実行しない限り、《レーザー》は回避不能であるということを意味します。


 そして今回もその例にもれず、エレンシア嬢は何一つ反応できないままに、マスターの放った《レーザー》に胸を撃ち抜かれてしまいました。


「お嬢様!」


 悲鳴を上げて駆け寄ろうとするリズさんですが、それを隣からアンジェリカが抑え込みます。


「危ないから下がっていろ。大丈夫だ。うわさに聞く『ユグドラシル』の生命力なら、あれで死ぬとは思えん」


「で、でも……」


「キョウヤを信じることにしたのではなかったのか?」


「は、はい……」


 アンジェリカに諭されて、ようやく体の力を抜いたリズさんでした。


「それにしても、戦闘になった途端、相手が女だろうと全く迷いなくその心臓を撃ち抜くとは、大したものだな。戦いとなればどこまでも非情になれる……そういうことか」


 などとアンジェリカは感心したような独り言をつぶやいていますが、この間、ヒイロとマスターは『早口は三億の得スピード・コミュニケーション』を介して、次のような会話を交わしていました。


〈どうしよう、ヒイロ!〉


〈どうしましたか、マスター?〉


〈うん。僕、エレンシアさんのハートを射止めようとして格好つけたら、うっかりエレンシアさんの心臓を撃ち抜いちゃったみたいなんだ〉


〈……何を上手いこと言おうとしているんですか。つまり、わざとじゃないんですね?〉


〈いやあ、もう少し狙いがずれるものと思ったんだけど……でもヒイロなら、あれくらいは蘇生できるよね?〉


〈はい、できます。ですが……今回はその必要はないでしょう。彼女の生体反応には、まったく異常が見られませんから〉


〈え?〉


 驚くマスターの目の前では、心臓を貫かれたはずのエレンシア嬢が倒れることもなく平然と立っていました。小さなリボンのついたドレスの胸元には、焼け焦げたような穴が開いています。しかし、その穴の下には傷一つない綺麗な肌が覗いていました。


「あはは……なにこれ? もう痛みも感じないじゃない……」


 泣き笑いのような顔で、自分の胸元を見下ろすエレンシア嬢。それから、彼女は翡翠の瞳に怒りの色をたたえ、マスターを鋭くにらみつけてきました。


「どんな魔法か知らないけれど、いきなり心臓を狙ってくるなんて……。やっぱりあなたも、わたくしを『化け物』として殺すつもりなのね? ……だったら、容赦しないわ。あなたがリズの恩人だろうと関係ない。この呪われた力のすべてをもって、あなたを殺す!」


 言葉と同時、エレンシア嬢の新緑の髪がざわざわと動きはじめました。


 しかし、依然としてエレンシア嬢には『スキル』を使用している形跡はなく、アンジェリカに聞いても、まだまともな魔法は使っていないだろうとのことでした。ということは、つまり、この『動く茨』はスキルによるものではなく、『王魔ユグドラシル』の生物としての生態そのものなのでしょう。


〈マスター。ヒイロは彼女のスキル発動を確認した瞬間、マスターに高速思考伝達を行ないます。常にそのことは意識しておいてください〉


〈了解。助かるよ、ヒイロ〉


 ヒイロの【因子観測装置アルカグラフ】に発動していないスキルを見抜く方法がない以上、これが最善の手でしょう。ヒイロはエレンシア嬢の動きに注視しました。


「殺すつもり、とはキョウヤにとっては都合がよいな。まさかあいつ、この展開を狙ってあんな容赦のない先制攻撃を仕掛けたのか?」


 アンジェリカの勘違いがますます加速していく中、マスターとエレンシア嬢の戦闘が始まりました。


「あの男を絞め殺しなさい。わたしの茨」


 その号令にあわせるように、エレンシア嬢の周囲には『動く茨』の群れが一斉に持ち上がります。そしてそのまま、蛇のように茎をくねらせ、鎌首をもたげた後、解き放たれた矢のような勢いでマスターに殺到していきます。


「おお! こうしてみると『動く茨』っていうのも、ファンタジーっぽくていいね」


 マスターは《ヒート》モードの長剣を振り回し、自らの身に迫る『動く茨』を焼き払いながら切り裂いています。それでも防ぎきれないものは、『リアクティブ・クロス』の反発衝撃波と対刃繊維のおかげで防御できてしまっているようでした。


「む? おい、ヒイロ。どうしてキョウヤの鏡の力が発動しないんだ?」


 アンジェリカは不思議そうな顔をしていましたが、ヒイロにはその理由は明らかです。


「マスターが殺意を向けるべき対象が、この場にいないからでしょう。反射対象がいない限り、『世界で一番醜い貴方ベスト・モンスター』は発動しません」


「……ふむ。まあさすがにキョウヤも、本気でリズの主人を殺すつもりはないのかな」


 納得したように頷くアンジェリカ。


「ほらほら、どうしたのかな? この程度じゃ、準備運動にもならないぜ」


 マスターはなおも殺到する『茨』を熱した剣で捌きながら、余裕を感じさせる声で言いました。しかし、その実、それほどマスターに余裕があるわけではありません。

 現在もマスターは、『空気を読む肉体クレバー・スレイブ』を使用してアンジェリカの高い身体能力の恩恵を受けているところですが、一方、リズさんとエレンシア嬢の身体能力の低さの影響も受けており、実際にはそれほど劇的なパワーアップはできていないのです。


「『王魔』だからと言って、皆が身体能力が高いわけではないんですね」


「ああ。『ニルヴァーナ』は、『王魔』の中でも『アトラス』に次いで二番目に身体能力が高い種族だからな。逆に、おそらくあの『ユグドラシル』は、『王魔』の中でも身体能力の面では最弱かもしれない」


「最弱……ですか」


「だが、『生命力』となれば話は別だ。自分の周囲に植物が存在する限り、かの種族は無限とも言える命を有していると聞いたことがある。あの『動く茨』も能力というより、ありあまる生命力の発露といったところだろう」


「…………」


 アンジェリカの説明を聞けば聞くほど、ヒイロの心配は募ります。自分の力を把握し切れていないとの彼女自身の言葉どおり、エレンシア嬢は魔法はおろかスキルさえ使ってきていません。かと言って、それだけの生命力があるのであれば、短期決戦で勝利することも難しいのです。


「ねえ、エレンシアお嬢様。化け物の癖に、僕みたいな奴に傷一つ付けられないのかい?」


 マスターは時折隙を見ては《レーザー》をエレンシア嬢めがけて放ち、彼女の身体を焼き穿つものの、その程度の傷ではあっという間に治癒してしまうようでした。


「ば……化け物の癖に……ですって? な、何のよ、あなた……さっきは、わたしに向かって、『大した化け物じゃない』だなんて言っていた癖に!」 


 マスターの言葉に激高し、大きな声で叫ぶエレンシア嬢。しかし、正確にはマスターは、『化け物かどうかなんて、大した問題じゃない』と言ったはずです。


 その瞬間──ヒイロの【因子観測装置アルカグラフ】は、彼女のスキルの発動を感知しました。


〈マスター! 香りを嗅いでは駄目です! 息を止めてください!〉


 ヒイロは『早口は三億の得スピード・コミュニケーション』により、瞬時にその情報を伝達します。


○エレンシアの特殊スキル(個人の性質に依存)


開かれた愛の箱庭シークレット・ガーデン

 任意に発動可能。半径約十キロメートル以内に存在するすべての植物に、次の効果を持つ『芳香』を発生させる。効果の強さは、自分が対象に抱く感情の強弱に左右される。


・自分が殺意を抱く相手の体内に致死毒を生み出す。

・自分が敵と認識する者の体内に麻痺毒を生み出す。

・自分が味方と認識する者の体内に思考速度・反射神経を強化する薬を生み出す。

・自分が恋愛感情を抱く相手の体内にあらゆる環境耐性を強化する薬を生み出す。


 敵対する者にとっては、きわめて恐ろしい能力です。そもそも人の嗅覚は、空気中に含まれる化学物質を感知するものであり、これを完全に遮断することは簡単なことではありません。


 さらに問題なのは、エレンシア嬢がマスターに殺意を抱いていることが間違いない以上、マスターに作用する『芳香』は、致死性の毒になるだろうということでした。ヒイロが解毒するにしても、特殊スキルによって生成される毒が相手では、それも困難かもしれません。


「バラの花? いったい、いつの間に……」


 マスターを囲む『動く茨』の中に、強い芳香を放つ真っ赤なバラが咲き乱れています。とっさに鼻を覆う仕草をするマスターですが、時すでに遅し。直後には、その身体がぐらりと揺れ、そのまま倒れてしまいました。


「マスター! 今、分析を……」


 毒はわからなくても、ヒイロにはマスターの身体に起きた変化ならわかります。解毒そのものができなくても構いません。マスターの生体反応を調べ、呼吸困難が起きているなら酸素の供給を行い、神経に障害があるなら神経の信号伝達を正常化させ、炎症や壊死が生じているならその部分の組織を再生させればいいのです。


 究極の対症療法といったところであり、根本的な治療方法とは言えませんが、他に方法がありません。ヒイロは必死に、マスターの身体に起きた問題点を探ろうとしました。


 ──しかし、ヒイロはその結果、信じられないことに気づいてしまいます。


「……マ、マスター」


 驚愕するヒイロの前で、倒れたまま身動き一つしないマスター。


「お、おい、何が起こったんだ?」


 不思議そうな声で尋ねてきたのは、アンジェリカです。マスターの仲間としてエレンシアから敵視されているはずの彼女も、『芳香』によって体の動きが鈍らされているのかもしれません。しかし、そんな彼女にヒイロがエレンシア嬢のスキルを説明しようとしたところで、もう一人の少女が声を上げました。


「あ、あ……キョウヤさん!」


 エレンシア嬢にマイナスの感情を持たれていないリズさんには、アンジェリカのように悪い影響はなさそうです。マスターが倒れたのを見て、ほとんど間髪入れずに駆け寄っていこうとしました。


 が、しかし──


「……《バインド》を展開」


「え? か、身体が……!」


 ヒイロが展開した【因子演算式アルカマギカ】は、リズさんの衣服そのものを固め、その身体を拘束していました。


「リズさん。勝負はまだ終わっていません」


「で、でも……」


 心配そうに倒れたマスターを見つめるリズさん。

 一方、エレンシア嬢は自身の能力を理解しているのか、勝ち誇ったように笑いました。


「あははは! あなたが悪いのよ? こんな『化け物』に無謀な戦いを挑んだりするから、死ぬことになるの! うふふふ……ねえ、リズ。もうわかったでしょう? わたしと一緒にいれば、いつこんなことが起きてもおかしくないの。だから、もう出て行って! わたくしの前に、二度と姿を現さないで!」


 エレンシア嬢は、狂ったように笑い続けています。次いで、倒れているマスターを取り囲んでいた『動く茨』もまた、潮が引くように彼女の元へと縮んでいきました。


 ──しかし、エレンシア嬢は、倒れたままのマスターが『茨』の動きを目で追いかけていることに、気づいてはいないのでした。

次回「第36話 多面鏡」

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