第23話 万能兵装
ヒイロにとって、何よりも優先するべきことはマスターの命の安全です。ですが、だからといって、マスターの傍にヒイロが常に寄り添い、あらゆる危険を排除し続けるというわけにもいかないでしょう。
ヒイロはボディーガードではなく、ナビゲーターです。
マスターの望みに従い、彼自身の足で進む道を導くことこそ、ヒイロの使命なのです。
従って、今回ヒイロがマスターのために生成した装備は、ひとえに彼の生存率を高めることに重点を置きつつ、彼自身の行動の自由度を損なわないことにも配慮したものとなりました。
ヒイロの展開したバリアから飛び出していくマスターに、『禍ツ鳥』の一群が目をつけ、無数の羽根を射出してきます。
「おっと、これはまともに避けきれる量じゃないね」
しかし、それらの羽根はマスターに直撃する直前、その速度を著しく弱め、その身体に触れるか触れないかの辺りでボトボトと地に落ちていきました。マスターの『世界で一番醜い貴方』が発動しなかったのは、『禍ツ鳥』が『知性』と呼べる存在ではなく、明確な『殺意』などを有していないからなのでしょう。
それはさておき、マスターの身に纏う衣服『リアクティブ・クロス』には、その各部位に接近する物体の速度や性質を観測する装置がつけられています。そして、その観測結果に基づき、実害のある弾速を有するものに対しては迎撃用の衝撃波を発生させ、電磁波や高熱などの実体を持たないエネルギーに対しては、反作用のある力場を生み出すのです。
仮にこれらの防壁を突破したとしても、衣服に用いられている素材は極めて柔軟かつ強靭なものであり、高い断熱効果も有していました。
「さすがはヒイロが作ってくれた服だね。それじゃあここからは、こっちのターンと行こうかな」
マスターは嬉々として言いながら、手にした『マルチレンジ・ナイフ』を構えます。
『禍ツ鳥』たちは、本能的に有利な戦い方を心得ているのか、決して一定以上の距離には近づいてきません。上空で羽ばたきながら、次々と羽根を放っていました。
「それじゃあ、まずは……《レーザー》」
マスターはナイフの刀身を『禍ツ鳥』の群れに向け、キーワードを口にしました。するとその直後、その中の数羽が突如として炎に包まれ、焼け焦げながら墜落していきます。
「え? あれ? 今のって……」
しかし、なぜか攻撃をしたはずのマスター自身が、不思議そうに首を傾げていました。
〈どうしましたか? マスター〉
ヒイロはそんなマスターに、『早口は三億の得』で呼びかけてみました。すると、マスターから不満げな返事がありました。
〈いや、ヒイロ。聞いてた話だと刀身からレーザーが出て、遠くの敵を攻撃できるって話だったけど……何も出なかったじゃん。確かに敵は落ちてたけど……なんで?〉
……どうやらマスターは、レーザーと言えば目に見える光線が発射されるものだと思っているようです。
〈マスター。実際のレーザーは、目に見えないものも多いのです〉
〈ええー? そうなの?〉
少し残念そうなマスターの声。
〈可視化することもできますが、どの道、ほぼ光速ですから一瞬しか見えないはずです。どうしますか?〉
〈いや、もちろんこのままでいいよ。よし、この調子で撃ち落としていこう〉
〈アンジェリカさんには『傲慢なる高嶺の花』がありますから、流れ弾は気にせず、存分に撃ってください〉
〈オッケー! でも、気を付けるよ〉
〈それと《ナイフ》の形態のままでは、レーザー発振装置に限界がありますので、【因子演算式】による増幅を加えてもなお、有効射程距離は二十メートル程度だと考えてください〉
「うん。でも、今は持ちやすい形の方がやりやすそうだしね。……それ、《レーザー》! 《レーザー》! 《レーザー》!」
マスターは声に出して言いながら、次々と『マルチレンジ・ナイフ』からレーザーを発射し続けています。
マスターにお渡しした装備の内、『リアクティブ・クロス』は軽量かつ動きを阻害しないことを条件に、高い防御力を実現するものでした。一方、『マルチレンジ・ナイフ』のコンセプトは、ずばり『汎用性』の高さです。
そもそもマスターには、銃火器の素養はありません。いくらアンジェリカのおかげで『空気を読む肉体』による身体強化ができるからと言って、大型の重火器を振り回すのも戦いづらいでしょう。
そこで考えたのが、ナイフという最も単純で携行が容易な武器をベースに、ショート・ミドル・ロングを問わずあらゆるレンジでの攻撃を可能とし、かつ、殺傷・制圧のいずれをも可能とした機能を持たせることでした。
まず、刀身自体を三段階に伸縮させることで、中距離・近距離双方に対応できる武器としました。さらにオプションとなる『攻性モード』に関しても、遠距離攻撃用の《レーザー》に加え、近接攻撃専用の《ヒート》の他、牽制用の《フラッシュ》や制圧用の《スタン》などのように使い分けることができ、汎用性に高さに関しては我ながらかなりの自信作でもあります。
いずれの装備も、エネルギーはヒイロの【因子演算式】によって自動充填されるため、よほどヒイロから距離を置かない限り、ほぼ無限に連続使用が可能となっています。
一方、マスターと同じく『禍ツ鳥』と交戦を始めたアンジェリカはと言えば、
「『愚者』の分際で、『王魔』たるこのわたしに挑もうとはな。身の程を思い知らせてやろう」
飛来する羽根の群れを左手に持った黒いマントのようなもので弾きつつ、自分の頭に手を伸ばし、そこから金の髪の毛を一本抜き取っていました。
あのマントは、彼女が『王魔サンサーラ』に作ってもらったという『形態変化する衣服』の一部のようですが、あれも魔法に類するものなのでしょうか? ヒイロには分析できません。しかし、一方、その次に起きたことは、ヒイロにも分析可能なことでした。
「魔力の減衰……か。忌々しい『隻眼』め。だが、そもそも貴様らごときに魔法など不要。これで相手をしてやろう」
彼女の右手には、いつの間にか黄金に輝く鞭のようなものが出現しています。
○アンジェリカの通常スキル(個人の適性の高さに依存)
『身体の隅まで女王様』 ※ランクA(EX)
活動能力スキル(身体強化型)の派生形。髪の毛や爪、血液など、自分の身体の一部を切り離した際に発動可能。切り離した部位を鞭へと変化させることができる。生み出された鞭の性能は、切り離した部位に依存する。
「そらそら! どうした『愚者』ども! わたしをもっと楽しませろ! 弱い! 弱いぞ! 弱すぎる! こんなのじゃ、全然熱くなれやしない!」
左手にマントを掲げ、右手で黄金の鞭を振り回しながら、アンジェリカは『禍ツ鳥』の群れを蹂躙していました。彼女の金の鞭が振るわれるたびに、十羽を超える『禍ツ鳥』が弾き飛ばされています。
よく見れば、黄金の鞭は振るわれた瞬間、無数に枝分かれしながら広がり、複数の敵をまとめて打ち据えているのです。かなりの威力があるようで、打たれた敵は身体をバラバラに砕かれながら吹き飛んでいました。
「……なんて非常識な。マスターとの『遊び』の際に使われなくて良かったです」
ヒイロは、独り言を口にしました。『身体の隅まで女王様』はスキルであり、あの『遊び』の時の『魔法禁止』のルールには引っかからなかったはずです。
「……み、皆さん、すごいんですね。あんなに強い人たち、初めて見ました。『ニルヴァーナ』のアンジェリカさんはともかく、キョウヤさんも……あんなに強いだなんて。うちの領地の騎士たちなんかじゃ比較にもなりませんよ」
驚きつつも感心したように言ったのは、リズさんでした。実のところ、ヒイロは彼女のために複数のバリアを展開していますが、『禍ツ鳥』のほとんどはあの二人に攻撃を集中させており、こちらに向かってくる敵はごくわずかでした。
「もうすぐ、片付きそうです。あと少しの辛抱ですよ」
依然として恐怖を隠せないでいるリズさんの背を撫でながら、ヒイロは戦況を見極めつつ、適宜、必要な個所に牽制攻撃を続けていました。
「あ、すみません。戦っている最中に余計なことを……」
「いえ。ヒイロは物事を複数同時に処理することに長けています。お話を続けても大丈夫ですから、少しお聞きしてもいいですか?」
「な、なんでしょうか?」
「あなたは、主人の財産に手を付けてしまっています。処刑される恐れもあるということですが……エレンシア嬢をお助けした後はどうするつもりでしょう?」
このような場面で話すには、本来不向きな話かもしれませんが、マスターが傍にいない状況で聞いてみたいことでした。
「……もちろん。処罰は受けます。お嬢様さえ助かれば、わたしはどうなっても良いのですから」
予想通りの答えです。しかし、それはマスターの望むところではないでしょう。
「領地を離れることは考えられませんか?」
「……行くあてがありません。わたしは、幼い頃に領主様に拾われて、お嬢様の世話係として傍仕えをさせていただいていたのです」
「……なるほど」
これは困りました。マスターがどう判断するかはわかりませんが、このまま何もしなければ、彼女の運命は決まったようなものでしょう。
ここでヒイロは、自分の記憶野の一部を使用して、彼女に下される処罰の程度やその時々に考えられるマスターの判断など、あらゆるケースを想定し、その一つ一つに応じたシミュレーションを行います。
もちろん、ヒイロは多元的並列情報処理能力を使い、その間もマスターとアンジェリカを援護するための牽制攻撃を行いつつ、リズさんとの会話を続けています。実際のところ、こうした将来予測を行っておくことは、ヒイロのように高速演算が可能な存在にとっても、より的確かつ迅速な判断を行うためには不可欠なことでした。
「皆さん、本当にすごいです! 何百匹もいた『愚者』をこんな短時間で全滅させるなんて……」
ようやく戦闘を終え、戻ってきたマスターとアンジェリカに駆け寄りながら、惜しみない賛辞を贈るリズさん。
「いやあ、僕の場合はヒイロがくれた装備のおかげが大きいかな」
マスターが日本人らしく謙遜すると、
「何を言うか。どんな武器でも使い手がヘボければ宝の持ち腐れだ。だから、この勝利は、お前の力だ」
「そうですよ。わたしだったら同じ装備があっても、きっと怖くて何もできませんでした!」
アンジェリカとリズさんがすかさず反論の言葉を口にします。
「どうやら日本人の美徳って奴も、異世界では通じないみたいだね」
などと笑うマスターでしたが、ふと何かに気づいたように、リズさんに問いかけます。
「ああ、そう言えば。あの一つ目鳥たちが飛んできた時、リズさんはあれを『世界の敵』とか言ってませんでした? あれってどういう意味なんです?」
「え? ご存じないんですか?」
不思議そうな顔で問い返すリズさん。そう言えば、まだ彼女にはヒイロたちが異世界から来たということを伝えていません。伝えるべきタイミングは考えなければなりませんが、それまでは不用意な質問は避けるべきだったようです。
「まあ、彼らは遠い異国から来たのだそうだ。そこには『愚者』がいないのかもしれないぞ」
そう言ってフォローしてくれたのは、アンジェリカです。ヒイロが彼女に感謝の視線を送ると、彼女はウインクを返してくれました。
「ちょうどいい機会だし、『愚者』に関しても、わたしがわかる範囲で少し説明しておいてやろう」
アンジェリカは、そう言って『世界の敵』について語り始めてくれたのでした。
次回「第24話 四番目の魔法使い」




