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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第9章 愚者の聖地と七人の御使い
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第165話 日向彩羽

 『愚者』に魔法の無効化能力がある以上、聖地に向かうメンバーはマスターが話したとおり、彼自身のほかは圧倒的な身体能力を持つメルティと、『魔法』によらない力が使えるわたしの二人に絞られます。


 しかし、残りのメンバーについても、ベアトリーチェの居場所を追跡可能な『教会』の存在がある以上、安全とは言いがたいでしょう。


「まあ、当初の予定どおりだな。わたしたちは『ドラグーン王国』に向かうのがいいだろう。この森を出ればベアトリーチェの『幻想生物』で移動することもできるだろうし、そうそう時間もかからないはずだ」


 さすがと言うべきか、アンジェリカは、先ほどまでの取り乱し方が嘘のように落ち着いています。


「……ああ。移動手段もそうじゃが、今のわらわには、『御使い』の能力に対抗する力もある。責任をもって、キョウヤ……お前に代わって、わらわが皆を護る。だから、安心していってくるがよい」


 決意に満ちた眼差しをマスターに向けると、宣言するように語るベアトリーチェ。しかし、マスターはそんな彼女に緊張感のない笑みを浮かべて答えます。


「うん。もちろん、ベアトリーチェさんのことは信頼してるけど、でも、僕に代わってもらう必要はないさ。だって僕には、離れた場所からでもみんなを守れる力があるんだしね」


「と、言いますと……『世界の平和は君次第パーフェクト・ワールド』ですか?」


 マスターに新たに備わった特殊融合スキルであり、世界全体を対象に、自身が知覚する殺意や害意の伴う攻撃について、任意の『知性体』に増幅反射することを可能にするものです。


「うん。もっとも、離れた場所にいるみんなの受ける攻撃を知覚するには、『『鏡の中の憧れの君スタンド・バイ・ミー』を常時発動させておく必要があるけどね』


「……常時発動、ですの?」


 嫌な予感がする、と言いたげな顔で聞き返したのは、エレンシア嬢です。この時点で、他の皆も同じ感想を抱いたはずですが、彼女たちは最初に言葉を発したエレンシア嬢に遠慮するかのように、開きかけた口を閉ざしました。


するとマスターは案の定、良い獲物を見つけたとばかりに彼女の方に向き直り、嬉しそうに笑いかけます。


「ほら、敵の奇襲攻撃を想定するなら、昼も夜も、ご飯の時もあんな時もこんな時も、油断はできないでしょ? 離れた場所にいるからこそ、それくらいの備えは必要ってものじゃないかな?」


「あ、あんな時もこんな時もって……」


 彼の言ったスキルは、身体感覚を共有するものです。自己同一性の維持のためにも、基本的には視覚や聴覚に限定して使用すべきものではありますが、それでもなお、大きな問題があるでしょう。


 ですが、少なくとも恥じらいを持った乙女としては、それを自分から口にするのには、大きな抵抗があるのもまた、事実でした。


「駄目かな? 僕はみんなのことが心配なんだ。それに必要に応じて、『聖地』に向かった僕たちの様子を伝えることだってできるだろ?」


 畳みかけるように言葉を続けるマスターですが、彼の眼は、顔を赤く染め、言葉に詰まるエレンシア嬢の反応を楽しげに見つめています。


「うう……。わ、わかりましたわ! で、でも……」


 目に涙までためて、身体をふるわせた後、彼女は大きく息を吸って顔をあげました。


「お、お風呂とおトイレの時間は、駄目ですからね!」


 顔を耳まで赤くして叫ぶエレンシア嬢。どうして自分がこんな恥ずかしいことを言わなければいけないのかと、他の皆を恨めしそうに見まわしましたが、誰一人、彼女と目を合わせようとしません。


「申し訳ありません、お嬢様。これが役割分担というものかと……」


 ただ一人、リズさんだけが小さな声でそんなつぶやきを漏らしていましたが、何の慰めにもならないでしょう。


「オーケー、それで行こう。でも、身体の感覚全部を共有するわけにはいかないし、『そのタイミング』が来たら、はっきり教えてもらわないとわからないかもしれないけどね!」


 ……とはいえ、ここが我慢の限界でした。


「あああああ! もう! どうして、あなたって人はあああああ!」


度重なるセクハラ発言に臨界点を超えたエレンシア嬢の羞恥は、緑のいばらの奔流に形を変え、止める気もないわたしたちの目の前で、マスターを勢いよく飲み込んていったのでした。



 ──皆を心配させまいとするマスターの気遣い(?)に端を発した騒ぎのあと、ようやくわたしたちは二手に分かれ、出発することとなりました。


「王国に帰る皆様には、わたしの『分身体』を同行させます。よほど複雑な【式】でもない限り、わたし自身の『身体』と同じ【因子演算式アルカマギカ】も使えますし、何より【魔力感知センサー】の精度が上がった今のわたしなら、魔法攻撃も含めた外的脅威をいち早く察知し、瞬時にマスターへと高速思考伝達することも可能です。……ですから、常時感覚を共有する必要はまったくもって、ありませんからね!」


 別れ際、わたしは胸を張って、いわゆる『ドヤ顔』をしてみせながら、そう言い放ちました。すると、わたしのすぐ隣で、何かがドサリと落ちるような音がします。


 ちらりと横目で見下ろせば、そこには案の定、がっくりと肩を落とし、地に膝を突くマスターの姿がありました。


「ヒイロ、君って奴は……」


 この世の終わりを迎えたかのような顔で、こちらを見上げてくるマスター。予想通りの展開になんとなく嬉しくなりつつも、わたしは彼に向かって、満面の笑みを浮かべてみせました。


「マスター。わたしは頑張りました。マスターからいただいたこの『眼鏡』の機能を最大限生かすべく、自身の調整と機能の向上を繰り返し、ついに今申し上げたレベルの分身を作り上げることに成功したんです」


「え?」


 まくしたてるようなわたしの言葉に圧倒され、マスターは驚きのあまり目を丸くして絶句してしまったようです。


「ですから……」


 彼の傍に屈みこみ、その鏡のように黒々とした瞳を見上げるようにして、わたしは言います。


「……褒めてください」


「え?……ヒ、ヒイロ?」


「駄目ですか? あなたのヒイロに、お褒めの言葉はいただけませんか?」


 わたしはなおも畳みかけるように言いながら、彼に向かって微笑みかけます。

 するとここで、彼は……これまで見たこともない反応をしてくれたのです。


「……うう、その目とその言葉は、いくらなんでも反則だよ」


 頬を赤く染め、恥ずかしそうに顔を背け、ぶつぶつとつぶやくマスター。いつかメルティに無邪気に迫られていたときとも違う、初心うぶな少年の『心のカタチ』。


 それが垣間見えたかのような、そんな反応に、周囲からは一斉にどよめきの声が上がります。


「ま、まさか、キョウヤがあんな顔をするなんて……」


「や、やっぱり、ヒイロは侮れませんわね」


「ふふふ! キョウヤ様、可愛いです」


「まったく、うらやましい奴じゃな」


「あはは! キョウヤが顔を真っ赤にしてる!」


 アンジェリカ、エレンシア嬢、ベアトリーチェ、メルティ、それぞれがそれぞれの感想を口にする中、わたしの心は不思議な満足感で溢れていました。


 かつて、ただの【異世界案内人ナビゲーター】でしかなかった頃のわたしなら、こんな風に自分を褒めてもらうような催促なんて、絶対にしなかったでしょう。


 でも、今のわたしは、違うのです。

 異世界の案内に特化した『人工知性体』として、『対象者をサポートする』のではなく、ただの一人の『女の子』として、『好きな人に尽くしたい』のです。

 だから、周りの皆に冷やかされ、頭を抱えてしまっているマスターとは異なり、今のわたしには恥ずかしさなんて微塵もありません。

 わたしの心に満ちているのは、自身が『そういう存在』になれたのだという誇らしさだけでした。


 と、わたしがそんな思いを実感した、その瞬間。


「え? うわ!」


「きゃあああ!」


 突如として、わたしの周囲に巻き起こる風。その風に乗るかのように表れたのは、渦を巻いて広がる赤い光の文字列でした。


「こ、これはいったい……」


 わたし自身の中から生じている現象にもかかわらず、わたしにはこの事態がまるで理解できていませんでした。


 すると、その直後のこと。


〈ヒイロ。ヒイロ。わたしの……わたしたちの可愛い娘〉


 光の文字列はそのまま【因子演算式アルカマギカ】として展開され、あたりに声を響かせます。


「な、なに? この声……どこから聞こえるの?」


 メルティが不思議そうにキョロキョロと周囲を見渡しますが、そんな彼女の頭を軽く押さえ、小さく首を振ったのは、いつの間にか立ち上がっていたマスターでした。


「少し……静かにしてようか」


 彼がそう言って目を向けた先には、ぼんやりと浮かび上がる影のようなもの。それは次第に輪郭を整え、ある姿を浮かび上がらせていきました。


「あ、あ、ああ……! アカツキ博士……」


 わたしが生まれた世界における天才科学者にして、わたしの創造主。

 わたしが殺した……わたしの『お父さん』


〈わたしは、この日を待ちわびていた。お前に本当の意味で『自我』が、人間としての『想い』が、しっかりと芽吹くこの日を……わたしはずっと待っていた〉


「お、お父さん……」


「え? あれが、あの人が、ヒイロのお父上なのか?」


 アンジェリカの驚く声も、今のわたしの『耳』には入りません。


〈この【式】は、お前がそれを『自覚』したときにのみ発動するよう、わたしが事前に組み込んでおいたものだ。……だから、今のお前になら、言うことができる〉


「な、なにを……?」


 相手はおそらく、記録映像です。問いかけに返事をするはずもないのですが、それでもわたしは問いかけます。


「あなたは、わたしに何を求めていたのですか?」


 しかし、奇しくも続く言葉は、わたしの求める答えそのものでした。


〈わたしと妻は、幼い娘を事故で失った。人工知性体の研究第一人者であった妻は、死んだ娘の姿と形、かろうじて脳髄に残る精神のひな型ともいえる情報を核に、新たな人工知性体を生み出した。それが……お前だ。わたしたちは……娘を取り戻したかったんだ〉


「……二人の娘? 日向彩羽ひゅうがいろは。わたしの……『ヒイロ』の、モデルとなった少女……」


〈だが、残っていたのは脳の情報の残骸だけだ。生まれたモノは、到底、娘だと言えるようなモノではなかった。だからだろう……妻は研究に没頭するあまり、食事もろくに取らず、最後には精神を病んで亡くなってしまった。でも、それこそ、だからだろう。わたしはあきらめられなかった〉


 かつて失った愛する娘をよみがえらせるため、暴走する『化け物』と化した初代ウロボロス。世界は違えど、アカツキ博士とその妻は、そんな狂気にとらわれてしまったのかも知れません。


〈わたしの研究分野であった【因子アルカ】の存在。そこから導き出される『異世界』の存在。わたしはそれに賭けてみたくなった。自身の存在する世界には、解決の糸口すら見いだせない難題であっても、違う世界になら、それがあるかもしれない〉


 それは途方もなく勝算の低い賭けでしょう。科学者として求められる根拠など何一つない、無謀な挑戦とさえ言えるかもしれません。


〈十年間、異世界を旅して戻ってきたお前は、自身では気づかなかっただろうが、大きく変わっていたよ。だから、わたしは狂喜した、これならきっと……『わたしたちの娘』になってくれる。そう思った。……でも、わたしはそれがいかに残酷なものなのか、同時に知ってもいた〉


 残酷? いったい何が……


〈ヒイロ。お前は『あの子』ではない。人は、誰かの代わりにはなれないし、なってもいけない。それでもお前は、妻が残した可能性だった。たとえ『あの子』にはなれなくても、この灰色の世界を鮮やかに色づかせる、わたしたちの『娘』だったのだ〉


「……お父さん」


〈……すまない。本当にすまない。今のお前があるということはおそらく、わたしは『最後の手段』を使ったのだろう。お前を愛すべき娘として生み出しておきながら、そのお前に対し、尋常ならざる苦しみを、ほかならぬわたし自身が与えたのだろう〉


 最終兵器『彩羽の劫火』。わたしが引き起こした世界を滅ぼす核融合と核分裂の無限連鎖は、わたしの『父』を飲み込んだ。そのとき、わたしは自身を保護するために、その時点での『記憶』さえも改ざんした。


〈許してくれとは言わない。でも、言わせてほしい。……ヒイロ。わたしたちの『娘』。いま、お前の『誕生』を祝わせてほしい。……おめでとう〉


「あ、あ、ああ……」


 気づけば、わたしの頬には、熱い何かが伝わるように流れ落ちています。次から次へとあふれ出すそれを、わたしは止めることもできず、じわりと滲む『視界』の中、微笑む『父』

の姿を見つめ続けていました。


〈これはせめてもの……罪滅ぼしだ。お前の中にわたしが残した『最後の力』を、お前がこの先の『人生』において、お前自身の幸せをつかむために使ってくれることを……切に願う〉


「お、お父さん!」


 抑えきれない思いに突き動かされ、叫ぶわたし。映像は、これが最後だということを示すように、小刻みに揺れはじめていました。


〈さようなら。わたしの『娘』。わたしはお前を愛している。……そして、ありがとう。わたしのことを……『愛して』くれて……〉


 最後の声が聞こえたとき、わたしは人目もはばからず、大きな声をあげて泣き始めてしまいました。倒れかかるわたしを支えてくれるマスターの身体の温かみを感じながら、わたしは激しく声を震わせ、泣きじゃくります。


「お父さん! お父さん! ヒイロは! わたしは! ……お父さんの娘に生まれて幸せでした! ずっと、ずっと、伝えたかった! 愛していますって……! 心の底から伝えたかった!」


 それはもう、かなわぬ願いだと思っていました。でも、伝わっていた。届いていた。

 アカツキ博士の最後の言葉。それはわたしにとって、何物にも得難い最高の贈り物だったのです。

次回「第166話 有頂天」

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