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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第8章 思うが故に世界を毒す
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第146話 バベル

 力を使い果たし、フラフラのまま『竜神』の背へと帰投したアンジェリカは、マスターに抱き留められると同時、すやすやと眠りについてしまいます。


 わたしはそんな二人を横目で確認した後、ミズキ女史を改めて観察しました。化粧っ気のない顔に、首の後ろで無造作に縛られた黒い髪。およそ女性としての装飾を放棄しているかのような地味な白衣。そんな彼女ではありますが、よく見れば目鼻立ちはくっきりとしており、愛嬌のある表情も相まって、十分に美人の分類に入る容姿と言えそうです。


 しかし、彼女が先ほど口にした言葉──『絶対高温による重力破局』


 極限とも言うべき超高温に達した素粒子が、その熱に伴う超高速運動、そして超高密度化の果てに重力崩壊を引き起こし、一種のブラックホールを生み出す現象。

 それは、わたしの生まれた超科学文明の世界においてすら、そう易々とは再現できない『理論上の物理現象』です。


 とはいえ、アンジェリカが『魔法』という既存の科学の延長線上にない手段によって、これを局所的かつ微小単位で実現せしめたこと自体は、驚くに値しません。

 問題なのは、その『科学』を知りえないはずのミズキ女史が、どうして『その現象』を知っていたかということです。


「はははは。やっぱり、『欠片』程度の演算能力では、擬似ブラックホールの瞬間生成に伴う環境パラメータの変動までは演算しきれなかったか。さもありなん、といったところだね」


 呟く彼女の表情は、太陽光が彼女の眼鏡に反射しているせいか、、はっきりと窺い知ることができません。


 しかし、わたしは、先ほどまでの彼女にはなかったはずの不気味な違和感を覚えていました。言葉を失ったまま彼女を見つめるわたしの隣で、代わりに口を開いたのは、マスターです。


「意外だね。てっきり、戦闘が終わるまでには何か仕掛けてくるものかと思ってたんだけど……何もしないまま正体を現すなんてね」


「へえ? 正体を現す? わたしは何も変わっていないんだけどね」


「それだけ雰囲気を変えておいて、よく言うよ」


「つまり、あれかい? 君はわたしを警戒して、今回の戦闘には加わらなかったのかな?」


「そりゃあね。いくらなんでも、ミズキさんは怪し過ぎだよ」


「怪しい? どこがだい?」


 可愛らしく小首を傾げるミズキ女史。そんな彼女に対し、マスターはなぜか、小さく苦笑を漏らしました。


「……あなたは、僕を恐れていない。僕に出会って、まったく一度も何の恐れも抱かない存在なんて、僕は見たことがない」


「恐れられる自覚はあるってわけか。君の大事な仲間たちですら、君に対する恐れを『一切』持たないわけではない。まあ、そうだろうね。世界に存在する『知性体』なら、君のような存在──否、『反存在』に恐れを抱かないはずはない」


 反存在? 彼女は、何を言っているのでしょうか。そもそも彼女は何者で、何をどこまで知っていると言うのでしょうか。


「わたしが何者か、知りたいって顔だね。ヒイロ君。ふふふ! いいだろう。教えてあげるよ。わたしは君たちに約束した。『知らないことを教えてあげる』とね」


 ようやく見えてきた眼鏡の下の黒瞳には、これまで同様、悪戯っぽい光が見え隠れしています。


「とはいえ、少しはもったいぶらせてもらいたいな。そもそも、『幻想の竜』の背の上なんて場所じゃ、落ち着いて話もできまい。だから、わたしの『住まい』に案内するよ」


「あなたの住まい、ですか? あなたはここを追放されたのでしょう?」


「追放ではなく、左遷だよ。もっとも、上司を『蹴り殺して』おいて、左遷ぐらいで済むはずはないんだが……そこはまあ、色々な力関係が物を言うってわけだ」


「意味が分かりません」


「そのうち、わかるさ。では、案内しよう。この『大法学院』における『究極の叡智』が住まう場所、アルカディア本島の中心部たる『バベル』にね」


「……」


 素性の知れない相手の言うことに従い、『大法学院』の本拠地に乗り込むことは、言うまでもなく高い危険性をはらんでいます。しかし、『世界の秘密』を知るためにこの都市を訪れたわたしたちにとって、これが千載一遇のチャンスであることもまた、否定できません。


 結局、わたしたちには他に選択肢などないのです。


 そんな風に自身を納得させたわたしや他のメンバーと違い、マスターはと言えば、


「まあ、ミズキさんも悪い『人』ではなさそうだしね」


 と、実に気楽な調子です。しかし、そんな彼もやはり、


「もっとも『悪く』なければ、安全だってことでもないけどね」


 彼女を危険人物だと認識していることには、変わりはないようです。




 ──ミズキ女史のいう『バベル』。そこは、《転移の門》のあった塔と同じようでいて、まったく違う建造物でした。何と言っても一番の違いは、その『規模』の大きさです。


 その直径は、すべての『浮き島』の中で最も巨大なアルカディア本島全体の四分の一の面積を占めており、その高さは、遥か天空にその先端を霞ませるほどの威容を誇っていました。


 周囲に立つ無数の建造物は、いずれも三階建て以上の大きなもので、石積みと言うよりは一体成型のように継ぎ目のない石材でできたものばかりです。建造技術自体、ドラグーン王国の首都ドラッケンにあった『サンサーラ』のものに比してなお、高度なものなのかもしれません。


「なんていうか、……無国籍ファンタジーに出てきそうな不思議な感じの建物だね」


 眠りについたアンジェリカを背負ったまま、マスターが感心したように言いました。もっとも、彼の言葉は街並みの様子について何も説明していないようなものです。

 あえて補足をするならば、わたしたちが『竜神』の背の上から見下ろす街並みの姿は、『これといって特徴のない、機能性を重視しただけの建物』だけで構成されている、と言うことができそうでした。


「まあ、この本島に住んでいるのは、それこそ学問以外に生き甲斐がないような連中ばかりだからね。金を積んで入ってきた連中が住める場所は、もっと端の方にある島だし、そっちに行けば贅を尽くした美しい街並みが広がっているさ」


 ミズキ女史の言葉には、そうした『金持ち』を侮蔑する響きが多く含まれているようです。『知識の聖地』だけあって、やはり外界とはその価値観が大きく異なるのでしょう。


「……ふん。この『竜神』を見て外に出てくる連中すらいないとは、不気味なものじゃな。というか、本当にここには人が住んでおるのか?」


 鼻を鳴らすように言うベアトリーチェに、ミズキ女史は意味ありげな笑みを浮かべるばかりで答えようともしません。


 やがて、『バベル』の前にたどり着いたわたしたちは、ベアトリーチェの『竜神』の背から降り、塔の外壁に設置された人の背丈の三倍はあろうかという扉の前に立ちました。


「みんな。ただいま。さっきは『人形兵団』の遠隔操作、ご苦労だったね」


 ミズキ女史がそう声をかけると、目の前の扉がゆっくりと開きます。


「そんな!……こ、こんなものが……」


 目の前に広がる光景に、思わずわたしは、小さく驚きの声を上げてしまいました。


 もちろん、驚いたのはわたしだけではありません。ミズキ女史を除く全員が目を丸くして塔の内部を食い入るように見つめています。しかし、その驚きの種類について言えば、わたしだけが……いえ、恐らくマスターも近いかもしれませんが、まったく別のものでした。


「うわあ……なにこれ? まるっきり、SF小説に出てくる未来の電脳空間みたいな感じじゃん」


 またしても説明になっていない言葉を口にするマスターですが、無理もありません。建物内には無数のホログラムによる案内表示が浮かび上がっており、超小型の飛行機械が小さく光を発しながら周囲を飛び交っているのです。


 金属質の壁面と言い、その上に浮かんでは消える数字や文字の羅列と言い、これまでのこの世界の文明からは考えられないものです。まさに、超高度に発達した『科学文明』の産物としか言いようがないでしょう。


「『法学』とは、『科学』だったとでもいうのでしょうか……」


 わたしのそんなつぶやきは、マスター以外に理解できないはずのものでした。しかし、ミズキ女史はこともなげに言葉を返してきました。


「法学は『法学』だよ。言っただろう? 理論に基づく『法学』であろうと、『法力』──いわゆる『魔力』によって立つものは、使用者となる『知性体のイメージ』に基づくものだと」


 白衣の人々が行きかう広大な空間を、まったく迷いなく進み始めるミズキ女史。

 わたしたちは慌てて彼女の後を追います。


「も、もう、わたしは何が何だか……」


 ふらふらとした足取りで頭を押さえるリズさんは、すでに状況を理解することを放棄したようです。


「大丈夫? リズお姉ちゃん」


 一方、初めから理解する気などないメルティは、物珍しげに周囲を見渡しこそすれ、特に動じた様子もなく歩いていました。


「さあ、ヒイロ。行こう。なんにせよ、彼女が『教えてくれる』っていうのなら、彼女に付いていくしかないだろ?」


 依然として目を覚まさない(スキルの反動で丸一日はこのままでしょう)アンジェリカを背負ったまま、悠然と歩みを進めるマスター。


「は、はい、そうですね……」


 わたしもどうにか気を取り直し、彼の後に続きました。


 高度に発達した科学文明としか思えない塔の内部。いえ、そもそもこの都市の『浮き島』の中心に位置する【因子結晶アルカジュエル】の存在からして、おかしかったのです。


 わたしの心境としてもリズさんに近いものがありましたが、とはいえ、マスターの言うとおり、今はミズキ女史の説明に頼るしかないのかもしれません。【因子観測装置アルカグラフ】で周囲を探りながらも、わたしは慎重に進んでいきます。


 すれ違う人々はいわゆる『ウェアラブル端末』らしきものを身に着け、せわしなくあたりを動き回っています。こちらにはほとんど意識を向けてこないような有様ですが、それは見せかけだけのことでした。


 注意してみれば、彼らはどうやら、彼女──ミズキ女史のことをまるで触れてはならない腫れ物のように扱っているのです。声を掛けられれば仕方なく応対するものの、一刻も早く彼女から離れたい。……そんな印象を受けました。


「まったく、みんなつれないねえ。まあ、いいや。さあ、ここが当面の目的地、『叡智の議場』だよ」


 何度か角を曲がった先にあった巨大な扉。一見古風な両開きの扉だった塔外壁のものとは異なり、明らかにスライド式の自動ドアです。


「光栄に思い給えよ? ここは本来、世界全土に何万といる『法術士』の中でも、わずかに四人しか入場を許されない神聖な議場だ」


「……だったら、そこに入ることのできるお前は、いったい何者だというのじゃ。先ほども聞き捨てならぬ台詞を口にしておったな? 『人形兵団』の操作 ご苦労様……じゃったか?」


 おどけたようなミズキ女史の言葉を受けて、ベアトリーチェは鋭く厳しい銀の眼光を彼女に向けました。


「おお、怖い怖い。まあ、その辺の事情も、この中に入ってからのお楽しみだよ。さあ、どうぞ」


 そう言ってミズキ女史は懐から銀のカードのようなものを取り出し、扉の脇のスリットに差し込みます。すると、目の前の自動ドアが音もなく左右に開き、その先には……三人の老人たちの姿があったのでした。

次回「第147話 フラクタル」

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