表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第8章 思うが故に世界を毒す
149/195

第141話 ありえない光景

 《転移の扉》を越えた先にあった──『何もない部屋』


 家具がないくらいならばともかく、正面に見える出口らしき扉のほかは、窓さえ存在していないのです。周囲の壁も石積みの地味なものですし、ここが本当に噂に聞く『大法学院』なのかと疑いたくなるほどでした。


 わたしたちがそんな疑問を口にすると、ミズキ女史は嬉しそうに笑って言いました。


「ふふふ。まあ、黙ってついてきなさい。《転移の扉》を開けてすぐの部屋がこうなっている理由は……くくく! これもまた、もったいぶって来訪者を驚かせるためなんだからね」


 言いながら歩く彼女についていくわたしたち。部屋の出口に設置されていたのは、人の身長の二倍はありそうな扉です。それも引き戸や押戸などではなく、シャッターのように上下に開閉するタイプのようでした。


「さあさあ、そこに一列に並んで。これからわたしが扉を開ける。『究極の叡智』の御膝元たるアルカディア大法学院。その威容をとくとご覧あれ!」


 『法学』の魔法によるものでしょうか。彼女が手を触れもしないうちに、一瞬で扉が開き、向こう側から強い光が飛び込んできます。


「きゃ! まぶしい!」


 わたしたちの中でも、ひときわ視力の良いメルティが声を上げて顔を覆います。薄暗い部屋に目が慣れていた他の皆も似たり寄ったりの状況のようでしたが、各種センサーを有するわたしには、関係ありません。


 真っ先に、感嘆の声を上げてしまいました。


「……これが、この世界の『都市』なのですか? 信じられません」


 目の前の視界に映る景色。それは、わたしの想像をはるかに超えるものでした。数々の異世界を旅してきたわたしは、これまで様々な『都市』を目にしてきました。その経験から言って、『知性体』の築き上げた文明社会の姿というものは、どこかに必ず共通項が見つけ出せるもののはずです。


 なぜならば、どの世界も【因子アルカ】によって構成されていることに変わりはないのですから。


 しかし、開かれた扉の向こう──『眼下』に広がるこの都市の姿は、あまりにも異質です。


「うわあ……すごいね。島みたいなものがいっぱい浮いてるし……これってよく物語なんかに出てくる『空中都市』って奴かな? これこそまさに『異世界』って感じだよ」


 マスターからは嬉しそうな声が聞こえてきますが、冗談ではありません。

 既にアンジェリカやエレンシア嬢、メルティやリズさんといった面々は、大きな声を上げながら、この『施設』……否、『塔』の外部回廊に飛び出していきました。


「わあ! すごいすごい!」 


「こ、こら、メルティ、危ないですわよ! 欄干の上に身を乗り出すんじゃありませんわ!」


「いやあ、噂には聞いていたが、これほどとはな! リズ、ほら、あっちを見ろ! あんなにでっかい船が空を飛んでるぞ! いったいどれだけの『魔力』があれば、あんなものを浮かせられるんだ?」


「……それ以前に島が浮いていることの方が不思議ですよ。植物も生えているみたいですし、陸地と呼んで間違いないでしょうけど……あんなにたくさんの建物が建ち並ぶほどの大きさのものが、それこそどうやって空に浮いて……」


 リズさんも口元に手を当てたまま目を丸くしていますが、実のところ、それだけならわたしはそれほど驚かなかったでしょう。どんなに大きな物体も、それに見合う【因子演算装置アルカグラフ】を内蔵させさえすれば、半永久的に空に浮かべることは可能です。


 さらに言えば、地上が肉眼で確認できないほどの高度にありながら、わたしたちのいる塔外延部の回廊に、さほど冷たくもない心地よい風が吹いていることでさえ、外気の調節を行う【因子演算式アルカマギカ】さえ正しく構築すれば、不可能なことではありません。


 しかし……


「あ、あり得ません。こんな、こんなものが……」


 わたしはようやく室内から回廊へと足を踏み出しながら、震える声でつぶやいていました。


「なるほどね。わざわざこういう高い場所にある塔から見下ろさせることで、第一印象のインパクトを強めようってわけなんだ? さっきの部屋が殺風景なのもこの落差を狙ってのことなんだね」


「ああ、そのとおり。特に大金を払ってこの都市に来た連中に、金を払って損したと思われてはたまったものじゃないだろう? 演出は大事だってわけさ」


 わたしの後ろからゆっくり歩いてくるマスターとミズキ女史、二人の会話がぼんやりとわたしの耳に聞こえてきます。


「ヒイロ? どうしたんだい? さっきから様子が変だけど……さすがの君でも、この景色には驚いちゃったかな? でも、ヒイロだって重力制御とか使って、僕らを宙に浮かべてくれたりしてたと思うけど……」


「……そういう問題ではないんです。【因子アルカ】は確かに万能にも近い振る舞いを見せる万物の源ではありますが……それでも、この光景だけはあり得てはいけないんです」


 わたしの隣まで歩み寄ってきたマスターは、震える声で言うわたしを見ると、不思議そうに軽く首を傾げ、それから再び眼下に広がる『空に浮かぶ無数の島』へと目を向けています。


「この中の、何が問題なんだい?」


「……あれらの島の中心には、【因子結晶アルカジュエル】があります。この反応、間違いありません」


「【因子結晶アルカジュエル】? はじめて聞く言葉だね」


「す、すみません……。わたしとしたことが説明もせず……『ナビゲーター』としてあるまじき……」


「いや、それはいいからさ。それって何なの?」


「はい。世界を構成する最小単位にして、事象変異を左右する【因子アルカ】──ごくまれにではありますが、それが何の【属性エレメント】も持たないまま、純粋な形で結晶化することがあるのですが……それをわたしの世界の研究者たちは【因子結晶アルカジュエル】と呼んでいました」


「何だ、それなら初めて見たわけでもないんでしょ?」


「とんでもありません。ごくまれに……と言ったとおり、【因子結晶アルカジュエル】はきわめて希少なものです。あんなに巨大な【因子結晶アルカジュエル】など、あっていいはずがありません」


「ふうん。よくわからないけど……でも、そう考えると気になるね。この世界の魔法の一つである『法学』の国に、『魔力』じゃなくて【因子アルカ】に関係するそんなものがあるだなんてさ」


「……そうですね」


 あまりに衝撃が強すぎて、わたしの返事もあいまいなものになってしまいます。一体、この都市には何があると言うのでしょうか? そもそも、あれだけ巨大な【因子結晶アルカジュエル】があれば、この世界そのものを改変できてしまうくらいの【因子演算アルカリズム】も不可能ではないはずなのです。


「へえ、君たち。随分と面白そうな話をしているね。是非、聞かせてもらえないかな?」


 ここで声を割り込ませてきたのは、それまで得意げにアンジェリカたちにこの『空中都市』について語っていたミズキ女史です。


「あ、い、いえ、その……」

 

 ついうっかり、普段なら『高速思考伝達』で話すだろう【異世界】の話を声に出して語ってしまったのが不味かったようです。知的好奇心旺盛な彼女の耳に、こんな話が聞こえてしまえば質問攻めに遭わずにはいられないでしょう。


 しかし、マスターはあわてず騒がず彼女に言葉を返します。


「ああ、えっと、ミズキさんは、あの島が何で空を飛んでるのか、知ってるかな? 不思議だよね。あんなにでっかいものが空に浮くとか、信じられないなって思って……」


「む? あ、ああ……そのことか」


 何故か急に歯切れの悪い様子でうつむくミズキ女史。


「あれ? もしかして、物知り博士のミズキさんでも、知らないことなのかな?」


「……むう。意地が悪い男だね、君は。まあ、だが己の無知を認めない奴こそ、本当の『愚者』なのだから、ここは素直にこう言うとしよう。……そのとおり。まさしくその件に関しては、お手上げだ。ごらんのとおり、この『都市』には無数の浮き島を結ぶ浮遊船がたくさん運航しているけれど……、あの島そのものが浮いている理由は誰にも説明できていないんだ。ふふふ。それこそ、『究極の叡智』のなせる業だろうよ」


「へえ、なるほどね。そういえば、前から言っている『究極の叡智』って、何なのかな? 最初は観念的な言葉かと思っていたけど、何か特定の物を表しているみたいな気もするし……」


 マスターは、いつの間にやら質問者を相手から自分に変えてしまっています。あまりにも自然な流れに、わたしでさえ、一瞬何が起こったのかわかりませんでした。


「ああ、説明していなかったかな。……まあ、ドラグーン王国にいた君たちに話すなら、別の名前の方がわかりやすいかな?」


「別の名前?」


「そう、『究極の叡智』の別名──それはね、『賢者の石』と言うんだよ」


 得意げに胸を張る彼女ですが、その答え自体は、半ば予想がついていました。ですが、だからこそわかりません。


〈彼女の話を鵜呑みにすれば、『魔力』の発生源のはずの『賢者の石』が【因子結晶アルカジュエル】を生み出したってことになるけど……〉


 彼女に話を聞かれないよう、会話を『早口は三億の得スピード・コミュニケーション』による高速思考伝達に切り替えて、わたしに疑問を投げかけてくるマスター。


〈生み出した? いえ、まさかこれは……〉


 しかし、マスターの問いかけを受けて、わたしが『ある仮説』に思い至ったその時でした。それまで物珍しげに周囲を見渡していたベアトリーチェが、急に声を上げました。


「……どうやら、わらわたちは『歓迎されていない』ようじゃぞ?」


「え?」


 驚いて振り返ったわたしたちの目に飛び込んできたものは、銀の髪を風になびかせた聖女様が、その表情を憎々しげに歪ませている姿でした。


「先ほどからずっと、わらわたちは監視されているようじゃ。汚らわしい男どもめが……。人数は……三人から四人ほどか? どうやらこの『塔』の壁に仕掛けがあるようじゃが……あまり好意的とは言い難い視線じゃ」


 いらだちを隠そうともせずに吐き捨てたベアトリーチェは、何もない虚空を見上げているようでした。


 自己を観測するモノを観測するスキル──『世界を観測する者アカシック・ゲイザー


 わたしのセンサー類でさえ見抜けない『法術器』による監視装置の存在はおろか、その向こう側の『観測者』の人数・状態まで感知できてしまうこのスキルもまた、【因子アルカ】だけでは説明できない代物です。


 その彼女が『見られている』と言うのなら、それは間違いのないことなのでしょう。しかし、『教会』とは異なり、敵対する理由もないはずの『大法学院』がなぜ、わたしたちを監視しようとするのかはわかりません、

 いずれにせよ、好意的とは言えない監視の目があるとなると、早くも平穏無事とはいかなくなりそうでした。

次回「第142話 波乱万丈のクルーズ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ