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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第7章 響く聖歌と心の在処
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第133話 悪手ばかりの千日手

 ぞっとするような声と共に、彼が幽鬼のように伸ばした手が、銀仮面の男の手をしっかりと掴みとりました。


「『全てを知る裸の王様アビス・ゲイザー』」


「な、何をした?」


「うん。僕にはね。自分の姿を自分を見ている他人の意識に投影する能力があるんだ。そして、その能力は既に対象となっている人物が、僕のことを誰かに話すだけで伝染して発動する」


 にっこりと微笑み、『ヨミ枢機卿』……否、『ヨミ枢機卿団』と『握手』を交わすマスター。彼らが『知性体』としての意識を共有しているのであれば、スキルの発動対象は『枢機卿団』全体となる可能性もあります。


「そ、それがどうした」


「うん。この世界にたくさんいるだろう、『すべての君』に僕のことを『教会』の皆さんに話してもらいたいのさ」


「ば、馬鹿め。そうとわかっていて誰がそんなことをするものか!」


 ヨミ枢機卿はそう叫びましたが、次いで、自分が発言した言葉の意味に気付きました。


「ま、まさか貴様……」


 わざわざマスターが彼に自身の能力を解説してみせた理由。そこに思い至ったのでしょう。


「僕のことは君自身だけの秘密にしておくかい? まあ、それでもいいけどね」


「……でたらめか。おのれ! そんな下らぬ嘘に騙されるとでも? 貴様らの居場所は既に、いつ何時でも把握可能なのだ。『教会』の総力を挙げて追い詰めてやる!」


「おやおや、今度は言ってることが真逆だね?」


「うるさい! だいたい、貴様の姿が投影されるから、なんの意味があると言うのだ! つくならもっと、ましな嘘にするがいい!」


 もちろん、意味ならあります。彼のスキル『目に見えない万華鏡サイコロジカル・デザート』には、彼の『姿』と視線を合わせ、恐怖した者の存在をこの世界から抹殺できる力があるのですから。


 つまり、やろうと思えば今すぐにでも、マスターには彼を『根本から抹消』することができてしまうかもしれないのです。


「僕としては、それでもなお、『教会』の皆に僕のことを話してもらいたいんだよ。なにせ、君みたいな雑魚一人に使うには、勿体ないスキルだからね」


 しかし、マスターはどうやら、『教会』の他のメンバーにも効力が拡大するまで、このスキルを使うつもりはなさそうです。


「……考えてることはわかるけど、危険も大きいんじゃないか?」


 ぽつりと、アンジェリカが疑問の声を上げました。

 確かにこのマスターの考えは、敵を一網打尽にできるリターンと敵からいつでも居場所を捕捉されるリスクとを秤にかけて考える必要がありそうです。


 一方、ヨミ枢機卿は怒りに声を震わせていました。


「雑魚だと……貴様……」


「ごめんごめん。冗談だよ。実のところ、そのこと自体はどうでもいいんだ」


 しかし、マスターは穏やかな笑みを浮かべたまま、話を続けます。


「僕が興味があるのは、君の『心の在り方』だけだ。だから、正直に言って、結果は『どっち』でもいい。ただ、そのためにはもう一つ、追加で使っておきたいスキルがあってね」


 この瞬間、マスターのもうひとつのスキルが発動していました。


○特殊スキル(本人の性質に依存)

悪手ばかりの千日手クレイジー・プレイヤー

 『知性体』と握手をし、特定の行動を宣告した際に発動可。以後千日間、対象はその行動について、自身が『正しい』と考える選択肢を選ぶことができない。ただし、その選択によって自身の命に別状がある場合は除く。


 依然としてヨミ枢機卿と握手をし続けていたマスターは、ここでようやくその手を離し、立ち上がりました。


 そして再び、自身が使用したスキルを解説します。


「これから千日間。君は、僕が宣言する『とある事柄』について、自身が『正しい』と思う選択肢を選ぶことができなくなる」


「なんだと? まさか……貴様のことを誰かに話すよう、我に強制するつもりか?」


 荒唐無稽な能力ではありますが、これまでのマスターの異常さを見せつけられているヨミ枢機卿にしてみれば、一笑に付すというわけにはいかないのでしょう。


 しかし、マスターは彼のそんな推測……というより、この場の誰もがそれしかないだろうと考えた、その『使い道』を否定します。


「違うよ。馬鹿だなあ。……それじゃあ、君の『心』がわからないじゃないか」


「で、では、いったい……」


「簡単なことだ。僕が君に『宣告』する行動の内容。それは……」


 悪魔のように笑うマスター。


「──神様って何?」


「……は?」


 銀仮面の向こう側で、彼の目が丸くなった気配が何故か分かるような気がしました。


「そんなとこから疑問を持ってみようって話さ。どうせ君は、『女神』に対してそんな考えを持つことさえ、『間違っている』と思っているんだろう?」


「と、当然だ! そ、そんな、そんな不遜なことができるわけが……」


「不遜? そんなことはないよ。僕が言いたいのはさ。もっと真摯に、もっと誠実に、『心』から神様と向き合うべきだということだからね」


「か、神を疑うことの……どこが『誠実』だと言うのだ!」


 激昂して叫ぶ枢機卿ですが、マスターはまるで表情を変えようとしません。まるで笑みの形の仮面を被ってでもいるかのように、同じ顔のまま言葉を紡ぎます。


「誠実だよ。……少なくとも、相手がどんな存在なのかも考えないままに、『狂信』を続けるよりは余程ね」


「な……」


「君だって、無意識に思っているんじゃないのかな? 君は相手を『知らない』からこそ、『愚盲』なままに神を信じることができる」


「う、うあ……」


 黒々とした鏡の瞳に見詰められ、ヨミ枢機卿は引きつったうめき声を上げました。


「……でもさあ、そんなんじゃ、『まるで心がないかのよう』でしょう?」


「ひ、ひぃ!」


「でも、そんなにも強い意志を持つ君なんだ。僕にわからないだけで、君には君の『心のカタチ』があるのかもしれない」


「う、うるさい、うるさいうるさいうるさい! お、お前などの口車に乗せられてたまるものか! 我が神は絶対だ! その存在など、太陽のように明らかではないか! まともに目を向ければ、その目が潰れるほどに輝かしい御方なのだ! だからこそ我は……」


「そうかもね。でも、やらざるを得ない。それこそが『悪手ばかりの千日手クレイジー・プレイヤー』だ。それをすることで、君の『命』に別状はなくても、君の『心』は確実に影響を受ける」


「ま、まさか、貴様……」


 何かに気付いたように顔を上げるヨミ枢機卿。しかし、もはや一手も二手も『手遅れ』です。


「楽しみだね。千日間、君は毎日、君という存在を支え続ける『神様』の存在を考えることができるんだ。君がどんな答えを出すのか? 君の狂信はどこまで持つのか? それが分かった時、君の心の『カタチ』も見えるのかもしれないね」


「そんな……馬鹿な」


「おやおや、何を怯えているんだい? 君の『神』は絶対なんだろう? だったら、何も問題はないじゃないか。……それとも、君の中にも『神への疑念』が、まったくないわけじゃないってことかな?」


「ち、違う! そんな、そんなことは……!」


「あはは。というか、そう思わない方がおかしい。君が『狂信』に走ったその理由は、まともな思考でソレを考えてしまえば……たどり着きたくない『答え』にたどり着いてしまうからだ。……と、僕は予測する」


「う、うるさい! 黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ!」


「君の心が壊れるまでに、君が僕の言葉をどう判断し、僕らのことを誰かに伝えるのか、伝えずに『一人』で抱え込み続けるのか? そのあたりも楽しみだよ」


「う、うあ、ああ……」


 悪魔的な追い込み方と言うべきです。しかし、マスターとしては、それほどのことをしているという意識はないのでしょう。ただ無邪気に、ただ『知りたい』という気持ちに従って、目の前の存在に『実験』を試みている。


 それが相手にとって、どんなに恐ろしいことかも知らず……


「それが嫌なら、頑張って全員で自殺でもしてみたら?」


 にっこり笑って残酷な言葉を繰り返すマスターに、枢機卿はさらに激しく叫び返しました。


「う、うるさい! 貴様のそんな戯言など、誰が信じるものか! そ、それに、姿が投影される程度のことで……」


「その程度のことで、『不死』である自分が死ぬわけにはいかない?」


「あ、当たり前だろう!」


「まあ、そうだね。潜在的な危険なんかより、自分の命の方が大事か。死なないはずの存在にとって、自殺ほど恐ろしいものはない。神への信仰なんかより、命の方がずっと大事ってわけだ」


「ふざけたことを! 我を殺すための嘘にしては、底が浅すぎるわ!」


「なら、そう思ってればいいんじゃない? でもさ……これで『ヨミ枢機卿団』は、君の言う『神の兵団』なんかじゃなく、『神に仇為す悪魔の呪文』を唱える背教者の集団になったのかもしれないよ?」


「うるさい! だまれええええええ!」


 半狂乱で叫び続ける『ヨミ枢機卿』ですが、マスターは既に『この場にいる彼』には興味を失ったらしく、軽く肩をすくめるだけです。


「……相変わらず、マスターのスキルの使い方は、尋常ではありませんね」


「能力もさることながら、使い手があやつであることが最も恐ろしい……か。確かにな」


 ベアトリーチェは自身にそのスキルが向けられた時のことを思い返してか、少しだけ身震いするように頷きました。


 他の者が使えば、彼のスキル『悪手ばかりの千日手クレイジー・プレイヤー』は、自殺を強要できない性質上、結局は当人にとって、『少しだけ不都合な行動』を長期間強制する程度のものにしかならなかったでしょう。


 しかし、マスターは相手の本質を見極め、命ではなく『心』を殺すスキルとして、これを用いてしまうのです。


「キョウヤ。こいつ、どうする?」


 一仕事終えて満足そうなマスターに、アンジェリカが問いかけました。

 しかし、マスターはそれに対し、軽く片手を振るだけで答えに変えてしまいます。


「もう、用済みってこと? とはいえ、わたしはまだ、遊び足りないのよね。何と言っても、変な歌のせいで酷い目に遭わされちゃったわけだし……。殺す前にもう少し、わたしの遊びに付き合ってもらおうかな?」


「う、あ……遊びだと? ふ、ふざけるな! こ、殺せ! この男と言葉を交わすのは……いや、姿を見ることも! もう、たくさんだ! 早く殺してくれ!」


 ベアトリーチェの魔法により、行動の自由を制限されている『彼』は、その肉体の自殺さえできない状態に置かれています。


 それをいいことに、悪魔の王女は彼に取引を持ちかけました。


「キョウヤ。スキルの調整、お願いね」


「え? やっと終わったと思ったのに……」


「それぐらいいいでしょ?」


「うーん、仕方がないなあ」


 マスターは、アンジェリカの肩に軽く手を置いて準備を始めます。


「いいよ。殺してあげる。でも、少しぐらいわたしの遊びに付き合ってくれてもいいでしょ?」


 それは、悪魔からの『遊び』の誘い。

 本来なら、決して受けてはならぬはずのもの。


「あ、ああ! わかった! 遊びでも何でもする! もう、こんな場所にはいられない! この場所から、我の意識を解放してくれ!」


 しかし、この時の彼は、悪魔よりも恐ろしいものを前にして、他ならぬ悪魔にすがりついてしまったのです。


「よし、じゃあ、取引成立! 『女神』の魔法使いなんかに二度と後れを取らないよう、たくさん練習させてもらわないとね」


 ──スキル『禁じられた魔の遊戯ダンス・ウィズ・ザ・デビル

次回「第134話 見えない心のカタチ」

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