表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第7章 響く聖歌と心の在処
131/195

第124話 銀仮面の枢機卿

 孤児院の周囲は、すでに敵の『軍勢』によって完全に包囲されています。はじめに襲撃してきた数百人程度の眼球模様入り白装束の集団は屋敷の正面に陣取り、その他にもそれぞれ千人程度、屋敷の東西南北を囲むように立ち並んでいるのです。


 つい先ほどは、ほとんど問答無用で日雇いの農奴や少女たちに斬りつけてきた彼らも、孤児院そのものへの攻撃に関しては、一応の猶予を与えるつもりなのでしょうか。


 いずれにしても、油断は禁物です。ベアトリーチェは素早く指示を出し、建物内のお遊戯室に子供たちを集めると、魔法が使えるシスターを含めた孤児院のスタッフ全員に守りを固めさせました。一方、わたしは周囲を隈なく見渡せるように屋根の上へと陣取り、それ以外のメンバーは、全員が屋敷の玄関に集まっています。


「敵の全兵力は現状、4741人といったところです。こんな孤児院を攻撃するには、随分な人数ですね」


「そうだね。……白い服装とか円と十字を組み合わせたマークとかを見る限り、『教会』関係者に見えるんだけど、ベアトリーチェさんには心当たりはないかい?」


「あるにはあるが……あり得ないと言いたいな。まさか、枢機卿が直々にこんな場所までお出ましとは思わなかった」


「枢機卿? それって『教会』の役職か何かだっけ?」


「もう忘れたのか? 言うたであろう。教皇の下には、三大枢機卿と四天騎士長、計七人の幹部がおると。ちなみに、あの目玉のような模様が描かれた白装束どもは、間違いなくヨミ枢機卿の配下、『黙示録の聖歌隊』の連中じゃ」


 正面に陣取る『黙示録の聖歌隊』たちは、六本足の奇怪な騎乗生物にまたがり、すその長い白装束を纏っています。さらには全員が全員、大きな鎌を携えていました。


「聞いた話では、あの鎌には猛毒が塗られているらしい。一歩間違えれば、自分や仲間が死にかねない毒液付の大鎌を振り回すのじゃ。正気の沙汰ではないがの」


 忌々しげにベアトリーチェが吐き捨てた、その時でした。

 白装束の集団の中から、張りのある男性の声が聞こえてきたのです。


「久しぶりだな、ベアトリーチェよ。汝の任命式の時以来か?」


 声の主は、人間の顔を模した銀色の仮面を被っていました。彼は白い衣に身を包み、長身痩躯をしならせながら、大げさな身振りで両手を広げています。


 周囲を包む異常な静寂の中、仮面の存在を感じさせないはっきりとした声音を響かせるその不気味な姿に、わたしは思わず息を飲んでしまいます。


 しかし、そんな空気など、ものともせずに笑い声を上げた人物がいました。


「あははは! なんだ、あの仮面は? まったく、『教会』というのは奇人変人の集団なのか?」


 アンジェリカです。彼女はその銀仮面がよほどおかしいのか、目に涙まで浮かべて笑い続けています。


「アンジェリカさん! それは流石に失礼ですわ」


 エレンシア嬢はそんな彼女の袖口を引っ張り、たしなめの言葉を口にしました。


「そうか? でも、事実を言っただけだぞ?」


「いいえ。やむにやまれぬ事情があって、選択の余地なく、あんな仮面を身に着けざるを得ないのだとしたら……気の毒でなりませんわ。あんな趣味の悪いモノ。わたくしだったら、到底耐えられませんもの……」


 憐れみの表情で銀仮面の男を見つめるエレンシア嬢ですが、恐らく、いえ、間違いなく、彼女の言葉が最も失礼でしょう。わたしたちの最後尾、玄関にほど近い場所にいるリズさんは、自らの主人の言葉に必死で笑いをかみ殺しているようでした。


「この人たち……なんか、変」


 一方、小さくそんな言葉をつぶやいたメルティだけは、銀仮面の男ではなく、彼が率いている白装束の集団を見つめています。


「……ヨミ枢機卿殿。任命式の時以来とはおっしゃるが、こんなに大勢でわらわの孤児院に押し掛けるとは、ただごとではなさそうじゃな?」


 そんな中、問答無用で孤児たちを殺されかけたことへの怒りを押し隠し、ベアトリーチェは慎重に問いかけの言葉を口にします。彼女の視線は、銀仮面をつけた枢機卿の頭部ではなく、彼の背中から生えた『白い翼』に向けられていました。


「むろん、『ただごと』ではない。東ウェルナート帝国に無断で、我が『聖歌隊』をこの場に率いてきたのだ。それなりの意義はある」


「どんな理由があろうとも、問答無用で畑にいた皆を殺そうとするだなんて、とんだ聖職者もあったもんだね」


「下等種の命など、些末なことだ。そもそも『聖歌隊』には、神への『信仰』と神の敵への『殺意』以外、一切を認めていない」


 ヨミ枢機卿は、マスターの皮肉にも動じることなく、淡々と言い放ちます。


「……で? そんな物騒な集団を連れてきた、その意義とは?」


 一方、ベアトリーチェは油断なく相手を睨みながら、いつでも魔法が発動できるよう、意識を集中させているようです。


「……実験だ」


「実験? 意味が分かりませぬな。相変わらず、『黙示を告げる御使いセカンド・エンジェル』殿は言葉が少なくて困る」


 ベアトリーチェはわざとらしく首をひねりつつも、威圧するように低い声音で言いました。しかし、対するヨミ枢機卿は、依然として表情の見えない仮面の奥から、静かな声で言葉を続けます。


「ヨハネ猊下の命により、汝の身柄を拘束する」


「なぜです? わらわは猊下の不興を買うようなことなど、した覚えがありませぬ」


「ぬけぬけと言うな。猊下に『見えぬ世界』など存在しない」


 厳かなその声に、言葉を失うベアトリーチェ。そもそも、彼ら『アカシャの使徒』には、『世界を読み解く者アカシック・リーダー』をはじめとする優れた感知系のスキルがあります。ましてや教皇ともなれば、ヨミ枢機卿の言うこともあながち否定できないのかもしれません。


「……ならば、わらわが素直に同行すると言えば?」


「ただちに捕縛する。だが、……それとは別に、我が研究の成果を確かめたい。対王魔用戦闘部隊、『黙示録の聖歌隊』の力を試すに、汝らは都合が良い」


「……つまり、何を言おうが攻撃をやめるつもりはないと?」


 ここにきて、ベアトリーチェの声と身体は、小刻みに震えているようでした。


「然り。そもそも汝は禁忌を犯した。天使たるものが『王魔』に与するなど、許しがたい罪悪だ。ゆえに、この孤児院と汝の同行者を滅ぼすことは、汝への罰である」


「……貴様! 殺してやる!」


 孤児院を滅ぼす。

 その言葉にはさすがの彼女も我慢しきれなかったのか、怒りに声を荒げました。


「いいのか? そんなことを言っている間にも、我が『聖歌隊』は四方から屋敷を襲うぞ」


 表情こそ見えませんが、銀仮面の枢機卿は余裕を感じさせる声で言いました。そして、そのまま軽く片手を掲げると、周囲の部下たちに合図を送ります。恐らく、あの手を下ろした時が攻撃開始なのでしょう。


「くそ! この卑怯者が!」


 とっさにベアトリーチェは、自分の周囲に無数の《拷問具》を出現させ、同じく《天秤》の魔法による『金の砂』を展開します。激昂しているように見えて、彼女は冷静さを失ってはいないようです。『第二の神器』である《女神の天秤》の発動には、本来ならもっと時間がかかるはずですが、恐らくこの会話の間中、密かに準備を続けていたのでしょう。


 しかし、それは何も、彼女に限った話ではなかったようです。


「汝は我が相手をしよう。汝だけは、殺すわけにはいかぬゆえ」


 その言葉と同時、ヨミ枢機卿の周囲の空間に、銀色の『書物』のような物体が複数浮かびました。さらに彼の足元には、同じく『金の糸』が束となって波のように揺れています。


「《女神の黙示録》と《女神の琴線》。『第二の神器』まで召喚するのは久しぶりだが、同じ『天使』が相手では手を抜くわけにもいくまいからな」


「く……おのれ」


 歯ぎしりと共にヨミ枢機卿を睨みつけるベアトリーチェ。

 自身と同格であろう相手にこう宣言されては、うかつに動くこともできないのでしょう。ここで彼女は、ためらいがちに口を開きます。


「……皆、頼みがある。屋敷の周囲を護ってはくれないか……って、え?」


 しかし、彼女がそう言った時にはすでに、『彼女たち』の姿はそこにはありませんでした。


「遅いよ。ベアトリーチェさん。皆ならもうとっくに『配置』に着いたぜ」


 ただ一人、彼女の隣に残ったのは、マスターだけでした。


「いつの間に……」


「アンジェリカちゃん、エレン、メルティ。三人いれば正面以外の三か所を護るには十分だからね」


「だ、だが、奴らは対王魔用の戦闘部隊だ。どんな力を持っているかもわからんのだぞ! いくら何でも一人ずつでは危険すぎる!」


 そう考えていたからこそ、彼女も他の皆に屋敷の防衛を依頼するのをためらっていたのでしょう。しかし、マスターはこともなげに首を振ります。


「心配いらないよ。今回、あの変態仮面が連れてきた連中は、僕にとってはいいカモだ。恐怖を感じず、明確な敵と味方の区別もないってのはともかく、『殺意』しかないだなんて、おあつらえ向きとしか言いようがない」


 マスターの言うとおりでした。戦うだけであれば、それこそ極端に言って彼女たちは、何もせずに立っているだけでも勝ててしまうかもしれません。ほぼノーリスクで『教会』の言う『対王魔用戦闘部隊』の実力を確かめることができるのです。これはまさに、絶好の機会と言えそうでした。


 問題なのはただ、脇を素通りされて屋敷に侵入されないよう、敵を確実に撃滅する必要があるという点ぐらいです。


「じゃあ、ヒイロ。屋根の上からみんなの頑張りを実況中継、よろしく頼むよ」


 もう一つ、気をつけなければならない点は、周囲の敵を殲滅するまでに、マスターの認識する視界から敵を全滅させてはならないということでしょう。反射対象の消滅はそのまま、マスターがその身に攻撃を受ける可能性を意味するのです。


「……そのための『実況中継』か。考えたものじゃな」


 ここでようやく、ベアトリーチェは安堵の息を吐きました。マスターの能力と現在の状況、それらを合わせて考えれば、あえて言葉で説明するまでもありません。


「でも、ベアトリーチェさん。あの銀仮面の相手は君に頼むよ。あいつには用があるから僕の『殺意』は向けられないし、雑魚の連中の攻撃ぐらいじゃ多少増幅したって効かない気もするしね」


「……いらぬ気を遣いおって。わかっておる。よりにもよって、たかが実験でわらわの孤児院を、妹たちを殺そうなどというあやつだけは、わらわがこの手で引き裂いてやらねば気が済まぬ」


「うんうん。その意気だよ。君の場合、他の皆と違って僕の手助けは難しいけれど、でも大丈夫。君ならあんな奴、けちょんけちょんだろ? 頑張ってね」


「ふん。言われるまでもないわい」


 マスターの言うとおり、ヨミ枢機卿にベアトリーチェに対する殺意がない以上、『明白な道化師の所在アン・オールド・メイド』は効果を発揮できません。

 したがって聖女と枢機卿、この二人の戦いだけは純粋に両者の力比べになりそうでした。


「と言うより、マスターはあえて、そう仕向けたのでしょうけれど……」


 わたしは屋根の上でそんな独り言をつぶやきながら、改めて周囲の状況を確認します。相変わらず音が消えているのはおそらく、ヨミ枢機卿のスキルの力によるものでしょう。


○ヨミの特殊スキル(個人の性質に依存)

黙示を告げる御使いセカンド・エンジェル

 任意に発動可。最高位の『アカシャの使徒』にのみ発現する、七種の特殊スキルのひとつ。天使の力を得る。──二番目の御使いは、舞台を整え、静寂の中、原初の声を届かせる。


 天使の力とやらに関しては、恐らくベアトリーチェと同じで魔力と身体能力の上昇と解釈してよいのでしょうが、それにしても相変わらず分析しにくいスキルでした。

次回「第125話 紅の竜姫と緑の女王」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ