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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第7章 響く聖歌と心の在処
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第121話 人気者への道

「ヒイロ……少し相談したいことがあるんだ」


 わたしたちはベアトリーチェの希望で、孤児院に約一週間ほど滞在させてもらうことになりました。しかし、もちろんその間も、わたしたちはただ飯喰らいで過ごしていたわけではありません。孤児たちの遊び相手になってあげたり、普段は魔法使いの二人のシスターが身体強化の魔法を使用しながら従事している力仕事を手伝ったりしていました。


 リズさんは言うに及ばず子供たちの面倒を上手に見ていましたし、何故かエレンシア嬢は子供たちに別の意味で大人気でした。アンジェリカやメルティに至っては、子供たちの世話(遊び相手)と力仕事などの手伝いを同時にこなすという活躍ぶりです。


 そしてわたしはと言えば、【因子演算式アルカマギカ】を使ってこれまで不便だった孤児院の生活を劇的に改善する様々な道具を造り出したことで、まるで神様のようにシスターたちから感謝されてしまっていました。


 そんな中、わたしに情けない顔で相談しに来たこの人物はと言えば……


「女の子たちはなぜか僕の相手をしてくれないし、シスターたちを手伝おうとしても何故か断られちゃうし、リズさんは時々優しくしてくれるけど、メルティなんか、遊びに夢中なのか何なのか、僕を相手にしてくれないどころか避けてるみたいだし……」


 わたしの目の前の椅子に腰かけ、虚ろな目のままぶつぶつと呟き続けるマスター。


「基本的に、皆に警戒されているのが問題みたいですね」


 メルティの件は別に理由があるのですが、それを除けばすべての問題はそこに集約されてしまいそうでした。


「うん。なんでかな?」


「それはもちろん、マスターが男性だからでしょう。この孤児院には男性は一人もいませんし、おねえ……あ、いえ、ベアトリーチェさんは男性嫌いなわけですから、同じ考えがある程度、孤児院内に浸透していても無理はありません」


「なるほど。だけどね、ヒイロ」


「はい。なんでしょう?」


「僕が求めているのは原因分析じゃなくて、解決方法なんだ。わかるかい? 今こうして仲間外れにされて、誰にも相手にしてもらえない状態の僕が、どうすればみんなの人気者に返り咲けるのか。それを一緒に考えてほしいんだ!」


 拳を握りしめながら力説するマスターに対し、わたしは何とも言えない思いで息を吐きました。少なくともこの孤児院において、彼が人気者だったことは一度もないのですが、それはまあ置いておきましょう。それを指摘する代わりに、わたしは自分の胸を叩いて断言しました。


「なるほど。ご要望はわかりました。わたしは『異世界ナビゲーター』です。わたしには、ナビゲート対象が異世界において、誰にも相手にされず、やさぐれて道を踏み外した挙句、人生の底辺で社会的不適合をきたすような目に遭わないよう、でき得る限りのサポートを行う使命があります。前途は多難かもしれませんが、微力を尽くしてお手伝いをさせていただきます」


「……ヒイロ。僕、そこまで言ってないんだけど」


 なぜか傷ついたような顔をしたマスターですが、恐らく気のせいでしょう。


「それはさておき、マスター」


「さておいちゃうんだ……」


「さておき、マスター」


「……うん。何かな?」


「ここに滞在して、まだ三日目です。警戒されているだけなら、時間が問題を解決してくれるでしょう。それに……女の子の中にも懐いてくれている子がいないわけではありませんでしょう?」


「うん。クレハちゃんだよね。綺麗な栗色の髪とぱっちりした目が可愛らしくて、シスターの作ってくれるアップルパイが大好物で、花の冠とかを上手に作れるくらい手先が器用で、生まれてから七年と四か月と二十二日目の女の子」


「気持ち悪いくらいに詳しくなってますね……クレハちゃんのこと」


 はっきり言ってドン引きです。


「いやいや、僕はロリコンじゃないよ? でも、可愛いよねえ、クレハちゃん。危うく僕もロリコンに目覚めてしまうところだったよ」


「……とっくに目覚めているような気がしますが」


 盗賊たちに『ロリコンの作法』なるものを語っていた時点で、その可能性はかなりありそうでした。


「確かにクレハちゃんは、僕のために、この僕のために! 早起きをして花の冠を作ってくれたりしたけど、これがその証拠だけど! でも、それだけじゃ十分とは言えないんだよ」


 などと言いながらも、マスターは自分の頭に乗せた花の冠を指さし、満足げに笑っています。


「何はともあれ、クレハちゃんをきっかけにすれば、他の皆さんの警戒も解けるでしょうね。心配はいりませんよ」


「そうかな。でも、そうすると、あともう一個の方が問題だな」


「メルティのことですか?」


「うん。……最近、おかしいと思ってたんだよね。彼女、僕のことをどうも避けている節があるんだよなあ。寝床に潜り込まれなくなったのは……良かったのかな? まあ、良かったんだけど、ちょっと前までは目を輝かせて僕に飛びついてきてくれていたのが、顔を合わせるだけでそっぽを向かれちゃうんだからね」


 まくしたてるように言いながら、マスターの表情はだんだんと暗いものになっていきます。


「もしかして……メルティ、僕のことが嫌いになったのかな?」


 最悪の想像にたどり着いた、とでも言いたげにしょんぼりと肩を落とすマスター。そのことに関しては、メルティに『女の子』としての自覚が芽生えたことが原因なのですが、何と言ってあげるべきか迷うところです。


「そんなことはありませんよ。良くも悪くも正直なのがメルティではないですか。もし、マスターのことが嫌いになったのなら、はっきりと『キョウヤなんか大嫌い』ぐらいのことを言っているはずです」


「うあああ……今、そう言われた時のことを想像しちゃったよ。やばい。そうなったら僕、ショックで死んじゃうかも」


 マスターは青い顔で身震いするように頭を抱えました。これは随分と重症のようです。


「でも、このまま悶々としているよりは、一度彼女と話してみた方が良いのではないですか?」


「う……それはそうなんだけど……」


「わたしも協力しますから」


「何してくれるの?」


「人気のない場所に彼女を呼び出します」


 一度二人きりで話しさえすれば、彼の誤解も解けるはずです。メルティの『恥ずかしさ』も、人のいないところであれば軽減されるでしょうから。そう思っての発言でしたが、マスターは何やら鉄の塊でも呑み込んだかのような顔になりました。


「ヒ、ヒイロ……それはいくらなんでもまずいよ。僕、そこまでのことは求めてないんだけど……」


「何を言っているんですか。そんな弱気では解決する問題も解決しません。前進あるのみです」


「そ、そうかな? でも、メルティってほら、精神的にはまだまだ子供じゃないか」


「それが大きな誤解なんです。ちゃんと話してみれば、わかりますよ」


「……うう、まさかヒイロがこんなに大胆なことを提案してくるなんて思わなかったな」


 少し頬を赤くして頬を掻くマスターの姿に、わたしはようやく違和感を覚えました。


「マスター? 何か誤解をされていませんか?」


「え? で、でも、人気のない場所に女の子を呼び出して二人きりになるんでしょ? それってつまり、『襲っちゃえ』的なことじゃないの?」


「そ、そそそ、そんなわけないじゃないですか! わ、わたしがそんな破廉恥なことを言うとでも? 誤解にしても酷すぎます!」


 何ということでしょう。この人ときたら、頭の中にはそれしかないのでしょうか?


「ああ、ごめん。悪かったから、ほら、落ち着いて」


「こ、これが落ち着いて、いられますか! ……はあ、はあ、はあ」


 肩で大きく息をするわたしを見て、マスターは何故か嬉しそうな顔をしています。


「まさか、からかったんですか?」


「いや、勘違いしちゃったのは本当さ。ただ、ヒイロも随分、『女の子』っぽくなったんだなって思ってね。ちょっと嬉しくなったところさ」


「……あ、う」


 知れっとした顔で爆弾を放り投げてくるマスターに、わたしは先ほど以上の頬の熱さを感じて呻いてしまいます。


「……そ、それで、どうしますか? メルティと二人で話し合ってみるつもりなら、セッティングしますけど」


「うん。そうだね」


 ようやく乗り気になったのか、こくりと頷きを返しすマスター。しかし、その直後のこと。


「でも、できればヒイロにも、傍にいてもらえるとありがたいんだけどな」


「……チキンですね」


「え?」


「いえ、何でもありません。わかりました。そういうことなら、わたしも同席いたしましょう」


 メルティもあの日の秘密を共有するわたしに対してなら、『恥ずかしさ』を覚えずに済むかもしれません。結局わたしは、この条件で二人の話し合いの場を設定することになったのでした。




──マスターの部屋から出たわたしは、メルティの姿を探して歩きます。


 しかし、その途中、何故か慌てふためいて走ってくるシスターの一人と鉢合わせになりました。


「おや、マリアさん。どうかしましたか?」


 金色の髪を短めに切りそろえたそのシスターは、『アカシャの使徒』でこそありませんが、教会の敬虔な信者であり、他のシスター同様、何よりも聖女ベアトリーチェに心酔(決して変な意味でなく)している女性の一人でもありました。


「あ! ヒイロさん! 大変なんです! すぐに来てください!」


 彼女は躊躇なくわたしの手を掴むと、そのまま玄関の方へと駆け出しました。


「いったい、何があったんです?」


 手を引かれながら問いかけるわたしに、彼女は息を切らせつつ答えます。


「メルティさんが、大変なんです!」


「メルティが?」


 何かよからぬことでも起きているのか。心配になったわたしは、それ以上何も言わず、様々な状況を想定した【因子演算式アルカマギカ】の準備をしながら外へと走りました。


 そして、そこでわたしが目にしたものは……。


 『災禍ノ鱗獣』と呼ばれる赤い瞳の怪物の背に乗り、無邪気にこちらに向かって手を振るメルティの姿があったのでした。

次回「第122話 大胆不敵の代償」

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