顛末
――――数日後 王都で
王兄スティーブンの暴走と死を受けて、王都は揺れていた。
王族が殺されたのだ、それも当然の話で……特に王城と法院は大騒ぎだった。
王城としては殺害を実行したブライト・ウィルバートフォース伯爵の責任を追求すべきという態度を取り、王族に与する貴族家もそれに賛成、法院も直ちに調査を開始したのだが……そこでいくつかの大問題が起きてしまう。
まずウィルバートフォース家が新聞を通じて、王家への非難を発してきた。
飛空挺を火船としての市街地への破壊行為に、複数の屋敷への襲撃、更には伯爵の家族や正式な……教会が認めた婚約者を殺害しようとし、その主犯である王兄に付き従った騎士の多くが市街地での略奪をしようとしたという強烈な内容で。
そんなことをしでかしたのだから王兄スティーブンは殺されて当然、どう考えても大罪人でしかなく、その首は罪人として民衆の前に晒されたそうで……西部から王家への非難の声が怒涛の如く押し寄せてきていた。
更にもう一つの大問題、法院の調査でとんでもないことが明らかになってしまった。
王兄スティーブンの自室を調査した所、数え切れない程の殺人行為に関する証拠が見つかった。
……それまでは王家に同情的で味方とも言って良い言動をしてきた法院だったが、これを契機に一気に態度を変えて、非公式ながら王家への態度を厳しいものとし、法の運用に関わる貴族家のうちのいくつかが王家との関係を断つとまで言い出してしまった。
法院もこれを世間に暴露したなら、どんなことになるかはよく理解している。
そのためにあくまでも情報の公開などはせず、態度の変化も非公式なものだったが……そういった配慮をしないで良いのならば、今すぐに王家を攻撃せん程の怒り様だった。
結果、王家と王家に与する貴族も割れた。
あくまでスティーブン殺害の罪を裁くべきとする派閥と、ウィルバートフォース伯に謝罪するべきという派閥と、他にもやらかしている王族がいるはずだと王家全体の素行調査をしようとする派閥に。
以前から教会がウィルバートフォース伯に対する様々な動きに関して調査を進めているということや、伯の下に向かったらしい大公ウィリアムが王家との関係を断って隠棲しているということもこの動きに拍車をかけてしまう。
一部の人間はスティーブンの罪を示す証拠を伯の祖父が持っているという情報を握っていて、そんな祖父が襲撃を受けたこと、スティーブンが暴走したことを関連付けて陰謀のような話まで作り出していて……その影響は無視出来るようなものではなく、派閥間の溝は大きくなり続けた。
そんな状況をどうにかしようと動き出したのは王太子だった。
今は身内で争っている時ではないと声を上げ、力を増し続けているウィルバートフォース伯をどうにかすべきと訴え、そのための団結を促した……のだが、法院の調査によって王太子がスティーブンに協力していたことが明らかになると、その動きは意味を為さなくなる。
スティーブンに飛空挺と鎧を与えて、多少の資金も融通していて。
だというのに無関係の仲介者を気取ったようなその態度は、最初からそれが目的……自分の地位を高めるためにスティーブンの暴走を仕組んだのではないか? という余計な憶測を生み出してしまい、結果として混乱はますます広がることになった。
もはや王家に王家たる資格なし、事態を収拾しようと武力行使にまで出る者が現れてしまうことになったが……それはあっさりと鎮圧されることになる。
王太子が生み出した新兵器によって。
……その情報は王家の主導によって可能な限り秘匿されることになり……そのことが知れ渡るには、それなりの時間が必要となってしまうのだった。
――――更に数日後、執務室で ブライト
今回の件はどう評価すべきなのか、迷う所だ。
もちろんあんなことは起きないことに越したことはないのだけども、色々と課題は見えたし、経験は積めたし成果もあった。
人的被害は数人の怪我人だけ、旗艦を始めとしたそれなりの損失はあったものの、悪くない結果だったと言えるだろう。
旗艦は完全に破壊され建造のし直しが決定、フィリップを始めとした船員達は全員無事で、脱出機構が上手くいってくれたようだ。
新しい旗艦については元々作る予定ではあったので、それを早めるだけの対処で問題なく……しばらくは既存の大型飛空挺を代理の旗艦として運用することになるが、旗艦が撃墜された場合に備えて準備はしてあったのでこちらも問題なし。
我が家の損壊は……まぁ、許容範囲だろう、既に修理が始まっていて数日後には完了予定、良い機会ということで暖炉などの清掃や点検も同時に行わせている。
一番の懸念点は変態男に襲われることになったコーデリアさんで、トラウマなどを心配したが……今のところ特に問題はないようだ。
侍女役を務めてくれているドルイドの女性からも悪夢などを見ている様子はないと報告を受けているし、本人も気にした様子もなく元気いっぱい明るいまま……心の傷が一番の難敵だと考えていたので、これには本当に安堵した。
仕立てたばかりのドレスなどが汚れてしまったというのも問題ではあったが、母上が仕立てさせたドレスは全部で30着、1着が汚れた所で大した問題はなく……姉上を含めた他の女性陣や家人達にも特にこれと言った問題は起きていない。
そうやって考えてみると今回の件は、あらゆる面においての大成功と言えるだろう。
何しろ目標だった王族のうちの一人を殺せた上に、王家に対する社会的な攻撃も加えられたのだからなぁ、文句の付け所がない。
あの手帳という切り札もまだ残したままだし……今後はこちらの有利に事を進められるはずだ。
「……旗艦とか防衛塔とか、それなりに損害が出たし、資金的にもダメージはあったんでしょ?
そんな喜んでいて良いの?」
事務処理をしながらの思考だったのだけど、笑みが漏れていたようで、いつものように本棚に背中を預けたフィリップがそんな声をかけてくる。
「問題はない。
損害に関しては王家に賠償を請求するつもりだし、それ以上の稼ぎがあるからな、大した負担にもなっていない。
旗艦のような大型建造で工房が賑わえば、それに関する様々な産業が賑わって経済が活性化する。
予算を大量に使ったからと言って虚空に消える訳ではないんだ、循環を乱さなければそのうち税として帰ってくるだろう」
「なるほどー?
まー、よくわかんないけど兄貴がそう言うのなら問題ないんだろうね、良かったよ。
おいらも仲間も良い経験が出来た上に、たっくさんお給金もらえたからね……おかげで孤児院に新しいベッド買ってあげられたし、良かった良かっただよ。
心配だったコーデリアの姉貴も、結婚で頭がいっぱいみたいだし、うん、なんの問題もなしだね」
……そう、あの件が片付いたら結婚の話を進めるとそう言っていたので、コーデリアさんはすっかりその気だ。
既に結婚式用のドレスや、俺のスーツも発注していて、その他諸々必要なものの手配も進んでいる。
母上も姉上もプルミアも乗り気で、メイド達までそれを手伝っていて……ドレスが出来上がったら即結婚だと言わんばかりの勢いだ。
……その前にどうにか結納を済ませて、関係する貴族に連絡をして列席をお願いして……立会人の手配やら何やらも進めておかないといけないだろう。
こうなると王家どうこうよりも結婚の方が大変で、しばらくはそちらに注力しなければならないだろうなぁ。
……まぁ、仕方ない、家庭を犠牲にしようとまでは思ってもいないし、今回大きく前進出来たのだから、家庭のことなど足元をしっかり見つめて固めておくことも大事なはずだ。
「……そう言えばその姉貴はどうしたの? 最近見かけないけど」
そうフィリップに言われて俺は、教会がある方を軽く指さしてから言葉を返す。
「今は教会でセリーナ司教からこちらの教えについてや結婚式に関することを学んでいるよ。
こちらの生活で気をつけること、宗教的なタブー、結婚式でやること一つ一つの意味、込められた思いなどをしっかり学んでいきたいそうだ。
他にもドレスなどの準備関連で動き回ったり、母上の知り合いと顔を合わせたりも行っているらしい。
そのうち茶会などにも参加するつもりのようで……そうやってコーデリアさんが街中を動き回っても、いつの間にやら騒がれなくなったな」
「まぁ、それはね、あれだけ新聞で持ち上げられればそうなるよね。
家族を守るために単身殺人鬼と戦い抜いた、正義の乙女。
……おいら達が働きかけたのもあるんだけど、どういう訳なんだか新聞社の方が盛り上がっちゃって、予想以上の騒ぎだったもんねぇ。
……知ってる? 姉貴の絵画とか店に並んだらすぐ売り切れるんだよ。
全然似てない偽物まで出回ってる始末でさ、流石に伯爵夫人の偽者っていうか騙りに繋がるからまずいだろうと騎士達が対処してるけど、それでもまだまだ出回っているらしいよ」
「……まぁ、いつの時代も下剋上は好かれるってことなんだろうな。
王族主導で迫害されていた蛮族が、正義と愛のために戦って王族を打倒する。
権力に偏見のある者達にとっては面白い物語なのだろう。
……とりあえずコーデリアさんが嫌がっていないのであれば、問題はない。
中傷なんかが始まった時には容赦しないがな」
「……自分達で持ち上げて自分達で中傷は、おいらでもどうかと思うよ。
ま、そういう空気を感じたらこっちでも対処しておくね。
……空気と言えばさ、まだ証拠もなんにもないんだけど、王太子サマが作ってる新兵器の情報をふんわりと掴んだんだけど、知らせておく?
空気感だけっていうか本気で確証がないから、半々くらいで偽情報かもしれないんだけども」
「うん? フィリップにしては珍しく歯切れが悪いな。
だがまぁ、一応聞いておくか、どんな情報なんだ?」
「えーっとね、王太子は車を作ろうとしてるんだって、馬車とかじゃなくてレールのいらない列車かな、多分そんな感じ。
それに装甲板張り付けたら強いらしいよ? いや、情報が少なすぎる上に何がどう強いんだか訳わかんなくて、おいらも判断しきれないんだよね。
更にそれを農業に使うと生産力も増えて、王家がズルできるんだって……何がどうズルなんだろうね?」
ズル? よく分からない話だが、それだけ凄いということか?
車ねぇ……装甲板という辺りから戦車を作ろうとしているのか? 主砲のない戦車がどれだけ役に立つかは未知数だと思うが……何か武器があるのなら脅威になるのは確かだ、対策を考えるべきかもしれない。
そこら辺は軍事に明るいライデルとアレス男爵と相談するとして……戦車だとするともう一つの農業関連はトラクターか?
トラクターがあれば確かに生産力が増える……だろう、が……。
いや、まずい、それが事実だとしたらとんでもないことになるぞ。
「フィリップ、頼みがある。
可能な限り早く、領内の各銀行の頭取、農地の大地主、主だった農家の代表を集めてくれ。
俺の予想が正しかった場合は恐ろしいことになる、ただお前も半々の確証の上、俺も断言しきれない状況ではあるからあくまで領内でのみ対策を進めたい、情報を漏らさないよう気をつけてくれ。
今回仕入れた情報に関して他から漏れるのなら仕方ないが、お前達からは決して漏れないようにしてくれ、頼む」
出来る限り冷静に、可能な限り声を荒げないようにしてそう言ったのだが、フィリップには何かを気付かれてしまったようで、真剣な顔となって言葉を返してくる。
「分かった、仕事はしっかりやるよ。
やるけども……そんなにヤバいの? 王太子の策は? 兄貴が大慌てになって領内がヤバくなっちゃうくらいのことなの?」
「……あくまでお前の情報と俺の予想が正しいのならという仮定の上の話だが、放置するととんでもないことになる。
今のうちから対策をしておけば問題ないはずだが、対策をしていない地域は大荒れになるぞ、下手をすれば国内どころか世界の経済が恐慌状態になるかもしれん。
そうならないための頼み事だ、頼んだぞ」
「ちょっ……そこまで!? 王族ってほんとろくなことしない連中ばっかりだな!?
わ、分かった、すぐに動くよ、誰にもバレないようにしながら早くやる。
……その代わりといったらアレなんだけどさ、今回の仕事の報酬としてシアイアさんとの縁結びお願いしていい?
自分でなんとかするつもりだったんだけど、当分帰って来れないっぽいし、兄貴ならなんとかしてくれるでしょ」
と、そう言ってフィリップは俺の返事を待つことなく駆け出し、執務室から出ていく。
「ああ、任せておけ……ってシアイア?
シアイアさんってコーデリアさんの侍女のことか? フィリップくん!? いつの間にそんなことに!?」
そんな声を上げるが既にフィリップの姿はなく……俺はなんとも困った報酬を頼まれてしまったなぁと小さなため息を吐き出してから、今後の動きのための情報の整理を行っていくのだった。
――――街を囲う城壁の上で
「はーっはっはっは! ブライトが大手柄を上げたんだ! こちらも負けている訳にはいかないぞ!
水路から水を引き、空から氷塊を撒き散らして徹底的にぬかるませたこの土地を、鎧で踏破出来るのならしてみるが良い!」
一人のスーツ姿の貴族が胸を張っての大笑いをしてから、そんな声を張り上げる。
「父上! 物資の確認終わりました、ブライトからの補給が続く限り、何ヶ月でもいけます!
更にブライトから流行り病対策も届いております! 恐らく籠城策を見越してのことでしょう!
籠城において病魔の蔓延は大敵! 市民含め全員に対策をさせます!」
その貴族によく似た若者……同じくスーツ姿の若者がそう声を張り上げると、立派なヒゲを蓄えた貴族は文字で表現出来ないような、大爆笑をし始める。
しかし姿勢は崩さない、あくまで威風堂々。
シルクハットに手をやりずれないよう気をつけながらその貴族は、大いに笑い……城壁の外側で泥にまみれて苦しんでいる騎士達に睨まれながらしばらくの間、笑い続けるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
これにて2章が終了
次回キャラ一覧を投稿し、その後第3章突入です
そして投稿スケジュールなのですが、現在ランキングが好調なので、しばらくは連続投稿を続けたいと思います
今後どうするかはまたどこかで連絡したいと思います
これからもこの作品をよろしくお願いいたします




