殺人者
――――屋敷二階の廊下で コーデリア
突然の侵入者を受けて、コーデリアの判断は迅速だった。
すぐさま声を上げて混乱が広がるよりも早く行動を促し、ブライトの母、姉、妹、メイドやバトラーを始めとした家人全員を二階にあるパニックルームとブライトが名付けた部屋へと避難させた。
窓がなく、壁やドアに分厚い鋼鉄が使われていて、金庫のように簡単には突破不可能、更に外に緊急を知らせるための回光通信機のボタンや秘密の脱出ルートまで用意されたそこは、ブライトがいざという時のために大金をかけて作らせたものらしい。
こちらに来てくれたドルイド族の女性のうち、特にコーデリアと仲が良く信頼出来る二名とフィリップの仲間を一緒に避難させての護衛とし、扉をしっかりと閉じて封印したなら、篭手を装備した仲間に迎撃を指示、自らも篭手を装備し……パニックルームの前で状況を見守るとの判断を下した。
ブライトに前線に出るなと言ったのだから自分だって出る訳にはいかない、将来の伯爵夫人として自分も自重するべきだろうと考えての判断だ。
そしてその判断は正解だったのだろう、迎撃に出した味方の隙を縫ってか、侵入者が二階にまでやってきて、それを見た瞬間コーデリアは廊下を駆けて拳を振るう。
コーデリアの篭手は今回開発された物の中でも特別も特別、ブライトが細かい部分まで指示を出して作らせた特注品だった。
遺跡で見つかったという防具の一つを分解して流用、盾代わりの装甲板としてその強度は異常そのもの、どうやったらそんな装甲が作れるのか、未だによく分かっていないくらいに頑丈なものらしい。
頑丈さの分だけ重くなるがコーデリアならば問題なく扱えて、重いからこそ叩きつけた時の威力も重く、コーデリアにとっては性に合った良い武器だった。
それでもって侵入者達を次々に殴り飛ばしていく。
殴り飛ばされた侵入者は壁にめり込むか、窓から飛び出すか、それか床や天井に突き刺さるかで大惨事。
室内で鎧を着たままという判断ミスもあって動きが鈍い侵入者達を圧倒出来ていて……いざ槍での攻撃をされてしまったとしても装甲板がしっかりと受け止めてくれる。
室内である以上、炎だけは使われると厄介なことになったが、その辺りは侵入者側も分かっているのだろう、炎の魔法石の使い手はいないようで……結果としてコーデリアは暴れたい放題暴れることが出来た。
更に言えば自分の後方にブライトの姉であるバーバラ達がいるというのもコーデリアを強くしていた。
可愛らしいが繊細ですぐに折れてしまいそうな花のようなバーバラに、いつも元気いっぱい犬と馬を愛する可愛いプルミア。
厳しくも愛を示してくれる母アルマに、バトラーやメイド達……別の国から来たコーデリアを温かく迎えてくれた人々を守らなければと、怖い思いをさせる訳にはいかないと思うと力が湧いてくる。
そして何よりもブライトの存在。
ここで自分が奮闘していればブライトがなんとかしてくれる、未来の旦那様なら絶対にこの事態を解決してくれる。
そう信じているからこそ疲れを感じることなく動き回ることが出来て……十人、二十人と騎士を殴り飛ばし続けてもまだまだいけるぞと、体が応えてくれる。
そうやって殴って殴って殴り飛ばし続けていると次から次へと現れていた騎士が現れなくなり……少しの静寂の後に廊下の向こうから不穏な気配が近付いてくるのを、ドルイドの直感が感じ取る。
尋常ではない気配……暗く重い何か。
騎士達の長なのか、ならば何故一緒にやってこなかったのか?
……まるで騎士が全滅するのを待っていたかのようなタイミングで何故やってきたのか?
恐怖と理解出来ない状況がコーデリアの胸の中に混乱という感情を生み出し始め……そしてそれを煽るかのように気配の主が姿を見せる。
ブライトよりも長身細身の男性で、40代か50代か、元々白髪だったのではなく老いで色が抜けたと思われる白髪を油で後ろ向きに固めていて……アゴには四角く整えたヒゲ。
白いシャツに赤色の蝶ネクタイ、赤色のズボンにつま先が妙に尖った靴。
その姿のどこを見ても印象的で、妙に目を引き付けるシワだらけの男の顔は笑顔で歪んでいて……手にはブライトが室内戦時にと用意していたものとよく似た短槍。
「はぁ、やっぱりこっちが本命だ、向こうはなんか嘘くさかったからなぁ……。
そして良い女じゃないか、君を120人目にするべきだったなぁ……。
君は何が嫌いかな? 虫が嫌いなら毒虫で埋め尽くしてあげよう、蛇が嫌いなら毒蛇で埋め尽くしてあげよう、痛みが嫌いなら……知っているかい? 世界には最高の痛みを与えてくれる植物があるんだよ?」
優しく穏やかに響くが、そこに込められた思いと表情は邪悪そのもので、コーデリアは思わず怯んでしまう。
普通に戦ったならまず間違いなく勝てる相手だと確信しながらも、どうしても体が震えてしまって恐怖に打ち勝つことが出来ない。
「……良い顔をするなぁ。
……そうか、そうだった、何故こんな簡単なことを思いつかなかったのか……。
一冊失ったならまた10人殺せば良かったんだ。
より洗練された方法で殺して失った一冊を上回れば良かったんだ……。
ああ、何故こんな簡単なことに気付けなかったのか、老いとは全く度し難いものだ。
……ありがとう、君のおかげだ、君からまた10人を始めよう。
……アレの家族で10人に足りるかな?」
男のその言葉が恐怖に震えるコーデリアを奮い立たせる。
言っていることの大半が理解出来ないが狙っているものが何かは理解出来て、全身に熱が入って動き始める。
「はぁぁぁぁ!!」
掛け声を上げると一段と体がよく動いてくれて、ブライトが教えてくれたしっかりとガードを上げて体を揺らし、ステップを刻んで狙いを定めさせないという動きで男に迫る。
瞬間、男は一切の躊躇なしに短槍を放つ。
ブライトと同じ電撃、それを鍛錬の中で見たことのあったコーデリアは装甲板でしっかりと受ける。
電撃も爆発も受け切り、いざ反撃だと動こうとした瞬間、男がガードのために顔の高さまで上げた腕の下にまで踏み込んできていることに気付く。
電撃を放った瞬間飛び込んできていたのか、手には既に短槍の姿はなく、鋭いナイフが構えられていて、それが振るわれるとなった瞬間、コーデリアは咄嗟に両腕を振り下ろして男を叩き潰そうとする。
しかしそれすら男の手の内だった。
ナイフを振るうと見せかけたのはブラフで、男はコーデリアが腕を振り下ろすよりも前にコーデリアの真横へと回り込んでいた。
直後迫るナイフ、腕や足を振るって払うべきかと一瞬考えたコーデリアだったが、廊下を蹴って思いっきりに飛び退くことでの回避を選択……見事に回避に成功する。
すると男はナイフを突き出したままの姿勢で顔だけを動かしてコーデリアを見やり、なんとも楽しげに弾む声を上げてくる。
「……良い動きじゃないか、役立たず共に見せてやりたい程だよ。
元々一人だけで帰るつもりで連れてきた捨て駒だったんだが……あそこまで無能だと悲しくなるね。
一人だけ……一人……。
ああ、困った、10人も持ち帰れないぞ、帰路は鉄道客に紛れるつもりだったんだがどうするか……。
……人質かな、一人殺して見せて残りを人質にして飛空挺を差し出させるか。
それなら皆で帰れる、ああ、良い案じゃないか」
「……きょ、脅迫には譲歩しません、それがウィルバートフォース家です」
男の言葉にコーデリアはどうにか震える言葉を返す。
いつかに聞いたブライトの方針、コーデリアや家族が人質に取られた際に優先するだろう対応。
……きっとブライトは本当にそうなった時には別の選択をするのだろうとコーデリアは考えていたが、表向きの方針としてはそういうことになっていた。
それを思い出しながらの言葉も結局は男を喜ばせるだけで、男の笑みが深くなり動きが鋭くなり、その勢いのままコーデリアに迫ってくるという所で、廊下を一人の騎士が駆けてくる。
「お下がりを! 蛮族程度はこの私が!」
男の仲間らしい騎士がそう言って、男の返事を待たずに駆け出して、その騎士には一切の恐怖を感じなかったコーデリアは、騎士をあっさりと殴り飛ばし……その騎士は勢いよく窓を飛び出していく。
そしてその隙を見逃す男ではなかった、拳を振るったコーデリアの間合いの内側にまたも入り込み、ナイフを尋常ではない速さで突き出してくる。
狙いは顔、どうにか仰け反ることで回避をするコーデリアだったが、それで姿勢が崩れたことを咎めるかのように男は連続で突きを放ってきて、コーデリアは避けて避けて避けて、避けるのに必死になって反撃も防御も忘れてしまう。
ただただ恐ろしく、それから逃げることしか考えられない。
絶対に自分より弱い相手なのに克服することも抗うことも出来ない、ただただ逃げることしか出来ない。
そうやって廊下の奥へ奥へと追い詰められていって……一階への階段が見えてそこを下りたら良かったのにその判断も出来ず通り過ぎて、更に奥へ奥へ。
……左側に使用人部屋のドアがあるだけの行き止まりへと追い詰められてコーデリアは泣き出しそうな程に恐怖に呑まれる。
使用人部屋は狭く逃げ込んだとして先はない、かと言ってこれ以上後ずさることも出来ない。
涙が溢れてきて零れそうになって……しかしブライトの、最愛の人の声が聞こえた気がして最後の勇気が奮い立ち、しっかりとガードを構え直したコーデリアは、構えた装甲板を相手に押し付けるような形で、力強く一歩前に踏み出す。
偶然なのか勇気のおかげなのか、それが初めて成功した攻撃となる。
ナイフを付き出そうとした男の上半身に装甲板が激しく当たり、
「ぐぅぅっ!?」
初めて響く男の苦悶の声と共に男が後ずさる。
「流石です、よく耐えてくれました」
そして次に響いてきたのはまさかの声だった、コーデリアにとって最愛の人、ブライトの声。
直後男の胸から短槍が生える。
……いや、ブライトの短槍が男を背中から貫いたのだろう。
「がぁぁ!? ば、ばかな、ま―――」
胸を貫かれて尚も喋ろうとする男に、コーデリアが更なる恐怖を覚えていると、それを遮るように、
「うるさい」
と、冷静なブライトの声が響き、更に強く短槍を押し出してひねり、男は尚も口を大きく開いてどうにか声を上げようとするが、そんな力も尽きたのだろう、ただ喉だけが蠢いて……そうして力を失い、男の全てが動きを止める。
それを確認してかブライトは短槍ごと男を床に打ち捨ててから、コーデリアを優しい目で見つめてくる。
それから男の顔を見て目を丸くし……天井を見上げて深呼吸をする。
コーデリアを守れたと、何かを達成出来たと満足しているのか達成感に浸っているのか、深く深く呼吸をし……それからブライトは、コーデリアの側まで駆け寄ってきて抱きしめようとしてくれるが、自分が血に濡れていることに気付いて躊躇をする。
そんなブライトが愛おしくてたまらなくなったコーデリアは、大慌てで篭手の着脱機構を作動させて篭手を投げ捨ててから、ブライトのことを大きく広げた両腕でぎゅっと抱きしめるのだった。
――――地に足がつかない状況で ブライト
コーデリアさんに抱き上げられて足がぷらんと揺れる中、まずコーデリアさんが無事で良かった、間に合って良かったという感情が、そしてようやく一人殺せたという達成感がどんどん強くなってくる。
あれの顔は知っている、新聞などに掲載されている肖像画で何度も見たことがある。
王の兄、王族……つまりそれが今回の騒動の首謀者。ついに一人、ようやく一人……しかも理想的な形で殺すことが出来た。
王族を殺すからには相応の理由がいる、そして今回の事態はその理由となる。
王族がテロ行為を実行した上で屋敷を強襲、婚約者を殺そうとしたとなればもう正当防衛どころの話ではない。
罪と罪と罪と罪が重なり合っての歴史に残る大罪、仮にこれが王だったとしても正当性を主張出来るだろう。
しかもこちらにはあの手帳までがある、いくらでも王家や法院と交渉出来る、有利に事を運べる。
新聞も民衆も貴族も王家の一部だって味方に出来ることだろう。
もちろんそれでも非難の声はあるだろう、白い目で見る者はいるだろう、だが胸を張って言える、俺は正しいことをしただけなのだと。
それに小難しい理屈なしでも、コーデリアさんをここまで怖がらせたアホなんだ、殺されて当然、あーだこーだと言われる筋合いはない。
そんなことを考えてから俺は出来るだけコーデリアさんを汚さないように腕を回して抱きしめ返す。
コーデリアさんも既に返り血で汚れていたが、だからといって遠慮なしにやる訳にはいかないし、髪の毛を汚すのは最悪なので出来るだけ汚れないように……現状出来る範囲で最大限の気を使いながら。
そうこうしていると屋敷内が味方の声や足音で騒がしくなっていき、それでようやく本当の意味で安心が出来たのだろう、コーデリアさんがわんわんと泣き出して……そうして俺は、コーデリアさんの泣き声を聞いたからか、パニックルームから出てきてしまった母上がコーデリアさんを宥めて落ち着かせるまでの間、コーデリアさんの涙に濡れることになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回、その後のあれこれです
そしてお礼の言葉を
皆様の応援のおかげで異世界転移ランキングなどで月間1位となることが出来ました!
ありがとうございます!!
これからも応援していただけるよう、頑張らせていただきます!!




