火船
「ああもう、電信が欲しいなぁ! 誰か発明してくれよ!」
緊急を知らせる狼煙を確認したと報告があって、執務室の空気が一変する。
狼煙では詳細が伝わってこない、援護を求める狼煙ではないようだから恐らくは撃退に成功している、そして撃退された敵がなんらかの動きを見せたということなのだろう。
だけども確信は得られず不安が募り、嫌な汗が出る。
「とりあえず旗艦を動かす! 俺が乗り込みたい……所だが、前線に出るなと叱られたばかりだからな、フィリップ、任せても良いか?
人命優先、最悪旗艦は喪失しても構わないからお前の判断で旗艦を動かして欲しい」
不安を振り払うように俺が言葉を続けると、相変わらず本棚によりかかっていたフィリップは、こくりと頷いて口を開く。
「良いよ、任せて。
兄貴がそう判断したなら、なんだってやってみせるさ。
……とにかく人命優先だね、分かった。普通は馬鹿みたいに予算かけて作った旗艦を守れって言うものなんだけどねぇ」
「旗艦なんてまた作れる……と言うか数年もしたら時代遅れとなる代物だ。
そんなに大事にしなくて良い、消耗品と思って使え。
俺は騎士やノアブア達と行動を共にして臨機応変に対応する、決して無謀な真似はしないから安心して行ってこい」
「りょーかーい。
とりあえず空から見て、なんか情報見つけたら光で送るね、それと孤児仲間をこのお屋敷に呼んでおくよ。
姉貴やおねーさんと妹さんを守る人も必要だろうからね、ドルイドのおねーさん達は強いんだろうけどやっぱり女の人だし、男手も用意しておかないとね」
「分かった、任せる」
と、そう言ってから帽子を被って執務室を出て、倉庫に向かって装備を整える。
防具を身につけ、今回は大槍ではなく取り回しの良い短槍にし……それからノアブア達が待機している屋敷近くにある騎士の駐屯所へ向かう。
「皆、緊急事態だ、北の作戦中に何かがあったらしい。
敵の動き、目的は不明、情報が来るのはこれからだが、今のうちから備えておいて欲しい」
騎士の駐屯所は屋敷から少し離れた所を流れる川沿いにある赤レンガの建物だ。
マンションレベルの大きさで5階建て、それが二棟並んで建っていて……片方は騎士鎧のための建物で、片方は騎士達のための建物。
そのうちの騎士のための方に入るなりそう声を上げると、待機していた者達が慌ただしく動き始める。
そんな中、一人の騎士が……ライデルの部下の一人が前に進み出て言葉を返してくる。
「了解しました、ただちに情報分析官に情報収集に当たらせます。
腕木通信での詳細な情報がそのうち届くことでしょう。他の対応はどうなっていますか?」
それを受けて俺は、旗艦が既に動いていることを伝える。
……腕木通信はその名の通り、二本の腕のようなものを持つ木人形を使った通信法だ。
塔を立ててその屋上に腕木を設置、右腕を上げる左腕を下げる、両方を上げるなどを組み合わせや腕の角度で文字を表現、情報の迅速な伝達を可能としている。
そんな塔を何個も何個も数え切れない数を領内中に配置し最低一人が常駐、望遠鏡で通信を確認したらすぐさま腕木を動かし……と、いった感じで情報が伝わってくる。
回光通信機と違って魔法石を必要としないという点でコスパが良く、未だに現役で領内のあちこちで使われている。
そんなアナログな方法で良いのか? なんてことを存在を知った当初には思ったものだが、これが意外なことに迅速かつ正確に情報を伝えてくれる。
当然ながら電信に負けはするが、それでもかなりのもので……そのうちライデルからの報告が届くことだろう。
「我らも鎧を着て待機しましょう」
俺が説明を終えた所で、そう声をかけてきたのはノアブアで……俺が頷くとすぐさま動いてくれる。
スタミナのない彼らを早々動かすのは迂闊にも思えるが、グズグズしていて手遅れになったでは話にならないからなぁ。
そうした指示を終えたら俺は駐屯所の屋上へ。
そこに居たから何が出来るでもないが、屋上据え付けの望遠鏡などの設備があるのでそれらを利用し周辺に異常がないかを確かめていく。
それを始めて数分後、騎士の一人が駆け上がってきて……腕木通信が届いたのか報告を上げてくれる。
「報告します!
『飛空挺、南進』『指揮、異常』『戦力、残存』『警戒、最大限』です!」
「分かった、明瞭な報告助かる。
……南進ってことはこっちに向かっているのか、手帳を諦めてこちらを破壊することにした、か?
旗艦で防げれば良いが……」
屋敷にも周辺の街にも対空設備は存在していない。
今回の事態を受けて一応防衛塔をいくつか建てはしたが……街を緩く囲んでいるだけで、しっかりとした防空能力があるとは言えないだろう。
そうなると旗艦に期待するしかないが、対艦装備などはないのでただ体当たりすることしか出来ず……どうにも不安が残る。
そして南進か……。
ならば北からやってくるかと望遠鏡を北へと向けて覗き込むと……空が微妙に赤く染まっているのが見える。
……まだまだ夕方には遠いはずだがと嫌な寒気を覚えながら報告にきた騎士にも北を確認するよう、望遠鏡を覗き込んだまま仕草でもって合図を出す。
「……火事、ですか? それにしては……まさか、敵の飛空挺が?」
と、騎士。
……飛空挺が燃えている? なんで? ライデル達の攻撃が命中したのか? いや、それで燃えたならここまでは来られないはず……。
そこまで考えた所でパッと思い浮かぶのは『テロ』と『アルマダの海戦』という言葉。
そんな馬鹿なと思ってしまうが……目標を達成するためになりふり構わないのだとしたらあり得る話だ。
「騎士を出せ! ノアブア達もだ! 北周辺で対空防御だ! それと消防に連絡、水の魔法石を装填して分散して待機しろと伝えろ! それと回光通信機で旗艦に緊急だと伝えておけ!!
恐らくだが燃やした飛空挺をどこかにぶつけるつもりだ!!」
俺がそう声を上げるとその騎士は、一瞬だけ躊躇するがすぐに、
「了解しました!」
と、返して駆け出す。
アルマダの海戦……燃やした船を突っ込ませる火船戦術でもって敵の海軍を撹乱、その後の攻撃で勝利したとかいう話だったはず。
それと似たことを飛空挺でやらかそうとしているのだろう、まさにテロ。とんでもないことを考えやがってと冷や汗がどんどん浮かんでくる。
この状況で俺に出来ることは何か……やはり指揮だろうが、生身で前線に出る訳にはいかないし、鎧を着込む必要があるのだろうか……?
いや、この場に留まっての指揮も可能なはずだから、仲間を信じて動かないのも重要か?
あれこれと考えていると我が家にとっての城下町のような、大切な街のあちこちで動きがあり声が上がる。
人々が異常に気付いたのだろう、とても騒がしくなり……それをかき消すように大筒にも見える武器を持った、耐火服の集団が駆け抜けていく。
消防が動き始めたのだろう……大筒は主に水の魔石を使うためのもので、水の魔石をたっぷり込めたなら放水ホースレベルの放水が可能だ。
これが消火において悪くない結果をもたらしていて、それらを支給された消防隊は領内の各地に配備されている。
人員の数も訓練の質も十分、事前に準備をしておけば迅速な消火活動が可能なはずで、ヤバいことになってもなんとかなるはず……なんてことを考えていると空を赤く染めている主犯が姿を見せる。
かなり低空を飛んでいる大型飛空挺、そのあちこちから黒煙と火炎が上がっていて、マジで火船戦術をかましてきやがった。
低空飛行している理由は、そうしながら騎士を降下させるためのようで……距離があるのでハッキリとは見えないが、パラパラと騎士と思われる影が降下している様子が望遠鏡で見て取れる。
そこはまだまだ屋敷からは遠く、街の北辺にかするかどうかの位置で、陽動だろうと思われるが対応しない訳にはいかない、既に向かっている騎士達と周囲で待機している騎士や達や防衛塔の騎士達がなんとかしてくれる……はずだ。
それで十分に対応出来るはず、俺が動く必要はないはず……と、考えていると発着場から飛び立った旗艦が火船へと向かって移動し始める姿が視界に入り込む。
フィリップが動いたか……そうだよな、あの火船を止めるためには体当たりしかないよな。
体当たりでどうにか押し返して街の外れの畑か川か、とにかく人が少ない場所に落としてもらうしかない。
それで旗艦が失われるかもしれないが仕方ない……脱出装置などは用意してあるし、人命優先と命令してあるのでフィリップもその辺りの判断は間違わないはずだ。
……だから待機する、フィリップと騎士達を信じて待機する。
何かをしたい気持ちが溢れてきて意味もなく駆け出しそうになるが、ぐっと堪えて堂々と立つ。
貴族らしくと言うかリーダーらしくと言うか……皆を信じて待つのも仕事だと無理矢理自分を納得させる。
そうしていると旗艦が火船にぐんぐんと迫り……一回り大きい相手に勢いよくぶつかり、火船を押し出していく。
大きいだけで出力はないらしい、あっという間に火船はどこかへと押し出されていって……火船が見えなくなると異常に気付いて窓から顔を出したり、家の外に出たりしてざわついていた人々から安堵のため息や声が漏れる。
「うん?」
思わずそんな声を上げてしまう、見間違いかもしれないが何か北の空で動くものが見えたような気がして望遠鏡を覗き込む。
「ぱ、パラグライダー!? 鎧の質量で可能なのか!? 落下を制御するのはまだしも滑空って……いやいやいや、違う違う、物理法則が違うんだった!!」
思わずそんな独り言をぶちまけてしまう。
火船から飛び降りたのか複数のパラグライダーがこちらに向かってきている。
パラグライダーで滑空しているのは鎧を着込んだ騎士……その数は50かそれ以上か、動きを見るに狙いはどうやら屋敷のようだ。
これはグズグズしていられないと階段を駆け下り、待機している騎士達に向けて声を張り上げる。
「敵が空から来る! 新装備でこちらに向かって滑空中、旗艦の脱出装備のようなものだ!
残っている騎士全員、すぐに付近に展開、そして屋敷に救援を出せ!
それと二人、俺の護衛につけ! 俺も屋敷に向かって事態に対応する!」
前線に出ないとは言ったが、屋敷が襲撃されたとなるとそれどころではない。
屋敷には使用人と女性陣とフィリップの孤児仲間しかおらず、指揮や政治的判断を下せる者がいない。
今回ばかりは駆けつけるのが最良だろうと判断し……自分では鎧は装着せず、護衛をつけることにする。
場合によっては屋敷の中での戦闘もありえるだろう、そうなると鎧は邪魔になる。
護衛の二人が鎧を着用し装備の確認をする中、俺も短槍の装填状況などをしっかりと確認し……それから三人で屋敷へと駆けていく。
するとそれを妨害するように騎士が四騎、立ちはだかる。
屋敷に行かせまいと布陣された者達のようで、これで連中の狙いが屋敷であることを確信する。
すぐさま護衛の騎士が炎を同時に発動、炎に飲まれるのを嫌がって突っ込んできた敵騎士は、俺の短槍の電撃で迎撃する。
護衛の二人は俺の戦い方をよく分かっているようで、しっかりとこっちを戦力と見なした上で動いてくれている。
電撃で撃破しきれなかった敵は騎士の大槍で打ち払うか、更なる炎で熱し倒す。
その間俺は魔法石の再装填……短槍は装填量が少ないためすぐに燃料切れとなるのが欠点だった。
そんな欠点がありながらも鎧と武器の質も練度もこちらが上で、四騎が相手でも全く問題はなく撃破、するとまた二騎が現れて……すぐさま騎士達が撃破してくれる。
するとまた次の騎士……露骨に足止めを仕掛けてきてやがる。
そうなってくると急いで屋敷に向かいたくなるが……一人だけでそうする訳にもいかず、二人の騎士と救援のため駆けつけ合流してきた騎士達と共に敵を着実に処理しながら屋敷へと向かっていく。
一体どのくらいの時間がかかってしまったのか、どうにか屋敷に到着すると、門の周辺や庭で既に戦闘が始まっていて……概ね一方的な蹂躙劇だった。
ドルイドの女性達が篭手を振り上げながら猛然と襲いかかり、相手の槍も鎧もお構いなして砕いていく。
篭手を配備するに当たってどう動くのが良いのか、どう扱って行くのが良いのか、本当にそれが正解なのか分からないままボクシングの動きを伝えた結果、ドルイドの女性達の動きはほぼほぼボクシングだ。
しっかり両手を上げて装甲板を相手に向けながらのガードをし、その状態で鋭く動いての移動をし、相手に肉薄したならジャブからの全力ストレート、相手は砕ける。
結果、そこら中に敵騎士だったものが散乱していて……概ね悲惨な末路となっていた。
そんな女性陣の中にコーデリアさんの姿はなく、屋敷の中か? と、屋敷へと視線を向けた瞬間、二階の窓が割れると同時に敵騎士が飛び出してくる。
鎧の破片やらを周囲にぶちまけながら。
屋敷の中に侵入されてんのかよ!? 俺が内心でそう声を上げる中、護衛の騎士達はあっさりと鎧を脱ぎ始め、生身の状態で大槍を手に取り、屋敷の入口へと駆けていってくれる。
俺が中に入るものと判断しての動きだろう、それを追いかける形で駆け出した俺は護衛を伴いながら衝撃音が響き渡っている屋敷の中へと、駆け込んでいくのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回は屋敷内決戦




