合流
修道院襲撃からの日々は……意外にも穏やかに過ぎていった。
嵐の前の静けさなのか、特にこれといった来訪者もトラブルもなく、久しぶりに平穏な日常が戻ってきたと言えるくらいに穏やかだった。
その間の俺とフィリップは情報の精査を進め、お祖父様は屋敷での生活に慣れようと頑張り、ライデルとバトラーはそれを手伝い、コーデリアさんはドルイド族の何人かに手紙を託す形で故郷に連絡を取って人員増強の交渉や、結婚に向けての挨拶についての報告をしたようだ。
コーデリアさんの様子を見るに、却って反応は良いものだったようで……結婚まで関係が進んだのならと人員増強についても了承してもらえたようだ。
元々コーデリアさんの世話役として何人かの女性が来る予定だったのだけども、正式に貴族夫人となるならばそれなりの人数の世話役が必要だとなって、結構な人数がこちらに来てくれるらしい。
ドルイド族というだけである程度の戦力になることは確約されているようなもので、姉上は自分の護衛をしてくれるだろう人材が増えることを喜び、プルミアが純粋に一緒に暮らす人が増えることを喜び、母上も教え甲斐がある人材が増えると喜び、概ね皆が歓迎してくれていた。
……概ねと言うとつまり全員ではない、具体的には料理人からは抗議の声が上がっている。
ドルイド族は皆大食いで、まだまだ偏見が残っている関係で我が家に滞在してもらっていて……つまりは料理人の負担が増え続けているのだ。
更に増えるというのは限界を遥かに超えてしまう負担になる可能性があるようで……ドルイド族が増えるのなら料理人を増やすようにとの進言があった。
……まぁ、うん、当然の要求なのでそちらは早めに対応をすることにした。
領内の信頼出来る人物に紹介を頼み、ドルイド族の到着前にはやってきてくれるとのことだ。
そんな感じで十日が過ぎて……ようやく情報の精査が終わった俺とフィリップは、不要な物を焼却処分すべく、屋敷裏の焼却炉へとやってきていた。
主にゴミなどを処理するためのそこに火を入れて、本だの書類だのを次々投げ入れる。
……正直本はまだまだ使えるものもあって勿体ないとは思うのだけども、何しろ盗品だからなぁ、そこから足がつくなんてこともある訳で、いらないものは処分してしまうのが正解だろう。
「……はぁ、もう当分は文字は見たくないよ。
燃やせば少しは憂さ晴らし出来るかと思ったけど、全然だなぁ」
そこらに座り込んで雑に本を焼却炉に投げ込んで、なんとも投げやりな態度でフィリップがそんな声を上げる。
「俺は毎日その文字と格闘しているんだけどな、新聞に手紙に。
フィリップもいずれは代官になって文字と格闘することになるんだ、今のうちから慣れておけ」
俺がそう返すとフィリップは、ニカーッと笑ってから言葉を返してくる。
「……代官にしてくれるんだ? 孤児出身の代官なんて前代未聞じゃないの?」
「忠勤をしたならどこ出身だろうと代官にする、その約束を破る気はない。
フィリップは既に十分忠勤を示してくれているし……引退したくなったらすぐにでも代官の席を用意してやろう。
密偵は大変な仕事だからな、いつまでもやれなんて言うつもりはない、自分で引き際は見極めろよ」
「……流石兄貴だね、分かったよ、言う通りにする。
後継者もしっかり育てておくよ、その方が安心して引退出来るからね。
ルイスは密偵向きじゃないから、前に紹介した二人かな、他にも良さそうな子がいたら育てておくよ。
代官は世襲させない、子に継がせたかったらそう育てて働かせれば良いんだもんね。
孤児から代官っていう流れを断ち切らせないようにしないとね」
「他にもライデルとバトラーも代官にすることが内定している。
ライデル達ももちろん後継者を育てていて……いずれは代官の席全てを埋めてしまうかもしれない。
ライデル達に負けないよう育てるんだぞ」
「うへぇー……勘弁して欲しいなぁ」
なんて会話をしながら不要なもの全てを燃やしたなら、焼却炉の蓋をしてその場を後にする。
その途中、周囲に気配がないことを確認してから口を開く。
「……とりあえずあの手帳の主以外はやんちゃ程度のものでしかなかったな。
それでも新聞社にぶちまければ騒ぎにはなるだろうが……失脚まではいかないだろう。
評判が悪くなり嘲笑され、一生の恥となるかもしれないが、その程度だ。
……だがあの手帳は違う、改めて中身を確認したがとんでもないことばかり書かれている上に、いくつかの証拠まで貼り付けてあった―――」
被害者の指輪などのアクセサリー、髪などの身体の一部があれやこれや。
「―――あれの持ち主は絶対に動きを見せるだろうな。
宰相か大臣か……王族の誰か、俺は王族だったら良いなぁと思っているが、フィリップはどう考える?」
「宰相だと良いなぁ……いや、宰相だと思うんだよね、実際。
……まぁ、誰にせよ国の中枢過ぎてこちらから動くのはよくないね、ここで変な騒ぎ起こしちゃうと兄貴の目標の邪魔になっちゃうだろうから。
やっぱり待ちが良いと思うよ、向こうから動いて貰えば前の騎士団みたいになんとでも手は打てるからね」
と、そんな会話をしながら屋敷の裏から出て庭を通り、玄関の方へと向かっていると……物凄い光景が視界に入り込む。
「わーお、皆美人揃いだねぇ」
と、フィリップがそんな感想を述べたのは玄関前に立つドルイド族の女性達が視界に入り込んだからで……コーデリアさんより少し背の低い、190cmくらいだろうか、そのくらいの背丈の女性がずらりと……数え間違いでなければ十人並んでいる。
「あ、旦那様! 見てください、皆が来てくれました!」
その前にはコーデリアさんの姿もあって……完成した白いドレス姿がなんとも眩しく際立っている。
露出は少なく厚めの生地で、下手をすると地味めな印象となる所を、腕の辺りや首元、背中へと続くクオリティの高い刺繍やレースが上手くバランスを取ってくれている。
形状としてはフレアドレスと言うんだったか……? コーデリアさん用のブーツも完成していて、髪留めやイヤリングなどを含めた全体のコーディネートも仕上がっていると思う。
その辺りは母上が監修しているからなぁ……間違いはないのだろう。
そんなコーデリアさんの前に並ぶ十人は、ドルイド族の伝統衣装で……それぞれ恥ずかしそうにもじもじとしていて、どことなく都会に出て来たばかりの田舎の女学生といった印象を受ける。
ソワソワして周囲の光景に圧倒される反面、自分の姿をどこか恥ずかしくも思っていて、落ち着かず表情や動きに出てしまっている……という感じだ。
しかし全員が筋肉質、コーデリアさんに負けない立派な肩幅をしていて……実際力も強いんだろうなぁ。
「ようこそ、求めに応じてよく来てくださいました。ドルイド族の皆様を我が家一同歓迎いたします。
これから我が家で雇うとなると雇い主としての態度で接していくことになりますが、その時までは客人を歓迎する紳士として接することが出来ればと思っております。
若輩者の歓迎となりますが、どうぞよろしくお願いいたします」
と、そう言って胸に手を当てての一礼をすると、ドルイド族の女性達は慌てた様子で真似をしてみたり頭を深々と下げたり、それぞれ懸命に挨拶を返そうとしてくれる。
「コーデリアさん、まず一週間はこちらの生活に慣れてもらってください。
仕事はそれからで構わないでしょう。
そのための生活費などは私が出しますので……コーデリアさんも皆さんと一緒に街に出かけたり、食事をしたりとこちらの生活を楽しんでください。
皆様の住居は屋敷の裏手にある、今は使っていない使用人用の家がありますので、そちらをどうぞ。
案内はコーデリアさんにお任せしたいと思いますが、よろしいですか?」
コーデリアさんと仲の良い女性達が来ると聞いていたので、しばらくは遊んで欲しいと言うか、観光して欲しいという思いもあってそう言うと、コーデリアさんは笑顔を炸裂させる。
それから駆け寄ってきて抱きしめてくれて……すっかりと挨拶のようになった額合わせをやってから、用意しておいた小遣い用の財布をコーデリアさんに渡す。
……こっちの財布、がま口なんだよなぁ。
いやまぁ、金貨銀貨を扱うならがま口が一番なんだろうけども、なんかこうイメージに合わない。
冷静に考えてみると日本の昔の財布は、布で覆って巻いて縛って懐にしまうみたいな財布だったはずだから……がま口って欧州生まれってことになるんだよな。
それが日本にやってきて近代貨幣を使う段階で広まった……という形だと思う。
だからこちらの世界でもがま口で間違いはないんだろうけども、それでも昭和の香りがすると言うか何と言うか……まぁ、うん、大きながま口財布を両手で持つコーデリアさんは可愛いから良いとするか。
がま口財布を受け取ったコーデリアさんは更に笑みを輝かせて、早速皆で必要な物やこちらの服を買いに行こうと声をかけていて、他の女性達も輝く笑みでそれに応じ……なんとも楽しそうに出かけていく。
それを見送ったなら屋敷へと戻ろうとするが、今度はノアブア達がやってきて声をかけてくる。
「お館様、故国からの増援が到着いたしました。
全部で八名、これでドルイドの騎士は十五名となります、早速鎧に慣れさせるための鍛錬を始めようと考えておりますが、よろしいでしょうか?」
ドルイド族の騎士達のリーダーは、ノアブアということになっている。
一番の年長者というのもあるが、何よりあちらでは最強の戦士とされていたとかで、他の者達もノアブアならばと納得してくれているからだ。
ただしそれはあくまで腕っぷしに限った話、軍略や鎧の使い方はまだまだで、その辺りのことをライデルやアレス男爵に習っている途中だったりもする。
「ああ、頼む、新参の者達もノアブアに従うという形で納得してくれているのか?」
俺がそう返すとノアブアは、背筋を伸ばして居住まいを正してから報告をしてくれる。
「は、既に格付けは済んでおります。
……もし逆らうようであれば角の一本でも折ってやれば大人しくなることでしょう。
新参も我々同様、騎士のための駐屯所でお世話になるつもりです」
「分かった、生活のために色々と必要だからその分の予算を手配するように伝えておこう。
ノアブアの裁量で皆に分けてやってくれ、歓迎ということでワイン樽もいくつか夜までに届くように手配しておく、他で飲んで暴れないよう気をつけてくれ」
「ありがたく……これからもお館様とおひい様のため、尽くさせていただきます」
と、そう言ってノアブアは深く頭を下げ……顔見せのためだろう、連れてきたドルイド達と共に去っていく。
それを見送って、さて屋敷だと足を進めようとすると、
「伯爵、お元気そうで何よりです」
と、聞き馴染みのある声が響いてきて足を止めることになる。
「司教様、ご無事で何よりです。
侯爵領にしばらく滞在するとのことでしたが……戻っていらしたのですね」
その声の主はセリーナ司教だった、護衛として連れていったアレス男爵の息子アランとその姉タニア嬢も一緒のようだ。
「はい……侯爵領の空気が変わったのを受けて、こちらの教会で働かせていただくことになりました。
あちらには新任の司教がおりますので、問題はないでしょう」
俺の言葉にセリーナ司教はそう返してきて……ニッコリとした笑みを浮かべてくる。
特に疲れた様子もなく、当たり前だが怪我などもない、アランやタニア嬢も同じ様子で……やはりお祖父様への襲撃は、お祖父様だけを狙ったものなのだろうなぁ。
「分かりました、領主として歓迎いたします。
タニア嬢も歓迎いたします、今となってはアレス男爵は我が家臣、男爵夫人は我が領の客人……そうなればタニア嬢も客人ですから、何かあれば遠慮なく言ってください。
夫人は男爵の家にいますから、顔を見せてくると良いでしょう」
更に俺はそう声をかける。
アランを無視してタニア嬢にだけ声をかけた理由は、アランの態度だった。
未だに不貞腐れて謝罪の態度を示さず、今もあえて視線を合わせずふんっと鼻息を荒くしている。
一体いつになったら立場を理解するのか……いつまでもこんな態度ではこちらから友好的な態度を示すことも出来ず、なんとも扱いに困ってしまうなぁ。
「お、お母様が? 分かりました、伯爵のお言葉通りまずは顔を見せてきたいと思います。
後日改めてご挨拶に向かいますので、よろしくお願いいたします」
と、そう言って胸に手を当てての一礼をしたタニア嬢は、そうしないアランの頭をスパンッと叩いてから耳を引っ掴んで引きずっていく。
……耳を引っ張るって、映画とかではよく見たけど現実でする人がいるんだなぁと驚きながら見送った俺は、とにもかくにもセリーナ司教様を歓迎しようと、仕草でもって屋敷へと促し……セリーナ司教様とフィリップと共に客間へと足を向けるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回は各所の反応とか、動き出す手帳の主とかの予定となります!




