秘密結社
お祖父様の容態は翌日には目に見えてよくなり、こちらの生活が肌に合っていたのか、気力も持ち直していった。
片腕を失ったことで色々と不便になった生活も、世話係を手配していたので特に問題はないようで……快適に過ごせているようだ。
お祖父様は少し古い貴族で、一昔前には着替えなどを使用人にさせていたこともあったようで、その頃に戻ったと思えば大したことではないのかもしれない。
……そうして元気になったお祖父様と言葉を交わす機会を得ることになった。
朝食を終えての執務室で手紙の処理をしていると、やってきたお祖父様が椅子を近くに置いてそこに座り、静かに語りかけてくる。
「……いつかはこうなるものと覚悟はしておった。
それだけのことをしてきたし、恨まれてもきた。
……だがそれでも身内には多くの物を与えて、十分な利を与えてやっていたつもりだが……それでも裏切られてしまったようだ。
未だに何が足りなかったかは分からないが、何かが足りなかったのだろうなぁ」
うぅーん……まぁ、話を聞いている限り、仕方のない部分もあったのだろうなぁとは思う。
悪事に手を染めて、それを好まない人にも見せつけて距離を取られて……お祖父様の言葉通り、裏切られても仕方なかったのだろう。
……だけどもお祖父様の全てが間違っているという訳でもなく、良い部分もちゃんとあった訳で、孫である次期侯爵はどうしてそんなお祖父様を裏切ったのだろうか。
俺のように溺愛されていたのなら、逆にお祖父様だけは裏切らないと思うのだけど……。
「クラーク侯爵はお祖父様から見てどういった人物なのですか?」
俺がそう返すとお祖父様は、カイゼル髭をちょんと指で撫でてから言葉を返してくる。
「あれは足りない男だ。まずまともな我欲がない。
ブライトのように野心に満ちた眼が出来るのなら良かったが、それが出来ん。
お前は自分でどう思っているかは知らないが、王族への仕返しの他にも、より豊かになりより多くを救い、世の中を自分の思う通りに平定しようという野心がある。
以前に聞いた議会の話もそうだ、より多くの仲間を得て、その仲間を富ませながら自分が望むものを手に入れてやろうと、そんなしたたかさがある。
儂に議長をと言った時のお前は特に良かった、良い顔をしていた。
清廉潔白な聖人なんてのは馬糞にも劣る、ありふれた俗物のように欲にまみれ多くの欲を満たす者こそが、世の中をより多くの幸福で満たすのだ。
あのクラークはそれがない、聖人ぶることで誰かを見下せたらそれで良く、他のことになるとすぐに他人の言いなりになる、あれが目指しているものもやろうとしていることも、どうせ誰かの受け売りなのだろう。
今回もクラークにどうこうされたと言うよりも、クラークに与した家臣団にしてやられたという所で、誰かがそそのかしたに違いあるまい」
おぉっと……? これはまた意外な言葉が出てきた。
お祖父様は直系の孫を愛してはいなかったのか、俺のように溺愛しているものと思い込んでいたけども……。
そしてかなりの言い様だ、そんなに気に食わない孫なら、こうなる前になんとかしたら良かったのに……って、そうか、なんとかされる前に向こうが動いたのか。
こうなると襲撃犯も本当に王太子側の人間なのか怪しくなってくるが……まぁ、ここら辺のことはもう少し情報が出揃ってから判断するしかないか。
……お祖父様も色々とバイアスがかかっているというか、こんな状況となって偏った見方をしてしまっている可能性もあるし、とにかく慎重に対応すべきなんだろうな。
「……お前のそういう所が悪くないと言うのだ。
溢れる程の才気があり勤勉……だが俗物、至って普通の考え方をする。
才気溢れる者ほど、俗物とは違った……俗世とはかけ離れた考え方をするものだ。
それによって大きな改革を成すこともあるが、大体の末路はろくでもなく、残された方も困るばかり。
愛すべき俗物よ、そのまま己の欲を満たすと良い」
何も言葉を発していないのに、表情から何かを読んだらしいお祖父様。
……褒められているのだろうか? まぁー……うん、転生という特殊な事情があるだけで中身は凡人寄りだろうから、お祖父様の人物評は間違っていないのだろう。
天才だとか怪物だとか、そう言われる人の脳みその中身がどうなっているなんて想像すら出来ないし……普通に普通のことを積み重ねていくことしか出来ないことは確かだ。
そして……クラーク侯爵は我欲がなくて聖人のように見えるけども、人を見下すことを喜びとしていて、ある意味でお祖父様の悪い部分をうけついでしまっていると。
……誰かの受け売りで行動しているという部分は気になる所ではあるけども、付き合い方には相当気をつけなければいけない相手であるようだ。
「……こうなっては儂に出来ることは少ない。
貴族というのは敗北者には途端に冷たくなるからな、表立って動いても相手はされんだろう。
……以前儂に五隻の飛空艇を寄越してくれると言っていたな? あれはどうした? もうあちらに送ったか?」
「いえ、まだ建造中ですよ。
お祖父様に贈るのであれば半端なものではいけないと思い、最新型を用意するつもりです」
「……そうか、ならばそれを使わせてもらうとしよう。
表では動けんかもしれんが、裏の繋がりのいくらかは残っておる、それでお前の役に立てないか模索するとしよう」
「……まぁ、余生と思って旅行などをして気楽に過ごすでも良いですし、商売など新しいことを始めてみるでも良いですし、好きに使ってください。
飛空艇だけでなく、お祖父様が憂いなく過ごせるようできる限りのことはさせてもらうつもりです」
と、俺がそう返すとお祖父様は立ち上がって笑顔を浮かべてハグを求めてくる。
立ち上がった俺がハグをするとお祖父様は……以前と変わりない愛情いっぱいのハグをしてくれる。
それが終わると何かを企むためなのか、執務室を出ていって……入れ替わりとなる形でフィリップがやってくる。
手を頭の後ろで組んで飄々としているが……お祖父様を苦手としているのか、避けていたんだろうなぁ。
「兄貴、尋問の報告だよ、大体は情報を聞き出せたと思うよ」
と、そう言ってフィリップは椅子ではなく机の上に腰掛け話をし始める。
「まず元騎士団長……色々話が聞けたんだけど、聞いた感じどうやら王太子の予言って本当みたいだね?
本当なんだけど、何かがあってズレておかしくなって、それが王太子をおかしくしちゃったみたいだよ。
んで王太子はドルイド族を恐れてるみたいだね、いつかドルイド族が王都に攻め上がってくると思っていて、それをなんとかしたいって焦ってる訳だ。
……ただまぁ、そこで予言がおかしくなっちゃったのが痛いね、予言が何を思ったかドルイド族を倒すために女の子を集めろーって言い出したからの好色の噂っぽいよ?
まぁ、好色を隠すための嘘って可能性もあるけどね、そこは断定は出来ないかな」
「ふーむ……なるほどなぁ。
まぁ、予言に関しては俺も本当かもしれないとは思っていた、ただのペテンにしては信じる者が多すぎるというか、説明できない部分が多いからな。
そして予言が外れ始めて何かが乱れたというのもその通りなんだろうな……。
まぁ、この辺りは深く考えても仕方ないことだ、敵側の外れる可能性のある予言なんてものに振り回されるのはごめんだからな」
「うん、それでいーと思うよ。
あとね、王都には騎士団が三つあるらしーじゃん? その一つが前回の騒動でほぼ壊滅で、もう一つは王様の近衛だから王都から離れることはない。
で、最後の一つは……王家に反感を持っているみたいで、あくまで王都の住民の味方だって態度を示しているみたいだね。
……そうなると王太子はもう手駒がなくなっちゃってるってことになるんだけど、特にそういう噂とかは聞かないから、王太子なりの何か……戦力を手に入れちゃってるんだろうねぇ。
んでさ、王太子の工場だっけ、あれの正体を知ってそうな商人のことを元騎士団長が知ってたんだよね。
そのルートから調べたら何か掴めるかもしれないから、ちょっと待っててよ。
孤児仲間達で何か掴んで見せるからさ」
「ああ、任せる。
……孤児仲間と言うと以前にいた二人か?」
「そそ、他にも何人かいるかな。
あの子達は、それぞれ才能があると思っててさ、今後のまとめ役に良いと思ってるんだよね。
おいらは出来るだけ兄貴の側でサポートしたいから、今後の調査とかはあの子達に任せる感じ。
まだまだ未熟だけど才能はあるから期待しててよ。
んで……問題はあの中年だね、あれからも色々と聞き出せたよ」
「……問題? やっぱりあいつはどこかから放たれた工作員だったのか?」
俺がそう言って首を傾げると、フィリップもまた首を傾げて言葉を続ける。
「うん、表向きはエリアン公爵の使いだったけど、違うね。
……いや、エリアン公爵も関わりのある組織の人間と言った方が良いかな。
つまりあの中年は、聖ダーシュ修道士会っていう悪魔崇拝の秘密結社の一員だったのさ」
「……なんだって? 正気か??」
あまりの言葉に唖然としながらそう返すと、フィリップはからからと笑いながら説明を続けてくる。
「正気じゃないって言えば正気じゃないね。
つまりさ、ある時に貴族のお坊ちゃん達がオカルトにハマっちゃったんだよ、んで秘密結社ごっこをしたくなっちゃったって訳。
あ、本気じゃないよ? 本気で悪魔なんて信じてないけど……メンバーで集まって高いお酒と高級娼婦なんかを集めて毎夜『サバト』を楽しんでたって訳さ。
身分を忘れて酒を飲もう会って感じかな、専用の別荘……修道院ってことになってる建物まで建てちゃって、それはもう豪遊してたみたいだよ。
んで、そのメンバーが先代エリアン公爵、あの中年、宰相、次期侯爵の父親、他の貴族も何人か、そして王族も何人かいたんだってさ」
「……仮にも貴族が、国の重鎮がそんなことをやってたのか」
「いやいや、今もやってる訳じゃないよ、あくまで若い頃の話、若気の至りだよ。
偉くなる前の若い頃のお遊びって感じなんだけど……その繋がりはふんわりと今も生きてるみたい。
もちろんそれぞれ成長して立場も変わって、関係を絶ったり敵対することになったりする人も現れたけどね、それでも当時の友情は忘れず、誰もがその秘密を守っているし……時たま協力関係になることもある。
それで動いたのがあの中年、先代エリアン公爵がその子供……つまり現公爵のお嫁さん探しをしてあげようとして、昔の知り合いを動かしたって訳だね。
んであの中年なんだけど元々は貴族家次男、家を継ぐことなく学校の教師になった人で……色々素直に話してくれたんだけど、お祖父サマの襲撃も、もしかしたらその繋がりなんじゃないか? みたいなことを言ってたんだよね、その繋がりで誰かが誰かを動かした、みたいな。
宰相なのか、次期侯爵なのか、王族なのか……まだそこは分かんないけどさ。
……でさ、兄貴、その修道院はまだ残ってるんだって、だからそこに行って資料とか記録を手に入れたら、今後の調査のための良い手掛かりになるし、ヤバい秘密が手に入れば一気に色んな悪い大人の鼻を明かせるんじゃないかな?」
「……あの中年男を捕らえたことは、そのうち彼らも知ることになるだろう。
そうなると一刻を争う争奪戦になる……すぐにでも出る必要があるな。
迅速に向かうために飛空艇で……いざという時の判断をするために俺が指揮を執り、フィリップ、お前に現場に出てもらう。
アレス男爵は目立つ上に腹芸が出来ん、正体がバレたら大事だし連れてはいけないな」
「ん~~~……おいらが変装させるって手もあるよ? おいらも変装して行くつもりだし」
「……変装でごまかせるようなら良いんだがなぁ、アレス男爵のやらかしは、変装を貫通しそうなんだよなぁ」
と、俺がそう言った所で執務室のドアが開き……懐かしい顔がこちらへとやってくる。
「フィリップから火急の用件と聞きました、怪我はもう大丈夫です、お任せください」
その声の主はライデルで……フィリップが気を利かせて事前に連絡をしておいてくれたようだ。
俺がすぐにでも出撃するとそう読んで、アレス男爵では駄目だと判断するとも読んで……うぅむ、フィリップに見事にしてやられたなぁ。
「分かった、ライデルならフィリップの変装技術でなんとかなるだろう。
……他のメンバーも既にフィリップが手配しているんだろう? 何なら鎧と飛空艇も。
我が家のものとは分からない量産品辺りに簡単な偽装でも施したか。
……他に話すべきことがないなら俺はコーデリアさんに挨拶をしてくるから、フィリップ達は先に準備を進めておいてくれ」
「承知いたしました!」
「まかせて~」
そう言う二人を後にして執務室を出て……コーデリアさんがいるサンルームへと向かう。
するとコーデリアさんは母上からの指導を受けていた所だったようだが、俺の顔を見て何か緊急の用だと察したらしく、すぐに駆け寄ってくる。
それから事情を説明するとコーデリアさんは、怪我をしたばかりだとか、昨日の今日でとか、色々言いたいことを表情に浮かべるが……言葉にはせず呑み込んで静かに微笑む。
……そして、いつかにそうしようとしたように両手を俺の顔の両側に持ってきて、俺の頬をそっと両手で包み、自分の顔を寄せて……額と額をくっつけてくる。
向こうではキスが当たり前くらいの感覚だがこちらではそうではなく、そう出来ないからこその代わりを求めてのスキンシップ……なのかもしれない。
額を付けたままその可愛らしい目でじっと見つめてきて、これまた可愛らしい声で、
「無茶は駄目ですからね、ご武運を」
と、そう言ってくれる。
「無事に帰ります」
俺がそう返すとコーデリアさんはニッコリと微笑み……そっと手を離し、静かに俺のことを見送ってくれるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回からは主人公にとっての実戦というか本気バトルです




