隣領領主
隣領カーター子爵。
東隣のうちよりも広い領地を持ち、何かをやらかして男爵に領地を割譲したと思われる人物だが……俺が知る限りはそんなに悪い人物ではない。
直接会ったことはないが、手紙を何度か交わしていて……手紙のやり取りを始めた当初は、先達として手紙におけるミスや無礼を指摘、どう修正すべきかを丁寧に教えてくれていた。
隣領の領主のそういった失点を放置していると、隣領のくせに何をしていたんだ? なんてことを言われてしまい、子爵の評判にも関わってくるとかで、色々と気を使ってくれていたという訳だ。
他にもこちらが好景気となって、その良い影響があちらにも広がった際には、わざわざ礼状と感謝の品として自ら描いた絵画を贈ってくれた。
芸術に精通するのもまた貴族として重要なことだということだが、子爵は知識だけでなく自ら描くことまでしているらしい。
最初は絵画なんてもらっても……と、思ったのだけどいざ開封してみると、空を舞う鷹を見事なまでに描いた、前世で美術館に並んでいても違和感のない完成度の芸術品で、絵の内容も若い鷹……つまり俺の飛翔を願ってというもの。
更には手紙も同封されていて、その手紙にはこういった贈り物をされた際にはどう対応すべきなのか詳細に書いてくれていて……父が不在の俺にとってはとても頼りになる人物だ。
そんな子爵の希望は、俺の屋敷での会談……事前に知らせてくれているので問題はなく、客間と庭の準備を整える。
コーデリアさんに同席してもらうかは悩ましい所だったが……今回は向こうから重大な用事があるとのこと、ややこしい話は次回に回すべきだろうということで、会談が終わるまで姉上とプルミアと一緒に、出かけてもらうことにした。
母上がいたなら同席してくれたのだろうけども、いないものは仕方なし、今回はバトラーと、色々なことの確認のためにアレス男爵に同席してもらうことにし……準備を整えて当日。
バトラーを出迎えに出し、鉄道の特等席とうちで一番豪華で作り込まれた馬車でもって移動をしてもらい……屋敷に到着後、我が家にある最高級の茶を出した上で、少しの休憩をしてもらっての昼過ぎ。
アレス男爵とバトラーを連れて客間に向かうと……パーラーメイドの接客を受けながら物凄く雰囲気のある男女が俺の到着を待っていた。
恐らくカーター子爵と思われる50代くらいの男性は、墨で染めたかのような真っ黒な髪をオールバックに固めて、青色チェック柄のスーツ。
短めのアゴヒゲを垂らしているのだが、そちらもきっちり固めていて……大きな宝石のハマった杖を地面に突き立て、その頂点となる宝石部分に両手を重ねて乗せるという格好で、ソファに深く腰掛けていた。
髪が本当に黒々としている、年齢を考えると実際に墨か何かで染めているのだろう。
……この国で黒髪は全くと言って良い程見かけないので、地毛の色ではないのかな? なんてことを思うが……背後に立つ女性、娘と思われる若い女性も黒髪なので、地毛の色ではあるようだ。
長くゆるいウェーブのかかった艶のある黒髪を、一つにまとめて片方に寄せて、肩にかけるような形で前に出している。
歳は……多分同い年くらい、大きな目だがつり上がっていて、可愛さよりも厳しさの印象が勝るといった感じだ。
「ウィルバートフォース伯ブライトです。
この度はご足労頂きありがとうございます。
我が領内の光景は如何でしたでしょうか? カーター子爵のお心を少しでも楽しませることが出来たのなら、光栄の極みです。
この通り若輩者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
胸に手を当て軽く頭を下げ、誠心誠意そんな挨拶をすると、流れるようなスムーズな仕草でスーツのボタンへと手をやって留め直し、立ち上がった子爵が言葉を返してくる。
「カーター子爵エドワード、後ろのは末娘のエリザベスだ。
伯爵にそうまで丁寧に挨拶をされてしまうと恐縮するが、ここは年寄りを気遣ってくれたのだと思っておこう、よろしく頼む」
と、そう言って子爵は手を差し出してきて、机を挟んでの握手。
それから俺がエリザベス嬢を含めてソファに座るよう仕草で促すと、二人が同時に立ち上がる時のようにスムーズな仕草で腰を下ろし……それを見守ってから俺も真似をする形で腰を下ろす。
バトラーと男爵には後ろで控えてもらって……まぁ、挨拶や紹介は求められない限りは必要ないだろう。
「今日はどのようなご要件で?」
「うむ、実のところ、ここまで来た時点で要件のほとんどを達成してしまっているのだがね……王太子から使者という形で連絡があったのだよ―――」
俺が問いかけると子爵はそう言って……何があったかの説明をしてくれる。
突然やってきた王太子からの使者、その目的は子爵へ警告を伝えることで……ウィルバートフォース領で死に至る流行り病の兆しがあり、直ちに関所を封鎖し病の流入を防ぐべき、との警告が伝えられたらしい。
それを受けて子爵は、こちらに行き来している商人を呼び出して確認を取ったそうだ。
流行病の兆候はなく平和そのもの……だが、俺が率先して流行り病対策に動いていることは事実で、手洗いや馬乳酒に関する報告を受けて子爵は、全くの無根拠ではないようだと確信し、こちらの様子の確認をしたいと考えたようだ。
「―――もちろん、それだけでわざわざやってきたりはしない。
他にも色々と要件があってね……その一つがそちらにいる男爵のことなのだが、その前にこのエリザベスについても大事な要件となる。
どうだね? このエリザベスは、婚約者として丁度良いのではないかね?」
……まぁ、うん、連れて来ているという報告を受けた時点で、それは察していましたよ。
まさかこんなドストレートに言われるとは思っていなかったけども、どうあれ答えは決まっている。
「まさか自分のような若輩に、そのようなお話を頂けるとは思わず、驚いてしまいました。
お嬢様はとても素敵な女性で、大変嬉しいお話ではあるのですが、申し訳ありません、私は最近婚約したばかりの身でして、新しいお話を受ける余裕はないのです」
俺がそう返すと子爵は、驚いた様子も動揺した様子もなく言葉を続けてくる。
「ほう、それは驚きだ。
……そのお相手はエリザベスを袖にするような相手なのかね?」
「セリーナ司教様に認めていただいた大事な相手ですから……そうなりますね」
「どちらのお嬢様なのか伺ってもよろしいか?」
「他国の尊い血筋の方で、私のことをよく想ってくれているのです」
「それはそれは……若くしてそのような縁を得るとは、流石の手腕と言わざるを得ませんな……さてはお父上の奮闘のおかげかな?
しかしそうなると困ってしまうな、発展著しい貴殿とぜひとも縁を結びたいと考えているのだが……娘で駄目なら息子との縁はどうかな?
確か何人か未婚の女性がいただろう?」
「そういったお話があったと後で伝えておきます。
お受けするかどうかは、家族でよく話し合ってからお返し出来たらと思います」
「そうか……まぁ、確かに。本人の気持ちも大事だろうからね。
……所で王都の景色はどうだったと、ご家族から聞いているのかな?」
何コレ? 尋問? 矢継ぎ早過ぎて考える間もないんですけど??
意図が読めないというか、友好的なのか敵対的なのかすら分からなくて困っちゃうよなぁ。
……うぅん、まぁ下手な嘘は逆効果だろう、子爵相手に策だの何だの練っても仕方ないだろうし、基本的に素直に返していくとしようか。
「あまり良くない景色だったとは。
……特に東の光景が良くなかったと聞いています」
こちらの世界でも太陽が昇るのは東から、東からの太陽は明日の象徴、王都の明日の景色とはつまりは王太子のことだ。
調べた限り子爵は王家と仲が良い訳ではないようだが、だからと言って王太子がヤバいなんて話をする訳にもいかないので、分かってくれと願いながらボカしてみる。
「確かに……流行り病だのなんだのとよくもまぁ、
我が領地を奪い取っただけでは飽き足らず……その上、好色の噂まで事実とは、未来を担うに不足ない才覚とは何だったのかと思ってしまうな」
ああ、うん、すぐに分かってくれたようだ。
「昔は冴えていた目が曇ったとは聞いていますが、実際に会ったことはないので、詳細は何も。
しかし領地のことはやはりそうだったのですね」
「正確にはアレの父だがね、昔から反りが合わず色々とあった所に、嫡男の誕生となって気が強くなったのか、あれこれと仕掛けてきてくれたのだよ。
当然反撃し泡を吹かせてやったが……少々やりすぎてしまってね、穏便に済ますために役に立たん一部を失ったのだよ。
……とは言えだ、元々は我が祖先が開発した土地ではある訳で、それを受け取った者がここにいるというのは業腹だね」
……これが主題かよ、ここまでの流れは何だったんだ?
「仰ることはご尤も。
しかし彼に責任がある訳でもないでしょう、それよりは未来に目を向けて子爵領の発展をと願うばかりです」
「そう言われてもね、こちらは鉱山も工場も少なく、海にも接していない魅力の薄い土地。
こちらのような夢物語には期待できないだろう」
「そうとも限りません。
そちらの領地は地図を見た限り平地が多く、この国の中心にも近い重要拠点だと私は考えています。
これからは鉄道と飛空艇の時代となるでしょうが、特に物資運搬においては鉄道の力が重要となってくるでしょう。
……ここは一つ、どうでしょうか? こちらとそちらの鉄道を繋げてみては?
そうなったら海から届く荷がそちらに届きやすくなりますし……そこから北の資源地帯、南の温海、東の王都へと鉄道を伸ばせば、この国の中心地として多数の列車が行き交う、国の要となる大貨物駅が出来上がるはず。
そうなれば子爵はこの国全ての物流を握ることが出来るはずです」
現状、どこの鉄道も他領との接続まではしていない。
下手に接続をしてしまうと関所を通らずに積荷や人の行き来が可能になってしまい、通行関税が取れなくなるからで……どこの鉄道も関所の前まで、そこから隣領までは馬車などで積荷を運び、再び鉄道で……というのが一種の常識となっている。
だというのに鉄道を繋げるというのは、一見損をしてしまうように見えるが……鉄道や飛空艇があるのだから、もう国内で通行関税という時代でもないだろう。
鉄道で人や物が淀みなく流れたならそれ以上の収入が得られるはずで、子爵もそのことにすぐに気付いたのか、初めて動揺した様子を見せてくれる。
「男爵のことを含むとしても、借りが大きすぎる気がするがね?」
「我が領では位置的に出来ないことですし、話が分かる良識的な方に担ってもらえるのなら損はありません。
男爵は大事な部下でもありますし、そのわだかまりが解けるのなら安いものです。
……それでも借りが大きいと感じられるのであれば、北に鉄道を伸ばす際に男爵の領地にも駅を作ってやってください。
男爵の領地はこれから甘い匂いを漂わせるので、無駄にはならないと思いますよ」
子爵は砂糖カルテルでも、反カルテルでもない……が、まさか砂糖栽培を始めますとストレートに言う訳にもいかないで、またもそう濁したが……子爵はちゃんと気付いてくれたようで、杖を握る手に力を込めながら頷く。
「……なるほど、こちらは鉄道、そちらは飛空艇か。
……利益は分散するが妬みも分散、お互い手を取り合えば手出ししてくる輩も減ることだろうな。
生意気だが悪くない……いや、そのことに気付けなかった己が間抜けなのか」
「いえ、子爵にはいつもお世話になっておりますし、もっと早い段階でそう提案すべきでした。
若輩で無礼もあるかと思いますが、これからも助言をよろしくお願いします」
これは全くの本音で、今まであれこれ世話になった礼として提案したまでのこと、それで子爵領が賑わうのなら、それはそれで良し……話が通じる相手が栄えるのなら、仮に味方になってくれないのだとしても、全く問題はない。
「そうまで言われては仕方ない。
分かった、男爵のことはもう触れないこととしよう、駅についても了解だ、その時が来たら任せておきたまえ。
……お父上も君のことを誇りに思うだろうね」
と、そう言って子爵はまたボタンを留め直して立ち上がり、握手を求めてくる。
それに応じる間にエリザベス嬢も立ち上がり……それ以上は何も言わず、ドアをバトラーに開けさせて客間の外に出て、もう帰るつもりなのか、屋敷の出口に向かって歩いていく。
せめて見送ろうと思ったが子爵は手を軽く上げることでそれを制止してきて……そのまま待機させていたらしい馬車に乗り込んで帰ってしまう。
「……夕食と宿の支度もさせていたんだがなぁ。
……まぁ、面倒な相手が早く帰ってくれたのならそれで良いか。
……よし、用意した夕食は皆で食べてしまうとしよう、男爵も食べていくと良い」
と、俺がそう言うと男爵とバトラー、メイド達が顔をほころばせ……何がなんだかよく分からないが面倒事が終わって良かったということで、簡単な宴会のようなものを皆で楽しむことにするのだった。
――――帰路の馬車で エリザベス
「……あれでよろしかったのですか?」
帰路の馬車の中、何か仕掛けでもあるのか揺れを感じないその旅路の途中、エリザベスがそう声をかけると、父であるエドワードは、嫌な笑みを浮かべながらゆっくりと口を開く。
「良い、あそこまで若輩と言われてはな……これ以上何かを言えばこちらが無礼になる。
……気付いたか? 休憩をと出されたあの茶、あれすらも質を落として、自分は若輩者だと主張をしていた。
父と兄が戦地にいるからと節制をしていたのもあるのだろう、それを利用しての一流の謙遜という訳だ。
それでいてこちらに貸しを作ろうと必死な様子も見せて……最後にはこれからも助言をよろしくと来た。
そちらの今までの助言に従い、こうしましたとある種の責任転嫁をしつつ、あくまで自分が若輩者だからと至らなさを主張……。
王都に足を運んだことのない田舎者だと侮っていたが中々どうして……。
あれでは変に貶すことも出来ん……お前との婚約をネタに散々いじめてやればボロを出すかと期待したが、それも全て受け流されたしなぁ、大したものだ。
……それにしてもいつのまに他国と縁を繋いだ? 噂によると蛮族奴隷を妾にしたそうだが、それもその縁のため、他国の姫を楽しませるためのものだったのかもしれんな。
……侮れん相手だが、敵対するような様子はなし。
男爵のことは業腹だが……まぁ、あれだけの曲芸を見せてもらったのだから、心付けの一つくらいは渡してやらねばな」
「……私の目からはまた別の光景のように見えましたが……。
いくらかの商家と商機を奪われたこと、王都から野蛮人を引き寄せたことについてはよろしかったので?」
「良い、それ以上のものは受け取った。
……若造から何かを学ぶなど、普通ならば受け入れられないが、こちらの助言に従った必死な若輩者の言葉であれば、許せるというもの。
……中々に愉快だった」
そう言ってまた笑みを浮かべるエドワード。
それを見てエリザベスは……思わず首を傾げてしまう。
本当に父の言う通りなのだろうか? 何かおかしなすれ違いが発生していないだろうか?
……エリザベスから見ると、本当の田舎者は父のこと、時代が変わっているというのにそれに気付けず、古臭い慣習と言葉遊びに囚われてしまっているようにも見える。
「……お父様、私、お父様の後を継ぎたいと思っているのです」
このまま父に任せてしまって良いのか、そんな不安が思わずエリザベスにそんなことを言わせてしまう。
「ふむぅ? まぁ、良いがな。
この国は何度か女王による統治を受けていた、女であろうが優秀であるのならばそれで良い。
継ぎたいのであれば優秀さを父に見せるが良い」
そんな言葉を受けてエリザベスは、まさか受け入れてもらえるとは思っていなかったがために目を丸くし……そうやって驚きながらも小さく拳を握り、隣領領主であるブライトに負けない人物にならなければと、強く決意をするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回は男爵とか女性陣とか
余談
エリザベスはブライトの、悪い意味を含まないライバルキャラとなります
今後の活躍にご期待くださいな




