命令
あれから数日が経って、俺はいつも通りの日々を過ごしていた。
朝起きたら新聞を読んで、それから手紙のチェック……チェックが終わったら返事を書いて、宰相への手紙も書く。
……現状、宰相は名目上の味方となっている、裏に何かがあると確信はしているが、それに気付いていると知られる訳にはいかない。
そういう訳で手紙の上では友好的に接し、手紙でも変に裏の意図を探るようなことは一切していない。
手紙外交においては一日の長があるあちらの方が完全に上手だろう、宰相ともなればありとあらゆることを経験しているだろうしなぁ。
下手な手を打って警戒されるくらいなら侮られていたほうがマシで……友好的な若造を、程々に演じて当たり障りのない手紙を書き続けている。
そんな俺の側にはアレス男爵が控えている。
ライデルが当分休養するとなって、その代役を買って出たのがアレス男爵だ。
騎士としては超一流、護衛としても当然役に立つと考えて頼んだことだったが……アレス男爵の能力はそれだけではなかった。
指揮をさせても一流、兵站管理をさせても一流、そして何よりも訓練教官としても一流で……あっという間に我が領の騎士達を鍛え上げてくれた。
男爵の訓練後は明らかに動きが違う、攻撃などはもちろん、歩き方一つも洗練されている。
騎士としての動きだけでなく生身での戦闘教官としても有能で……騎士達の訓練がある程度落ち着いた今は、俺個人の鍛錬も見てくれている。
厳しくはあるが、指導は的確、弱点や改善点をすぐに見抜いて最適な答えを教えてくれる。
アレス男爵の娘が女性ながら騎士としてそれなりの腕前を持っていたのは、この男爵の薫陶あってのことだったようで……こんな才能を持て余しているとは、王都の連中は一体何を考えているんだかなぁ。
戦争を縁遠いものと考えて軍人気質の者達を遠ざけているのか……?
それにしても意味が分からなすぎて意図を読むことが出来ないが、何か理由があるかもしれないので警戒はしておくべきだろう。
そんなアレス男爵の娘タニアは、母上や司教様と一緒にお祖父様の領地へと向かってくれている。
母上は……、
『わたくしが行くべきでしょう、娘のわたくしならこの事態にあって会いに行って当然な上、道中誰に会ってもどんな詰問にあったとしても受け流せます。
お茶会百戦錬磨を侮るなかれ……わたくしにまかせてブライトは領地に残ってお家とコーデリアさんを守りなさい、貴方を失う訳にはいかないのですから。
……仮にわたくしが殺されたとしても慌てないように、祖父と母の命という重要な切り札はちゃんと温存するように』
と、そんなことを言って何人かのメイドを連れて何人かの騎士を護衛にして旅立つことを決め……それに同行を申し出た司教様が、腕が立つからと雇ったのがタニアと男爵の息子であるアランという感じだ。
出立してから二日が経っていて、その後の連絡は未だにないが……フィリップが手配してくれた、何人かの密偵達が母上達の後を追う形で動いてくれているので、何かトラブルがあれば彼らがすぐに知らせを送ってくれるはずだ。
そんな密偵達は全員が孤児院出身の若者で……フィリップのように孤児院を助けてくれたからと、俺のために働きたがっている者達は他にも結構な数がいるらしい。
密偵だけでなく騎士になりたい、家臣になりたい、俺のため領のために働きたい。
……簡単には処理出来ない結構な人数だが、もう少しの余裕が出来たらその一人一人全員との面接をしてみるつもりだ。
平民の中にも優秀な人材は眠っているはずで、ライデルのような人材を見逃す訳にはいかない。
なんてことを考えながら手紙を書き終えたら次の仕事だ、各地にいる部下への指示書を書き上げる。
何枚も何枚も……そうして最後に取り掛かるのはアレス男爵の尻拭いのための指示書だった。
アレス男爵は領地持ちの貴族だが、領地で暮らしている訳ではない、屋敷は王都にあって王都暮らし……領地に行ったことは一度しかないらしい。
そんな状態でどうやって統治しているのか? その答えは王城の役人が選んだらしい代官任せ。
アレス男爵は手紙をちゃんと書けないどころか、読む際にも読み飛ばしてしまう悪癖があるので……そんな状況を利用した代官がそれはもう好き勝手をやっているとかで、酷い有様になっているようだ。
領地の位置はこの領から見て北東、隣領の向こうにある割と近い位置で……そこまで広くはなく、街と言える規模のものが一つ、村が四つという……まるでどこかの領地から切り取ったような規模となっていた。
地図を見るに恐らくその通り……東の隣領の右上をえぐったような形となっている。
……隣領領主が何かやらかして領地を没収し、男爵にあてがった……のだろうか?
しかし祖先から受け継いだ歴史ある領地を没収するには、結構な理由が必要なはず……そんなレベルのやらかしが隣領であったとは聞いていないが……何があったのやらなぁ。
あくまでそこは男爵の領地、俺には関係ない話だった……のだが、男爵がこうして我が家に滞在していて、一応の忠誠を誓っているという状況で何もしないでは我が家の評判に関わる。
部下の面倒はしっかり見なければならない……ここでしっかり見てやれば、評判を聞いて味方になろうとする貴族が増えるかもしれない。
王族をぶっ殺すための味方は多い方が良い、ここは頑張りどころだろう。
本音を言えばお祖父様の件が気になって仕方ないし母上の安否も気になる、宰相の動きも気になるし王族もぶっ殺したいで、心が乱れてそれどころではないのだが……そんな心をどうにか抑え込んで、貴族としての覚悟でもって踏ん張って男爵の領地に意識を向ける。
男爵の領地には、何はともあれ代官の暴走を止める必要があるということで、信頼出来る騎士達と文官を派遣している。
男爵の名において代官を罷免、そのまま騎士と文官を駐在させての立て直しをさせているのだが……立て直しも限界があるだろうなぁ。
何しろ街一つの村四つ、後は農地で特に産業や工場はなし。
鉱山のような資源地帯もなく……どんなに手を入れてもそこまで発展しないだろうし、税収も期待出来ないだろう。
どうにか男爵一家に必要な費用と騎士を養える分を捻出するのが限界……というか、よく騎士を養えていたよなぁ。
恐らくは代官が無茶をしていたのだろう、普通に考えて複数人の騎士を養える規模ではない。
……そんな規模でどうしたものか……。
と、ペンを止めて悩むこと数分、ふと視線をやった本棚に納められた本の背表紙が視界に入り込む。
……あぁ~、アレがあったか、広い農地があるならあの手があるが……流石にこれは男爵に確認と許可を取る必要があるだろうな。
「男爵、男爵の抱える騎士は腕が立ち、覚悟ある者と考えて良いか?
具体的には砂糖カルテルとやり合う気概はあるか?」
そう問いかけると、男爵はちゃんと言葉の意味を考えているのか怪しくなるレベルの早さで、
「はっ、十分な腕と覚悟、気概があるでしょう!」
と、即答してくる。
うーん、貴族として即答しちゃいけない内容なのだけども即答だったなぁ。
……砂糖カルテルとは、砂糖利権を持つ貴族達の連合のことだ。
この国では気候的にサトウキビが育てられない、育てるには海外の農園が必要で……暖かい南方の島々に農園を有している貴族達が、砂糖カルテルを形成、砂糖で儲けた金でもって権力や武力を握り、あちこちに影響力を与えることで、国内の砂糖価格や利権の維持を図っている。
それはもう好き勝手していて、好き勝手しすぎて国益を失う事態まで引き起こしている。
俺が生まれる前の戦争でこの国が勝ったことがあり、大陸のとある国家からその島々に近い領土……多くの砂糖農園を抱える領土が奪えるとなったことがあったのだが、砂糖カルテル達はこれに大反対。
自分達の農園以外のライバル農園が『国内』に出来てしまうのがまずをもっての問題だったし、そこで生産される大量の砂糖が関税なしで入ってきてしまって価格の暴落を引き起こしてしまう恐れがあるということで、カルテルはロビー活動のようなことを開始……結果、領土の割譲ではなく賠償金の支払いになるように交渉を誘導してしまった。
これは大損も大損、賠償金の金額は相手国に支払能力がなかったこともあって少なく、領土を得ていたならその数十か数百倍の利益が得られていたはずで……砂糖カルテルの欲が国益を損なったという結構な大事件……なのだが、国内ではその事件が語られることは少ない。
砂糖カルテルが新聞社などにも圧力をかけていて、そのことが話題にならないように手を回しているという訳だ。
当然、そんな砂糖カルテルに反対する者達もいて……彼らはもう十数年もの間、砂糖カルテルとやり合っている。
砂糖カルテルに有利な法律を廃止するよう王家に働きかけたり、砂糖カルテルの農園で働かされている人々が、まるで奴隷のような扱いを受けているとの新聞を自分達で作ってばらまいたりと、そんな活動をしている。
最初は大した影響力もなかった反カルテルだが、だんだんと支持者を増やしていっていて……最近では砂糖カルテルとバチバチにやり合うくらいの規模となっている。
……そんな反カルテルがなんとか広めようとしているものに甜菜がある。
甜菜糖……いわゆる内政チートでよく出てくるアレは、既に国内で知られていて、栽培方法の研究も進んでいるのだが、砂糖カルテルが妨害をしてくるせいで上手くいっていない。
圧力や脅しは当然として、畑や製糖工場を焼き払うなんてことも当たり前のようにしているようで、栽培が可能で需要もあるのに誰も栽培していないという、なんとも勿体ない状況となっている。
俺も子供の頃に甜菜の栽培しようと声を上げたが、父上からの大反対にあって断念……その際に砂糖カルテルについて教わることになり、あの時は人生でこんなにも呆れることがあるのかというくらいに呆れてしまったものだ。
甜菜の栽培が出来たなら、甜菜糖が流通したなら、砂糖カルテルに入り込む資金が減ることになり、砂糖カルテルの力を弱めることが出来ると、今でも反カルテルはどうにか栽培出来ないかと奮闘しているらしい。
「……つまりだ、男爵の領地で甜菜を栽培し、甜菜糖を販売したらどうかという提案をしたい。
当然砂糖カルテルからの妨害があるだろうが……男爵の優秀な騎士達ならそれを拒むことが出来るだろう。
砂糖を売り出せば黒字は間違いなく、更に騎士を増やすことが出来て……その収入があれば領内は安定し、更に更に戦力を増やすことも可能だろう。
そうやって戦力を一定水準まで増やせば、後は男爵の才覚での大活躍が可能なはずで、さらなる出世が出来るはずだ。
領地はまず間違いなく豊かになるし、覚悟さえあるのならば悪い話ではないと思う。
……これは内密の話だが、私は西の島でも甜菜の栽培が出来ないかと考えている、それが上手くいけば、私と男爵は一蓮托生、同じ道を進むことになる同志という訳だ」
出来るだけ簡単に説明をした後にそう言うと、ちゃんと話を理解しているのか、男爵はキラキラと輝く目をこちらに向けてきて「はい!」と一声、力強く頷いてみせる。
……本当にちゃんと理解しているのだろうか? 少しくらい悩む素振りがないと逆に不安になってくる。
だがまぁ、やるしかないだろう……と、言うよりも甜菜栽培は元々やろうとは考えていたのだ。
何しろ王家は『砂糖カルテル側』……利権ズブズブでカルテルの言いなり王家をぶっ殺すためには、砂糖カルテルの弱体も必要なことで、今のうちから手を回していく必要があるだろう。
「……男爵、この件は誰にも話さないように、これは命令だ。
家族にも部下にも話さず、甜菜の栽培もその正体を明かさないまま進めてもらう。
男爵だけにその危険を担わせるだけでは忍びないので、西の島でも同時に進めてもらい……そちらの責任は私が負う。
それでも危険性が高いのは男爵だ、今なら辞退してくれても構わないぞ」
「ありがとうございます、そこまで気遣って頂けて感謝の至り。
このアレス、騎士の誇りを賭して伯爵のお言葉に従い、守りましょう」
俺の言葉に男爵は真っ直ぐ過ぎる目でそう返してくれる。
男爵に秘密を話してしまうのは少し不安ではあったが、性格自体は真面目で頑固な所もあり……それが命令であるなら頑なに守る男でもある。
宰相の命令を頑なに守ろうとしたあの時のように、今回の命令も守ってくれるだろう。
……まぁ、うん、後は目の届く所で見張っておけばやらかさないはずだから、とにかく側に置いておけば良い、はずだ。
そうして立ち上がり男爵と握手をしたその時、バトラーがドアをノックし執務室に入ってくる。
「……お祖父様か?」
思わず問いかける、お祖父様の件の続報が届いたのかとどうしても期待してしまう……が、バトラーの様子を見るにそうではないようだ。
「いえ、違います……来訪の先触れがありました。
隣領、カーター子爵より三日後の来訪と面会を許可していただきたいとのこと、重大なお話があるそうです」
「……マジか、ちゃんと先触れを寄越す貴族がいたのか」
思わずそんな声が漏れる、男爵がなんとも言えない複雑な表情をしているが、そこに関しては自業自得なので受け入れてもらいたい。
とにもかくにも隣領の領主とは手紙のやり取りをしているし、特にトラブルもなく関係も悪くない、先触れを寄越してくれるのなら会わない理由もなく……俺はバトラーに了解したとの返事を伝えるよう、指示を出すのだった。
お読み頂きありがとうございました。
二章開始、次回はカーター子爵とのあれこれです




